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第816話

Author: レイシ大好き
そこまで張り切っている清那を見て、紗雪もさすがに断れなかった。

せっかくの清那の好意を突っぱねてしまったら、きっと彼女を傷つけてしまうだろう。

口には出さなくても、心の中でこっそり悲しんでしまうに違いない。

普段は大雑把そうに見えて、実際には気持ちを自分の中で処理するのにずっと時間がかかるタイプ。

自分で抱え込んでしまう癖があるのだ。

けれど、それが積み重なれば清那自身にとって決して良いことではない。

きっと「自分の人生はこんなに暗いんだ」と思い込んでしまうだろう。

紗雪は、何もかも自分で飲み込んでしまう清那の姿なんて見たくない。

だからこそ、自分がそばにいる意味がある。

親友同士というのは、困ったときに支え合うためにいる。

そんな清那を見ていると、胸がじんわりと温かくなると同時に、どこか切なくもなった。

彼女はいつも紗雪のことを第一に考えてくれる。

けれど、自分自身にはそこまで優しくしていない。

それがまた、紗雪にはたまらなくいじらしく思えた。

けれど、それは清那が望んでやっていることだった。

紗雪が唯一無二の大切な友達だからこそ、彼女にだけは精一杯の優しさを注いでいる。

その優しさは、誰にでも向けられるものではなかった。

二人のやりとりを眺めていた京弥は、ひそかに胸をなでおろす。

やはり清那がここに来てくれたのは、とても都合のいい偶然だった。

しかもタイミングも完璧だ。

もし少しでも遅れていたら、紗雪はもう帰りの飛行機に乗っていただろう。

幸い、清那が病室に泊まってくれたおかげで、数日間引き止めることができた。

そうでなければ、仕事にのめり込む紗雪のことだから、またすぐに無理をしていただろう。

やっと回復したばかりだというのに。

清那はスマホで夢中になって注文していたが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。

すでに病衣に着替え直していた紗雪に向かって尋ねる。

「ねえ、紗雪。目を覚ましたこと、おばさんにはもう話した?」

その言葉に、紗雪はその場で固まってしまった。

確かに、それをすっかり忘れていた。

目を覚ました直後に見たのは、あの辰琉。

さらに緒莉が間に割って入って、あれこれやっているうちに、抜け落ちてしまっていたのだ。

紗雪の戸惑った表情を見て、清那はすぐに「やっぱり言ってないな」と察した。

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