慌ただしく去っていった彼らに目もくれず、先輩は私だけを見ていた。「……驚いた、よね? ボクの本性が、あんなだって……」 眉を垂れる姿は、いつもの先輩だ。唇を噛みしめる表情は、沈み始めた夕日に照らされ悲壮感を増している。とてもさっきまで乱暴な言葉を吐いていた人と同一人物だとは思えない。 私が知っているのは、可愛くて、優しくて、でもどことなく陰を感じる、そんな先輩だ。まだ出会って2日、その正体が、なんとなく分かった気がする。 だけど、それを知ってもなお、私は先輩を疑っていない。本性だなんて言っているけど、それだって先輩の一部だ。人は相手によって態度を変える。それは悪いことではなくて、使い分けているだけ。 友人に対する顔。 先生に対する顔。 家族に対する顔。 全部ひっくるめて、ひとりの人間なんだ。 私は、先輩を通してそれを知った。 今まで当たり前だと思っていた『王子様』という役割は、私の心ひとつでどうにでもなるんだって。 求められる『王子様』を演じなければ、いつもお母さんは私を怒鳴りつけた。ヒステリックに泣き叫んで、物に当たり散らす。その様子は、幼心にトラウマを植え付けるには十分だった。 だけど、それよりも、上手くできた時のお母さんの笑顔が好きだったんだ。ぎゅって抱きしめて、『私の王子様』って、すごく嬉しそうに笑う、その顔が。 他の子もそう。 私を『凜くん』と呼ぶ眞鍋さんは、すごく可愛かった。だから、私が我慢すればそれでいいと思ってたんだ。 でも、それは浅はかな子供の考えに過ぎなかった。 結局、眞鍋さんを傷つけ、まるで晒し者のようにしてしまったんだから。 そんな私に、先輩をとやかく言う資格なんてない。「他の人が言ってた噂、あれってほんとのことなんだ。ボクは野蛮で、粗野な落ちこぼれ。さっき見たから分かったでしょ?」 その言葉に、さっきのやり取りが脳裏を過る。 低い声で恫喝する先輩は、鋭い瞳で彼らを見据えていた。少しハスキーな声は、重く、お腹に響くように感じて、気恥しくなってしまったのは何故だろう。 ゾクゾクと、何かがせり上がってくるような……。 余韻を残す先輩の声に聞き入っていると、勘違いさせてしまったのか、先輩の表情は更に暗くなっていく。「……やっぱり、そうだよね。ボク本当はね、凜ちゃんが『オウジサマ』って呼ばれてるのが気に
Last Updated : 2025-08-29 Read more