All Chapters of 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた: Chapter 1081 - Chapter 1090

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第1081話

あの日、蓮司は助けを求めるメッセージを受け取ってすぐに駆けつけ、ドアを蹴破り、あのクズを制圧した。彼はまず、窓際に座り、今にも飛び降りようとしている透子の姿を目にした。あの瞬間、彼は透子こそが「その人」だと、ほぼ確信しかけていた。だが、彼が歩み寄って問いかけるより早く、美月が横から駆け寄ってきて彼に抱きつき、「やっと来てくれた」と言ったのだ。まさにその行動が、彼の中に芽生えかけていた「透子こそがその人ではないか」という確信を打ち消してしまった。結局、彼が尋ねようとしていた言葉は口にすることもできず、警察が到着し、美月は彼にすべてを「告白」した。自分が、ネットで彼とやり取りしていた『きら星』なのだと。そして、二人にしか分からない細かな経緯や、チャットの内容の一部まで語ってみせた。それで、彼は美月の言葉を完全に信じ込んでしまった。そうして真相とは完全に食い違い、運命の悪戯によって、透子とすれ違ってしまったのだ。回想から、我に返る。蓮司は目を閉じ、全身の筋肉を強張らせた。自分が騙されていたことを認めるしかなかった。当時の美月の言葉は、あまりにも真に迫っていたからだ。そして今、考えてみれば簡単なことだ。美月は透子の友人だった。だからこそ、あれほど細かな事情まで知っていたのだろう。だが、当時の彼は微塵も疑わず、自分にメッセージを送ってきたのは美月だと信じ切っていた。……それに、透子は、なぜ一度も自分に話してくれなかったんだ?たとえ自分が誤解していても、彼女は自分が「きら星」だと、ただの友達としてでも、打ち明けることはできたはずだ。しかし次の瞬間、蓮司は自らその理由に思い至った。もともと透子は、あの噂を耳にして以来、自分に告白するつもりなどなかったのだ。友達を裏切りたくなかったからだ。様々な葛藤を抱えながら、あのメッセージを送ったのが彼女にとっての最後の賭けだったのに、そのすべてを美月が台無しにしたのだ。蓮司は両の拳を固く握りしめ、爪が掌に食い込んだ。朝比奈美月……今となっては、彼女を八つ裂きにしてやりたいほど憎かった。すべては彼女のせいで、自分と透子の間にこれほど多くの誤解とすれ違いが生まれたのだ。だが、もはやその仇を討つことさえ叶わない。美月はとっくに、橘家によって始末されていたからだ。
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第1082話

これほどの長い歳月を隔ててなお、結局は透子を愛することになる。これは、逃れようのない運命の愛なのだ。蓮司は、この生涯で愛するのは透子ただ一人だと確信していた。彼は必死に深呼吸をして顔の涙を拭うと、重く息を吐き出し、再び気力を奮い立たせた。本来なら、透子のことは諦めるつもりだった。彼女をあれほど深く傷つけてしまったのだから。それに今や、多くの優秀な男たちが透子の周りを取り囲んでいる。自分は、彼女の世界から身を引くべきなのだと。だが、この日記を読み終えた今、蓮司は両の拳を固く握りしめた。諦めきれるものか。諦めたくなどない。このまま透子と赤の他人に戻るなんて、耐えられない。どうあっても、諦められない。もう一度、足掻いてみたい。もう一度、透子を追いかけたい。今度は自分から彼女に歩み寄り、彼女のためならどんな困難も厭わず、全力でその元へと駆けつけるのだ。蓮司の瞳に、揺るぎない決意が宿る。彼は携帯電話を取り出すと、新井のお爺さんに電話をかけた。数回のコールの後、相手が出た。新井の本邸。新井のお爺さんは、今日の橘家の重要なパーティの席で騒ぎを起こした蓮司に対して、未だに腹の虫が治まらずにいた。そこへ彼から電話がかかってきたのを見て、不機嫌に吐き捨てた。「わしの電話には出なかったくせに。今更何の用だ?罵られたいのか、それとも殴られたいのか?」蓮司は、掠れた声で言った。「お爺様、確かめたいことがある。その後なら、殴ろうが罵ろうが好きにしてください」新井のお爺さんは、電話越しの声の様子がおかしいことに気づき、眉をひそめた。彼が口を開くより早く、蓮司が問いかけた。「お爺様、教えてください。二年前、透子はどうしてお爺様と契約を結び、俺に嫁ぐことを承諾したのか」新井のお爺さんは返した。「そんなこと、お前もとうに知っていよう。わしが彼女に二億円を渡し、その対価として彼女はお前に二年間嫁いだ。それだけのことだ」蓮司は、確信を持って言った。「いいえ、金だけじゃない。透子が俺に嫁いだのは、俺のことが好きだったからだ。ただ金のためだけだったはずがない」新井のお爺さんはその言葉を聞くと、口を引き結んで一瞬沈黙し、こう告げた。「彼女は、お前のことなど少しも好きではなかった。彼女が好きなのは桐生駿だ。わしの元へ来て二億円
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第1083話

蓮司はその言葉を聞き、歯を食いしばった。「お爺様、初めから知っていたのか?どうして俺に何も言ってくれなかったんだ。もしあの時教えてくれていれば、俺はきっと……」電話の向こうで、さも自分が正しいかのように振る舞い、あまつさえ責任を転嫁しようとする孫の言い草に、新井のお爺さんは怒りをたぎらせ、その言葉を遮った。「わしとて、最初から知っていたわけではない。つい最近、偶然知っただけのことだ。それに、お前に教えたところで何になる?あの時それを知っていれば、透子を好きになったとでも言うのか?お前はあの時、朝比奈に夢中だったじゃないか」蓮司はその言葉に口をつぐんだ。反論できなかったからだ。そうだ。たとえ二年前、それを知っていたとして、何になったというのか。いや。二年前、誰からも教えられず、透子も何も言わなかったが、自分は知っていたはずだ。結婚し始めた頃、透子が向けてくれた笑顔、心を込めて作ってくれた手料理、甲斐甲斐しい世話。自分は、透子が自分を好いていると感じていた。そして今、自分の感覚が間違っていなかったことを、日記がすべて証明してくれた。それなのに、当時の自分はどうかしていた。透子の好意に気づいていながら、かえってそれを嫌悪し、疎んじ、笑うなと命じ、派手な服を着るなとまで言った……そのすべてを思い出し、蓮司は俯くと、指が白くなるほどスマホを強く握りしめた。新井のお爺さんは、さらに続けた。「今日、橘家がお披露目の宴を開いた。今や透子は橘家の令嬢だ。地位は雲泥の差となり、もはやお前が気安く会えるような相手ではない。それに、お前がかつてしたあの非道な仕打ちを、橘家が許すはずもない。早々にその気は捨てることだ。お前が今日味わっているこの苦しみは、すべて自業自得なのだからな」受話器越しに響くお爺さんの冷たく無情な言葉に、蓮司は心臓を一本また一本とナイフで突き刺されるような痛みを覚えた。「お前ももう二十四、五歳にもなる男だ。この間、諦めると言ったばかりだというのに、今になって前言撤回とは。言うことが二転三転して、あまりに情緒が不安定すぎる。もう少し落ち着いてはどうなんだ?」新井のお爺さんは、またくどくどと説教を始めた。「そんなお前を見て、どうして安心してこの家を任せられる?水野家の方から人が来ても、お前の今のその
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第1084話

蓮司は黙り込んだ。お爺さんが自分を止め、支持などしないことは分かっていた。だが、諦めることなど到底できなかった。蓮司は口を開いた。「……俺が、どうして美月を好きになったか、話したのを覚えているか」新井のお爺さんはその問いには答えなかったが、理由はむろん知っていた。中学時代の蓮司は、精神をひどく病んでいた。通っていたのは上流階級の子弟ばかりが集う学校で、父・博明の不倫スキャンダルは、その狭い世界では誰もが知る醜聞だったからだ。蓮司が陰で後ろ指をさされ、鬱が悪化するのを、彼は望まなかった。だからこそ、彼を京田市で一番の公立高校に転校させ、ごく普通の生徒たちの中に身を置かせたのだ。その采配は確かに功を奏した。その後、蓮司は少しずつ暗い時期を乗り越え、前向きさを取り戻していったからだ。その最大の功労者が、美月だった。愛の力は、単なる友情よりも遥かに大きく人に作用する。だからこそ、彼は後になって悔やんだのだ。あの時、二人が付き合うのを止めるべきではなかった、と。たとえ、あの美月という女の人格が歪み、性根が腐り果てていようと、能力がなかろうと構わなかった。ただ蓮司を幸せにし、支えてくれるのであれば、それでよかったのだ。「実は、俺は最初から相手を間違えていたんだ。俺を救ってくれたあの人は、美月なんかじゃなかった。透子だったんだ」蓮司の声が再び響いた。その響きには、苦渋と寂寥が滲んでいた。新井のお爺さんはそれを聞いて呆然とし、思わず問い返した。「相手を間違えただと?お前が高校時代に好きだったのは、透子だったというのか?」彼は眉をひそめ、全く理解が追いつかなかった。「だが、自分が誰に惚れているのか、自分で分からんはずがなかろう。どうしてそんな間違いが起きる?」蓮司は説明した。「最初は、SNSでやり取りしていたんだ。それを、美月がなりすまして……俺は、その相手こそが美月だと思い込まされていた」新井のお爺さんは、絶句した。真相を知った今、彼はあの美月という毒婦を、どんな言葉で罵ればいいのか言葉も見つからないほどだった。また、なりすましだ。道理で、以前、透子の身分を騙って橘家を欺こうとした時も、あれほど手慣れていて、大胆不敵だったわけだ。つまり、あの女にとっては初めてのことではなく、常習犯だったのだ。あまり
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第1085話

通話が切れると、新井のお爺さんは椅子に腰を下ろし、深くため息をついた。彼が知っていたのは、透子が二年前、蓮司への想いから、あの契約に同意したということだけだった。だが、まさか、彼女が高校時代から蓮司に想いを寄せていたとは、知る由もなかった。どうりで、二年前、あれほどすんなりと契約に応じ、配当金も一切いらないと言ったわけだ。はあ……運命とは、実に人を弄ぶものだ。なぜ、この二人にこのような残酷な仕打ちをするのか。赤い糸で結ばれた二人を、無情にも引き裂いてしまうとは。新井のお爺さんは嘆きつつも、同時に理解していた。このすべての元凶は、あの朝比奈美月だと。高校時代から大学卒業後まで、二度にわたって透子になりすました、あの女のせいなのだ。もし彼女がいなければ、透子は蓮司と何事もなく結ばれ、誰もが羨むおしどり夫婦になっていただろうに。それに、後になって透子が橘家に見つけ出された時も、あれほどの波乱は起きなかったはずだ。ましてや、何度も拉致されるような憂き目に遭うこともなかった。美月は、まるで骨までしゃぶるハイエナのように透子にまとわりつき、その血肉を貪る。実に腹立たしく、忌まわしい存在だ。……その頃、蓮司の家では。お爺さんとの通話を終えた蓮司は、どうすれば透子の心を取り戻せるか、その方法を思案していた。新井のお爺さんに助けを求めるのは、もう無理だろう。二度と力は貸してくれないはずだ。理恵に至っては論外だ。彼女は、自分が笑いものになるのを、今か今かと待っているだろうから。駿と聡に至っては、二人とも恋敵だ。助けるどころか、自分と透子が二度と会わないことを願っているに違いない。そうすれば、彼らにチャンスが巡ってくると踏んでいるのだ。では、誰に頼ればいい?誰なら、透子に会わせてくれる?蓮司は周囲の人間を一人一人思い浮かべ、最後に、うってつけの人物に思い当たった。──それは、今日、十数年ぶりに再会した叔父の水野義人だった。特に、義人の妻である叔母は橘家と本家筋にあたる。だから、透子にも接触しやすいはずだ。そう思い至ると、蓮司は居ても立っても居られず、すぐにスマホを取り出し、義人に電話をかけた。その時、義人はまだ橘家にいた。蓮司からの助けを求める電話を受け、彼が語る事の次第をすべて聞き終えると、しば
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第1086話

だが、蓮司は待つことしかできないと痛感していた。透子に許しを請おうなどとは、虫が良すぎる話だ。ただ、自分の釈明を聞いてほしい。その一心だった。過去の出来事はすべて誤解であり、最初から愛していたのは透子だけで、すべてのすれ違いの原因を作ったのは美月なのだ。美月こそが、元凶であると。蓮司は両手を固く握りしめたまま、会場の外で微動だにせず立ち尽くしていた。その姿は、まるで一体の彫像と化したかのようだ。厳重な警備を敷いていた橘家は、当然すぐに彼の存在に気づいた。だが、彼がただ外に佇むだけで不審な動きを見せないため、雅人もあえて構う気にはならなかった。ただ、もし蓮司が一歩でも会場内へ足を踏み入れようものなら、即座に叩き出せ、と部下に命じるにとどめた。夜風が吹き抜けていく。焦燥に灼かれるような待ち時間は、蓮司にとって、一秒が一年にも感じられるほど長かった。どれほどそうして立っていたか、足が痺れて感覚がなくなってきた頃、ようやく義人から着信があった。蓮司は逸る気持ちを抑えきれず、すぐに問いかけた。「叔父さん?今、透子と一緒にいるんですか」だが、電話の向こうからは何の応答もない。数秒後、蓮司のスマホに叔父からのメッセージが届いた。【イヤホンを繋いだままにしろ。そちらとは話せないから、私が代わりに伝えてやる。橘のお嬢さんの返事は、君自身で聞くんだ】蓮司はその文字を見つめ、感謝と感動に打ち震えながら言った。「ありがとうございます、叔父さん……!」そうして蓮司は、指で耳を塞いだ。周囲のわずかな雑音に邪魔され、透子の言葉を聞き逃すことのないように。その頃、会場の片隅にある小さなバルコニーでは。透子は目の前の品のある男性を見つめ、礼儀正しく尋ねた。「叔父様、私に何かお話でしょうか?」義人は切り出した。「ある人に、君への伝言を頼まれてね」透子はその言葉に、訝しげな表情を浮かべた。その人が誰なのかを尋ねる間もなく、義人が言葉を継ぐのが聞こえた。「君の以前の結婚については、大方の事情は聞いている……私は水野だ。蓮司の母親の実の兄にあたる」透子はその言葉で、彼が口にしているのが誰なのかを即座に悟った。それまで浮かべていた笑みが、ゆっくりと消えていく。この人が、まさか蓮司の実の叔父だったなんて……だが、どうあれ相手は親族に
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第1087話

「高校時代、君は『きら星』というハンドルネームを使って、ネットのチャットでずっと蓮司に寄り添っていたそうだな。蓮司は、その事実を今になってようやく知ったらしい」透子は一瞬、言葉を失った。その表情はどこか上の空で、意識は過去へと飛ぶ。高校時代の、秘めた恋心。それは一生、自分だけの秘密として墓場まで持っていくはずだったのに、まさか蓮司が知ることになるなんて……だが、今更知ったところで、何の意味があるというの?歳月は蓮司への想いをすっかり風化させ、今の彼女はもう完全に吹っ切れているというのに。義人は、要点をかいつまんで話した。「蓮司が高校時代、本当に好きだったのは、ずっと君だったそうだ。だが、あの時、朝比奈さんが君になりすまし、自分こそが『きら星』だと名乗った。そのせいで、彼と君はすれ違ってしまったんだ」その言葉に、透子ははっと我に返り、ただじっと目の前の男を見つめた。「蓮司は、この真相に気づいたのは今日になってからだと言っていた。もし、もっと早くに気づいていれば、間違いなく君にすべてを打ち明けていただろう、と。この間に起きた紆余曲折はすべて、あの朝比奈さんが引き起こしたものだ。彼女が君になりすまして彼を騙し、果ては君自身を深く傷つける結果となった」夜風が吹き抜け、透子の髪を一房揺らした。すべてを聞いた透子は、わずかに俯き、ただ黙って地面を見つめている。義人は彼女の反応を見て、蓮司にもまだ救われる望みがあるかもしれないと感じ、携帯電話をスピーカーに切り替えた。義人は、携帯に向かって語りかけた。「蓮司、私の口からでは伝えきれないこともある。君自身の口から、栞に話すがいい」蓮司は、透子と直接話せる機会を得て、それを何よりも大切にするかのように、嗚咽を漏らしながら、後悔に満ちた声で謝罪した。「ごめん、透子……何年も経って、ようやくあの人が君だったと知ったんだ。俺は、ずっと朝比奈美月に騙されていた……君が『きら星』だったなんて、本当に知らなかったんだ。信じてくれ、俺も高校の時、ずっと好きだったのは君だったんだ。ただ、あの時、朝比奈が先に名乗り出てきたから、俺は彼女が君だと思い込んでしまった」透子は、携帯の向こうから聞こえる蓮司の嗚咽交じりの苦しげな声を聞きながら、それでも、ただ黙っていた。「俺が騙されたの
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第1088話

その原因も、養父母が醜聞の広まりを恐れたからなどではなく、美月が自分になりすましていたことが露見するのを恐れたからだ。……ただ。今更、遅れてやってきた真実に、何の意味があるというのだろう。歳月は流れ、とっくに、何もかもが変わってしまった。彼女と蓮司の間には、あまりにも多くのことが起こりすぎた。もう、昔には戻れない。透子がそうして上の空でいると、携帯の向こうから、また蓮司の声が聞こえてきた。「どうして、あの時、俺に打ち明けてくれなかったんだ。もし、君が『きら星』だって言ってくれていたら、美月が君になりすますことなんてできなかった。俺も、君を間違えたりしなかった。俺が、好きになるはずだったのは、君だったんだ」透子はその言葉に答えなかったが、心の中ではこう呟いていた。ある女の子が、一人の男の子のことを、はっきりと好きだと自覚している。でも、その男の子が、別の女の子と付き合っていると知ってしまった。そんな時、どうして、そのことを打ち明けられるだろうか。打ち明けて、それから?どんな答えを期待して?どんな目的を、達成したいと?当時の自分は、蓮司がすでに美月と付き合っているのを見て、二人の間に割り込むつもりはなかった。特に、蓮司も自分のことが好きだなんて、全く知らなかった状況では、なおさら言えるはずがない。言ったところで意味はなく、ただ、余計な波風を立てるだけだから。「あの頃の俺は、ひどく落ち込んでいて、母を失った苦しみから、どうしても抜け出せなかった。君がそばにいて、慰めてくれたから、俺は少しずつ良くなっていったんだ。透子、君は俺の初恋で、この生涯で、唯一愛する人だ……」蓮司の声は、真摯で、切実で、深い愛情に満ちていた。透子はそのストレートで、愛情のこもった告白を聞き、指先がわずかに丸まった。もし、この言葉をもっと早くに聞けていたら、どれほど良かっただろう。だが、よりにもよって、今なのだ。彼女が、すでに心身ともに傷つき、心も冷え切ってしまった、今。二人の一方通行の想いは、時空が交わらなかった。だから、悲劇で終わる運命だったのだ。透子の口元に、気づかれぬほどの、苦い笑みが浮かんだ。すれ違ってしまったものは、もうどうしようもない。その間に、美月の存在があったかなかったかなど、関係ない。
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第1089話

「いや、なんでもない。栞と、少し話していただけだよ」雅人は頷いた。会話の断片を耳に挟んではいたが、その場では何も言わず、ただこう告げた。「義人叔父さん、父さんと母さんが探していましたよ」義人は察して、透子に言った。「栞、それじゃあ、私はこれで失礼するよ。何かあったら、いつでも私を頼ってくれていいからな」透子が顔を上げ、返事をする前に、雅人が割って入った。「お心遣い、ありがとうございます。ですが、彼女は僕の妹です。何かあれば、僕が解決しますので」義人は雅人の方を向き、その言葉に棘があるのを感じた。先ほどの自分と透子の会話を、雅人が聞いていたのではないかとさえ疑った。しかし、義人も「分かった」とだけ言うと、踵を返してその場を去るしかなかった。その場で。義人が完全に立ち去った後、雅人は二歩前に出て、透子に向かって口を開いた。「義人叔父さんは、新井の実の叔父だ。当然、あいつの肩を持つ。午前中、新井が会場に入り込めたのも、あの人が手引きしたからだ」透子は兄の視線を受け止め、言った。「叔父様は、何もおっしゃらなかったですわ。新井さんと復縁するように、だなんてことも」雅人は淡々と言った。「もし、そんなことを勧めてきていたら、叔母さんと父さん、母さんに言いつけるつもりだった」親世代の問題は、親たちに任せればいい。義人一人で、あの三人を相手に敵うはずがない。「それに、復縁を勧めるようなことでなくとも、あの人の口から新井に関する話など、一切聞かせたくないんだ」雅人は、そう続けた。「君はあれほど傷つけられて、命さえ落としかけたんだ。同じ過ちを繰り返してほしくない」透子は頷いた。彼女はもちろん、分かっている。何しろ、すべて身をもって経験したことなのだから。火傷、亀裂骨折、ガス中毒……傷は癒えても、その痛みは昨日のことのように生々しく、一生忘れられないものだ。雅人は、改めて尋ねた。「さっき、具体的に何を話していたんだ?」妹のこと、特に蓮司が関わることとなれば、はっきりとさせておく必要がある。透子は、どう兄に説明すればいいか分からなかった。それに、今更話す必要もないと感じていた。自分と蓮司は、もう二度と関わることはない。だから、過去の真相が今明らかになったところで、何の意味もないのだ。しかし、その言
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第1090話

「どうしたの、透子?今日、元気ないね。一日中、お客さんの相手で疲れちゃった?」透子は首を横に振った。「ううん、そうじゃないの」彼女は理恵を見た。今や唯一の親友であり、同じ女性でもある彼女になら、確かに話しやすい。「新井のことよ。私、ずっと昔の裏事情を知ってしまって……あるいは、運命の悪戯とでも言うべきかしら」透子は彫刻の施された手すりに肘をつき、淡々とした表情で口を開いた。その視線は、どこか遠くを見つめている。理恵はわずかに眉をひそめ、彼女と同じように手すりに寄りかかると、その昔話に耳を傾けた。宴会場の中。理恵に「追い払われた」後も、雅人の気分は晴れず、何度か振り返っては、固く閉ざされたバルコニーの扉を見つめた。彼はふと、子供の頃を思い出した。妹は、庭の芝生で蟻を一匹見つけただけで、大喜びで自分に報告しに来たものだった。だが、今は……二人の間には、やはり埋めがたい溝ができてしまったのだろうか。それも、無理はないことだ。妹とは二十年も離れ離れで、彼女の人生で人格形成に関わる最も重要な時期を、見逃してしまったのだから。今、ようやく彼女を見つけ出した時には、彼女はとっくに大人になり、その性格はすっかり落ち着いて、内向的になっていた……本当は、妹にもっと活発で、天真爛漫で、屈託なく過ごしてほしかった。性格が落ち着いているということは、それだけ多くの苦難を経験し、歳月によって内向的で物静かな性格へと変えられてしまったということを意味するからだ。しかし、彼は同時に、育った環境が人を作るということも理解していた。妹はあの児童養護施設にいた頃から多くの苦労を重ね、ここまで大きくなるだけでも、決して容易ではなかったはずだ。ましてや、少し前には美月の罠にはまり、何度も生死の境を彷徨った。さらにその前には、蓮司からDVを受け、同じように命の危機に瀕していたのだ……美月はすでに始末し、妹の仇は討った。だが、蓮司はまだ、図々しくも目の前を跳ね回っている。雅人は思わず拳を固く握りしめた。その毅然とした瞳には、かすかな殺気が宿っていた。新井蓮司、この生涯、二度と妹に関わらせるものか。さもなければ、大西洋の海水がどれほど塩辛く、冷たいかを、骨の髄まで思い知らせてやる。彼は会場内に戻ると、外周を巡回する警備責
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