前回の食事で蓮司と鉢合わせしそうになった一件から、透子は先輩である駿に、会社の近くで済ませようと提案した。駿は事前にリサーチしており、ネットでの評価が高いレストランをいくつか候補に挙げていた。二人が選んだのは、味付けがあっさりした店だった。会計の際、透子が支払おうとしたが、駿はそれを制し、笑いながら言った。「次は君がご馳走してくれればいいよ」「でも……」透子が言いかけたその時、横から声がした。「桐生社長?」聞き覚えのある声に、透子はぴたりと動きを止めた。とっさに体の向きを変え、腹の不調を訴える。駿は一緒に行こうとしたが、声をかけてきた人物がすでに隣まで来ていたため、仕方なく礼儀正しく相手に返事をした。「こんにちは」「やはり桐生社長でしたか。僕、新井グループ社長秘書の佐藤大輔と申します」大輔は微笑みながら言った。彼は透子がいた辺りに視線をやり、不思議そうに眉をひそめた。駿が尋ねた。「誰かお探しですか?」「いえ、そういうわけでは。ただ、先ほど聞き覚えのある声がしたような気がしまして」大輔は言った。確かに奥様の声によく似ていた。だが、桐生さんの隣にいた女性はショートヘアだったし、顔も見ていない。「仕事関係の方かもしれませんね」駿は笑って言った。駿はその場を去ろうとしたが、相手がまた尋ねてきた。「桐生さんは、お客様とご一緒ですか?」「友人です」駿は答えた。大輔はその言葉に納得し、微笑んで頷くと、駿を見送った。彼は蓮司の昼食を買いに来たのだ。このレストランは出前をしていないため、自ら足を運ぶしかなかった。会計を済ませて店の出口へ向かうと、遠くで駿が例の女性のために車のドアを開けているのが見えた。肩までのショートヘアに、カーキ色のセットアップ。大輔は特に見覚えがあるとは思わなかった。会社へ戻ろうとしたその時だった。視界の隅で、女性が身をかがめて車に乗り込む際、髪を耳にかける仕草が目に入った。その横顔が半分、露わになる。大輔は一瞬にして固まり、勢いよく振り返ったが、車はすでに走り去った後だった。似ている……一瞬、奥様の姿が見えたような気がした。幻覚だろうか?だが、それなら先ほど奥様の声が聞こえたのはどう説明する?幻聴まで?目と耳が同時におかしくなったとなれば、自分は
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