All Chapters of 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた: Chapter 1391 - Chapter 1400

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第1391話

「まあいい、たかが食事一回のことだ。あやつも随分と食い下がっておるようだしな」執事は、新井のお爺さんの態度が軟化したのを見て、特に蓮司のことは心配しなかった。新井のお爺さんの蓮司に対する愛情は、あの隠し子へのそれとは比べ物にならない。執事は相槌を打った。「おそらく、旦那様との関係を深め、孝行の心を示したいのでしょう」新井のお爺さんは答えなかった。彼が認める孫は蓮司ただ一人だが、もちろん、悠斗に対してそこまで非情になるつもりもなく、何も与えないわけではない。遺産や子会社の名義変更については、弁護士に見直させるつもりだ。だが、多くを与えるつもりはない。何しろ、実の息子の博明でさえ、本社から追い出したのだから。将来、悠斗も父親と同じように、いくらかの金を持ち、子会社を一つ任され、食うに困らない生活は送れるだろう。だが、蓮司と新井グループの後継者の座を争う資格は与えない。執事はお爺さんの意向に従って折り返しの電話を入れた。食事会の日取りは、明後日の夜に決まった。……一方、病室にて。義人が雇った介護士の名は安田博(やすだ ひろし)といった。この男は、言われたことを忠実にこなすタイプだった。蓮司は遠回しに買収を持ちかけようとしたが、こいつは見た目どおり朴訥で、頭の回転も鈍いようで、蓮司のほのめかしをまるで理解しなかった。色々と探りを入れてみたが、博の家族は健康で、本人にもギャンブルなどの悪癖はない。つまり、つけ込む隙がなかった。打つ手がなくなった蓮司は、直接聞くことにした。「叔父さんは、月にいくら払ってる?」博は正直に答えた。「六十万円です」蓮司は尋ねた。「たった六十万か。もっと稼ぎたくないか?」博は頭をかきながら、人のよさそうな顔で言った。「そりゃあ、まあ。金が嫌いな人なんていませんし」蓮司は口元を緩めた。……いいぞ。最初からストレートに言えばよかったんだ。彼はすぐに条件を出した。二百万円やるから、自分を外出させ、叔父には黙っていてくれと。博はその直球すぎる話を聞いて、ようやく気づいた。蓮司は、自分を買収しようとしているのだ!だが、彼の頭に最初に浮かんだのは「二百万円ももらえる、欲しい」ではなく、「水野社長の読みは正しかった」という感想だった。博はそこまで間抜けではなかった。何しろ、蓮
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第1392話

理由は聞くな、それは安田博という男の直感だ。どれくらい経っただろうか。博は、さっきまで鬼の形相だった蓮司が、怒りを必死に押し殺し、声を落として、甘ったるい声で電話に向かって話すのを聞いた。「叔父さん、あれはただの冗談ですよ。あいつが融通利かないから、本気にしただけです。ああ、本当です。信じないなら、あいつに動画でも撮らせて送りますから」ソファで耳をそばだてていた博は思った。融通利かないって、誰のことだ?まさか自分じゃないよな。蓮司は冗談だと言ったが、自分には冗談なんて言ってない。確かに大金で買収しようとしたじゃないか。しばらくして、ベッドの上で、蓮司は電話を切ると、殺気だった目で博を睨みつけ、拳を握りしめて奥歯を噛んだ。「安田……ッ!」呼ばれた博は背筋が凍り、何か用事を言いつけられるのかと思って、直立の姿勢で振り返った。だが、怒りに燃える目と合うと、怖くて近づけず、その場でもじもじしながら口ごもった。「あ、新井さん……トイレですか?」蓮司は睨みつけた。「違う!」蓮司は怒鳴った。「お前、頭は大丈夫か?馬鹿なのか?それとも演技か!」博は八つ当たりを食らい、怯えながらも正直に答えた。「両親には頑固者だって言われますし、学生の頃、先生にもあんまり頭良くないって言われました」蓮司は絶句した。あまりに直球で素直な返答に言葉が詰まり、怒りを通り越して笑いそうになった。どうやら、この安田博という男は本当に少しネジが抜けているらしい。普通の人間はこんな答え方はしない。蓮司は問い詰めた。「なぜ俺が言ったことを叔父さんにチクった?」いくら頭が悪くても、そんなことを義人に言っちゃいけないくらい、分かるだろう!博は真面目に答えた。「水野社長の命令です。新井さんのことは、何かあったらすぐ報告しろと。特に外出については」蓮司は歯ぎしりして言った。「だが、金が欲しいって言っただろ?六十万と二百万、どっちが多いか分からないのか?」博は答えた。「分かりますよ。馬鹿じゃないですから」「じゃあ、なんで……」蓮司が口を開きかけたのを遮り、博は続けた。「でも、水野社長が先でしたから。水野社長の命令は、新井さんを外に出すなってことです。先に来た人を優先しろ、約束は守れってのは、母ちゃんの教えです。だから、二百万は大金
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第1393話

蓮司は苛立ちを隠そうともせず、手を振って追い払った。「さっさと出て行け。顔も見たくない」博は困り果てて言った。「でも、水野社長から二十四時間体制で……」言葉は最後まで続かなかった。蓮司の殺気立った目に射抜かれ、飲み込むしかなかった。博にはどうしようもなかった。義人からは片時も目を離すなと言われているが、当の蓮司には顔も見たくないと言われている。そこで彼は折衷案を思いついた。病室のドアの外、廊下の壁際に簡易椅子を置いて座ることにした。これなら監視も続けられるし、蓮司に用事があればすぐ駆けつけられる。何より、蓮司の視界に入らずに済む。まさに一石二鳥だ。病室にて、怒りの収まらない蓮司はスマホを取り出し、グループチャットを開いた。そこには晟雄や勝ら五人の幹部と、大輔が入っていた。彼は今の窮状を打ち明けた。監視がついていて、透子に会いに行けない。何か手はないか、と。メッセージを送ると、すぐに反応があった。勝は、最も張り切る腰巾着だ。誰よりも早く発言した。【監視役は誰ですか?買収できませんか?あの看護師みたいに】それを見た蓮司の怒りはさらに燃え上がり、勢いに任せてフリック入力した。【融通の利かない大馬鹿だ!変な正義感振りかざしやがって、俺の二百万より給料の六十万がいいとか言いやがる!】勝は返信した。【……それは確かに、相当な石頭ですね。普通なら迷わず二百万選びますけど】晟雄が提案した。【社長、何か用事を言いつけて、彼を離れさせるのはどうでしょう?】蓮司は眉をひそめて尋ねた。【三十分以上あいつを引っ張っておける用事なんてあるか?すぐ戻ってきてバレたら、また叔父さんにチクられるぞ】勝たちは策を練り始めた。その間、最初からチャットを覗いていた大輔は、高みの見物を決め込んでいた。まだチクられるのを気にしてるのか。それにしても、あの介護士はもう一度義人に報告してたのか。へえ、権力に屈しない勇者もいるもんだ。そして大輔は、皆が頭を捻っている中、空気を読まずに一言投下した。【介護士の仕事は社長の専属ケアです。あの人はクソ真面目な性格ですから、持ち場を離れたりしないでしょう】この一言で、勝たちが考えた策はすべてパーになった。蓮司がすぐに同意したからだ。【確かに、叔父さんは二十四時間、離れるなって命じてる】議
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第1394話

【おやおや、佐藤さん。君こそ、社長のために働く気がないんじゃないの?社長が一番信頼してるチーフアシスタントなんだから、こういう時こそ社長のお悩みを解決すべきでしょ】パソコンの前にいた大輔は、そのメッセージを見て鼻で笑い、即座に打ち返した。【坂本さんこそ、社長の片腕でしょう。今さら責任逃れとは、社長のために働く気ないんですか?社長もこのグループにいるんですよ。がっかりですね】本来は社長のために知恵を出し合うはずが、二人の派手な言い争いに発展してしまった。しかも社長の目の前で。晟雄たち数人は冷や汗をかき、慌てて間に入って話題を変え、場を収めようとした。だが、蓮司は部下たちが揉め始めたのを見て、さっきの怒りがさらに燃え上がり、苛立ちを隠さずにボイスメッセージを送った。「必要な時にまるで役に立たない連中だ。そんなに暇なら、自分からアフリカの開拓にでも行ってこい!」さすがは直属の上司だ。蓮司のこの一言が投げ込まれると、騒がしかったグループは一瞬で静まり返り、誰も何も言えなくなった。蓮司はようやく静かになったのを見て、再び文字を打った。【一人一案出せ。採用されたら高額ボーナスを出す】皆は即座に社畜モードに切り替え、次々と「了解」と返信した。……チャットでのやり取りが終わり、新井グループの高層階にあるオフィスにて。晟雄は勝に電話をかけ、なぜ大輔に噛みついたのかと尋ねた。相手は社長の側近中の側近だぞ、と。勝も腹を立てており、不満げに言った。「佐藤があんな水を差すようなことを言うからだ。あれじゃ、社長に私たちが無能だと思われる。策の一つも出せないのかってな」晟雄は言った。「佐藤さんの言ったことも間違いじゃない。お前が正面からぶつかるべきじゃなかったんだ。しかもグループで、社長の目の前で」勝は言った。「……今日の佐藤があんなに強気だとは思わなかったんだよ。一言言えば十倍返してきやがって」普段の大輔は誰に対しても愛想が良く、滅多に怒らない。だが今日はまるで何かに火がついたみたいに攻撃的だった。電話の向こうで晟雄は呆れたように溜息をつき、言った。「もういい。佐藤さんを敵に回すなんて、自分から墓穴を掘るようなもんだ」勝は気にしてない様子で言った。「ふん、ただの口喧嘩だ。敵ってほどでもないさ。だがな、私はやっぱりあいつの忠
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第1395話

病院にて。病室の外。執事は新井のお爺さんを支えながら、蓮司の病室を訪れた。するとドアの前に、まるで石の門番のようにじっと座って見張る介護士、博の姿が目に入った。新井のお爺さんは彼に尋ねた。「なぜ中におらんのじゃ?」博はすぐに立ち上がり、実直そうな表情で答えた。「新井さんが、顔も見たくないと。ですので、ドアの外に控えております。何かあれば、すぐにお呼びいただけますから」新井のお爺さんは眉をひそめた。この愚直な若者が、蓮司に意地悪をされているのだ。そう察した新井のお爺さんは単刀直入に尋ねた。「あやつ、お前を怒鳴ったのか?」博は答えなかった。頷きもしなかった。新井のお爺さんは推測が当たっていると確信し、怒気をにじませてさらに尋ねた。「罵倒でもしたのか?」博は再び沈黙した。うつむいたまま、まるで叱られた子犬のように縮こまっている。何も言えないその態度が、すべてを物語っていた。新井のお爺さんは深く息を吸い、持っていた杖で床をドンと突いた。その音に気づいた蓮司は、病室でヘッドホンを外してドアの方を見た。怒りを湛えた新井のお爺さんの顔が、目に飛び込んできた。「このろくでなしが!」新井のお爺さんは蓮司を睨みつけて怒鳴った。「わざわざ世話係として雇った者に、八つ当たりするとは何事じゃ!」いきなり罵声を浴びせられ、蓮司は言葉を失った。彼は焼け付くような眼差しを、新井のお爺さんの背後に立つあの間抜けな男へ向けた。見た目は素朴なくせに、ずいぶんといい度胸をしている。叔父の義人に告げ口したかと思えば、今度は祖父にまで。自分がそんなに御しやすいとでも思っているのか。殺気を感じ取った博は、慌てて弁明した。「違います、新井会長。新井さんは怒鳴ってもいませんし、罵ってもいません」確かに怒鳴られたし、罵られた。だがここで認めてしまえばクビになりかねない。仕事を失うわけにはいかないのだ。蓮司は平然と言った。「その通りだ。俺は何もしていない」そもそもあいつが先に告げ口をして、自分が義人に怒られる原因を作ったのだ。やられたらやり返す。それだけのことだ。「わしが誰を信じると思う?」顔色一つ変えずに嘘をつく孫を見て、新井のお爺さんは冷ややかに笑った。蓮司は絶句した。……一体どっちが孫なんだ。新井のお爺さん
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第1396話

博は、自分が世話をしている蓮司が愛する人に会いに行こうとしていること、そしてそれが両家の間に新たな火種を生むことなど、知る由もなかった。執事は厳重に言い渡した。「若旦那様は当分外出禁止です。しっかり見張っていてください。何を言われても、病室から一歩も出さないように」博は頷いて尋ねた。「新井さんのお怪我がまだ重いからでしょうか。もう少し良くなってからでないと、動けないということですね」「そうです」執事は短く答えた。蓮司の具合が良くなれば、その時は転院だ。そうなれば、もう透子に会いに行くこともできなくなる。二人は病室の方へ戻った。執事は、この大柄で実直な介護士を見ながら、義人の人選は流石だと感心した。他の人間なら、もしかしたら本当に買収されていたかもしれない。この青年はいい。蓮司が転院した後も、引き続き彼に介護を頼もう。病室にて。新井のお爺さんからの命令もあり、蓮司はもう博を追い出すことはできなくなった。博はフルーツを洗い、お茶を淹れた。手持ち無沙汰になると、ついでに掃除までこなし、病室を塵ひとつないほど綺麗に片付けた。義人から蓮司の世話を頼まれていたが、博にとってこの仕事はあまりに簡単すぎた。蓮司はトイレに行く時でさえ支えを必要とせず、身の回りの世話などほとんどさせてもらえない。せいぜいお茶を淹れたり、物を取ったりする程度だ。以前、寝たきりで排泄の世話まで必要だったお年寄りたちを介護していた頃に比べれば、ずっと楽だった。その上、給料は以前の三倍だ。まさに神様がくれたような仕事だ。給料が高くて仕事が楽。だから彼は蓮司を神棚に祀り上げんばかりの勢いで、態度は極めて恭しく丁寧だった。そのあまりの献身ぶりに、蓮司は昨日の二度にわたる告げ口の件で腹を立てようにも、怒る気力を削がれてしまった。蓮司は指示した。「六時になったら下へ迎えに行ってくれ。俺の部下が来る」博は元気よく答えた。「了解です!」その頃、新井グループ最上階、アシスタント室。勝は二日前に提出したプロジェクト案のフィードバックがいまだに来ないため、部下にアシスタント室へ電話をかけさせた。電話に出たアシスタントは、書類が溜まっていて社長の手が回らないため、もう少し待ってほしいと、判で押したような回答を繰り返すだけだった。だが普段のペー
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第1397話

勝は鼻で笑った。「ふん、この机のどこが壊れてるって言うんだ?どこも問題ないだろう」彼はさらに詰め寄る。「単刀直入に聞くぞ、佐藤。お前、うちの部署のプロジェクト案を握り潰したな?経理部の書類は私たちより後に出したのに、もう決裁が下りてる。なぜ先に提出した私たちには音沙汰がないんだ」露骨な詰問を受けても、大輔の表情は凪いだ水面のように穏やかだった。怒り心頭の勝を前にしても、眉ひとつ動かさない。「部署が違えば、優先順位も違いますよ。経理部の案件は最優先事項ですから、先に決裁されるのは当然です」その平然とした態度に、勝は奥歯を噛み締めた。大輔がわざとやっているのは明白だ。「何が最優先だ!」勝は怒鳴った。「今は月末の決算期でもないだろう!今日中に納得のいく説明がなければ、ただじゃおかないぞ!」怒号を聞きつけ、他のアシスタントたちが一斉にそちらを見やった。特に、書類のスキャンとデータ化を担当していたアシスタントは、戦々恐々としながら昨日の圧縮ファイルを確認し始めた。自分のミスで漏れたのではないか。冷や汗が滲む。もしそんな大きなミスをやらかしたら、勝にこっぴどく叱られるだろう。幸い、検索した結果、勝の部署のファイルは確かにスキャンされていた。自分に落ち度はない。ならば遅れている原因は、社長がまだ決裁していないからだ。ああ、可哀想な佐藤チーフ。社長が手を付けていない仕事のせいで、理不尽な怒りをぶつけられている。アシスタントは同情し、助け舟を出そうと立ち上がった。「あの、坂本部長……社長の決裁がまだなんです。坂本部長の書類は一昨日提出された後、すぐにスキャンして社長に送信しましたから」背後からの声に、勝は振り返って眉をひそめた。一瞬、大輔を誤解していたのかと思った。だが相手は見慣れない顔だ。普段社長の会議に同行するアシスタントではない。念のため尋ねた。「君が社長に送ったのか?」「私がデータをまとめて佐藤チーフに送り、チーフが社長に送信しました」彼には社長に直接送る権限がなく、あくまで雑務をこなすだけだ。勝は心の中で冷笑した。聞いて正解だった。結局、大輔の手を経由している。再び向き直り、大輔を睨みつける。「佐藤、どうせ私の部署のファイルを削除したんだろう?潔白だと言うなら、送信履歴を見せろ」
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第1398話

大輔は涼しい顔で言った。「僕のメールボックスを見る権限は、坂本部長にはありませんよ。無理に見ようとすれば、企業秘密の窃盗になります」勝は絶句した。話が堂々巡りになり、完全に逃げ道を塞がれた。調べなければ証拠は掴めない。だが調べれば、大輔に機密窃盗の罪を着せられる。胸が詰まって息苦しく、怒りで怒鳴り散らしたい衝動に駆られた。爆発寸前の勝とは対照的に、大輔は終始、涼しい顔を崩さなかった。普通なら「濡れ衣だ」と詰め寄られれば、多少なりとも色をなして反論するはずだ。こんなに落ち着いているわけがない。しかも数日前、大輔ははっきりと警告していた。「書類を止めるぞ」と。大輔がわざとやっているのは明白だ。だが勝は進退窮まり、手出しができない。数日前、大輔が書類を届けないなら自分で病院へ行くと言ったことを思い出した。だが今、社長は入院中だ。まさか本当に病院まで押しかけるわけにはいかない。勝は歯ぎしりしながら吐き捨てた。「陰険な奴だ」大輔は無実を装って問い返した。「どういう意味ですか?僕がいつ、陰険なことをしました?」勝は睨みつけた。この屈辱感を味わって初めて、晟雄の言葉が身に染みた。社長の側近を軽々しく敵に回すべきではない、と。だが、自分から喧嘩を売ったつもりはない。昨日、グループチャットで水を差したのは大輔の方だ。社長のために策を出さないばかりか、邪魔をした。まるで、自分たちが社長に助言するのを快く思っていないようだった。「他にご用がないなら、お引き取りください。社長には僕から催促しておきます。決裁が下り次第、すぐにお知らせしますから」大輔は、勝が悔しがる様子を見て溜飲を下げたのか、微かに笑みを浮かべて言った。勝は命じた。「今すぐ催促しろ」「今日はもう催促しましたよ。社長はまだ怪我の療養中で、本調子じゃないんです。あまり急かすと、機嫌を損ねてしまいます」勝は、大輔がわざとやっていると確信した。表面上は殊勝なふりをして、のらりくらりとかわしているだけだ。プロジェクトの提案書は緊急を要するものではない。四、五日遅れることなどざらにある。だが、どの部署だって早く実行に移して実績を上げたいものだ。「そんなにお急ぎなら、ご自分で社長に電話して聞いてみてはどうですか?」大輔は提案した。勝は表情を崩さなかった
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第1399話

「社長、これから病院へ向かいますが、坂本部長も書類を持って一緒に来てはいかがでしょう」「ああ、いいだろう。二人で来い」勝は口を挟む隙もなく、病院行きが決まってしまった。通話が切れると、大輔は薄く笑って彼を見た。「坂本部長、行きましょうか。僕の告げ口をしたいんでしょう?直接話せるチャンスですよ」勝は、笑みを湛えた大輔の目を見たが、その奥に何やら企みが隠されているような気がしてならなかった。頭の中で素早く計算する。今日、書類の催促に来たことに落ち度はない。たとえ社長のところへ行ったとしても、せいぜい「急かすな」とたしなめられる程度だろう。そこで勝は鼻を鳴らし、先に部屋を出ながら捨て台詞を吐いた。「行ってやるさ。社長に直接メールの送信時間を確認してもらえば、お前が私怨で嫌がらせをしていたかどうかなんて、すぐに分かることだ」大輔はその背中を追いながら、無言で微笑んでいた。眼鏡の位置を直し、心の中で呟く。ふん、坂本勝。お前に「身から出た錆」とはどういうことか、教えてやるよ。二人が病院に到着したのは、二十分後だった。大輔はロビーを見渡したが、執事の姿が見当たらない。少し待つことにした。勝は愚痴をこぼした。「見舞いに来るたびに申請が必要だなんて、面倒なことだ。社長は確かに大物だが、流石に彼に手出しするような命知らずはいないだろう?」大輔は淡々と答えた。「申請は橘家の意向ですよ。ボディーガードが配置されていますし、迎えがなければエレベーターのボタンさえ押せませんから」勝は振り返り、解せない様子で尋ねた。「つまり、橘家が社長を守っているということか?だが、あそこは社長と敵対しているんじゃなかったか?」社長が散々冷遇した元妻こそが、橘家の一人娘だ。それに社長の執拗な復縁要請のせいで、最近ではあの異母弟に大きなプロジェクトを譲り、無傷で本社へ戻る手助けまでしてしまった。社長が橘家の勢力圏で事故に遭ったとはいえ、橘家の対応はあまりに手厚すぎる。どうやら世間の噂は誇張されており、橘家と新井家の確執はそれほど深くないのかもしれない。大輔は質問には答えず、釘を刺した。「それは新井家と橘家の間の問題です。坂本部長は余計な詮索をせず、ご自分の仕事に集中された方がいいですよ」勝は食い下がった。「ただの好奇心だよ。佐藤さん、
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第1400話

証拠がない以上、勝がエスパーでもない限り、証明など不可能だ。大輔が執事に電話をかけようとしたその時、向こうから一人の男が歩いてきた。「どちらかが、佐藤アシスタントですか?」顔を上げると、二十代半ばとおぼしき大柄な青年が立っていた。「僕ですが、あなたはどなたですか?」「安田博です。新井蓮司さんの介護を担当しております」博は付け加えた。「新井さんから、お迎えに上がるよう言いつかりました。人違いかと思いましたよ。お一人だと伺っていたのに、お二人でいらしたので」大輔たちが到着する前から、博は下りてきてずっと待っていたのだ。数分間観察し、ロビーにいるスーツ姿の二人組がそれらしいと当たりをつけたが、人数が合わない。様子を見ていたが、他に誰も来ないため、意を決して声をかけたのだった。「行きましょう、ご案内します」大輔は頷き、彼について歩き出した。勝は横を歩く青年を観察する。この男が、社長の言う「融通の利かない」介護士なのだろう。先ほどの対面では、それほど鈍感そうには見えなかったが。その評価は、すぐに覆されることになった。エレベーターホールにて、博が電話連絡を済ませ、ボタンを押した。ドアが開き、大輔を先に乗せる。続いて自分が乗ろうとした時、大輔の横にいた勝も乗り込もうとした。このエレベーターは指定階への直通で、途中階には止まらない。博はとっさに相手の腕を掴み、後ろへ引き戻した。不意を突かれた勝は、無防備なまま力任せに引き剥がされた。驚愕の表情で介護士を見る。「おい、何をするんだ?」「こちらの方は次の便をお待ちください。このエレベーターには乗れません」「……私は佐藤さんと一緒に来たんだぞ。どうして待たなきゃならないんだ?」一緒でなければ、自分一人では上がれない。勝はそう言い捨てて再び乗り込もうとしたが、大柄な博に立ちはだかられ、締め出されてしまった。押し返され、苛立ちを露わにする。「おい、何の真似だ!私も行くんだ、そこをどけ!」博は断固として譲らなかった。「だめです。新井さんからは一人だけ迎えに行くよう指示されています。それは佐藤さんであって、あなたではありません」エレベーターの中で、大輔は笑いを必死に堪えながら同調した。「その通りです。僕こそが社長のアシスタントですから」勝は声を張り
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