All Chapters of 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた: Chapter 1401 - Chapter 1410

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第1401話

勝は目を剥いて睨みつけた。怒りで頭から湯気が出そうだ。この介護士の頑固さにも腹が立つし、大輔が見て見ぬふりをして涼しい顔で皮肉を言ったことにも腹が立つ。もう病院まで来ているのだ。今さら取次など必要あるか。今日こそは絶対に上に行かなければ。「いいか、よく聞け。私は一昨日も来たんだぞ。新井社長の部下だ。重要な用件があるんだ」勝はそう言いながら博を押し退けようとするが、何度押してもびくともしない。「私の仕事を邪魔して、十億単位のプロジェクトが遅れたら、お前に責任が取れるのか!」勝は再び脅し文句を口にした。だが博は頑固一徹で、ダメなものはダメだと譲らない。相手がまだ諦めずに割り込もうとするのを見て、後ろに向かって言った。「佐藤さん、先に上がってください。この人は僕が食い止めますから」大輔は閉まるボタンを押し、笑いを堪えながら言った。「助かります。お願いします」それから勝に向かって、いかにも公正で丁寧な口調で続けた。「坂本部長、今日は無駄足になってしまってお気の毒です。ですが、安田さんも職務を全うしているだけですから、責めないであげてください」それを聞いた博の中で、大輔への好感度はうなぎ上りだった。一方で、無理やりエレベーターに乗り込もうとする目の前の男に対しては、さらに冷ややかな視線を向けた。見ろ、同じスーツ姿でも、片や礼儀正しく、片や野蛮で理不尽だ。どうしてこうも人間性に差があるのか。エレベーターのドアが閉まりかけるのを見て、勝は焦って叫んだ。「おい、佐藤!本当に私を置いていく気か!私が悪かったよ!嫌がらせなんてしなきゃよかった、謝るから!あれはただの冗談だ。次はもう巻き込んだりしないから!勘弁してくれ!この頑固者め、社長が融通が利かないと言うわけだ。早く乗せろ……」勝の謝罪と罵倒は閉ざされたドアに遮られ、大輔にはもう聞こえなかった。エレベーターはそのままスムーズに上階へと向かった。病室の前まで来ると、中に入る前から蓮司の声が聞こえてきた。「高橋さん、もう行っていいぞ。佐藤たちがすぐに上がってくる」執事が答えた。「若旦那様、そう急ぐこともないでしょう」蓮司の声には苛立ちが滲んでいた。「急ぐこともないと言うが、この隙に俺が上の階へ走って行けるとでも思うか?間に合うわけないだろう」執事は冷静に答えた。
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第1402話

執事が博のために口添えをした。「若旦那様、安田はただ少し実直なだけで……それに、坂本部長がいらっしゃるとは、彼に伝えていなかったではありませんか」蓮司は怒り心頭で言い放った。「あれが実直か?ただの単細胞だ!頭の中に詰まってるのは、脳みそじゃなくてクソだけか!」執事は絶句した。いくらなんでも、その言い草は汚すぎる。「私が安田さんに言って、通すように伝えてきます」フォローしようとしたが、蓮司は遮った。「いい、俺が直接言う」スマホを取り出し、博に電話をかける。数回コール音が鳴った後、相手が出た瞬間、蓮司は怒鳴った。「この大馬鹿者!坂本を連れて上がってこい!あいつは佐藤と一緒に来たんだぞ。なんで下で足止めするんだ!人を迎えに行くことさえ満足にできないのか。給料泥棒め!」激昂する蓮司を見て、執事は慌ててなだめた。「若旦那様、お怒りをお鎮めください。怒ると傷に……」言葉が終わらないうちに、蓮司はスマホを置き、冷笑を浮かべた。「俺だって怒りたくて怒っているわけじゃない!お前たちが雇ったあのトンチンカンな介護士のせいだ!監視をつけるのは百歩譲って認めるとしても、せめてまともな頭脳を持った奴を寄越せ!」執事は言葉に詰まった。博は義人が連れてきた人間だ。自分の一存で解雇することなどできない。それに、博は確かに少し融通が利かないところがあるが、蓮司に買収されないという点では、非常に優秀だと思う。五分後、ドアの外で待機していた執事は、博が勝を連れて上がってくるのを目にした。勝は満面に不満と怒りを湛え、風を切るように歩いてくる。執事は、彼があの介護士の悪口を言うだろうと予感した。一方、後ろに続く博は、相変わらず実直そうで、どこか縮こまったような、無実を訴えるような顔をしていた。執事は博を捕まえ、廊下の少し離れた場所へと連れて行った。病室には入れず、これ以上、蓮司の罵声を浴びないようにするためだ。病室にて、予想通り、勝は入ってくるなり、あの融通の利かない介護士への不満と愚痴をぶちまけた。蓮司は無表情でそれを聞いていたが、最後にこう言った。「あいつの頭の構造は普通じゃないと言っただろう。あんな奴とまともに張り合うな」勝はひとしきり鬱憤を晴らした後、今度は涼しい顔で高みの見物を決め込んでいる大輔に矛先を向けた。「
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第1403話

「社長、坂本部長は僕が書類を送っていないと誤解されているようで、いくら説明しても聞く耳を持っていただけないのです」大輔は傍らで溜息をつき、いかにも被害者といった様子で訴えた。「あんなに剣幕でアシスタント室に乗り込んでこられて……僕はいつも通り、真面目に仕事をしていただけなのに」それを聞いた勝は、大輔が被害者面をして逆に自分を訴えているのを見て、カッとなって怒鳴った。「佐藤さん、言葉を慎め。濡れ衣を着せるな。誰が乗り込んだと言うんだ?ただ聞きに行っただけだろう。書類を漏らしたとは言っていない。後回しにしたと言っているんだ」相手が論点をずらそうとしているのを見て、大輔は皮肉っぽく言い返した。「坂本部長があんな勢いで僕のデスクに詰め寄り、机をバンバン叩いたのは、乗り込んだと言わないのですか?他のアシスタントたちも見ていましたよ。それに、僕のメールボックスを見せろなどと……それが規則違反だと知りながら、僕を困らせようとして。否定されるなら、防犯カメラの映像を確認してもらいましょうか。誰が騒ぎ立てていたか、社長にも見ていただきましょう」勝は大輔を睨みつけたまま、言葉に詰まった。どう収拾をつけるべきか、頭を巡らせる。確かに机を叩いたのは事実だ。自分は一人だが、あそこのアシスタントたちは全員大輔の味方だ。白を黒と言いくるめられかねない。「机なんて叩いていない。手が少し強く当たっただけだ」実に苦しい言い訳だった。「ふっ、手が当たっただけで、机がバラバラになりそうになるんですか?」大輔は冷ややかに笑った。「なんだと、どこがバラバラだ。佐藤、お前こそ名誉毀損だぞ……」勝は腰に手を当て、言い争いを始めた。病室のベッドで、簡易テーブルの前に座っていた蓮司は、部下たちがまたしても目の前、しかも病室で喧嘩を始めたのを聞いていた。彼は無表情を貫いた。「どっちも黙れ」言い争いがヒートアップしそうになった瞬間、蓮司は堪忍袋の緒が切れて一喝した。喧嘩はピタリと止んだ。ようやく静寂を取り戻し、蓮司は眉間を揉みながら呆れたように言った。「病人を労わるという気持ちはないのか。喧嘩なら外でやれ」大輔は小声で弁解した。「喧嘩するつもりはありませんでした、社長。坂本部長が絡んできたんです」「なんだと!」勝は大輔を睨みつけた。「佐藤さん
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第1404話

大輔の笑みを見て、勝はようやく悟った。今日、自分が騙されて病院まで連れてこられた理由を。来る前から大輔の目に何か企みがあるとは感じていた。まさか自分がまんまとダシに使われるとは。歯ぎしりしながら、勝は笑顔を作った。「喜んで協力させてもらうよ」目的が達せられたのを見て、大輔は満足げに「どうぞ」とジェスチャーをした。「では、坂本部長のお手並み拝見といきましょう」何しろ、あの介護士の融通の利かなさは、勝が下で嫌というほど味わったばかりだ。蓮司からの電話がなければ、上がってくることさえできなかっただろう。「佐藤さんも一緒だ。協力し合うと言っただろう」引きつった笑みを浮かべ、勝は大輔をドアの方へと引っ張っていった。形勢逆転の早いこと。さっきまでいがみ合っていた二人が、次の瞬間には共同戦線に入っている。蓮司は二人を止めなかった。自分もあの博を追い払って、その隙に透子に会いに行きたいと思っていたからだ。病室の外。執事はすでに帰っており、博だけが少し離れた手すりのそばで、大輔たちが帰るのを待っていた。彼らが去ってから病室に戻るつもりだったのだ。足音に気づいて振り返り、二人が出てきたのを見て歩み寄った。「お二人とも、新井さんとのお話は終わりましたか?下までお送りします」勝は鼻を鳴らした。根に持っていることを隠そうともせず、蒸し返す。「二人?私も含まれているのか?私は招かれざる客じゃなかったのか?」博は気まずそうに頭をかきながら、小声で弁解した。「最初は、新井さんもあなた様とは仰っていませんでしたから……」「佐藤さんと一緒にいるんだから、一目瞭然だろう。いちいち社長に確認しないと、その頭は動かないのか?」勝は怒りを隠さない。博はうつむいて弁解しなかった。確かに最初は自分が止めたのだが、相手がこれほど根に持つとは思わなかったのだ。「まあまあ、坂本部長。彼も命令に従っただけですよ」大輔が助け舟を出した。博は礼儀正しい大輔に感謝の眼差しを向けた。二人に対する態度の差は歴然としている。勝は横で見ていて、自分が損な役回りを演じ、大輔がおいしいところを持っていく構図に気づいた。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。目配せして博を追い払う策を実行するよう促すが、大輔は知らん顔を決め込んでいる。つまり、お
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第1405話

「なぜ新井さんのご機嫌を取る必要があるんですか?僕は新井さんに媚びる必要はありません。僕たちはただの介護士と患者の関係ですし、それに僕の雇い主は水野社長ですから」勝は絶句した。あまりに正論で、とっさに反論の言葉が見つからなかった。その傍らで、大輔は口元を手で覆い、必死に笑いを堪えていた。いいぞ、安田博、通常運転だ。言っていることはもっともだ。なぜ蓮司に媚びる必要がある。給料を払っているのは蓮司ではないのだから。一瞬言葉に詰まったが、勝はようやく反論の糸口を見つけた。「媚びろと言っているわけじゃない。社長と良好な関係を築いておけば、君にもメリットがあるだろう?」博は首を傾げた。「僕が彼のお世話をするのはこの短期間だけです。どんなメリットが必要なんですか?」勝は説得を始めた。「君は視野が狭いな。社長がどんな人物か知っているか?彼は京田市の新井家の次期当主だぞ。その資産は十兆円を下らない。彼と親しくなれば、介護士なんて続ける必要はないだろう?適当なポストを用意してもらうだけで、一夜にして大金持ちになれるんだぞ」これなら十分に魅力的だろう。何しろ、この朴念仁の目の前にいるのは、雲の上の存在なのだ。この朴念仁が今まで媚びなかったのは、単に社長がどれほどの富と地位を持っているか知らなかったからに違いない。勝の常識では、字が読める人間なら誰でも正しい選択をするはずだった。だが――目の前のこの大馬鹿者を買い被っていたようだ。博は真顔で答えた。「僕は介護士という仕事に誇りを持っています。新井さんがお金持ちなのは新井さんのことです。僕はお金を恵んでもらう必要はありません」勝は言葉を失った。お手上げだ。今の熱弁は全部無駄だったのか。この朴念仁は、どうしてこうも融通が利かないんだ。怒りで顔が引きつりそうだった。金と権力、そして地位の誘惑をこれほど歯牙にもかけない人間がこの世に存在するとは。棚からぼた餅が落ちてきても、見向きもしないようなものだ。これは実直なのではない、愚かなのだ。脳みそがどうかしている。大輔が耳元で囁いた。「金で釣るのは無理ですよ。社長の二百万円を断ったのを忘れたんですか?」勝は歯ぎしりして言い返した。「私が言ったのは二百万どころの話じゃない!あいつは二百万がはした金だと思ったのかと勘違
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第1406話

「君のことを気にかけているだけだよ。何と言っても、君は社長の専属介護士だ。社長に付きっ切りになるんだから、家庭の事情で穴を空けるわけにはいかないだろう」もっともらしい理由をつけて、勝は探りを入れた。博は頷いた。「ああ、なるほど。その点はご安心ください。仕事に穴を空けるようなことは絶対にしません。僕はプロですから」勝は畳みかけた。「口約束だけでは信用できないな。君の家庭の事情を詳しく話してもらう必要がある。隠し立てはするなよ、裏付け調査もするからな」博は相手の言葉に含まれる脅しのニュアンスに気づかなかった。物事を深く考えない質なので、包み隠さず洗いざらい話した。聞き終えた勝は、ぐっと言葉を飲み込んだ。安田家は絵に描いたような善良な市民で、付け入る隙が全くなかったからだ。まさか、善良な市民を罠に嵌めて借金を背負わせるわけにもいかない。そこまで過激で違法な手段を取るほど、彼は狂ってはいなかった。勝が黙り込んだのを見て、数秒後に博が付け加えた。「新井さんも初日に同じことを聞かれました。たぶん、あなた様と同じお考えだったんでしょうね」勝は絶句した。なんと、この手はすでに社長が使っていたのか。買収に失敗したとは言っていたが、身辺調査まで済ませていたとは言っていなかった。そうでなければ、こんな無駄骨を折ることもなかったのに。「坂本部長、一体どうしたんです?腕が鈍ったんじゃないですか?」大輔が横から小声で、嘲笑混じりに尋ねた。「言い出したのはあなたなのに、実行段階でこうも躓くとは。この手は使えそうにありませんね」彼は眉を上げて揶揄する。「それとも、普段は部下に命令するばかりで、自分で動くことがないから、いざ現場に出ると役に立たないんですか?」勝は振り返って睨みつけた。こんな露骨な皮肉を言えるのは大輔くらいのものだ。だが、完全に敵に回すわけにもいかない。昨日のプロジェクト案の一件で、蓮司が大輔を贔屓にし、調査すらしなかったことは明白だったからだ。大輔は一歩下がって、悠々と言った。「これで、僕が水を差したなんて言わないでくださいよ。あなたの策が、そもそも役に立たなかっただけですから」今日の報復が成功し、彼は胸のすく思いだった。博には二人の会話の最後の一言しか聞こえず、何をこそこそ話しているのかさっぱり分から
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第1407話

勝は脅した。「協力したくないのは君の方だろう。今すぐ社長に報告してやる。君には忠誠心のかけらもないとな」大輔は淡々と返した。「どうぞ、止めやしないよ。君の一方的な言い分だけで、証拠もないのに誰が信じるんだ」勝は今、二つの怒りを抱えて頭に血が上っていた。一つは、あの融通の利かない博のせい。もう一つは、のらりくらりと立ち回る古狸のような大輔のせいだ。二人が睨み合っている最中に、博が口を挟んだ。「お二人とも、帰らないなら僕は病室に戻って新井さんのお世話をします。帰る時は声をかけてください」二人の会話の意味は分からなかったが、仕事に関する高尚な話なのだろうと思った。自分がここに突っ立っていても気まずいだけで、会話に入りようもない。そう言うと、博は礼儀正しく二人に会釈し、病室へと戻っていった。相手がいなくなっては、ここに留まる理由もない。博が病室に入って間もなく、二人の部下もドアの前に姿を現した。蓮司は視線で問いかけた。勝は気まずそうな顔をし、大輔は両手でバツを作って見せた。状況を察し、蓮司の目が冷ややかになった。「社長、今日は時間がなくて準備不足でした。また後で試してみます」勝は慌てて言った。背を向けて蓮司に水を注いでいる博を睨みつけ、歯ぎしりしながら続けた。「それに、あいつは本当に厄介です。馬の耳に念仏だし、好意も悪意も区別がつかないんですから」「馬の耳に念仏」の当人は、全く反応しなかった。誰か別の人の話をしているのだと思い、自分には関係ないと思っていたからだ。サイドテーブルにコップを置き、博は言った。「新井さん、喉は渇いていませんか」蓮司は冷淡に答えた。「渇いていない」「そうですか。じゃあ、渇いたらまた淹れ直しますね」空気を読んでソファの方へ向かい、部下の二人がまだドアのところに立っているのを見て、中に入って座るよう勧めた。勝は無視した。大輔は微笑んで断った。「いえ、すぐに失礼しますので」博は頷き、二人を見送る準備をした。蓮司が口を開いた。質問の矛先は勝だ。「次はいつ試すつもりだ」勝が答える前に、蓮司自身が続けた。「明日だ。時間は待ってくれない」勝は承諾するしかなかった。透子の退院が迫っており、蓮司にはもうあまり時間が残されていない。「今夜、佐藤さんや高山副社長たちとも相談し
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第1408話

命に別状はないと、勝は何度も保証した。ただ博を遠ざける口実を作るだけだと。グループチャットに送られてきた具体的な実行計画を見て、大輔は思わず口元を引きつらせた。あまりに非道なやり口だ。命に別状はないとはいえ、あのお婆さんに何の罪があるというのか。高齢で「当たり屋」のような事故に巻き込まれ、入院などさせられれば、回復だって容易ではないだろう。それなのに、蓮司が自ら許可を出した。大輔は首を横に振って溜息をついた。まるで、以前彼が透子のプロジェクトの資材をすり替えた事件の再来を見ているようだった。翌日。市街地から少し離れた通りは、行き交う人々で賑わい、露店が立ち並んで活気に満ちていた。ここが、勝が「一芝居」打つ場所だ。わざわざ一時間の早退を申請して駆けつけ、蓮司が昨夜のうちに探偵を雇って調べ上げた資料を手に、ターゲットの確認を始めた。屋台が視界に入ると、隣にいた男が言った。「あの人でしょう。あの介護士の祖母というのは」腰の曲がったお婆さんが屋台の前で忙しく働いているのを見て、勝は念を押した。「いいか、手加減しろよ。軽い怪我で済むようにするんだ」「分かってます」この男もまた、勝に協力させるために蓮司が雇った人間だ。つまり、勝は計画を立案しただけで、資料や人員の手配はすべて蓮司が行っていた。勝自身が表に出る必要はない。新井のお爺さんたちに見つかれば、即座に露見してしまうからだ。少し離れた場所に身を隠し、勝は仕組まれた「不慮の事故」の一部始終を見届けた。被害を最小限に抑えるため、男は車ではなく、電動バイクを使用した。コントロールを失ったバイクが屋台に突っ込み、屋台が横転し、お婆さんも地面に倒れ込んだ。その後は現場が騒然となり、救急車を呼ぶまでの流れは、まさに計画通りだった。夕方の六時近く。病院の病室にて。博のスマホが突然鳴った。見知らぬ男が、彼の祖母の携帯を使ってかけてきたのだ。祖母が事故に遭って入院したため、家族である博に直接来て、賠償の話をしてほしいという内容だった。博は狼狽し、祖母の怪我の程度を必死に尋ねる。相手は骨折だと告げ、責任はすべて負うなどと説明した。「骨折」という言葉を聞いた瞬間、博はパニックに陥った。祖母は高齢だ。その歳での骨折は、命に関わるほど辛いものになりかねな
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第1409話

蓮司がメッセージを送信すると、勝から返信が届いた。【いいえ、社長、ご心配なく。骨折はしていません。脚のかすり傷程度です。相手は電動バイクですから、大した怪我にはなりませんよ】【骨折と言わなければ、あの安田は来ないと思いましたから。まさか骨折と言っても来ないとは予想外でしたが】【今すぐ手を打ちます。母親と連絡がつかないことにして、本人を呼び出します】蓮司はそれを読み、「了解」と一言だけ返した。その時、博も通話を終えたようだった。だが病室に入ってこないのを見て、蓮司は彼が母親に電話をかけようとしているのだと察し、慌てて呼び止めた。もし博が電話をかけてしまえば、勝が「母親と連絡がつかない」という嘘をつけなくなる。そうなれば、博は病院へ行かなくなってしまう。博は声を聞いて振り返り、尋ねた。「新井さん?何かご用でしょうか」その表情は心ここにあらずといった様子で、祖母を心配しているのは明らかだった。それでもなお、彼は職務を優先し、真面目に仕事を全うしようとしていた。蓮司は寛大な態度で言った。「さっきの電話、聞こえていたぞ。行ってこい。数時間なら休みをやる」博はそれを聞いて呆気にとられた。まさか蓮司がそんなことを言ってくれるとは、夢にも思わなかったからだ。蓮司は彼が固まっているのを見て、さらに促した。「何を呆けている。家族の一大事だろう、さっさと病院へ行ってこい」博は無意識に本音を漏らした。「いえ……まさか新井さんが、これほどお優しい方だとは思わなくて」蓮司は絶句した。蓮司は彼を睨みつけた。「俺がいつ悪人に見えたんだ?」事故の黒幕は自分であるにもかかわらず、彼はその事実を棚に上げていた。「いえ、違います、そういう意味ではなくて、その……」博は慌てて弁解しようとしたが、蓮司は手を振って遮った。これ以上、彼と話すのは面倒だった。博の目に自分が善人と映ろうが悪人と映ろうが、どうでもいいことだ。蓮司は言った。「さっさと行け。俺のことは気にしなくていい」博がまだ躊躇しているのを見て、蓮司は畳みかけた。「数時間席を外したからといって、給料を引いたりはしない。そんなに四角四面に張り付いている必要はないだろう。高齢者の骨折は大事だぞ。年寄りは骨が脆い。処置が遅れれば、一生残る障害を負うかもしれないんだ」「
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第1410話

そのため、蓮司の歩き方は奇妙なものになった。大きく一歩踏み出し、後ろ足を引きずるように運ぶ。まるでコマ送りの映像みたいに、ぎこちない足取りだった。どうにかドアのところまで辿り着き、外の景色を目にすると、瞳は希望と切迫感でさらに輝きを増した。しかし、身を翻して二歩も進まないうちに、背後から冷ややかな声が飛んできた。「若旦那様、どちらへ行かれるのですか」蓮司の体は瞬時に強張った。腕に鳥肌が立つほどの驚き。その場で硬直し、不承不承といった様子でゆっくりと振り返った。「高橋さんか……病室に籠りきりで息が詰まりそうだったから、少し気晴らしに出ようと思ってな」引きつった笑みを浮かべ、平静を装う。「医師からは、勝手な歩行は禁じられております」執事が答えた。「ずっと歩き回るなと言われただけだ。空気を吸うくらい構わないだろう」蓮司は弁解した。執事はそれを否定しなかったが、すぐにこう続けた。「では、どこで気晴らしをなさいますか。この廊下ですか、それとも下へ。下へ行かれるなら、わたくしが車椅子を押してご一緒します」その言葉に、蓮司の顔に張り付いていた余裕の仮面が崩れかけた。執事がついてくるのは明白だった。そして悟った。あの朴念仁が出て行った直後に執事が現れたのは、博が休暇の件を真っ先に執事に報告したからに違いない。「俺は、この廊下で少し立っているだけにするよ」そう言うしかなかった。下へ行ったところで、執事に車椅子を押されては逃げられない。それなら廊下にいると言って、執事が油断して立ち去るのを待つ方がマシだ。手すりのそばに立つ蓮司の表情は、悔しさで歪んでいた。心の中では、あの朴念仁を八百回ほど罵倒していた。なぜ博に、新井のお爺さんや執事には「連絡するな」と言っておかなかったのか。そのせいで、最後の最後で計画が狂ってしまった。微風に吹かれながら、深呼吸をして遠くを眺め、本当に涼みに来たかのように振る舞った。さっき左に曲がって、エレベーターホールへ向かおうとしていなければ、そう見えただろう。執事は斜め後ろから蓮司の背中を悠然と見つめていたが、その心中はすべてお見通しだった。どれくらいの時間が経っただろうか。蓮司には随分長く感じられたが、実際には二分も経っていなかった。執事が立ち去る気配がないため、蓮司は
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