All Chapters of 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた: Chapter 11 - Chapter 20

30 Chapters

第11話

「バタンッ!!」 蓮司は勢いよくドアを閉め、苛立ちを抱えたままキッチンへと向かった。 テーブルの上には、彼が買って帰った夕飯の包み。じっと見つめた蓮司は、ふっと鼻で笑った。 ――バカバカしい。 次の瞬間、怒りに任せてそのまま全部ゴミ箱に叩き込んだ。 スマホを取り出し、無言で透子の番号を押す。 ……コール3回。誰も出ない。 「チッ……」 舌打ちをしながら怒りが再燃しかけたが――その時、ふと透子のスマホが壊れていたことを思い出した。 仕方なく電話を切り、そのまま険しい顔で寝室へ向かう。 ――どこへ行こうが、死のうが、生きようが、俺には関係ねぇ。 冷たい怒りを抱えたまま、シャワーを浴び、ベッドに潜り込む。 ――午前2時、深夜。 蓮司は胃のムカつきで目を覚ました。頭は重く、胸元が焼けるような不快感。 「……透子、スープ……」 思わず、いつものように口をついて出た名前。 だが、斜め向かいの部屋のドアは、今朝自分がぶちまけたまま、開け放たれていた。 拳を握りしめ、舌打ちを一つ。そして台所へ胃薬を取りに行く。 思い返せば、焼き肉は脂っこすぎたし、酒も飲んだ。そのせいで胃が完全に反乱を起こしている。 腹は空っぽ。透子が用意してくれた夕食が頭に浮かび、冷蔵庫を開けてみる。 だが――中は空。 急いでキッチンへ戻る。そこにも料理の影はなし。棚も、台も、何もかも綺麗に片付いていた。 怒りが、また一気に吹き上がった。 「ここまでやるか?ふざけんな……誰に向かって反抗してんだ……」 顔をしかめながら吐き捨てる。 「そんなに出ていきたいなら、二度と帰ってくんな!!」 ――翌朝、オフィス。 いつにも増して険しいオーラをまとった蓮司。アシスタントの佐藤大輔(さとう だいすけ)は、遠巻きに怯えながら業務報告。 「そこの、お前。スマホ買ってこい」 書類を差し出しながら蓮司が言う。 「え、えっと……機種とか、ご指定は……?」 「どうでもいい!」 「で、でも色とか、機能は……」 「電話できりゃいいだろが!!」 怒声が飛ぶ。大輔はビクビクしながら、ファイルを抱えて逃げるように退室。 ドアが閉まった瞬間、深くため息をついた。 「おかしいな……新井社長、買うって言ってたの
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第12話

「どうしたの、蓮司〜?」 美月が身体を起こして、後ろから蓮司の腰に抱きついた。 けれど、蓮司はその手をそっと払いのけ、かすれた声で言った。 「……ごめん、さっきのは悪かった。ちゃんと休めよ」 そう言い残すと、慌ただしくベッドを降りて、そのまま逃げるように部屋を出て行った。 「蓮司っ、ねぇ、蓮司っ!」 美月が急いで追いかけて扉を開けたが、廊下にはもう誰の姿もなかった。 彼女は唇を噛みしめ、爪でドア枠を強く押さえながら、恨めしそうな目をして立ち尽くす。 地下駐車場。 蓮司は車に乗り込んだが、目は虚ろで、まだ動揺が残っている様子だった。しばらくして額に手を当て、深く息を吐く。 心の中は、どうしようもない後悔と混乱でぐちゃぐちゃだった。 ふと視線をそらすと、助手席に置かれた新しいスマホが目に入り――すぐに目を背ける。どこか後ろめたさを滲ませながら。 ホテルの部屋。 美月は扉を閉めるとバスルームに向かい、鏡に映る自分の首筋の痕に気づいた。 その瞬間、唇の端に冷たく歪んだ笑みが浮かぶ。スマホを取り出し、証拠のように一枚撮って、どこかへ送った。 家に着いたのは、夜の十一時半。 蓮司はエレベーターを上がりながら、新しいスマホを手にしていた。 透子はどうせ、いつものようにスープを温めながら待ってるはずだ。毎晩何時になろうと、それは変わらなかった。 だが、次の瞬間、昨夜のことが脳裏をよぎる。顔を背けてきた透子。家を飛び出した彼女の姿。 鼻で笑って、指紋でドアを開けた。 ――けれど、想像していた光景とはまったく違った。 リビングは薄暗く、空気はひんやりしている。キッチンも、静まり返っていた。 一気に不安が襲い、靴を脱ぐ間もなく客間へ駆け込む。扉は開いたままで、布団には誰も触れていない。 透子は――帰っていない。 「やるじゃねえか、透子。外で野垂れ死んでろよ!」 怒りで顔を歪めながら叫ぶと、蓮司の腕に青筋が浮かび上がり、手にしたスマホの箱を思い切り握り潰した。 そのまま中身を客間の床に投げ捨てて、主寝室へ向かい、シャワーを浴びて着替える。 風呂上がり、髪を拭きながらスマホを手に取り、何度も何度もあの番号にかける。 だが、呼び出し音だけが虚しく響き、誰も出ない。 数十回目のコー
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第13話

「……絶対に見つけ出せ。蒸発でもしたってのかよ」 蓮司は歯を噛みしめて言った。 大輔は、ありとあらゆる手段を使っていた。電話も何度もかけたが、透子は一切出なかった。 半ば諦めかけていたそのとき、ようやく――コール音の後、電話が繋がった。 「奥様!今どちらにいらっしゃるんですかっ!」 声が震えるほど興奮して、大輔は叫ぶように尋ねた。 「……何の用?」 受話器の向こう、透子の声は冷たかった。 「えっと……その、社長が……」 思わず本音が出かけたが、慌てて言葉を変える。 「その、社長が探してる資料が見つからなくて……奥様なら知ってるかなって。でも、お留守で……急ぎの資料で……」 ――物の置き場所がわかんないからって、私に聞くの?バカなの? 「自分で探させなさい」 透子の返事は一刀両断だった。 「で、でも、奥様っ。社長、今日ずっと会議で大変で……!」 大輔は演技もできるタイプだった。必死な声で、今にも泣きそうな雰囲気を作りながら言う。 透子は蓮司にはうんざりしていたけれど、アシスタント相手に突き放すのは気が引けた。 「……彼の書斎、引き出しの下か床のあたり。落ちてるかも」 「で、でも僕、社長の私物勝手に触るの怖くて……その、できれば奥様が……」 「今、病院。暇じゃない。勝手に探しなさい」 ピシャリと突き放し、透子は電話を切った。 その瞬間、大輔は震える手で即座に蓮司にメッセージを送った。 【社長、わかりました!奥様、病院にいます!】 会議室内。 蓮司のスマホが震え、一瞬だけ画面が光る。その通知を目にした瞬間、彼の動きが止まった。 次の瞬間、席から勢いよく立ち上がると、スマホを掴み、 「続けとけ。俺はちょっと出る」 言い捨てるや否や、ドアを開けて飛び出していった。 アシスタント室。 大輔はちょうど、どの病院かを調べようとパソコンを操作していたところだった。 「バンッ!」 勢いよく扉が開き、その衝撃でドアが吹っ飛ぶかと思うほどの勢いだった。 「彼女はどこだ!?どの病院にいる!」 蓮司は机の前まで詰め寄り、怒気を含んだ声で問い詰める。 そうだ。透子は怪我してた。だから、家出じゃない。入院してたんだ。 そう思った途端、さっきまでの怒りがスッと引
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第14話

騒ぎの末、蓮司は病室から追い出され、扉の外へ押し出された。 ほどなくして、医師がやって来た。 透子は唇を噛みしめながら、じっと痛みに耐えていたが、ついにその堤防は崩れ、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。 病室は再び静寂に包まれた。響くのは、かすかな嗚咽だけ。 ほかの患者たちは、皆、同情のこもった目で透子を見つめていた。 「家庭内暴力は犯罪ですよ。今すぐ警察に通報します」 看護師が黙っていられなくなり、スマホを取り出す。 その瞬間、蓮司が我に返り、勢いよく彼女の手からスマホを奪い取った。 「俺がやったって証拠でもあんのか!?勝手なこと言うな、下手すりゃ仕事なくすぞ!」 怒気を込めて吐き捨てるように言った。 「でも、患者さんの尾てい骨にヒビが入ってたの、あなたのせいじゃない?」 看護師が睨み返す。 ――尾てい骨に、ヒビ? 蓮司は再び動きを止めた。目を見開いて、透子の腰のあたりを見つめる。 最初は、床に投げ飛ばした。 次は、ベッドに思いきり突き飛ばした。 まさか――あれで……? 蓮司が黙り込んだのを見て、看護師はスマホを手に取り直し、冷たく言い捨てた。 「見た目はまともそうなのに、中身は立派なDV男か」 ただ、通報は結局されなかった。 遅れて駆けつけた大輔がすかさず止めに入り、必死に謝りながら看護師を病室の外へ引き出したのだった。 蓮司はその場に立ち尽くしていた。 耳には、透子の苦しげなすすり泣きだけが響いていた。 どれだけの時間、医師が治療していたのか―― 蓮司はそのあいだ、ずっと動けず、ただその場に突っ立っていた。 やがて、医師が病室から出てきた。 「……先生」 蓮司はようやく声を絞り出し、腕を掴んで止める。 「患者さんに問題ありません」医者はぶっきらぼうにそう言った。 「手術……必要なんですか?」 「尾てい骨の骨裂は、基本的に手術しません。入院して安静にしてれば治ります」 医師の返答に、蓮司はほっと小さく息を吐いた。手を下ろし、少しだけ肩の力が抜ける。 「これ以上、患者さんに迷惑を掛けるのはやめてください。次は、通報しますから」 そう言い残して、医師は病室を後にした。 蓮司は何も言い返せなかった。 言いたいことは、喉の奥でひっかかって
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第15話

「ナイフを押しつけたのお前だろ。俺、自分の目で見た」 蓮司が低く言い放つ。 「へぇ、で?あの女、怪我でもしたの?」 透子が即座に切り返すと、蓮司は言葉を詰まらせた。 美月の「怪我」なんて、爪の跡以下。絆創膏すらいらないレベルだった。 「思い込みだって言うけど、むしろ歪めてんのはあんたでしょ?」 透子の嘲りに、蓮司は口を閉じたまま。 「それに、さっき『昨夜家に帰ったか』って聞いたけど――なに?そんなに私に不倫現場バレたのが怖かったの? 結婚してるのに浮気して、それでいて開き直って……ほんっと最低」 その一言に、蓮司の背筋がビクッと硬直する。 「俺はしてない!」 反射的に声を張る。 「へぇ、じゃあその首にある跡は、犬にでも噛まれたの?」 透子があざ笑うように言うと、蓮司は慌てて首元に手を当て、スマホを取り出して自分の首筋を確認する。 ……シャツの襟をめくった先、そこにははっきりと赤いキスマーク。 「違う、これは、その……聞いてくれ、これは――」 「もういい。言い訳なんて聞きたくない。今すぐ出てって。ここは病室。他の人の迷惑」 透子は冷たく言い放ち、蓮司がなにか言おうとするのを遮るように、手をナースコールのボタンに置いた。 目は一点も揺れず、氷のような無表情で告げる。 「これ以上、暴れるつもりなら、押すから。法廷で会いましょう」 「お、俺は……っ」 蓮司は言葉を失った。 「俺は暴力なんて振るってない」と否定したかった。 でも、透子の背に残る痛々しい痕が、それを否定していた。 そのとき―― 「社長、会議のお時間です……そろそろご退室を……」 恐る恐る、病室の外から大輔が声をかけた。怯えた表情で、中に入ってくる。 部屋の中から聞こえていた蓮司の怒鳴り声や、車内での座席パンチ事件を思い出し、大輔は本気で心配していた。 ……もしかして、本当にDV……? 「触るな!」 蓮司は大輔の手を振り払ったまま、透子をにらみつけて拳を握りしめた。 まるで、気だけは強い獣みたいに。 「別に美月とは最後までなんて……」って言い訳したいけど―― 透子の無関心な表情がそれを封じた。もう、彼女は何一つ気にしていない。 その事実が、いちばん胸に突き刺さった。 やがて、
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第16話

なんでこんなに腹が立つのか? ――それはきっと…… 「本人が言えばいいだろ!?なんでお前を通して伝えてくるんだよ!」 蓮司は怒りを抑えきれず、声を荒げた。 アシスタント経由で伝言とか、意味がわからない。電話でもメッセージでも送ってくればいいじゃないか。それが死ぬほど難しいことか? 大輔は前を向いたまま、無言の沈黙で全てを受け止めていた。もはや慣れっこの表情。 ――いや、伝え方ってそんなに重要か?それでこんなにブチ切れる理由、ある? 正直、大輔には全然わからなかった。 「奥様のこと、好きじゃないのか?」って思えば、あんなに必死で探し回ってたし。「好きなのか?」って思えば、別の女と平気で寝てるし。しかもあんな酷い言葉まで投げつけて。 本当に、わけがわからない。 その頃、病室では。 透子は病室仲間からの心配をすべて断って、静かに一人で横になっていた。 大輔に送ったメッセージは本心だった。蓮司と美月の関係を自分から暴露するつもりはない。蓮司の祖父に顔を立てたい、それだけ。 もう二十五日もすれば、ここから去るのだ。ただ静かに放っておいてくれれば、それでいい。二人がどれだけイチャつこうが、好きにすればいい。 * 午後の間じゅう、蓮司はまったく使いものにならなかった。会議では上の空、書類には何度もミスサイン。 また一枚、ミスした書類がゴミ箱に投げ込まれるのを見て、大輔はただ黙ってプリントをやり直すしかなかった。 これがもし、各部署の上司が回覧してた書類だったら――今ごろ怒鳴られてただろうな。アシスタントの命、軽くないな…… オフィス。 蓮司はイライラとペンを放り投げ、椅子にもたれて天井をぼんやりと見つめた。 ――透子は、どうやって昨夜のことを知った? 首筋の痕は、シャツの襟でちゃんと隠れてたはずだ。ひょっとして、一度家に戻ったのか?でも戻ったとしたら、なんで一発で相手が美月だってわかった? 眉間にシワを寄せ、思考を巡らせたまま、蓮司はスマホを手に取って電話をかける。 コールのあと、明るい声が返ってきた。 「蓮司〜?えっ、今こんな時間に連絡してくれるなんて……もしかして、私のこと――」 「昨夜俺とホテルにいたこと、透子に話したのか?」 その言葉を途中で遮るように、冷たく鋭い声がス
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第17話

オフィスの中で、蓮司の機嫌はすっかり良くなっていた。脚を組み、コーヒーを啜る余裕さえある。 時計が午後五時半を指すと、彼は立ち上がり、上着を手にして退勤した。先に美月と食事をするつもりだ。 エンジンをかけたところで、スマホが鳴った。ポケットから取り出して画面を覗き、ふっと鼻で笑って通話を切ると、そのまままたしまい込んだ。 「昼間あれだけ俺のこと殴ったり罵ったりしておいて?百回近くかけた電話は無視したくせに、今になって用事があると?」蓮司は鼻で笑いながら、アクセルを踏み込む。 相手が透子だってことくらい、すぐに察しがついた。どうせ入院して金がないとか、そんなとこだろう。この二年働いてもないんだから、貯金なんてあるはずもない。 思い返すだけでも腹が立つ。あんなに尽くしたって、返ってくるのは仕打ちばかり。ついこの前も、水ぶっかけられて、トイレブラシ振り回されて……思い出すだけで、つま先に力が入る。 車を走らせて十分ほど、目的地まではもう半分といったところ。赤信号で止まったついでに、カーナビの電話画面を開いてみた。 透子からの再着信はなかった。 「ふん、他に頼れる相手がいるなら、見せてもらおうじゃねぇか」蓮司は鼻で笑う。 さらに十分後、とある交差点に差し掛かった時、舌打ち混じりに方向を変え、病院へナビをセットする。 ほどなくして着信が入り、蓮司の唇が自然と吊り上がった。すぐさまブルートゥースで通話を繋ぐ。 「蓮司、もう仕事終わった?私もうレストランで待ってるよ」 スピーカーから、美月の明るい声が流れた。 途端に、蓮司の口元から笑みが消えていく。 「渋滞に巻き込まれてる。先に待っててくれ」 「うん、待ってるね~」 電話が切れたあと、蓮司はさっきの不在着信を見つめながら、しばらく悩んだ末に電話をかけるのはやめて、AIアシスタントにメッセージを送信させる。 返事が返ってくるのは一瞬だった。 「透子のメッセージ、読んでくれ」 「はい、連絡先『透子』からの返答です。『いらない』」 AIの機械的な声に、蓮司は一瞬呆気に取られた。え?今のが返事?文、短くないか? もう一度読み上げさせても、やっぱりそれだけ。センターディスプレイをちらと睨むと、本当に四文字しか表示されていない。思わずハンドルがぶれた。
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第18話

透子は最初の問いには答えなかった。答える必要もないと思っていた。ただ、後半の「どうやって家に入ったか」に関しては、口を開いた。 「あんたの部下に連絡したの。彼なら何度か家にも来たことあるし、住所を漏らしたってわけじゃない。あんたも信用してる人でしょ?」 それを聞いた途端、蓮司は完全にブチ切れた。言いたいことは山ほどあったが、口から出てきたのは―― 「……うちの社員だとしても、あの時お前が家にいたから問題なかっただけだ。今は違うだろ」 それは、ただの言い訳だった。本音は言えなかった。 なぜ彼女は、大輔にはかけるくせに、自分には二度と連絡してこないんだ? たった一回電話を切っただけで、こっちは何百回無視されたのに。 ――なんで俺じゃなくて、あんな外野に頼る? 怒りがこみ上げて、理性を持っていかれそうだった。 電話の向こう、透子は数秒黙っていた。 蓮司が他人を家に入れるのを嫌うことくらい、透子もわかっていた。だからこそ、信頼できる大輔を選んだし、そのこともちゃんと伝えた。けど、それでも蓮司は激昂した。 「家には監視カメラがある。気になるなら確認して。鍵が不安なら、帰ったときにでも取り替えればいい。次はもうないから」 透子の声は静かだった。怒りもなければ、感情もなかった。 今日はあまりにも急いでいたせいで、保険証を持ち忘れてしまった。だから仕方なく助けを求めただけ。選択肢はなかった。 「……それが問題じゃない。問題は……」 蓮司は声を荒げかけたが、言葉が詰まった。口まで出かかったのに、それ以上が続かない。 その沈黙の間に、透子が言った。 「じゃあ、ちゃんと窓開けて換気して。気になるなら、清掃業者でも呼んで徹底的に掃除して」 いくら潔癖でも、さすがにそこまで気にするか? それに、大輔だって今までも何度か家に来たことあるのに。 「おまっ……!」 蓮司は頭に血が上って電話を切り、そのままハンドルを叩いた。 大輔に頼るくらいなら―― もう彼女のことなんて、どうでもいい。 再びエンジンをかけ、怒りを顔に浮かべたまま、美月との約束のレストランへと向かう。 その顔はまるで雷雲のように暗く、重苦しかった。目的地に着くまで、怒りは収まらなかった。 「どうしたの、蓮司?誰かに怒らされたの?」
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第19話

その頃、病院内―― 大輔は透子が必要としていた品々をすべて持参し、ベッドサイドのテーブルに丁寧に並べた。 「ありがとう、わざわざ来てもらって。さっき送った交通費も、ちゃんと受け取ってね」 透子は微笑みながら礼を述べた。 「いえ、奥様、そんな……恐縮です。お使いなんて当然のことですし、それに昼間の件は本当に申し訳ありませんでした。社長が病院に向かったこと、もっと早くお知らせすべきでした」 大輔は深く頭を下げた。 「あなたは彼の部下でしょ?そんな立場で私に伝えるなんて、できるはずがない。気にしてないわ」 透子の声が少しだけ冷えたのは、蓮司の名が出たからだった。 大輔は、実際のところ自分の判断で伝えることもできたのだと思っていたが、口には出さなかった。 「改めて感謝する。もう仕事中でしょ、早く戻って」 透子はやさしく促した。 「でも、奥様、社長が……」 「彼の擁護は聞きたくない。帰って」 透子の言葉はぴしゃりと冷たく、大輔の言葉を遮った。 口を閉ざした大輔は、ゆっくりと振り返り、その時ようやく透子の腰や足にまだ残る傷跡に気づいた。 その傷は想像以上に酷く、見るに堪えないほどだった。彼女は一体どれだけの苦痛に耐えてきたのだろう。 「……ご静養なさってください。早く良くなられますように」 大輔はため息をつきながら言った。 結局、交通費も受け取らずに返したまま、病院を後にした。 タクシーに乗り込んだ瞬間、メッセージ通知が鳴った。 送信主は、他でもない蓮司だった。 【無断で外出、就業中の離席。今月の皆勤賞は全額カットだ】 その文字を読み終えた大輔は、一瞬で目の前が真っ暗になった。慌てて事情を説明するメッセージを返すが、蓮司からの返事は―― 【ルールはルールだ。お前が俺のアシスタントでも例外じゃない】 返信を見た大輔は、座席に頭をぐったりと預けた。 「……半時間しか外してなかったのに、一日分の給料カットじゃダメなのかよ……」 独り言が思わず漏れる。 しかも届けに行った相手は「奥様」だ。二人は夫婦じゃないか。 それでも全額カットって、どれだけケチなんだよ! あんな奴、離婚するってなったら全力で奥様を応援する。 金があったって、あんな男は最低だ! 「蓮司、誰にメッ
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第20話

ただソーシャルアプリを開いただけなのに、上から二番目のトーク履歴に表示された時刻を見た瞬間、翘げていた美月の口元がすっと平らに戻った。 彼女の顔はみるみる冷たくなっていく。 ――午後五時五十七分。 それは、蓮司がレストランに向かう途中の時間だった。 トーク画面を開いてみると、以前のやり取りはすべて消されており、残っているのは蓮司が送ったたった二通のメッセージ。 【電話してきたのは、俺に何をさせたかった?】 【いらない】 次に美月は通話履歴を開いた。最初に表示されたのは透子からのもので、やはり蓮司が発信していた。通話時間は二分間。 ――その二分間、いったい何を話していたのか。 考える暇もなく、扉の方から足音が聞こえてきて、美月はハッと我に返った。すぐに画面を閉じ、スリープボタンを押し、元の位置にスマホを戻した。 個室の扉が開き、蓮司が戻ってきた。 「スマホ、忘れてた」 そう言う蓮司に、美月はにこっと微笑んで、自らスマホを手渡した。 だが蓮司が再び外へ出た瞬間、彼女の顔からは笑みがすっと消え、目には憎しみと妬みが浮かんでいた。 「トイレ行くだけで、わざわざ戻ってスマホ取りに来る?……そんなに私に見られるのが怖かったわけ?」 女の勘は鋭い。 蓮司は――やっぱり透子に心を奪われてる。 そういえば、数日前に離婚を拒否された時も、理由は「彼女を苦しめたい」なんて言ってたけど……本音は離れたくないだけ。 思い出すだけで唇を強く噛みしめ、手のひらをギュッと握った。爪が食い込んで、じわりと痛みが走る。 廊下を歩きながら、蓮司はスマホを手に、透子とのトーク画面をじっと見つめていた。 たった四文字の返信――それだけなのに、何度見てもムカついて仕方がない。 数十秒悩んで打ち込んだ文字も、結局すべて削除。 そして気を変えて、アシスタントにメッセージを送る。 返信はすぐに返ってきた。 それを見て、蓮司は無言で唇を引き結んだ。 ――なんだ、金が足りないんじゃなくて、保険証忘れただけか。 ……でも、それも結局「金が足りない」ってことだろ?保険なしで払えなかったんだから。 そう思いながら、指が送金画面をタップする。 金額を10万にして、次に20万に変え、さらに60万に変更して……最終的に、
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