All Chapters of 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた: Chapter 251 - Chapter 260

聡は注文を終えたが、翼が何に感嘆しているのか理解できなかった。聡からすれば、翼が家業を継いでいなくても、理恵に会いたければ直接家に来ればいいだけの話だ。久々の再会ということもあり、二人は杯を重ねた。翼がここ数年の独立開業の経緯を語るのを、聡は聞いていた。今や藤堂法律事務所は、京田市でも指折りの規模にまでなっている。かつては遊び人だった男が一代で築き上げたにしては、驚くべき偉業だ。昔の翼は、酒と女に明け暮れる日々を送っていただけだったのだから。「お前はどうなんだ？海外で学んで戻ってきて、すぐに家業を継いだ。他に競う兄弟もいないわけだし、足場も固まったんだから、そろそろ身を固める頃だろ？」翼は言った。「随分と先のことまで考えてくれるんだな」聡は言った。「今日も残業してきたばかりだ。柚木家をさらに一段階上へ引き上げる、そのことしか考えていない。他のことは、今は頭にない」その言葉に翼は笑った。聡は友人の中で最も向上心があり、努力家だ。まさに名家の後継者の鑑であり、昔の翼は父親から聡と比較され、耳にタコができるほど聞かされたものだった。「それなら、君の事業の成功と、輝かしい未来を祈ってるぜ。いっそ新井家や藤堂家なんかを追い越して、完膚なきまで叩き潰しちまえ！」翼はそう言ってグラスを掲げ、笑った。聡もグラスを上げて乾杯した。「新井家」という言葉を聞いて、自然と蓮司の顔を思い浮かべ、そこからさらに透子の顔が脳裏をよぎった。二人の間にはまだ解けていない誤解があり、それが心の棘となって聡を苛んでいた。彼は今夜の出来事を、名前は伏せて翼に話した。女扱いに長けた翼なら、何か的確な意見をくれるかもしれないと思ったからだ。「俺は間違ってないと思うんだが、説明しても信じてもらえない」聡は言った。「まずは前提を教えてくれよ。相手はお前にとって何なんだ？どういう関係なんだ？」さすがは恋愛経験豊富な翼だ。まず相手との関係性から問い始めた。聡は唇を引き結び、透子の名前を口にしかけて一瞬ためらった後、こう言った。「理恵だ。俺の妹の」「それならおかしいな。兄妹なら、どんな冗談を言い合っても許されるもんだろう？理恵ちゃんが、どうして君のことをそんな風に言うんだ？」翼は顎をさすりながら、不思議そうに言った。彼の記憶

尾てい骨……あそこは手術が難しいんじゃないか？亀裂骨折……どうしてそんなことに？あの場所……まさか、蓮司が腹を蹴ろうとしたのを、透子が身をかわして避けたせいで、尾てい骨を蹴られたのか？聡は顎を支えていた手を、強く握りしめた。透子がどれほど痩せているか、聡は知っている。蓮司の力なら、一撃で済む話ではない。二、三発も食らえば、その場で命を落としてもおかしくない。「待てよ。お前、なんでそんなに僕の依頼人の怪我を気にするんだ」翼の言葉が、不意に響いた。特に「気にする」という言葉が、翼に引っかかった。先ほど聡は、ある女性のことを気にかけていると言っていた。しかも、その女性の話をする前に、わざとらしく妹の話を前置きにしたのだ。その瞬間、恋愛経験豊富な翼はすべてを察し、目を丸くして言った。「君が好きなのって、如月透子か？！」その声はあまりに大きく、物思いに沈んでいた聡を現実に引き戻した。彼はすぐさま否定する。「何を馬鹿なことを。弁護士がデマを流すなんて、法を犯すと分かってて、わざとやるつもりか」「じゃあ聞くが、さっき君が悩んでた女って、彼女のことじゃないのか？」翼は目を細めて問い詰めた。聡は半秒ほど言葉に詰まった。そのわずかな隙を、翼は見逃さなかった。彼は断定的に言い放つ。「やっぱり彼女だ！じゃなきゃ、普通は考えるより先に口が動いて否定するだろ」聡は彼を見て何か言い返そうとしたが、翼は手でそれを制した。「言い訳も否定もするな。恋愛に関しては、君、僕の前じゃ赤子同然だ。それに、親友じゃないか。何を隠すことがある」聡は拳を握りしめ、女のことを翼に相談したのが最大の過ちだったと感じた。「……ああ、そうだ。だが、好きじゃない」聡は言った。「ただの妹の友達だ。これ以上、勝手なことを言うな。特に、彼女たちの前では。余計な誤解を招く」聡は真剣な顔で釘を刺した。翼は眉を上げ、友人の堅物な様子を見て、反論もからかいもしなかった。妹の友達だからって、怪我の詳細までそんなに気にするか？たかが会話一つで、そこまで悩んで気にするものか？普通なら、はっきり言えば済む話だ。いや、そもそも言う必要すらない。聡ほどの男が、わざわざ悩んで自分に相談に来るなんて。だから、翼はその言葉を信じていなかった。「分

蓮司は必死に聡と理恵に電話をかけたが、二人とも着信を拒否した。怒りに任せ、人を雇って調査させるしかなかった。そして今、調査員から報告されるその「お見合い相手」の男の素性を聞き、蓮司の感情は激しく揺さぶられていた。藤堂翼。京田市でも十指に入る名家、その藤堂家の三男。正真正銘の御曹司。――やはり、理恵が透子のために仕組んだ見合いに違いない！自分の推測が当たっていた。怒りと嫉妬に駆られた蓮司は、テーブルに拳を叩きつけ、骨董品の花梨材の天板に大きなヒビを入れてしまった。「ですが、彼は家業を継がず、法律事務所を開設し、現在は……」電話の向こうで、調査員はなおも律儀に翼の経歴を報告し続けている。「もういい！恋敵の経歴なんかに興味はねえんだよ！」嫉妬に理性を失った蓮司は、もはや何も耳に入らず、怒声で相手の言葉を遮った。あの理恵め、そんなに待ちきれずに透子に男をあてがおうとするとは。だったら自分で探せばいいだろう！桐生駿がいて、柚木聡がいて、今度は藤堂翼か。くそっ、透子は一体、婿探しのオーディションでも開いてるつもりか？まだ透子と離婚もしていないというのに！理恵のこの仕打ちは、蓮司の男のプライドを地の底まで踏みにじるものだった。蓮司は怒りに燃え、頭の中は柚木グループへの復讐計画で埋め尽くされた。電話の向こうの調査員は、雇い主の怒りを察し、黙って口を閉ざした。数秒後、調査員は気まずそうに言った。「あの、旦那様。資料はメールでお送りしましたので、ご覧にならないようでしたら、そのまま削除してください」蓮司は電話を切り、怒りで頭がくらくらし、パソコンを開く気にもなれなかった。離婚裁判には勝てる自信がある。だが、もし透子が他の男を好きになったら？その後、浮気でもされたらどうする？離婚する？それでは、彼女の思う壺ではないか。離婚しない？では、自分は妻に裏切られたまま、黙っていろとでも言うのか？蓮司の顔は険しく曇り、腕には青筋が浮き出ていた。どちらの結末も、彼が望むものではない。どうすればいい。どうすれば、透子は他の誰でもなく、自分を好きになってくれるのだろうか……しかし、自分が透子に与えてきた数々の傷を思えば、彼にも自覚はあった。何も求めずに離婚しようとする彼女は、とっくに自分を心の底から憎んでいるに違いない、と。

「翼お兄ちゃんのことをはっきり見すぎただけよ。あの人は元々遊び人なんだから。猫を被るのがうまい新井とは違う」理恵は言った。「あなたの件が起きるまで、うちの両親なんて、彼のこと優秀な青年実業家で、政略結婚の相手として一番だって思ってたのよ。まさか猫を被った悪魔だったなんてね」もし自分だったら、きっと騙されていただろう。でも、理恵の気性は透子より激しい。二年も我慢できるはずがない。結婚して半月で離婚し、彼の悪行をすべて暴露してやるに違いない。やられたらやり返すのが彼女の信条だ。「あの人の話はもういいわ。あなたの話を聞かせて」透子は話題を戻した。二人の女はソファに身を寄せ合い、スクリーンには映画が映し出されていたが、どちらも見ていなかった。「どうしてだと思う？夕食は断ったのに、また明日って誘ってくるの。明日は桐生先輩がご馳走してくれるって言ったら、夜に行こうって」理恵は不思議そうに言った。「本当にしつこい人ね」透子は答えた。「考えすぎないで。考えれば考えるほど、余計にややこしくなって、彼の罠に嵌まるだけよ。藤堂さんがあなたに会いたがってるのは、連絡もなかったところに、ちょうどお兄さんが帰国したからじゃないかしら？考えてみて。この六年間、彼が会おうと思えばいつでも会えたはずよ。どうして今さらになって、こんなにしつこく誘ってくるの？」翼の動機について思い悩んでいた理恵は、その言葉を聞いて、はっと目が覚めた。そうだ、この六年間、いつでも会えるチャンスはあった。彼は他の街へ行ったわけでもない。その気があったなら、とっくに会いに来ていたはずだ。どうして今になって、こんなに必死になるのだろう。「ありがとう、透子。目が覚めたわ」理恵は体を起こして言った。「目が覚めてよかった。彼はあなた目当てじゃない。ただの妹みたいに思ってるだけよ」透子は言った。「うん、もともと私の一方的な片想いだったんだもの。もう心を乱されるべきじゃないわね」理恵は言った。透子が頷くと、親友が突拍子もないことを言い出した。「だから、私と一緒に彼氏探しをしましょうよ！男がいれば、他の人のことなんて考えなくなるわ！」透子は絶句した。「えっと……」「本当よ、透子。男を忘れる一番手っ取り早い方法は、すぐに次の恋を始める

それにしても妙だな。聡がいるというのに、なぜ理恵は透子にお見合いをセッティングし続けるんだ？蓮司は眉をひそめた。昨日は怒りと嫉妬で頭に血が上っていたが、今日になって理性が戻ると、どうにも腑に落ちない点があった。元々、聡の言葉には疑いを抱いていた。理恵の紹介で知り合ったからといって、そんな短期間で恋人関係になるはずがない。理恵が言っていた「一目惚れ」だの「過去の傷を早く癒すため」だのという言い分も、蓮司からすれば戯言に過ぎず、微塵も信じていなかった。駿は知り合いすぎだし、一度断られている。柚木家は聡を政略結婚させるはずだから、二人が結ばれる可能性も低い。つまり――今、彼が最優先で解決すべきは、理恵が透子に次々とお見合い相手をあてがうことだ。そのためにはまず、理恵という癌のような存在を「排除」しなければならない。蓮司は拳を握りしめた。妻の親友こそが男にとって最大の敵だということを、彼は初めて身をもって味わい、歯ぎしりするほど憎んでいた。……週末、聡は珍しく会社へは行かず、家にいた。だが、少しも休んではいなかった。蓮司の現在の住所を調べ上げ、管理会社や不動産会社と交渉し、外部の防犯カメラ映像を確保した。浮気とホテルでの密会の証拠を固めるため、以前、美月が滞在していたホテルを調べさせ、廊下の防犯カメラ映像まで手に入れた。証拠は完璧だった。蓮司と愛人が二度もネットでトレンド入りした件についても、新井グループの広報が素早く対応し、全ての関連記事や写真、動画を消し去ったが、聡はパパラッチが保持していたそれらを買い取った。まさに、世の中、金で解決できないことなどない。一日中自ら動き回り、夜になる頃には全ての証拠を完璧に揃えた。そして、それらをまとめて翼に送り、妹にも連絡を入れた。その時、書斎のドアがノックされ、柚木の母が入ってきた。「今日は一日中出かけなかったけど、仕事じゃなかったの？」「オンラインで処理してる」聡は言った。「それなら、お見合いに行く時間もあったでしょう。どうして昨日の夜、断ったの」柚木の母は不満そうに尋ねた。聡は唇を引き結び、顔色一つ変えずに言った。「会社のことで、常に音声通話でやり取りしないといけないんだ。まとまった時間が取れない」「三十分もないの？食事する時間く