All Chapters of 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた: Chapter 271 - Chapter 280

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第271話

「先輩、応接室には防犯カメラがありますから、彼も無茶はできないはずです」透子はそう言って場を収めようとした。「あいつは、そもそも法律なんて気にするような男じゃない。防犯カメラは犯罪を証明できても、犯罪そのものを防げるわけじゃないんだ」駿は重々しくため息をついた。「新井がお前に会いたいだと?誰がお前を呼んだんだ?こんなに危険だと分かっていながら、なぜ来たんだ?」営業部長と公平は事態の深刻さを悟り、責任を負おうと口を開きかけたが、透子が先に口を挟んだ。「私自身の意思で来たんです。先輩にはもうたくさん迷惑をかけていますし、この前の買収騒ぎだって……提携を成立させたいという思いで来ましたが、結局、新井の厚顔無恥さを甘く見ていました」でも、試さないわけにはいかないでしょう?それに、部長自ら呼びに来たのだから。ただ、このことは先輩に言う必要はない。「大丈夫です、私はこの通り、何ともありませんから」透子は再び、声を和らげて言った。駿は後から恐怖がこみ上げてきた。自分が会議をしている間に、まさか蓮司がここまで乗り込んできて、もう少しで透子を傷つけるところだったとは。もし悲劇が起きていたら、彼は一生自分を許せなかっただろう。「蓮司は元々僕のことが気に入らない。旭日テクノロジーを買収して、君を支配下に置きたいだけなんだ」駿は言った。「だから、これからはあいつを見かけたら、絶対に近づくな。あいつが僕たちと提携するはずがない」透子は頷いた。こんなことは二度とないだろう。次回、蓮司は旭日テクノロジーの門をくぐることさえできないはずだ。「申し訳ない、透子。新井社長がそんな方だとは知らず、危うく君を危険な目に……」隣で、営業部長が恐縮して言った。「私も君を呼ぶべきではなかった。彼が君の元夫だと知っていたのに」公平も続けた。彼らはただ会って話すだけだと思っていたが、まさか新井社長にDVの前科があったとは。もしそれを知っていたら、絶対に透子を会わせたりはしなかった。「大丈夫です。皆さんも会社のためにしたことですから」透子は彼らを見て言った。三人はそれぞれの持ち場に戻り、駿は警備に蓮司一行がビルを出たかを確認し、確かな返事を得てようやく安堵した。その頃、路肩に停められた黒のビジネスカーの中。
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第272話

「わしの考えは、最初から一貫しておる。新井の家には、心の捻じ曲がった女、例えば朝比奈のような人間は、決して入れるわけにはいかん」電話の向こうで、新井のお爺さんは厳しい顔つきで言った。「あの契約は、ただの権宜の策じゃ。透子はわしが見込んだ娘で、優秀で向上心があり、心根も素直じゃ。二年の結婚生活でお主らに愛情が芽生えれば、それもまた美談となる。もし芽生えなければ、その後は互いに干渉せず、好きにすればよい」その言葉を聞き、蓮司は苦しげに口を開いた。「では、俺のことは考えなかったのですか?俺を何だと思っていたんです?」新井のお爺さんは唇を引き結び、数秒黙ってから言った。「お前のことを考えたからこそ、そうしたのじゃ。朝比奈は良い人間ではない。お前が騙されるのを見たくなかった。お前が透子を好かぬのなら、この二年の結婚などなかったことにすればよい。ただ、その後のお前のあの子への想いは、わしの計算外じゃった」誰が想像しただろう。孫が本気で透子を好きになるとは。しかも、相手を心身ともに深く傷つけながら。結局、この契約は二人を傷つけ、彼もまた、当時のことを少し後悔していた。蓮司は俯いたまま何も言わず、目頭が熱くなった。彼もまた、自分が透子を愛するようになるとは思ってもみなかった。だが、今となってはもう遅い。与えた傷は、たとえ償おうとしても、透子は最初から彼を好きではなかったのだから、チャンスさえ与えてはくれないだろう。二年の契約が満了し、彼女はあっさりと身を引いた。少しも溺れることなく、ただ自分だけが、底なし沼のように深く沈んでいく。「契約のことは確かにお前に隠していたが、言おうと思わなかったわけではない」新井のお爺さんはまた言った。「一ヶ月ほど前、契約期間が残り半月となった時、もう一度お前たちを取り持とうとしたのじゃが、透子は離婚の意志が固く、お前はあの朝比奈に夢中じゃった」その言葉を聞き、蓮司はふと、以前のお爺さんとの通話を思い出した。確かに「残り半月」という言葉を口にしていた。だが、当時は全く気に留めておらず、そのありふれた言葉の裏に、これほど大きな事が隠されていたとは、知る由もなかった。「だから、もう手を引け。この二年の互いの苦しみは、わしの過ちということにしておけ。これ以上、執着するな」新井の
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第273話

「お爺様、邪魔しようったって無駄ですよ。透子とあなたが契約を結び、彼女が『自らの意思で』俺の元へ来た、その時から。新井の家の敷居が、そう簡単に出入りできる場所じゃないってことくらい、分かってるはずだ」透子が自分から飛び込んできたんだ。なら、文句は言わせない。二億円?道具として利用?恋人のための踏み台?フッ、この新井蓮司が、その二億円の代償がどれほど高くつくか、思い知らせてやる。一生を賭けて償う覚悟をさせてやるさ。愛なんてなくても構わない。自分は、透子自身が欲しいだけだ。透子、これは全部、お前が自分に負っている借りだ。後部座席で、男は前の座席の背もたれを睨みつけ、その身は黒い霧に包まれ、表情は陰鬱で恐ろしかった。電話の向こう。新井のお爺さんはまだ何か言おうとしたが、電話はすでに切られており、怒りのあまり咳き込んだ。まさか蓮司がすでに弁護士を雇い、開廷直前になって自分に告げてくるとは。本気で裁判沙汰にするつもりらしい。まあいい、やるならやればいい。どうせ、この裁判に勝てるはずがないのだから。「透子の方に連絡を取って、すぐに法的支援を手配し、あの子の意思を最大限尊重するように」新井のお爺さんは執事に命じた。執事は命を受け、その場を去った。その頃、旭日テクノロジーのデザイン部。透子は自分の席に戻ったが、同僚たちが小声で、桐生社長が訪ねてきたのかと、からかうような、どこか探るような視線を向けてきた。透子は否定し、別の人だと言ったが、皆が誰なのかと尋ねてきた。彼女は蓮司の名前を口にしたくなかった。皆は彼女が何も言わないのを見て、やはり桐生社長なのだろう、ただ恥ずかしくて認めたくないだけなのだと思った。透子は弁解のしようもなく、皆に言わせておくことにした。目はパソコンの画面を見つめていたが、焦点は合わず、視線はどこかさまよい、心は上の空だった。彼女の脳裏には、ずっと蓮司の、目を赤くして涙を流す顔と、涙ながらに訴えたあの言葉が浮かんでいた。あまりのギャップ、その衝撃があまりに強すぎたせいで、彼女はまだ物思いに沈んでいた。正直なところ、たとえ演技だとしても、蓮司のそれはあまりに大袈裟に感じられた。どうしてあんなことを。他の手段で自分を脅すことだってできたはずなのに。しかし、あの眼差し、あの表情
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第274話

蓮司がどうして自分を好きになったのかは分からないが、一ヶ月前まで、彼は美月とあんなにべったりしていたのに。先週の金曜だって、あの一億円は彼が美月のために払ったものだ。そう思うと、透子はさらに冷静になった。そして、先ほど心によぎった蓮司の自分への好意という考えを、完全に覆した。それどころか、反吐が出そうになり、嫌悪感で気分が悪くなった。透子は理恵に翼が近づく動機を考えるなと忠告したばかりなのに、結局は自分も深入りしてしまい、危うく我を失いかけた。もちろん、心が揺らいだわけではない。ただ、蓮司が自分に好意を持っているなどと、考えるべきではなかったのだ。一ヶ月前にはまだ別の女のベッドにいた男が、あっという間に自分に泣きながら告白し、愛を訴えるなんて……こんなクズ男、本当に吐き気がする!彼に弄ばれている、と透子は感じ、腹が立ち、怒りがこみ上げてきた。執事と話し合い、昼食の時間になると、彼女は身支度を整えて階下へ食事に向かった。エレベーターの中。何人かの管理職と鉢合わせし、透子が挨拶をすると、彼らが自分を見る目がどこかおかしいことに気づいた。彼女が訝しんで尋ねる前に、皆が神妙な面持ちでため息をつきながら口を開いた。「透子さん、君は本当に苦労したんだな。旭日テクノロジーがここまで発展できたのも、君の支えがあったからこそだ」「まさか今の世に、これほど情の深い女性がいるとはな。桐生社長の大志を支えるために、そこまで自分を犠牲にするなんて」「どうりで桐生社長が君に一途なわけだ。君たちは最初から相思相愛だったんだな。私が軽率だったよ」……「待ってください、皆さん、それはどういう意味ですか?」透子は訳が分からず、呆然と尋ねた。「もうみんな知ってるよ。君が桐生社長のために新井社長に嫁いだこと。どうりで、新井のお爺様が二億円も出資してくださったわけだ」人事部長がため息混じりに言った。透子は途端に警鐘が鳴り響くのを感じた。午前中はあまりに混乱していて、この件をはっきりさせるのを忘れていた。きっと営業部長と松岡部長が、あの時の話を聞いて真に受けてしまったのだ。「待ってください!」透子は慌てて口を開いた。「その話、どれくらいの人が知ってるんですか?桐生先輩には話してないですよね?」「我々、管理職
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第275話

その言葉に、透子はどう返信すればいいのか分からなかった。文字を打っては消し、ためらいの末にため息を一つ漏らした。先輩の自分への好意は、ずっと明確だった。告白も、一度や二度ではない。けれど、以前は蓮司がいたから他の誰かを受け入れる余裕はなく、そして今は、蓮司のせいで、もう誰も愛せなくなってしまった。恋というものに、すっかり傷つけられてしまったのだ。もう二度と足を踏み入れたくないし、誰かを傷つけたくもなかった。透子がぼんやりと物思いに沈んでいると、返信がないのを察したのか、駿から再びメッセージが届いた。それは、彼女に逃げ道を与えるような内容だった。【冗談だよ。あの場の状況で必要だっただけで、他意はないから】それを見て、透子は礼を言い、改めて謝罪の言葉を送った。それからようやく、松岡部長にメッセージを送り、「噂」を広めないでほしいと伝えた。今週、蓮司と法廷で対決することについては、透子も覚悟を決めていた。しかし、弁護士からの書面がこれほど早く届くとは思ってもみなかった。午後三時、受付からデザイン部に一通の封書が届けられた。透子はそれを受け取ると、そこに書かれた文字を見て、すぐに全てを察した。「これ、何?透子さん、誰かと裁判でもするの?」隣の席の同僚が、目ざとく書面の一部を見つけて尋ねてきた。「ええ、ちょっとしたトラブルよ」透子は言葉を濁した。「弁護士の連絡先、いる?探してあげようか?」相手は親切に申し出てくれた。「ありがとう。でも、もうお願いしてあるの。一日で解決するはずだから」透子は微笑んで礼を言った。彼女がそう言うのを聞いて、本当に些細なトラブルなのだろうと、同僚もそれ以上は何も言わなかった。透子は封筒を開け、内容を写真に撮って翼に送った。翼は内容を確認すると、すべて任せてほしいと返してきた。調停はあり得ない、諦めることもあり得ない、とっくに裁判の準備はできている、と。双方の弁護士が連絡を取り合うと、蓮司側の弁護団は、あまりに早い返答に驚き、相手方の意向を雇い主である蓮司に報告した。その頃、新井グループ社長室。弁護士の報告を聞きながら、新井蓮司はデスクに座り、両手を組んで顎を支えていた。透子が、とっくに弁護士に連絡していた?前回、自分が裁判を起こすと言ったから、それで事前に手を打ったと
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第276話

その言葉と口ぶりに、蓮司はさらに腹を立て、脅すように言った。「お前の法的支援なんて必要ない。それより、自分の法律事務所が潰れる前に、自分の弁護でも考えたらどうだ」翼は笑って、言い返した。「それは新井社長にご心配いただくまでのことえではありませんよ。そんな日は来ないと思いますので」「そうか。すぐにそうなるだろうな。この裁判が終わった後にな」蓮司は冷たく言った。翼は眉を上げ、相手の言葉の裏にある意味を当然のように読み取った。この新井蓮司という男、本当に根に持つタイプだな、と翼は思った。弁護士に脅しをかけさせるだけでは飽き足らず、自ら乗り込んでくるとは。「それも結構。この裁判に勝てば、また新しい事務所を開く金が手に入りますから」翼は悠然と答えた。「ああ、それなら新井社長の『ご支援』に、あらかじめ感謝しておきますよ」彼は微笑んで言った。舌戦を二、三度交わしただけで、蓮司は怒り心頭に発していた。なんだと思ってんだ、藤堂翼。真正面から喧嘩を売ってくるとは。藤堂家が後ろ盾にいるからと、怖いもの知らずになったか?「ふん、それだけの甲斐性があるならな」蓮司は怒りを抑えながら言った。「最後に忠告しておく。余計なことに首を突っ込むな。さもないと、お前の事務所が潰れるだけでは済まないぞ。本家まで巻き込むことになる」蓮司は吐き捨てるように言った。「おや、これが名家・新井家からの圧力というものですか?いやはや、恐れ入ります!」翼はわざと大げさな口調で言った。その皮肉たっぷりの声に、蓮司はこめかみの血管がぴくりと動くのを感じた。「ですが新井社長、それほどお偉い方が、どうしてわざわざ僕を脅しになど?」翼は口調を元に戻し、足を組みながら言った。「まさか、裁判に勝てないと分かっているから、先に僕を潰しておこうと?」「貴様……!」蓮司は憎々しげに吐き捨てた。「誰が勝てないと言った!負けるのはお前の方だ!そのくだらない事務所ごと、京田市から出て行け!」「忠告を聞かずに痛い目を見るがいい!死にたがりの奴は、何を言っても無駄だ!」「おやおや、随分とお口が悪い。もしかして、図星でしたか?」携帯の向こうで、翼はなおも相手を煽るように言った。「まあまあ、新井社長。穏便にいきましょうよ……」その
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第277話

【大した脅しじゃない。無能な奴ほどよく吠えるだけだ】【任せとけって。絶対勝たせてやるし、ついでにお前の元夫も煽っといたから】透子はそのメッセージを見て、ひとまず安堵したが、やはりこう追伸した。【もし彼が、あなたの一家に報復してきたらどうするの?】【どうもしないさ。僕はただ、実家で葬儀が執り行われるのを待つだけ。ついでに遺産も相続するしな】【ニヤリ】透子は言葉を失った。……そんなこと、言っていいのだろうか。とんだ親不孝者だ。翼と彼の実家の間に何があったのか、透子は深く詮索するつもりはなく、その話題はそこまでにした。しかし、蓮司という男なら、きっと報復に動くだろう。その時は、翼への弁護士費用を多めに払って、埋め合わせにしようと思った。こちらで二人のやり取りが一段落した頃、理恵からの返信が届いた。透子はそれを見て、思わず口元を綻ばせた。【ふざけてる!さっさとクビにしな!あなたに気があるのか、それともただのセクハラか、あのクソ男!】【あなたは彼の依頼人なのよ!それなのに、こんな軽薄な口調で話してくるなんて。彼が女たらしだって言っても、言い過ぎじゃないでしょ?】言葉での非難だけでなく、理恵は怒りのスタンプをいくつも送ってきた。友人のために、前もって弁護士を探しておかなかったことを少し後悔しているようだった。この後藤翼という男は、実にもって不真面目だ。理恵は、彼が友人の美貌に惹かれて言い寄っているのではないかとさえ心配していた。自分は翼の連絡先を知らない。そこで理恵は、最後のメッセージをスクリーンショットに撮り、兄に送った。彼に、言葉遣いと依頼人への態度に気をつけろって、ちゃんと注意してほしいって頼んだ。聡がそのメッセージに気づいたのは、三十分後のことだった。彼は指で軽くデスクを叩き、左手で頭を支えた。メッセージをそのまま翼に転送すると、当事者である翼は、まるで現場を押さえられたかのような気まずさから、すぐにボイスメッセージを送ってきた。「おいおい、如月さんが僕とのやり取りを他の奴に送るなんて。しかも、回り回って俺んとこに来るとか、気まずすぎるだろ。理恵ちゃん、誤解してないか?僕にそんな気はないんだ。ただの冗談なのに、あの子、お前にまで告げ口するなんてな」聡は文字を打ち込んだ。【お前、言動には気
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第278話

聡は何か言いかけたが、秘書の言葉に思わず動きを止めた。「待て、愛だと?」聡は呆然とした。「はい。準備がしっかりしていて、フォーマルであればあるほど、デートの成功率も上がりますから」秘書は微笑んで言った。「もちろん、社長は容姿端麗でいらっしゃいますから、プレゼントがなくても成功は間違いありません。プレゼントは、さらに心を掴むためのものです」秘書はまたお世辞を言った。その言葉に聡は眉をぴくつかせた。秘書は完全に誤解している。自分がデートに行くとでも思っているのか……ただ謝罪するだけだというのに。「デートじゃない」彼は説明した。秘書は呆然とし、心の中で思った。この女性用の香水を贈る相手が、デートの相手ではない?では、お嬢様だろうか?しかし、お嬢様なら、すぐ上の階にいるのだから、社長が自分に届けさせれば済む話だ。「では……お花のご予約は、いかがなさいますか?」秘書は口ごもりながら尋ねた。聡は唇を引き結び、考えた末、やはり断った。「いや、いい。これだけで十分だ」黄色い薔薇も薔薇には違いない。万が一、透子が花言葉を知らなかったらどうする?秘書が去り、聡は香水をギフトバッグに戻し、明日の旭日テクノロジーでの契約時に持っていくため、デスクの目立つ場所に置いた。目立つ場所に置けば確かに忘れないだろうが、懸念もあった。彼の妹だ。退勤間際になっても会議は終わらず、オフィスに戻ると、一人の「招かれざる客」が彼のプレゼントを眺めていた。「人のものに勝手に触るな。子供の頃、なんて教えた?」聡は近づき、バッグを取り上げながら言った。「他人じゃないじゃない、お兄ちゃんでしょ」理恵は鼻を鳴らした。「見てただけよ。スプレーもしてないし、包装もちゃんとそのままだから。女性用の香水?誰にあげるの?私に?」彼女はわざと言った。「お前の誕生日はとっくに過ぎただろ。お前にやるわけない」聡はギフトバッグを引き出しにしまった。理恵はすぐに腕を組み、非難するように言った。「女って、誕生日にしかプレゼントもらえないわけ?普段もらうサプライズの方が嬉しいのよ。日常って、こういう小さなサプライズで楽しくなるものなの。お兄ちゃん、そんな女心の分からない男じゃ、彼女できないわよ!できても、すぐ逃げられちゃうか
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第279話

理恵はメッセージを見て、母が兄に友人の娘たちと会うように言っていたことを思い出し、どこのお嬢様かと兄に尋ねた。自分が透子の家に泊まってまだ数日しか経っていないのに、兄はもうデートの約束を取り付けたのか、と。妹として、未来の義姉がどんな人か、付き合いやすいか、事前に知っておきたい。ついでに人柄も探っておきたいのだ。しかし、兄からの返信はなく、完全に無視された。透子の方は、残業を終えてから部長に水曜日の休暇を申請した。開廷の日だ。翼が証拠を十分に準備してくれていたので、彼女は何も心配する必要はなく、ただ出廷すればいいだけだった。翌日。午前、聡が旭日テクノロジーへ契約に訪れ、提携が成立し、双方は握手を交わした。「柚木社長の信頼に感謝します。旭日テクノロジーはご期待に応え、予定通りにソフトウェア開発を完成させます」駿は微笑んで言った。聡は頷き、今後のフォローアップは自分が出る必要はないと、部下に旭日テクノロジー側との引き継ぎを任せた。駿が見送りのために席を立つと、会議室を出たところで聡が立ち止まり、尋ねた。「如月透子はデザイン部に?」駿は一瞬言葉を止め、答えた。「はい」「ソフトウェア開発の初期段階ではデザイン部の人間は必要ありません。要素の最適化を提案してもらうだけで十分です」「仕事のことではない。個人的な用事だ」聡は言った。駿は唇をわずかに引き結び、言った。「透子は今、忙しいと思います。柚木社長、ご用件でしたら僕が代わりに伝えますが」聡は彼を一瞥し、そのままデザイン部の方へ向かった。「柚木社長、差し出がましいようですが、柚木は我々の提携先です。しかし、旭日テクノロジーの社長として、透子は私の社員でもあります……」駿は後を追いながら、再び言った。「桐生社長、そんなに警戒しなくてもいい。別に彼女に何かをしに来たわけじゃない」聡は彼の言葉を遮った。「この間、旭日テクノロジーに来た時に彼女にちょっとした冗談を言って、失礼なことをしてしまった。今回はそのお詫びにプレゼントを届けに来ただけだ」駿はその言葉を聞いて何も言わず、聡の後ろにいる秘書に目をやった。その手には確かにギフトバッグが提げられていた。「君と透子は、かなり仲がいいのか?」数歩歩いたところで、聡が不意に尋ねた。
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第280話

透子は先輩に呼ばれ、深く考えずに後について行くと、そこにいたのは、彼女がどうしても会いたくないと思っていた男だった。相手は彼女が来たのを見ると、腕を組み、眉を上げて、何か悪巧みでもしているかのような顔をしていた。透子は思わず歩みを緩めた。本当に会いに来るなんて。この件、まだ終わってなかったの?私がお茶でも淹れたら、特別美味しいとでもいうのかしら。「柚木社長、桐生社長」二人の前に来ると、透子は営業スマイルで挨拶した。「柚木社長が君に用があるそうだ」駿が言った。透子は顔を向け、男をまっすぐ見つめながら、微笑みを崩さずに言った。「柚木社長、わざわざお越しいただき恐縮です」「わざわざだなんてとんでもない。出迎えもなかったし、結局、俺自ら探しに来る羽目になった」聡は言った。……別に、来てくれなんて頼んでないのに。「次回は必ず、前もって社屋の下でお待ちしております」透子は微笑んだ。「次回も俺に会いたいと?」聡は眉を上げて言った。…………もう、ムカつくわ。これでは話は続けられない。デザイン部の入り口で立ち話をしているわけにもいかない。社員たちが皆こちらに気づき、こっそり様子を窺っている。「柚木社長、こちらへどうぞ。本日もコーヒーはいかがですか?」透子は一歩踏み出して言った。「当社の総務部が、より品質の良いコーヒー豆を仕入れましたので、前回よりもご満足いただけるかと存じます」聡はそれを聞いて微笑み、言った。「随分と熱心だな。さすが旭日テクノロジーが育てた社員は違う」「君がそう言うなら、一杯いただかないわけにはいかないな」その時、そばにいた駿が口を挟んだ。「契約が立て込んでおりましたので、柚木社長にはお茶の一杯もお出しできませんでした。コーヒーをご用意しますので、応接室でゆっくりお話ししましょう」契約はもう済んだと聞いて、透子は思わず聡を見た。つまり、本題はもう終わったってこと?それなら、もうコーヒーなんて飲まなくていいじゃない。しかし、契約が終わったというのに、どうして聡はわざわざ自分を探しに来たのだろう?まさか、帰る前に嫌がらせでもするつもりなのだろうか。「話はまた次の機会にしよう。この後、まだ用事があるんだ」聡が口を開いた。彼が手を上げると、秘書が
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