All Chapters of 離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた: Chapter 261 - Chapter 270

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第261話

翼からのメッセージ。【恩に着るぜ、親友!これで勝ったも同然だ!事が済んだら飯おごるからな!】理恵からのメッセージ。【お兄ちゃん、仕事早すぎ!やっぱり頼りになるわ】聡は友人には返信せず、妹にだけ返した。来週には家に戻ってこい、いつまでも透子のところで厄介になるな、と。向こうで、理恵は兄からの非難のメッセージを見て、憤然と反論した。だが、それが母からの命令だと知り、新井家との縁談もなくなった今、確かに外にいる理由はないと悟った。透子にそう伝えると、透子は言った。「いいのよ、気にしないで。いつでもまた遊びに来て」理恵は感動し、彼女を抱きしめて言った。「いっそ、透子がうちに住めばいいのに。うちの両親、結構オープンだから気にしないわよ」透子は微笑んで首を横に振った。「また今度、ご両親にご挨拶に伺うわ」理恵は諦めざるを得なかった。親友が妙に「礼儀正しい」ことを知っていたし、何よりも、家には兄がいる。透子が来たがるはずもなかった。家に戻ることになったので、理恵はもし蓮司がまた探しに来たら、いつでも連絡するようにと念を押した。透子は親友の心配そうな顔を見て、微笑んで言った。「新井家の執事さんから聞いたわ。新井は今、ボディガードに見張られてるし、朝比奈も半月は拘留されるから、当分は危険はないって」執事は具体的な例も話してくれた。例えば金曜の退勤後、蓮司が駆けつけようとしたこと。きっと美月のことで文句を言いに来たのだろう。結局、彼は来られず、ただ一億円を振り込んで事を収めただけだった。てっきり、蓮司は美月の拘留期間を短くすると信じていたが、それ叶わなかった。きっと、聡のおかげだろう。彼が止めてくれたのだ。あの性格の悪い男のことを思い、透子は心の中でため息をついた。腹立たしいのは事実だが、感謝しなければならないのも事実だ。時間を見つけて、何かうまい方法を考えなければ。感謝の気持ちは伝えたいが、あの男に付け入る隙を与えたり、またからかわれたりするのはごめんだ。困ったものだ。人はどうして、あそこまで自意識過剰になれるのだろう。どうして、見ず知らずの相手にそこまで絡んで、一言嫌味を言わないと気が済まないのだろうか。透子は昨日、聡が何度も電話をかけてきたことを思い出し、思わず腕に鳥肌が立った。よほどの
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第262話

「新井蓮司」という名前を聞いて、透子は唇を固く結び、顔色が一層悪くなった。あの男よりは、まだ聡の方がずっとましだ。「私、行かなくてもいいですか?」透子は尋ねた。「申し訳ない、透子。先方が君を名指しで指定していて、君が来ないと話を進めないの一点張りなんだ」公平はため息をついた。「新井グループの子会社のセキュリティメンテナンス案件で、かなり大きな取引なんだ……君一人にさせるようなことはしない。我々も同席するから、大丈夫だ」部長の公平の言葉を聞き、透子は俯いたまま黙り込んだ。一社員として、当然会社のことを考えなければならない。それに、先輩も自分のせいで蓮司に攻撃され、会社が買収されそうになったこともある。その埋め合わせをしなければ。白昼堂々、ここは旭日テクノロジーのオフィスだ。それに他の人もいる。まさか蓮司が手を上げたり、自分を攫ったりするようなことはしないだろう。そう天秤にかけ、透子は同意した。「……分かりました、行きます」「協力に感謝するよ!」公平は感動したように言った。彼も、新井社長が透子に会うためだけに、この案件を「交渉の切り札」として利用していることは察していた。だが、どうしようもない。営業部から頼まれたことだし、この案件の利益は確かに大きいのだ。応接室。「新井社長、まずはお茶をどうぞ。担当の如月は、今呼んでおりますので」営業部長が微笑みながら告げた。蓮司は腕時計に目をやり、すでに十分が経過しているのを確認した。交渉の場で、相手を待たせることはあっても、自分が待つことなどなかった。これが初めてだ。だが、相手が違う。彼女は透子だ。一時間でも十時間でも、彼は待てる。どんな縛りにも裏をかく手はある。新井のお爺さんは監視の人間を付けて自分の行動を制限したが、提携の話し合いで外出することまでは禁じていない。もう何日も透子に会っていない。先週の金曜日には怪我までした。週末の二日間は耐え難い時間だったし、理恵は彼女にお見合い相手まで探している……蓮司は、今すぐ透子に会わなければ、自分が本当に狂ってしまうと感じていた。今回の提携は、会議もなければ、部署への通知もない。彼が衝動的に思い立ち、十時の予定をキャンセルして、適当な案件を掴んでやって来たのだ。入り口の方向をじっと見
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第263話

蓮司の顔は途端に曇りから晴れへと変わり、興奮のあまり椅子から立ち上がりさえした。その視線は、スーツ姿の女性に釘付けになっていた。透子は視線を合わせず、顔には何の表情も浮かべず、ただ淡々と口を開いた。「新井社長、こんにちは」その冷たく、よそよそしい呼び方に、蓮司の胸に鋭い痛みが走った。彼は足を踏み出し、彼女の方へ向かおうとした。蓮司が動くのが視界に入り、透子は無意識に一歩後ずさった。透子の背後にはドアがあり、逃げ出すのは容易い。そのため、蓮司は足を止め、軽率な行動は取れなかった。彼はその場に立ち尽くし、昼も夜も想い続けた人を、ただじっと見つめていた。嫌悪もなく、何の表情もない。湖の水面のように静かだが、それがかえって蓮司に拳を握りしめさせ、胸を締め付けた。透子は彼を見ようともせず、憎しみや嫌悪すらない……もう完全に、自分を無関係な他人として扱っているというのか?それは、彼にとって殺されるよりも辛いことだった。傍らで、営業部長と公平は、新井社長の表情が百八十度変わるのを目の当たりにし、同時にその視線が透子に釘付けになっているのを見ていた。「新井社長、どうぞお座りください。プロジェクトについてお話を」公平が口を開いた。営業部長も招き入れる仕草をしたが、蓮司は彼らを見て言った。「商談は後回しだ。先に透子と話がある」「それは……」二人は顔を見合わせ、同時に透子に視線を向けた。「プロジェクトの話は私の専門ではありません。新井社長、専門の方とどうぞ」透子は冷たい顔で、蓮司を見ずに言った。「提携の話じゃない」蓮司は彼女を見つめて言った。「でしたら、なおさらお話しすることはありません」透子はきっぱりと断った。蓮司はその言葉に目を凝らし、拳を握りしめて言った。「そういうことなら、この提携の話もなかったことにしよう」その言葉を聞いて、ようやく、透子は顔を上げ、冷たい視線で男と向き合った。彼女は、蓮司がこれで引き下がるはずがないと分かっていた。だが、彼の魂胆は明らかに見え透いていた。提携の話は口実で、旭日テクノロジーに来たのは、ただ「正当な」手段で自分に会うためなのだ。「新井社長が今回お越しになったのは、提携を成立させる誠意があってのことではなく、別の目的がおありなのでは」
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第264話

透子はまだ何の反応も示さない。「……十分だ。これ以上は譲れない」蓮司は歯を食いしばるように言った。営業部長は蓮司の手にある書類の表題を見て、確かに今回の商談の案件だと確認すると、肘で公平をつついた。公平が顔を向けると、営業部長は目で「お前が言え」と合図する。公平もまた、視線で返した。【どうして私が言わないといけないんだ?】営業部長は目で訴える。【如月さんは君の部下だろう。君が言った方が角が立たない】公平は言葉を失った。これは透子の時間を売って取引を成立させるようなものだ。最初、彼女には何もしなくていいと言った手前、今さら面目が立たない。「新井社長、どうぞお座りください。透子も。まずは落ち着いてお話を」公平は意を決して、笑顔でそう言った。透子は上司を一瞥し、心の中で小さくため息をつくと、蓮司に向き直って言った。「十分ですね。承知しました。ですが、商談の後に」蓮司という男が、話だけしてさっさと帰ってしまうかもしれない。旭日テクノロジーをからかいの対象にする可能性も否定できないからだ。「それなら、もう十分追加できないか?」蓮司は彼女が応じたのを見て、おずおずと要求した。透子が冷たい視線を向けると、蓮司は途端にそれ以上要求できなくなり、卑屈なほど声を潜めて言った。「……いや、いい。十分でいい」普段、あれほど傲慢な新井社長が、今やここまで卑屈にへりくだっている。営業部長と公平は、そんな場面を目の当たりにして、内心舌を巻いた。二人は思わず透子に視線を向けた。元妻とはいえ、彼女には大した手腕があるものだ。あれほどの男を、ここまで屈服させるとは。蓮司が椅子に座り直し、営業部長と公平もそれに続く。透子は隣の席に腰を下ろした。急いで出てきたため、書類は一部しか持ってきていない。蓮司はそれを差し出しながら、平然と言った。「助手のミスだけで、内容は事前に確認済みです。なので、俺は見なくても大丈夫です」営業部長は微笑んでそれを受け取り、公平も一緒に目を通し始めた。透子はわずかに俯き、テーブルの上を見つめている。彼女は、自分に注がれる焼けつくような視線を感じていた。あまりに露骨で、無視することさえできない。蓮司は、一体何を話すつもりなのだろう。以前、全て話し尽くしたはずではなかったか。離
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第265話

「子会社のサイバーセキュリティメンテナンスについては、新井グループは以前から提携している会社はありますが、長期契約ではありません。旭日の技術については存じ上げており、ぜひ前向きに提携を検討させていただきたいと考えています」その言葉に、非の打ち所はなかった。しかし、公平も馬鹿正直にそれを信じたわけではなく、そのまま商談を続けた。商談は三十分ほど続き、主に三人が話を進める中、透子はただ黙ってそばに座っているだけだった。その間、蓮司は時折彼女に視線を送ったが、一度として正面から応えられることはなく、透子は一瞥さえも彼にくれなかった。彼は焦りと苛立ちを感じ、さらに商談のペースを速めた。「本日はこの辺で。旭日の状況については、大方理解しました」蓮司は言った。「後ほど、御社のネットワークメンテナンスに関する実績資料を俺のメールアドレスまでお送りください。より具体的に検討させていただきます」商談が成立するかは別として、少なくとも手続きは万全だった。営業部長は頷き、公平もまた微笑みを浮かべた。仕事の話が終わり、ここからが本題だった。蓮司は透子を見つめた。営業部長は空気を読んで席を立とうとしたが、隣の公平は動かなかった。営業部長は振り返って公平の服を引いたが、その手を振り払われ、それで察した。「新井社長、では私は外でお待ちしております」営業部長は笑って言った。蓮司は頷いたが、もう一人がまだ席を立たないのを見て、思わず眉をひそめた。「松岡部長でしたね。透子と二人きりで話がしたい。あなたも席を外していただけませんか」蓮司は直接言った。公平はその言葉にためらい、心配そうに隣の部下を見た。透子をこの件に巻き込んだのは自分だ。当然、守らなければならない。「部長、外で待っていてください。十分で済みますから」透子は公平に言った。彼女は応接室の天井の隅を見上げた。よし、防犯カメラがある。そして、わざとこう言った。「防犯カメラも完備ですし、何か物音でもすれば外にも聞こえますよ」その言葉が誰に向けられたものか、蓮司には痛いほど分かっていた。「ただ話がしたいだけだ。他には何もしない」公平は向かいの新井社長を一瞥し、席を立った。それと同時に、透子はスマートフォンの時計アプリを開き、十分間のカウントダウ
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第266話

「その格好、誰に見せるつもりだ?そんなに色気振りまいて。まさか、街で男を引っかけでもするつもりか?」蓮司は動きを止め、息を呑んだ。この言葉……自分が吐いたのか?こんなにも、酷い言葉を?「一体、どうしろって言うの、新井。この二年間、あなたの言う通りにしてきたじゃない。それなのに今更、『昔はそんなじゃなかった』なんて」透子は深呼吸をして、怒りを抑えようとした。「何?あなたと別れたら、好きな服を着る自由さえないってこと?」彼女は問い返した。「違う……」蓮司は無意識に否定したが、弁解の言葉が見つからなかった。かつて自分が吐いた毒のある言葉を思い出そうと努める。確かに、言った記憶がある。自己嫌悪と罪悪感、そして後悔が胸に込み上げてきた。結婚したばかりの頃、透子との結婚を強いられた彼は、彼女に対して憎しみと苛立ちしかなく、どんな酷い言葉でも口にできた。もし、こうなることが分かっていたなら、決してあんなことはしなかっただろう。かつて口にした言葉の一つ一つが、今となっては埋めがたい深い傷跡となっている。「そういう意味じゃない……」蓮司はか細い声で言い、話題を変えた。「君が俺のそばにいた時、本気じゃなかったと思っていたんだ。無理やり結婚させられたから……」彼は、透子が元々はこれほど輝いていたのに、自分と暮らした二年間は、お洒落をすることさえ面倒くさがり、全てが手抜きだったのだと思っていた。だが、まさか、彼女の個性を葬り去ったのが、自分自身だったとは……向かい側で。「本気じゃなかった」という言葉を聞き、透子は怒りに拳を握りしめた。結婚して二年、真心で尽くしてきたというのに、その結果が、「本気じゃなかった」という汚名を着せられること?ふふ、自分の真心は、犬にでもやった方がましだったわ!いや、新井は犬以下だ。犬だって、優しくしてやれば尻尾を振って感謝するんだもの!「あなたみたいに、恩を仇で返すどころか、散々世話になっておきながら、それを全部否定して、逆に濡れ衣を着せるような人、見たことないわ!」透子はついに我慢できず、怒鳴った。「誰が見ても分かるでしょ?あの二年間、私があなたにどう尽くしてきたか分かるでしょう?最後の一か月間、朝比奈にあれだけ虐げられても、私は最後まで耐えたじゃない。あなたみ
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第267話

最も聞きたくないその結果に、心の準備はしていたものの、蓮司の肩は力なく落ち、全身から力が抜けていくようだった。すべてが、嘘だった……優しさも、世話を焼いてくれたことも、すべては透子の受動的な行動であり、自発的なものではなかったのだ。彼は冷たい眼差しの透子を見つめ、心臓が締め付けられるように痛んだ。この二年間、透子はこれほど巧みに、本物そっくりに演じきっていた。彼に微塵の疑いも抱かせずに……丸二年間、彼は騙され続けていたのだ。「お爺様は、一体何でお前を脅したんだ?そこまで我慢して、卑屈になれるなんて」蓮司は苦々しい思いで、ようやく言葉を絞り出した。透子は静かに彼を見つめた。新井のお爺さんは約束を守り、蓮司に契約のことは話していないようだ。今こそ、すべてを話す時だ。一部が嘘だとバレる心配はない。蓮司には確かめようがないのだから。「私、新井のお爺さんと契約を結んだの。彼があなたと朝比奈さんを結婚させたくなかったから。だから私に二億円を渡して、あなたと二年間結婚するようにって」透子は淡々と、まるで他人事のように述べた。「二年間あなたに耐えて、甲斐甲斐しく世話を焼いたのも、全部契約のため。離婚した日、ちょうど契約期間が終わったのよ」その言葉は、まるで雷に打たれたかのような衝撃で、蓮司の心に荒波を立てた。彼は完全に呆然とし、ただ目を見開いて、無意識に反論した。「いや、信じない……」信じないと言いつつも、彼自身にそれを裏付ける根拠はなかった。新井のお爺さんが、透子に無理やり嫁がせたと、そう言っていたからだ。「信じられないなら、新井のお爺さんに契約書を見せてもらえばいいわ。彼が原本を持ってるから」透子は平然と言った。「でなければ、私がどうしてあなたに嫁ぐと思うの?私のような身分で、あなたと関わることなんてあるはずないじゃない。大学時代に新井のお爺さんとは何度かお会いしたことがあって。卒業間近に、私が投資を募っていたら、彼が二億円を出すと。その条件が、あなたとの結婚だったの」透子はこれらの事実をすべて話した。たとえ蓮司がお爺さんに問い詰めても、同じ答えが返ってくるだろう。「ああ、そうだ。この二億円の投資は、旭日テクノロジーの発展のためよ。公式サイトでも、新井のお爺さんの出資情報が確認できるはず」透
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第268話

透子は蓮司を見つめ、相手の真っ赤な顔と首にぎょっとした。特にその瞳は、瞬く間に充血し、今にも泣き出しそうだった。透子は呆然とし、愕然としながらも戸惑った。どうして蓮司は、これほど打ちのめされ、受け入れられないという表情をしているのだろう。自分の言葉を聞いて、もう自分に付き纏うのを諦めるべきじゃないのかしら?自分が彼のこと好きだって決めつけて、縛り付けようとする企みは、もう通用しないはずなのに。これって……全部、演技?透子は眉をひそめ、疑いの眼差しを向けた。……それにしても、蓮司の演技は見事なものだ。彼にこんな才能があったなんて、今まで気づかなかった。もし、最初から彼の本性を見抜いていなかったら、もし、とっくにこの愛を捨てていなかったら、きっとまた騙されていただろう。静かに時間が流れ、応接室の空気は凍りついたかのようだ。二人は無言で対峙していた。「君……」数分後、蓮司は冷たい心を持つ女を見つめ、ようやく一言絞り出した。だが、その声は嗚咽に変わり、目尻からは温かい涙がこぼれ落ちた。透子はその様子に眉をひそめ、思わず体を後ろに引いた。その表情は驚きで固まっていた。……本当にやるわね、まさか泣き出すなんて。目薬でも使ったのかしら?それとも、自分をつねって痛がらせた?でも、この視覚的なインパクトはかなり強い。今まで見てきた蓮司は、いつも冷酷で、決して頭を下げるような男ではなかったからだ。「そんな演技をする必要はないわ。自分を騙してるの?」透子は淡々と言った。「真実はもう分かったでしょう。私とあなたの離婚は、もう決まったことよ。新井のお爺さんのところに契約書があるから、どんな弁護士を雇っても無駄よ」蓮司の目は真っ赤に充血していた。彼は問い詰めたい、立ち上がりたいと思ったが、それすらできなかった。透子がここまで言うからには、きっと本当のことなのだろう。新井のお爺さんに確認するのは簡単なことだ。だから、彼に残されたのは、透子が二億円のために自分に嫁いだという事実を受け入れられないという気持ちだけだった。この二年の結婚生活は、すべて彼女が別の男のために捧げたものだったのだ。男の反応を待っても、ただ演技を続けるだけ。透子は少し苛立ちを感じ始めた。携帯の時間を見ると、残り時間はあと三分。彼女は椅子から立ち上が
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第269話

「先輩とは大学時代からの知り合いよ。彼のために二年間を犠牲にしたし、彼も私のために他の人とは付き合わなかった。喧嘩したって、いつかは仲直りするものよ。離婚届が手に入ったら、すぐに彼と籍を入れるわ」嘘をついている透子は、少し心苦しくなり、蓮司に表情を読み取られないよう顔をそむけた。蓮司は衝撃で目を見開き、問い返す間もなかった。その時、応接室のドアが突然開けられた。「透子!大丈夫か?」駿の声が響き、中の状況を把握すると、すぐに透子の前に立ちはだかり、彼女を守るような姿勢を取った。突然入ってきた先輩に、透子は驚き、それから入り口に目をやった。営業部長と公平が、まるで現場を押さえられたかのように気まずそうに立っており、そのそばから大輔が半身を乗り出していた。大輔は気まずそうに透子に微笑みかけ、挨拶しようとしたが、駿の言葉に遮られた。「新井、一体いつまで付きまとうつもりだ?公私混同も甚だしい。僕が会議中なのをいいことに、不意打ちをかけるとはな」蓮司は、駿が透子の前に立ちはだかるのを見て、その瞳に宿っていた苦痛と傷心は、一瞬にして憤りと怒りへと変わった。こいつだ、透子が愛している男は。こいつの事業のために、透子は自分に嫁ぐことを選んだのだ!蓮司は理性を失い、いくらか力も戻ってきたのか、拳を握りしめて殴りかかろうとした。しかし、彼の動きは鈍っていた。そのため、駿は左手で透子を庇いながら、右手で先に拳を繰り出し、蓮司の頬を的確に捉えた。肉を打つ鈍い音が響き、入り口にいた公平たち三人は同時に驚きの声を上げ、慌てて止めに入った。「部長!早くあの狂犬を止めて!先輩を殴らせないで!」透子は背が低いため、後ろから状況が見えず、思わず叫んだ。殴られたのは自分の方なのに、透子が駿を庇うのを聞いて、蓮司は胸が張り裂けそうで、息もできないほどだった。彼は再び、なりふり構わず駿に殴りかかろうとした。自分は一体何なのだ。道化師か?ただの利用された道具、透子が駿のために敷いた道、二人の愛と事業のための踏み台だったというのか!!利用され、愛されることもなく、終始、自分は二人の茶番における滑稽な存在でしかなかったのだ!大輔が自社の上司を引き止め、営業部長が駿を羽交い締めにし、公平が二人の間に立って手で距離を保った。「皆
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第270話

ほんの少しでも、彼の負けはここまで惨めなものにはならなかっただろう。「好きだ、透子……好きなんだ……」蓮司は涙で滲む目で、想いを告白した。「君がいなくなって、心配で、会議も放り出して探しに行った……君が入院した時は自分を責めて、辛くて、ちゃんと食べられないんじゃないかって療養食を頼んで……退院してからは、君ともっと一緒にいたくて、早く仕事を切り上げて、一緒に料理がしたかった……携帯も、ネックレスも、君に買いたかったんだ。埋め合わせなんかじゃなくて、ただ贈りたかった。なのに、君はどっちも受け取ってくれなかった……」蓮司は途切れ途切れに、声を詰まらせながら語り続けた。その想いは深く、抑えきれない。その場は静まり返り、皆が彼を見つめていた。かつて雲の上の存在だった、気高く傲慢な男が、愛のために頭を下げ、悲痛な声で、一言一言に想いを込めて訴える姿に、彼らさえも心を動かされた。透子は蓮司を見つめ、唇を引き結び、指をきつく握りしめた。もう、何が真実で何が幻か、何が本当で何が嘘か、分からなくなっていた。でも……真実も偽りも、もうどうでもいい。自分にとっては、もう何の意味もない。もう、気にもしない。「透子、愛してる。もう一度チャンスをくれないか?」蓮司は再び、懇願するような声で言った。「君に利用されたって構わない。昔、他の誰かを好きだったことも気にしない。ただ、俺のそばに戻ってきてくれさえすれば……君への愛に気づくのが遅すぎたことを、俺は憎んでいる。気づいた時には、もう傷は深く刻まれていた……透子、もう二度とあんなことはしない。誓うよ。これからは君だけを愛す。俺の全てを君にあげる。だから、頼む……」蓮司の真摯な告白は、最後まで言い終えることができなかった。透子が携帯を取り出し、ある番号に電話をかけたからだ。「もしもし?警備の方ですか。十二階まで来てください。人を追い出してほしいんです」大輔もその時、我に返った。人を追い出すよりも先に、まず新井社長を連れ出さなければ。こんなことが知られたら、笑いものになる。彼は携帯で他の護衛たちを呼び、四人がかりで蓮司を担ぎ出した。蓮司はまだ必死に手を伸ばして抵抗し、涙ながらに懇願した。「透子、透子、チャンスをくれないか?間違っていたのは分かってる。や
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