夜が更けた。村の入り口でいちばん立派な一軒家も、ようやく灯りの大半が消えた。酒を飲みに来て、ついでに食事までご馳走になっていた村人たちは、三々五々、帰っていった。翠乃は客を見送り、家に戻ると片付けを始めようとした。木のソファに腰を下ろした博は煙草をくゆらせながらぶつぶつと言った。「他人はごまかせても、俺の目はごまかせねえ……また、あいつにいじめられたんじゃないのか?あの小僧が不誠実な真似をしたなら、俺があいつの脚を叩き折ってやる。朝倉家の世話にならなくてもいい。豊海村に戻って、俺が漁をして、おまえと愛樹、愛夕を養う」淡い黄色の灯りが、部屋に滲む。翠乃は食器を片付けながら、そっと首を振った――「……いいえ。いじめられてなんか、いないわ。お父さん。愛樹や愛夕のことを考えたの。イギリスの生活に、あの子たちが馴染めないかもしれないし……それに、私もお父さんを置いて行けない。いろいろ考えて、イギリス行きはやめることにしたの。国内でも勉強はできるし、仕事だって持てる。そうすれば、お父さんのことも見ていられるでしょう」……博は俯き、手にした煙草の吸い殻をじっと見つめた。しばらくして、口に含んだ最後の一服を力いっぱい吸い込む。それから顔を上げ、娘を見て、苦笑した。「翠乃は母親が早くに亡くなって、俺が育てた。おまえの胸の内が分からないわけがない……きっと、あいつに止められたんだろう?俺が話をつけに行く」翠乃は慌てて制した。声はかすれるほど低い。「お父さん、やめて……これは私が決めたこと。人は恩を忘れちゃいけないの。立都市に残るわ。愛樹も愛夕も、立都市にいさせる。寒笙の両親も、それを喜ぶはずだから」博は胸が締めつけられるような思いで、娘を見つめた。やがて、小さく息を吐く。「……俺が不甲斐ないばかりに、何もしてやれん」学はなくとも、博は粗野な人間ではない。翠乃が決めた以上、そして止める以上、朝倉家に乗り込めば、かえって彼女の立場を苦しめることになる……娘に後ろ盾はない。朝倉家と完全に縁を切るなど翠乃にとっても、子どもたちにとっても得策ではなかった。博は胸を痛め、その夜じゅう煙草を吸い続けた。空が白み始め、東の空が明るくなる頃、翠乃はトランクいっぱいに新鮮な魚を積み込み、車を走らせ、立都市へ
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