結安は章真を見上げた。視線が重なった瞬間――互いに、もう分かっていた。成人祝いの夜を境に、二人の関係は変わってしまったのだ。章真は彼女を女として見ている。まだ手を出されたわけではない。けれど、自分は彼のものだと――誰にも触れさせないと、無言のまま宣告されていた。結安の長い睫毛がかすかに震える。「……自分で帰りたいです」章真はそっと彼女の頬に触れた。「聞き分けてくれるよな?」声音は穏やかだった。だが、拒否を許す響きではない。やがて結安は小さな声で答えた。「……はい」逆らえるはずがなかった。彼がどれほどの力を持つ男なのか、結安は嫌というほど知っている。もし彼の意に背けば――路頭に迷う程度では済まない。自分では想像もできないような場所へ、簡単に突き落とされる。結安はそんな目に遭いたくなかった。彼女にはまだ、広い世界を見たいという夢がある。自分の人生を自分の足で歩きたい。だからこそ理解していた。復讐だの反撃だのは物語の中だけの話だ。現実では章真のような男がすべてを支配している。結安は車を降りた。すると章真が車窓を下ろし、指先で軽く招く。呼ばれるまま近づくと、彼はそっと彼女の頬を撫でた。低く押し殺した声が耳に落ちる。「……俺の言いたいこと、分かってるな?」結安の瞳が潤む。それでも彼女は涙を堪えながらゆっくり頷いた。――屈辱だった。自分がどんな立場なのか、嫌になるほど理解している。章真は顎をしゃくり、教室へ行けと促した。彼の存在があるせいで、教師たちは誰も結安に強く出られない。もともと成績も優秀だった。休み時間、結安は女子生徒たちと話していて、自分の鞄に封筒が入れられたことに気づかなかった。学年でも有名な男子からのラブレターだった。女子が頼まれて、こっそり入れたらしい。放課後前の自習時間。結安は英語教師の三浦先生に職員室へ呼ばれた。三浦先生は花柄のブラウスにレザースカートという装いで、髪型もどこかレトロだった。若くて綺麗な教師として校内でも有名で、言い寄る男性も多い。けれど理想が高いのか、恋人がいるという話は聞いたことがなかった。結安は先生の向かいに座る。テストの話かと思っていたが、三浦先生は小さなク
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