章真は立ち去ろうとしていた。そのとき、コンコンと執務室のドアがノックされた。扉の前には、いかにも清楚な雰囲気を装った若手女優が立っていた。戸惑ったような表情を浮かべ、声まで震わせながら口を開く。「葉山様……脚本について、ご相談させていただけませんでしょうか」章真はわずかに眉をひそめた。――どこの女だ。鼻につく。自分から近づいてきたくせに、ここまで清純ぶるとは。その白々しさに、胸がむかつく。章真は一瞥すらくれず、そのまま桐生を呼び入れると、苛立ちを隠さぬ声で言い放った。「次も同じことがあったら、二度と入れるな」琴葉は目を丸くした。ここへ来る前、彼女なりに徹底して下調べをしてきた。結安の話し方や仕草まで真似してきたのだ。章真はこういうタイプが好みではなかったのか。立ち去り際、章真はふと思い出したように足を止め、振り返る。「俺は清純な子は好きだ。でも三十過ぎのおばさんが無理して清純ぶってるのは反吐が出る」その言葉は、毒でも塗り込められているかのように容赦がなかった。桐生は一目で機嫌の悪さを悟る。――結安のことだ。この数年、結安という存在は章真にとって癒えない傷そのものだった。ようやく本人は戻ってきたというのに、その傷は治るどころか、ますます深くこじれている。章真が去ったあと、桐生は琴葉へ心から忠告した。「葉山様のことは諦めたほうがいいですよ。あの方は、とても好みがうるさいですから」琴葉は思わず尋ねる。「どうしてですか?シェリーなんて、私より全然――」桐生は小さく笑った。「本当にそうでしょうか?芸能界を探したって、結安さんより清らかで、守ってあげたくなる人はいません。あの魅力だけは、誰にも真似できないです。そして葉山様にとって、結安さんはたった一人の特別なんです。あのお二人は、世間でいう『資産家と女優』なんて単純な関係じゃありません。その意味、わかりますか?」琴葉には理解できなかった。男女なんて、結局は身体の関係ではないのか。結安にできることなら、自分にもできる。結安にできないことなら、自分のほうがもっとできる。それなのに、どうして自分は結安に敵わないのか。……章真は足早にビルを出た。黒いカリナンへ乗り込むと、まずスマートフォン
Read more