All Chapters of 私が去った後のクズ男の末路: Chapter 1391 - Chapter 1400

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第1391話

結安はゆっくりと顔を上げる。その瞳の奥には、壊れそうなほど脆い色が宿っていた。章真はこれまで見せたことのない眼差しで彼女を見つめている。それは少女ではなく、一人の女性を見る男の目だった。想乃が生まれる前には、一度として向けられたことのない眼差し。長い沈黙の末、彼は低く囁く。「どうして駄目なんだ。結安……ビジネスの世界はもともと残酷なものなんだ。もしあの結末を知っていたなら、俺はあんなことはしなかった。お前の家の会社なんて、失っても構わなかった。……信じられないだろうけど。過去は変えられない。だからせめて、償わせてくれ。想乃を育てさせてくれ。そして……もう一人、子どもを授かろう。もう一人家族が増えれば、この家はきっと変わる。子どもたちが大きくなったら、俺のすべてを想乃と、その子に託す。……そうしたら駄目か。お前に返せなかったものを、全部子どもたちへ返させてくれ」――償う。章真がそんな言葉を口にしたのは初めてだった。想乃が生まれたからだ。昔の彼は奪うことしか知らなかった。結安には、その変化が痛いほど分かる。胸が苦しく、惨めだった。頷きたくない。けれど逆らえば、彼が何をするか分からない。外には想乃も、使用人たちもいる。こんな場所で騒ぎになることだけは避けたかった。結安は小さく首を横へ振る。乱れた黒髪。涙を滲ませた白い頬。その儚さは胸を締めつけるほどだった。章真は彼女の顎へ手を添え、少しだけ力を込める。「俺を見ろ」視線が重なる。これほど深く見つめ合ったことは一度もなかった。章真はゆっくり身を屈める。唇が軽く触れた。ほんの一瞬で離れる。黒い瞳は真っ直ぐ彼女を捉えたまま、掠れた声で呟く。「……柔らかい」そのまま彼は再び彼女へ顔を寄せる。結安は小さく息を呑み、抗おうとする。けれど章真は離さない。重なった唇の距離は容易にはほどけず、結安の震えも、堪えきれない嗚咽も、そのまま静かに受け止めていた。扉の向こうからは幼い娘の笑い声が微かに聞こえてくる。二人の宝物。その存在がすぐ近くにあるという現実が、結安の胸をさらに締めつけた。乱れた服を整える余裕もなく、力の抜けた身体を章真が支える。その姿
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第1392話

章真は想乃を抱いて2階の主寝室へ戻った。ようやく取り戻したばかりの娘だ。どれだけ見つめても見飽きることがない。想乃は父親の膝の上にちょこんと腰掛け、小さなボールで楽しそうに遊んでいた。自分が愛されていることを、きっと本能で感じているのだろう。好きなだけ見つめられてもまったく気にしない。ふと顔を上げれば、大きな瞳がきらきらと輝き、小さな顔立ちは人形のように整っている。可愛い子どもは、それだけで自然と自信を持つものだ。幼稚園でも先生たちの人気者なのだろう。最初はボールで遊び、次は章真のシャツのボタンを指先でつつき、やがて顎へ手を伸ばした。お髭を触ってみたかったらしい。けれど章真の顎はきれいに剃られていて、ちくちくする髭は一本もない。想乃は少し残念そうに、小さくふうっと息をついた。その様子を章真はただ黙って見つめ続ける。一瞬たりとも目を離したくなかった。父親というものは、娘には特別弱い。まして4年間も知らずに過ごしてきた娘が、ある日突然目の前に現れたのだ。その空白を埋めたいという思いと、何もしてやれなかった後悔だけで胸がいっぱいになる。……1階では、結安が章真の意図に気づいていた。彼はわざと自分へ役目を与えている。幸い蝶野は結安の立場を理解してくれていて、必要なものはすべて先に用意してくれていた。連れてきた家政婦がそれを2階へ運ぶ。想乃はまだ幼いとはいえ4歳。章真が一人で入浴を手伝うには気を遣う年頃だった。結安も一緒に2階へ向かう。その背中を見送りながら、蝶野は複雑な表情を浮かべていた。結安にはここへ残って幸せになってほしい。けれど同時に、自分の望む人生を自由に歩んでほしいとも思ってしまう。階段を上がる途中、家政婦がそっと結安へ話しかけた。「想乃ちゃんのお父さん、本当に立派な方ですね。想乃ちゃんのこと、とても大切にされているのが分かります。おじい様もおばあ様も、立花さんをすごく気にかけていらっしゃるし……葉山さんのお話、考えてみてもいいんじゃありませんか。子どもには、やっぱり家族が必要ですから」……家政婦が想乃を思って言ってくれていることは、結安にもよく分かっていた。だから否定もせず、ただ静かに微笑むだけだった。それ以上は
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第1393話

章真が想乃を抱き取ろうと手を伸ばす。その瞬間、二人の手がわずかに触れ合った。結安の肩がびくりと震える。その小さな反応を章真は見逃さなかった。じっと彼女の顔を見つめる。これまで何度も身体を重ねてきた。つい数時間前にも、ウォークインクローゼットで互いに向き合ったばかりだ。それでも今、彼女を目の前にすると胸の奥が静かに熱を帯びていく。だが娘の前だ。章真はその感情を押し殺した。想乃は父親の首へ腕を回したまま、じっと章真の口元を見つめている。――やっぱり伸びてる。そんなふうに真剣に観察しているらしい。章真は娘をドレッサーの前へ抱いていく。そこは昔、結安が毎日座っていた場所だった。想乃は椅子へちょこんと腰掛け、背筋をぴんと伸ばして待っている。章真はドライヤーを手に取る。すると想乃が得意げに言った。「パパ、ヘアオイル!」思わず章真は笑ってしまう。「そんなことまで知ってるのか」言われるまま数滴だけ髪になじませ、それから丁寧に乾かし始めた。……浴室では、結安が静かに後片づけをしていた。寝室からは想乃の元気な歌声が聞こえてくる。保育園で覚えた歌なのだろう。「くまさんがさんびき。パパくま、ママくま、こぐま。パパくまはつよくてげんき。ママくまはきれい。こぐまはかわいい。こぐまはわたし、想乃です」少し音程は外れている。それでも、たまらなく可愛らしかった。結安は思わず微笑む。その一方で胸は痛んだ。目元がじんわりと熱くなる。それでも涙はこらえ、浴室をきれいに片づけていく。赤い子ども用の洗面器を所定の場所へ戻す。今夜は客室で眠ろう。もう章真と同じ部屋にはいたくない。それに薬も買いに行かなければならない。昼間のことが頭をよぎる。念のため、備えておきたかった。結安はできるだけゆっくり片づけを続けた。30分ほど経つ頃には、ドライヤーの音も止み、想乃の歌声も聞こえなくなっていた。屋敷全体が静まり返る。ようやく身支度を終えた結安は、客室で休みたいと章真へ伝えるつもりで浴室を出た。洗面スペースへ足を踏み出した、その瞬間だった。寝室から章真が現れる。何も言わない。ただ彼女の前へ歩み寄り、その肩を抱き寄せた。「……っ
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第1394話

章真はそっと結安の額へ口づけを落とした。「もう一人、子どもを授かろう」結安はかすかに身をよじる。――そんなこと、できるはずがない。何も答えず、ただ静かに涙を流した。少し落ち着くと、床へ落ちていた服を拾い、一枚ずつ身につけていく。そして浴室を出ようとした、そのとき――章真が後ろから細い手首を掴んだ。「どこへ行く?」結安は振り返らない。掠れた声だけが静かに返る。「薬を買いに行くの。私は妊娠しない。もし授かったとしても、生まない」……章真は眉を寄せた。シャンデリアは眩しく輝き、互いの身体にはまだ熱が残っている。それなのに胸の奥だけが冷え切っていた。触れ合ったはずなのに、かえって心は遠ざかった気がする。章真は低く問いかける。「じゃあ想乃はどうなんだ。産まないと言っていたのに、どうしてあの子は産んだ?」結安は答えられなかった。重苦しい沈黙が流れる。やがて章真は無言でシャツとスラックスを身につけ、ジャケットを手に取った。どこか投げやりな口調で言う。「俺が買ってくる。品揃えのいい薬局へ行って、何種類か買ってくる。メーカーも製造日も、お前が自分で選べ」ぶっきらぼうな言い方だった。だが、それは章真なりの最大限の譲歩でもあった。見た目こそ穏やかで理知的だが、その本質は誰よりも強引な男だ。一度決めたことを曲げる人間ではない。もし人の意思を尊重できる男だったなら、何年も前に彼女を無理に引き留めることなどしなかっただろう。結安は呆然と立ち尽くす。章真は深く彼女を見つめた。怒りはまだ胸の中に残っている。それでも、大きなベッドで眠る想乃へ目を向けた瞬間、その表情は自然と和らいだ。そっと娘の頬へ口づけを落とす。胸の中まで温かくなり、怒りは半分以上消えてしまった。……1階へ降りると、蝶野はまだ起きていた。手には雑巾を持ち、夜遅くまで掃除をしている。章真は苛立ったように言う。「使用人が足りないのか。こんな仕事まであなたがやる必要はないだろう」蝶野は肩をすくめた。「歳を取ると、少し身体を動かさないと夜眠れないんですよ」章真は一度だけ睨みつけ、そのまま玄関を出て車へ乗り込む。向かった先は24時間営業のドラッグストアだった。緊急避妊薬
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第1395話

章真は玄関をくぐり、静かなホールへ足を踏み入れた。そのままゆっくりと2階へ向かう。こんな気持ちは初めてだった。穏やかで、どこか満たされていて。その奥には、ほんの少しだけ甘い幸福感が混じっている。階段を上りながら、ふと想乃の身体から漂うミルクのような優しい香りを感じた。幼い子どもだけが持つ、あの柔らかな匂いだった。主寝室の扉を開ける。結安はリビングスペースで静かに座っていた。薄いバスローブを羽織っている。抵抗することを諦めたのだろう。あれほど長い時間をともに過ごしたあとでは、今さら取り繕う気力も残っていなかった。その方が、お互い余計な力を使わずに済む。扉が開く音に、結安は顔を上げる。その視線は驚くほど落ち着いていた。章真もまた彼女を見つめ返す。しばらくして、買ってきた袋をローテーブルへ置き、そのままウォーターサーバーへ向かう。お水をコップへ注ぎ、結安のもとへ戻る。結安は袋をゆっくり開けた。中には数種類の緊急避妊薬。どれも信頼できるメーカーのものだった。その隣には、サイズ違いではなく同じXLサイズの避妊用品が何箱も並んでいる。色も種類もさまざまだった。結安は目を見開いた。まさか彼が自分からこれを買ってくるとは思わなかった。けれど同時に理解する。彼が自分を簡単に手放すつもりなどないことも。そんなことを考えていると、章真がお水を差し出した。結安が顔を上げる。ちょうどそのとき、彼女の手には避妊用品の箱が握られていた。視線が重なる。言葉にできない気まずさが漂う。結安が何か言おうとした、その瞬間だった。章真のスマートフォンが鳴り始めた。着信音は妙に可愛らしい。明らかに特定の相手専用だ。もっと私を見て。もっと私を好きになって。私はあなたのスイートハニー。……子どもっぽいメロディだった。こんな着信音を設定するのは、きっと若い女の子だろう。――あの子だ。結安はそう思った。章真は画面を見て、一度は着信を切る。だがすぐに同じ番号から鳴り始める。章真は結安を一瞥すると、窓際まで歩き、小さな声で電話へ出た。「どうした。クリスマスは帰ってこなくていい。正月になったら宇佐美をそっちへ行かせる。いい子だ
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第1396話

耀石グループはトレンドを取り下げた。しかし、あの記事はあまりにも広く拡散されてしまっていた。わずか30分で閲覧数は4億を突破し、記事に登場する人物もすべて現実と一致していた。――立花結安と葉山章真。高校時代の人気者だった藤堂駿もヒロインと交流があり、あの夜、芸能記者に撮られた相手も彼だった。そして女性教師の正体もすぐに特定され、結安の高校時代の担任・三浦先生だと判明した。ネット上では、一斉に結安への誹謗中傷が始まる。【シェリーってこんな子だったなんて……最近ちょっと好感持ってたのに。昔のセクシー路線のほうが本性だったってこと?元から男好きなんじゃない?】【18歳で恋愛して子どもまでできるなんて、普通じゃないでしょ】【しかもちゃんとお金持ちを選んでるし】【私たちが18歳の頃なんて、まだ子どもみたいなもんだったよ】【ほんと。立花結安って何人もの男を手玉に取ってるじゃん。不良少女そのもの。ある意味すごいけど、『蒼穹の花』の主演なんて絶対ダメでしょ。こんなモラルのない女優を見てファンが真似したらどうするの?】【『蒼穹の花』はキャスト変更しろ】【制作委員会に電話しよう。主演交代だ】……コメントはあまりにも多く、削除しても削除しても追いつかなかった。面白半分で騒ぐ一般ユーザーだけではない。結安のライバルである神崎琴葉も大量のネット工作員を投入し、結安を徹底的に叩かせていた。一気に潰そうという勢いで、状況は最悪だった。桐生から再び電話が入る。影響が大きすぎた。耀石グループは直ちに危機管理対応を取らなければならない。だが、この時点ではDNA鑑定の結果はまだ出ていなかった。章真は数々の企業買収や情報戦を勝ち抜いてきた男だったが、ネット上を覆い尽くす悪意だけは相手にしきれなかった。何億人もの口を封じることなどできない。プラットフォーム側も莫大な費用を投じて拡散を抑えようとしていたが、それでも勢いは止まらなかった。結安は目を覚ました。ベッドの上に身を起こし、自分に向けられた黒い噂を静かに見つめる。あの記事を書いたのはよりにもよって自分の恩師だった。先生を守ろうとして前に立った結果――逆に噛みつかれることになった。顔を上げると、章真の深い瞳と視線が重なる。夜が明けるのを待つし
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第1397話

1時間後――午前4時。SNSのトレンド欄は駿と結安に関する話題で埋め尽くされていた。誰かによる一本の長文投稿がきっかけで、駿は一夜にして「悲劇のヒーロー」として祭り上げられていた。【現実の切なすぎる恋愛ドラマじゃん……】【もしあんな出来事がなかったら、結安の人生は全然違ってたはず】【きっと藤堂さんと結ばれてたよね?】【絶対そう】……世論は一気に反転した。結安への感情は軽蔑から同情へ、そして敬意へと変わっていく。18歳。まだ一人の少女に過ぎなかった彼女が、ほとんど面識もなく、恋心すら抱いていなかった少年を守るために、自ら前へ踏み出した。どれほどの覚悟があれば、そんなことができるのだろう。せめて、駿がその想いに値する人間であったことだけが救いだった。一方で、あの女性教師への非難は一気に高まる。風向きが変わると、三浦先生はひっそりと自分の投稿を削除した。しかし、今度は彼女自身が激しい誹謗中傷の標的となった。ファンたちは章真に対しても怒りを向け始める。だが――耀石グループの危機管理はあまりにも強力だった。そして何より、章真本人は世間の罵声など気にしていない。彼が気にしていたのは、ただ一つ。主人公の座を奪われたことだった。夜が白み始める。東の空が魚の腹のような淡い白に染まり、庭先へ一台の車が滑り込んだ。章真はベッドに腰掛ける結安へ視線を向け、静かに言った。「宇佐美がDNA鑑定書を持ってきた。お前は降りてこなくていい。俺が受け取ってくる」結安は白いシルクのガウンをまとっていた。長い黒髪は肩へ流れ落ち、夜そのもののような瞳が静かに揺れる。章真は思わず数秒、その姿を見つめてしまう。それから部屋を後にした。朝靄の残る早朝。宇佐美はきちんとスーツを着込み、リビングで待っていた。階段を下りてくる章真はまだ部屋着姿だった。章真が近づくと、宇佐美は鑑定センターから受け取った封筒を差し出す。その視線は思わず2階へ向いた。チョコの出生を疑ったことなど一度もない。それでも、もし万が一ということがあったなら――社長はどうするのだろう。そんな思いが頭をよぎる。封筒を開けながら、章真は低く言った。「結果にもしはない。想乃は俺の娘だ。それ以外はあり
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第1398話

章真は笑った。椅子の背に手を添えたまま、そっと結安へ身を寄せる。頬が触れ合うほど近い距離。かつて自分の手で育てた少女はもう大人になっていた。以前のように素直には従わない。だが、その変化を彼は嫌ってはいなかった。むしろ、好ましかった。彼が求めていたのは命令どおりに動く人形ではない。血の通った、1人の人間だった。結安は昔からそうだった。彼が買い与えた服をこっそり売って現金に換えたり。誕生日に贈ってくれた1千万円以上するブランドバッグも、実は精巧な偽物だったり。小さな身体で、いつも人を驚かせる知恵を巡らせていた。不思議なことに、章真は腹が立たなかった。むしろ懐かしかった。あの頃の結安との日々を思い出すだけで、胸の奥が静かに温かくなる。彼はすぐに条件の話へ入ろうとはせず、低い声で問いかけた。「1つ聞きたい。結安、お前はいつから俺を好きだった?」結安の身体がわずかに強張る。そんなことを聞かれるとは思っていなかった。それは、彼女の胸の奥にしまい続けてきた、一番触れられたくない秘密だった。鏡の中で、2人の視線が絡み合う。長い沈黙の末――結安は静かに口を開いた。「あなたを好きだったことなんて、1度もない」章真は彼女の小さな顔をじっと見つめる。ほんのわずかな表情の揺れさえ見逃さないように。結安の瞳は少しずつ潤み始める。それでも彼女は真っ直ぐ言い切った。「……1度も」章真は見下ろしたまま、少しかすれた声で笑う。「強がったところで意味はない」彼には分かっていた。誰よりも分かっていた。結安が自分を愛していたことを。藤堂駿ではない。だからこそ、彼の存在を許容できたのだ。章真は小さく息を吐き、表情を和らげる。「じゃあ、条件を聞こう。藤堂駿のことも含まれているのか?」「ある。1つ目。藤堂駿にはもう何もしないで。ここ数年、私たちは一度も会っていない。前に三浦先生へ手を出したから、彼が出てきただけ。2つ目。私は結婚したくない。3つ目。しばらく子どもを産むつもりもない」……言い終えると、結安は静かに章真を見つめた。彼は承諾する。彼女にはその確信があった。今は耀石グループの存続がかかっている。彼なら受け入れる。
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第1399話

耀石グループは1通の公式声明を発表した。添えられた1枚の写真には、本社ビルで並んで座る3人の姿が映っていた。ダークカラーの円形ソファ。章真と結安は肩を並べて腰掛け、想乃は可愛らしいワンピース姿で父親の膝の上に座っている。父娘は驚くほどよく似た整った顔立ちで、その愛らしさは見る者の心を一瞬で掴んだ。普段は厳しい表情しか見せない章真も、この時だけは穏やかに微笑んでいた。片腕で娘を抱き寄せ、もう片方の手では結安の手を優しく包み込む。2人の薬指には、飾り気のないプラチナのリング。密かに結婚していたのではないか――そんな憶測が瞬く間に広がった。この1枚はすぐさまトレンド入りを果たす。――噂は完全に覆された。仲睦まじい家族3人。そう世間には映った。だが、この幸福そうな光景の裏にある残酷さを知っているのは、結安だけだった。彼女の脚には、まだ鈍い痛みが残っている。章真の乱暴さによるものだった。時間がなく最後までは及ばなかったものの、彼は彼女を決して楽にはさせなかった。わざと痛みを残し、彼女自身の立場を忘れさせないために。あの男は昔から何1つ変わっていない。どこまでも独占欲が強く、傲慢な男だった。それでも、その1枚の写真は無数の女性たちの心を打ち砕いた。誰もが結安を羨んだ。けれど彼女たちは知らない。結安は本来ならもっと穏やかで幸せな人生を歩めたはずだったことを。生まれたその日から、彼女は幸せになる資格を持っていたのだから。……その後、主要メディアによる合同取材が行われた。章真は終始、用意された公式コメントだけを淡々と述べる。やがて結安の番になる。彼女は女優としての仮面を静かにまとい、柔らかな笑みを浮かべながら話し始めた。「葉山さんとは、私がまだ幼い頃からの付き合いです。当時の私は、誰かを好きになるという気持ちすら分かっていませんでした。そのせいで、たくさんのすれ違いが生まれ、私たちは4年間離れて過ごすことになりました。再会して初めて、葉山さんがどれほど深く私を想ってくださっていたのかを知りました。そして私自身も、未熟な少女から1人の大人の女性へと成長し、人を愛すること、愛されることを少しずつ学びました。娘の想乃は本当にかわいい子です。これからは葉山さんと一緒
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第1400話

結安が答えるより早く、章真は彼女の手から台本を取り上げていた。「玉露」ボディソープ――CM撮影台本。ページをめくった彼の眉がぴくりと動く。入浴シーンだけではない。男性共演者とのバスタブシーンまである。もちろん実際には肌の露出を防ぐ撮影用の対策が施される。それでも、男優と同じ湯船へ入るという設定だけで、章真には到底受け入れられなかった。クリスタルシャンデリアの光の下、端正な顔立ちの男は彼女を横目で見ながら皮肉っぽく言う。「紫苑が取ってきた仕事か?だったら本人が脱げばいい。芸術のために身を捧げるんじゃなかったのか?」結安は怯まない。「契約料は1億円。断る理由はない。それに撮影用のインナーも着る。湯船の中ではちゃんと衣装を着ているの」……章真は黙って彼女を見つめた。言い返すようになった。しかも、ずいぶん自然に。不思議と怒りは半分ほど消えていた。それでも胸の奥の引っ掛かりだけは消えない。だが、それを結安へぶつけるつもりはなかった。2人の間で解決する必要のない問題もある。今日は想乃がいない。だからこそ、彼は久しぶりに2人きりの時間を過ごしたかった。壊れてしまった関係を少しでも修復したかった。章真は台本を無造作に脇へ置く。たかが1本のCM。金さえあれば、企画などいくらでも変えられる。彼は彼女の前へしゃがみ込み、その手をそっと包んだ。声音は驚くほど穏やかだった。「下へ行って食事をしよう。食べ終わったら庭を散歩しないか。外へ出たいなら、それでもいい。結安。俺たち、一緒にゆっくり街を歩いたことがなかっただろう?女の子はショッピングが好きなんじゃないのか。今日は俺が付き合う」結安はまったく乗り気ではなかった。今の2人は注目されすぎている。目立ちたくない。まして恋人のように腕を組んで街を歩く気などなかった。2人は愛し合って結ばれたわけではない。事情があって一緒にいるだけだ。だが、章真を怒らせるのも避けたかった。彼は昔から、自分が与えるものを拒まれることを好まない。しばらく考えた末、結安は静かに答える。「……庭を歩くだけでいい」章真は微笑み、そっと彼女の頬へ触れた。まるで大切な宝物を慈しむような眼差しだった。2人
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