瑠璃は輝の気配を察すると、かすれた冷ややかな声で言った。「もう帰って。二度と来ないで」輝はその背後に立ち、一歩の距離を残したまま立ち尽くした。伸ばしかけた手は、肩に触れる前にゆっくりと降ろされ、代わりに苦い吐息となる。「茉莉が……俺を見られないと泣くんだ。駄々をこねる。あの子には俺が必要だ」瑠璃の瞳は赤く腫れていた。「そうね、あの子はあなたを探して泣き喚くでしょう。でも泣いて、騒いで……やがては泣かなくなる。少しずつ、忘れていくの。あなたのことも、あなたの妻が与えた傷も。輝、知らないはずがないでしょう?事故は高宮絵里香が信号を無視したせいよ。それに肝心な時、あの女は茉莉を見捨て、自分の命ばかり守った。これを、あなたはどう償えるっていうの?」言葉にすると胸が裂けるような痛みが走る。悔しくて、悔しくて仕方なかった。瑠璃は俯き、小さく呟く。「聞いたわ。彼女は英国であなたのために、もう子どもを産めなくなったって。輝、あなたが彼女を娶って密かに愛し合うのは勝手よ。でも、どうして私の娘を巻き込むの?茉莉を渡して、彼女に育てさせたいって?そんなのあまりに残酷じゃない……」「違う、そうじゃない!」輝は数秒間沈黙し、かすれた声で告げた。「俺と彼女はもう別居している」……午後二時。栄光グループ、最上階の社長室。白川が法務部の大野弁護士を伴って入室する。「周防社長、大野先生がお見えです」輝は頷き、椅子を示して座らせると、白川に顎で合図した。「出ていってくれ」扉が閉まると同時に、輝は大野弁護士を見据え、低く切り出した。「譲渡契約を作ってほしい。俺の名義の瑠輝グループ株式——三十五パーセントを無償で赤坂瑠璃に託す。形式上は彼女の名義だが、将来はすべて子どもたちに分配させたい」短い一言一句に、大野弁護士の脳は混乱した。「輝、あなたの持ち株は六十五パーセントに過ぎません。その三十五を譲れば、赤坂さん次第では会社の支配権を失うことになりますよ。それと……お子さんは茉莉ちゃん一人のはずでは?」……大野弁護士は周防家と古くからの縁があり、信頼に足る人物であった。輝は隠すことなく、一つひとつ答える。「もし瑠璃が望むなら、それでもいい……子どもは茉莉だけじゃない。彼女のお腹の子も、俺の子だ」
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