「子どもが、生まれる……」瑠璃は歯を食いしばりながら、輝の手を強く握った。輝には出産の経験などない。だが彼女の寝間着の裾から水がぽたぽたと滴り落ちているのを見て、羊水が破れたのだと悟った。輝は喉を鳴らしながら彼女の手を握り返した。「怖がるな。俺が病院まで連れて行く」深夜の岸本邸が大きくざわつく。瑠璃の母は衣を羽織って起き上がり、幼い子どもたちも起き出した。瑠璃の母は病院へ同行しようとしたが、輝は瑠璃を慎重に抱きかかえて車の後部座席に乗せ、言った。「家で子どもたちをお願いします。こちらは私がついていきます……家族を呼んで世話を頼みますから、ご安心を。瑠璃を苦しませはしません」それでも瑠璃の母は心配そうにしていた。その時、清らかな少年の声が響く。「僕も一緒に行きます」琢真だった。若々しく澄んだ香りを纏った少年は、義母の隣に座り、ぎゅっとその手を握った。顔には不安が色濃く刻まれている。輝も車に乗り込み、運転手に命じる。「病院へ急げ」黒い車は豪雨の中、ゆっくりと邸宅を離れていった。瑠璃の母は美羽を抱き、茉莉の手を引きながら、その背をいつまでも見送った。……車内では、瑠璃の陣痛が刻一刻と強まり、額は汗で濡れていた。だが彼女は唇を噛みしめ、声を押し殺している。豪雨は柱のように降り、フロントガラスを叩きつける。ワイパーは必死に雨を払うが、道は険しい。運転手は速度を上げられず、雨に阻まれながら進んでいた。しかし子どもは急ぐように下りて来ようとしている。「痛い……」抑えきれぬ悲鳴が、車内に響いた。羊水はとめどなく流れ出ていた。もう出産は避けられない。だが前方の道が冠水で塞がれ、病院へは大きく迂回するしかない。陣痛は間隔を詰め、彼女の指は輝の腕に深い爪痕を刻む。車は突然止まった。運転手が飛び出して確認すると、工事区間の標識が雨に流され、進むも退くもできない状態だった。ワイパーは力なく左右へと揺れ、往復を繰り返すばかりだった。「……っ!」女の叫びが車内を揺らす。琢真はどうすべきか分からず、ただ輝を見つめた。輝は周囲を一瞥し、病院に間に合わぬと判断すると、低く言った。「俺が取り上げる」瑠璃は目を見開いた。「あなた、正気じゃないでしょう!」闇の中、輝
Read more