部屋で軽く膝を折って腹を触診され、佐加江は鈍い痛みに顔を歪ませていた。 「鬼に喰われてしまいたい」 両腕で顔を隠し、佐加江は越乃に背中を向けた。オメガ特有の儚さをまとい、くびれた細い腰にはもう幼さはない。 「貫通はしなかっただろう。発情期じゃないと無理だと分かっていたが、浩太君は若いし可能性もあるかと思ってな。しかし、驚いたね。これには」 さすがに若いと柔軟性があるな、と越乃は浩太に感心しながら部屋の隅にあった段ボール箱を覗き込み、プジーを手にして苦笑いを浮かべていた。 「『佐加江さん』のことも、こうやって観察してたの?」 越乃の動きが止まった。自身の手を見つめ、ニタリと笑っている。 「ただ、見つめる事しか許されなかった。あの人に触れたのは、家の鴨居で首を吊った身体を下ろしたのが初めてだった」 「首を吊ったーー」 「艶かしかった」 産まれたばかりのまだ名もない赤子が、その足元で泣いていた。それが佐加江だ。赤子の父は不在だった。 『佐加江さん、このまま逃げないか。私と』 『何をおっしゃるの、先生。私は、ここでしか生きていけませんの』 数時間前に会話を交わしたばかりだった。 オメガ同士の結婚は、ごく普通の夫婦関係。発情期に入ってしまった夫を家族から隔離し、浩彰と番にさせようとしている事への抗議だった。 妻を亡くし子供を取り上げられた男に発情が起こらなくなり、神事の神子にたてたのは、その四年後――。 その日の事を久しぶりに思い出した越乃は、佐加江を虚ろに見つめていた。 「佐加江……」 「誰を見てるの」 佐加江の裸体を抱きしめ、越乃はその名を何度も呼んだ。佐加江の髪質は父親譲りだが、それ以外のクリッとした愛嬌のある目も肌の質感も母親そっくりだった。 初めての発情を迎えてからというもの、日毎夜毎、次の発情に備えているかのように妖艶になっていく佐加江。越乃が佐加江を初恋の人と見紛うのも仕方がなかった。 「もう、研究なんかやめよう」 佐加江の白いうなじに、越乃はコクリと唾を飲み込む。 「……何を馬鹿な事を言っているんだ」 「第二の性に囚われ過ぎだよ。僕が死ねば、もう終わりじゃないか」 「終わらせない」 襖を開け放ったまま、越乃は部屋から出て行ってしまった。 ♢♢♢
Terakhir Diperbarui : 2025-06-01 Baca selengkapnya