アオは、洋間の前で、立ち止まり、息を吸いこんだ。 わたしもなんだか、緊張してくる。 ここを開ければ、父のアトリエがあるのだから──。 水風船ほどの小さなからだで、アオが、意を決したように真鍮のドアノブを見上げた。 「──いい? アオ、心の準備はできた?」 わたしが尋ねると、彼はドアの前で、「うん!」と、大きくうなずいて見せた。 と、言っても、中に何か特別なものがあるわけじゃない。 亡くなった父の画材と、落書きでしかないわたしの絵が、あの雨の夜の火事の直前のまま、残っているだけだ。「じゃ、あけるよ、アオ」 わたしはノブを押し下げる。 わたしが入るわけじゃないのに……やっぱり心臓が早鐘のように鳴りはじめた。 わずかに開いたドアの内を、アオが恐る恐るのぞきこんでいく。 引けた腰を廊下に残したまま、目だけがドアの向こうに伸びている。 そのさまは、背中から見ていても、さすがスライムといった感じだ。 アオは、目を、こっちに引っ込めた細長い体で振り向いて、「……ほんとに、このアトリエ、おばけでないんだよね?」 わたしに何度目かの確認をした。 アトリエの中央にあるイーゼルに掛かった〝それ〟の正体を、知りたい気持ちと、知りたくない気持ちがせめぎ合って、アオの体がドアの角で真っ二つになりそうだ。 わたしはうなずく。「うん。……でないよ。あそこにあるのは、わたしが昔描いた落書きの絵……」 そう。あの絵は、あくまでわたしにしか見えないオバケだ。「けしてアオには悪さをしないわ」 するとアオは、伸びきっていた体を、ぱちんと水風船に戻して、わたしを見上げ、力強くうなずいた。「──わかった。 …&hell
Terakhir Diperbarui : 2025-05-10 Baca selengkapnya