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魔王の本命

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last update Last Updated: 2025-05-12 10:46:32

 夕暮れの風が吹きはじめた。

 家の東側、玄関と駐車スペースには、すでに影がかかっている。

 バールを手にし、見上げるような木箱の前に、わたしは立った。

 いまから、これを開けるのだ。

 ピンクのパーカーとスキニーはそのまま、髪はひとつにまとめてある。

 手には軍手をはめ、「よし」と気合いを入れる。

 魔王から届いた木箱は、見上げるように大きい。

 このサイズで銅像なら、ふつう四人は手が欲しい。

 でもここには、わたしと、スライムしかいない。

「開けるよ、アオ」

 蓋は、真新しい釘で十箇所ほど打ち付けてある。

 わたしはバールの先割れした先端を、釘の頭の下に当てがって、背面を木槌で叩いていく。

 浮いた釘の頭は、バールを寝かせることでするりと抜ける。

 一本、二本、三本、と、引き抜いた釘を、アオの頭に預けていく。

「すごい……」アオが見上げながら、つぶやいた。

 わたしは笑む。

「まあね。慣れてるからね。」

 ここまで大きいサイズは久々だけど、仕事で木箱はしょちゅう開けている。

 わりとある仕事だ。

 海外から届く絵画とか。

 手を止めずに作業する。

「なんのお仕事してたの?」

「画廊のスタッフよ。」

 アートの舞台裏で奮闘する、実務的な存在。

「要するに、素敵なお絵かきを一番すてきに見えるように飾ったり、お聞かせしたり、欲しいひとにはどうぞ! って売るお仕事かな」

 わたしは答えながら十本目の釘を抜いていく。

 錆びていないところを見ると、梱包したのはごく最近ということだ。

 ベニヤの蓋を抑え、慎重にずらして外していく。

 中身がわからないのが面倒だ。

「よし、ではいざ、

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  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   そ、そんなんじゃないって!

    わたしの名前は、相川るん。 都内某所のギャラリーで、スタッフをしている。 いわゆる社畜の十年目だ。 高校時代の友人と三年ぶりに新宿で飲んでいたら、元彼で、幼馴染の岸部ハルトが顔を出し、不本意ながら送ってもらった。その帰り道、たぶん…… わたしは、トラックに轢かれたんだと思う。 気がついたら、そこは魔王の玉座の前だった。 体には、傷ひとつなかったけれど、横でハルトのほうは干からびてミイラになっていた。どうもそれは、わたしの拒絶心のせいらしい。 そこから、なんとなく。いろいろとあって。 わたしは今、この魔界で、湖畔に再生した生家に住みながら暮らしている。 いわゆる、異世界転生と言うやつだろう。 ハチミツをひとさじ、マグカップに落とし、台所で紅茶を注ぐ。 ぼんやりと歩いて、廊下から沈む夕陽を眺める。 裏庭の湖の向こう、遠い山脈へと沈んでいく夕焼けを、見送る。 オレンジから夜色に変わっていく空と星の境目が、穏やかだ。 いろいろあったと言ったのは、魔王との契約だ。 魔王は、創造のエネルギーをこの魔界に呼び戻すため、わたしを召喚したらしい。 その方法に、消去法でわたしは、婚活を選んだ。 その最初の相手が──スライムの、アオ。 彼は今、床の間のダンボール箱の中で、タオルケットを半分までかぶって眠っている。 我が家の玄関に大穴を開けてしまって彼は、さんざん泣いて、ずいぶん凹んで、出ていこうとしたけれど、わたしが引き留めた。 行き場のない迷子を、たとえそれが魔物でも放ってはおけなかったし……それに、あのアオがいれば、魔界での新生活が、きっと楽しくなると思ったから。 小さくて青くて、透明な水風船というか、大きめのグミキャンディみたいな彼は、マジックで描き入れたような目と口が、ちょっとかわいい。 そして、彼を泣かせたのは、いまも玄関で頭を突っ込んだまま斜めに刺さっている──あいつ。 ハルトの銅像だ。 なんの意味があるのか、もうまるでわからないけれど、メッセージカードを添えて魔王が送りつけてきた。 繰り返しになるけど、大事なことなので二回言う。 まったく、その意図が分からない。 重くて動かせないし、とりあえず、はまったままのドアも開かないし、そのままにしてある。 文句の電話は直接

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  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   見てはいけない絵(前編)

     アオは、洋間の前で、立ち止まり、息を吸いこんだ。 わたしもなんだか、緊張してくる。 ここを開ければ、父のアトリエがあるのだから──。 水風船ほどの小さなからだで、アオが、意を決したように真鍮のドアノブを見上げた。 「──いい? アオ、心の準備はできた?」 わたしが尋ねると、彼はドアの前で、「うん!」と、大きくうなずいて見せた。 と、言っても、中に何か特別なものがあるわけじゃない。 亡くなった父の画材と、落書きでしかないわたしの絵が、あの雨の夜の火事の直前のまま、残っているだけだ。「じゃ、あけるよ、アオ」 わたしはノブを押し下げる。 わたしが入るわけじゃないのに……やっぱり心臓が早鐘のように鳴りはじめた。  わずかに開いたドアの内を、アオが恐る恐るのぞきこんでいく。 引けた腰を廊下に残したまま、目だけがドアの向こうに伸びている。 そのさまは、背中から見ていても、さすがスライムといった感じだ。 アオは、目を、こっちに引っ込めた細長い体で振り向いて、「……ほんとに、このアトリエ、おばけでないんだよね?」 わたしに何度目かの確認をした。 アトリエの中央にあるイーゼルに掛かった〝それ〟の正体を、知りたい気持ちと、知りたくない気持ちがせめぎ合って、アオの体がドアの角で真っ二つになりそうだ。 わたしはうなずく。「うん。……でないよ。あそこにあるのは、わたしが昔描いた落書きの絵……」 そう。あの絵は、あくまでわたしにしか見えないオバケだ。「けしてアオには悪さをしないわ」 するとアオは、伸びきっていた体を、ぱちんと水風船に戻して、わたしを見上げ、力強くうなずいた。「──わかった。 …&hell

  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   アオくんも男の子(後編)

     するとアオは、「どのくらいまで大きくなったら、結婚してくれるの?」 と真面目な顔で聞いてきた。「ぷっ……」 吹き出したわたしに、アオはまたむくれた。「るんちゃん! また笑ったなー!」 ひとしきり笑って、またちゃんと謝ってから、わたしは彼にひとつ、ちょっと真面目な質問をした。「──じゃ、念のために聞くけど、なんでアオは、わたしとは結婚したいって思うの?」 すると、アオは、いかにも子供と言った表情ではにかんだ。「だって結婚したら、ずっと一緒にいられるって、ウィスカーがいってたから」 そしたら、きっと寂しくなくなるかなって思ったの。 そう聞くと、胸がキュッと痛んだ。  ──すると、パーカーの前ポケットの中で、チャリンと小銭の音がした。「ん!?」 すかさずスマホでアプリを開き、正のエネルギーの残額をチェックすると、【 残高:‑500,029 ▶︎ ‑500,031 】 ……じゃっかん、増えてる。 わたしは、さっきの胸のちいさな締め付け感を思い起こそうとした。「そうか…… これが、胸きゅんというやつなのか」 無垢な目で、アオは見上げていた。 ということは、このアプリ、わたしが抱く恋愛感情についても計測しているのか。 しかし、スライムにわたし、そんな感情をもっちゃうのか。なんだかショックなんだけど、深呼吸して心を落ち着けた。ここでまた変なことぼやいたら、せっかくの+2ポイントを失いかねない…… でも、アオからそう聞いて、わたしも、ちょっと胸の別のところが痛んだ。

  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   アオくんも男の子(前編)

     ──とはいえ。 わたしは玄関脇で、届けられた大きな木箱に向き直り、腕を組む。 ここで開封するにしたって、バールと木槌がいる。 そして二つとも、父はアトリエの工具箱に保管していたはずだ。 だから、魔王からの贈り物の中身を確かめるには、アトリエに入るほかない。 わたしは、空を仰ぎ見る。 肩の上のアオが、心配そうに言った。「どうしたの、るん、気分よくないの……?」「うん。」 洋間と、その中のアトリエのことを考えるだけでもう、胸がざわついている。 でも、考えたってしかたがない。 とりあえず、木箱のことは忘れよう。お昼にしよう。 わたしは笑みを作る。「──でも、なんでもないのよ。ちょっとした考えごと」 アオとサンドイッチを作って、縁側で食べる。 クレソンのサラダを口に運ぶ。 でも、なんだか味がしないのは、やはり洋間のことで気が重いからだ。 あの魔王からのでっかい荷物、やっぱり気になるし、開封するには、どうしたって蓋から釘を抜くバールが必要だ。 アオが、ドレッシングまみれの口で言う。「るんの家には、そのバールっていうの、ないの?」「あるよ。残念ながらね……」 でもそれが、アトリエにある。 そうつぶやくと、アオが口を舌で拭いた。「あとりえって、ここから遠いの?」「ううん。そこの洋間の中よ」 わたしはテラスから振り返る。 アオも目を背中に動かして、「すぐそこじゃん」とつぶやいた。 そう。遠く離れているわけじゃなくて、単に、洋間の中に入るのが嫌なんだよね……。 

  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   オークの配達員と大きな木箱(後編)

    わたしは腕組みしたまま考えた。 たしかに我が家には、コンクリートで床を強化した場所が、洋間のアトリエにある。 100キロある銅像の重さに耐える場所となると…… あそこしかない。 「でもなぁ……」 わたしは、冷や汗を感じ、思わず独りごちる。 受け取るとなると、やはり、あそこに置くしかないのか。 にしても、やっぱり洋間には、入りたくない…… わたしは苦笑して、配達員のオークさんを見上げた。「困ったな…… 置き場は、たしかにありはするんですけれど……」 配達員は微笑んだ。「よければ、私が屋内に運び入れますが?」 オークの配達員さんの腕を見ると、制服の袖がピタピタで隙間がないほど太いし、胸も厚い。木箱ごと抱えて持ち運ぶことはきっと不可能じゃない。 でも問題は、そっちじゃないんだよな……。 しかたなしに、わたしは嘘をついた。「──いえ、うちの中に、置ける場所がないんですよね」 オークの配達員さんも、そう聞くと、うなずいて言った。「たしかにこの重さじゃあ、お家の床が抜けちゃいますよね」 「ええ、そう、なんですよねぇ」 嘘をついているのは心苦しいけれど、目を合わせないまま、わたしは続けて言った。「……そんなわけで、やっぱり、この木箱は……ここに置いたままで良いです」 そうだな。いっそ、このまま外に置いておくのがいい。 このオークさんがいれば、こんなに重い荷物でもアトリエに運んでもらえるだろうけれども、引きこむ前に、ドアを開けた時点で、わたしがきっと倒れてしまう。そうなったら、また別の迷惑を配達員さんにはかけてしまうだろうと思った。「──なので、なんかごめんなさい」

  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   オークの配達員と大きな木箱(前編)

    肩に乗せているアオが、背伸びして我が家を眺めながら言った。 「あそこが、るんのお家?」 そう。湖畔に昨日建ったというか、生えたばかりのわたしの生家だ。 「うん。向こう側は湖なんだ」 しかし道路に面している玄関前の駐車スペースにも、荷車が停まっているのも見える。 わたしも背伸びした。 「なんだろ。よく見えないけど、郵便屋さんかな」 すると、わたしのパーカーの前ポケットで、着信が鳴った。 取り出すと、登録にない番号が表示されている。 つまり、ウィスカーのじゃないし魔王のものでもない。 しかもよく画面を見ると、電波状態がアンテナじゃなくて、雄山羊の角マークで表示されている。 ともかく、わたしはスマホを耳にあてた。 「──はい、もしもし。」 かけてきた相手の電話先の声は、女性っぽい。 『──あ、よかった。相川様ですか? わたくし郵便局の配達員のオークです。ご自宅にお届けにあがったのですが、お留守なようで』 荷車の荷台の向こうから、携帯を耳に当てている制服姿のイノシシ男の肩から先が覗いて見えた。 わたしはアオを肩に乗せたまま、手を挙げた。 「あ、見えました。こっちです、お地蔵さんのほうです」 すると配達員も、こちらを振り向いて、笑顔で手を上げた。 二本足で立って歩く大柄なイノシシの郵便配達員が、この魔界のオークなのだということは、駐車スペースに着くまでの道すがら、アオが

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