──翌朝は、嘘のように晴れた。 空気が豪雨で洗われたせいか、遠くの山脈が今日は細部まで見えた。 わたしは縁側テラスで白湯を啜っている。まだちょっと眠い。 目をやると、アオもまだ、みかん箱の中で寝息を立てている。 朝靄のかかる湖を眺めながら、あくびをした。 昨日、雨の中で回収したイーゼルとキャンバスは、拭いてからアオに頼んで洋間のアトリエに立てかけてもらった。 うちでは、あそこがいちばん乾燥している。 それに、誰も入らないあそこが、絵にはいちばん安全だ。 遠い目を、対岸の小さな森に向ける。 マグカップも湯気越しに、ぼんやりとその緑を見つめた。 気にも留めることのなかったあの森が、なぜだか胸に染みる。 ……どうしても思い出すことがある。 わたしは目を伏せた。 雨が強く降り出す前、そう。昨日、あの森に向かってわたしが投げた言葉だ。 思いだすと、すこし、もじもじする。 「あなたに会ってみたい」 思い出し、顔が熱くなる。 額を手で覆いながら恥ずかしいというよりも、内心、自分で驚いている。 あんなこと、今まで言ったことも、思ったこともない。 当然のことだが、付き合っていたハルトにだって…… 言ったことがない。 ……しかも、練習もなしに。どうしてそんなセリフが口から出たのか…… どれだけそうしていたろうか。 スマホが縁側の上で震えた。 目をやると、通知には、魔王の番号
Last Updated : 2025-06-01 Read more