蒼真はふわりと漂うご飯の香りで目を覚ました。重く痛む目を開けると二日酔いの頭痛に思わず呻き声が漏れる。紗のカーテン越しに陽が差し込みベッドの足元に暖かい光の斑点を落としていた。蒼真は無意識に隣に手を伸ばす――空っぽだったがシーツにはまだあるようなないような香りが残っている。キッチンから微かな物音が聞こえ蒼真は裸足でカーペットを踏みしめた。コンロの前に立つ苑の姿が見える。朝の光が苑の輪郭を柔らかく縁取っていた。苑は薄手のスリップドレスを一枚羽織っているだけでその裾はかろうじて太ももを覆い髪の先はシャワーを浴びた後の湿り気を帯びていた。陽の光が苑の髪を透かし床に細やかな光の影を落とす。「お目覚めですか?」苑は振り返りもせず声は天気を尋ねるかのように落ち着いていた。「お粥はテーブルに置いてあります」蒼真は歩み寄って背後から苑の腰を抱きしめた。腕の中の体が瞬時に強張るのを感じたが苑は蒼真を突き放さなかった。「ハニー……」蒼真は苑の首筋に顔を埋めた。呼吸するたび苑の体から漂うボディーソープの淡い香りが広がる。「俺のこと心配してくれたんですね」苑は火を止め陶器のスプーンで鍋の縁を軽く叩いた。「今後そのような幼稚な苦肉の策はおやめください」苑は振り返り昨日蒼真が興奮のあまり壁を殴って怪我をした手に視線を落とした。「お酒は体に障ります。傷つくのはあなたご自身です」蒼真は引くどころか一歩前に出て苑を調理台と自分の間に閉じ込めた。「ではなぜ来られたのか?」「借りを返しにです」苑は蒼真を見上げた。耳たぶの小さな黒子が朝の光の中でひときわ目立っている。「命を救われた恩を」「薄情な女だな、君って。少しは幻想を抱かせてくれたっていいだろう?」蒼真の声は掠れていた。指の腹で苑の手首の内側にある傷跡をなぞる――それは苑のうつ病が最も深刻だった時に残されたものだった。苑はそっと蒼真の拘束から逃れてお粥を椀によそって食卓に置いた。「人が抱く最大の苦しみは幻想から生まれるものです。長く痛むより短い痛みの方がましです」蒼真は突然苑の手首を掴んだ。その目の奥が赤みを帯びている。「苑。俺のどこが悪い?言ってくれ全部直すから」「あなたは悪くありません。あなたはとてもお優
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