All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 581 - Chapter 590

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第581話

要だ。半年以上も会わないうちに、彼は変わったようだ。温厚な雰囲気に、どこかビジネスマンの風格が加わっていた。綾は彼と見つめ合い、まるで遠い時を経て再会したような感覚に陥った。半年前、要が開いた記者会見の録画を、綾は後から見た。最も緊迫した局面で、要が誠也のために立ち上がり、潔白を証明してくれたことは、綾にとって意外だった。血縁関係から言えば、二人は兄弟だ。しかし、笙の身勝手さによって、二人は対立することになった。要が最後に誠也の疑惑を晴らしてくれたおかげで、彼の評判は回復した。今、再び彼に会い、綾の心境は複雑だった。「久しぶりね」綾は彼を見て、穏やかに言った。「最近、どこに行ってたの?若美がずっと探してたわよ」「半年以上も会っていないのに、開口一番他の人の話か。綾、今なら俺の気持ちに気づいてくれてもいいんじゃないか?」綾は眉をひそめた。まさか、彼がこんなにストレートに想いを伝えてくるとは思わなかった。半年前、綾は彼の好意に気づいていた。しかし、あの時の自分の態度で、十分に意思表示ができたと思っていたのだ。「俺が誠也のために声を上げたのは、あなたに俺の立場を明確にするためだ。あなたが子供たちを大切に思っていること、そして、子供たちの父親が汚名を着せられることを望んでいないことも分かっている。だから俺は誠也のために真相を公表した。全てはあなたと子供たちのためにやったことだ。あなたたちのためなら俺は何でもできる、ということを知ってほしかった」綾は唇を噛みしめ、要の表情をじっと見つめた。彼は誠実そうに見えたが、少し焦っているようにも見えた。まるで、彼女の承認を得ようと必死になっているようだった。しかし、綾はまだ彼を完全に信じることができなかった。とはいえ、彼の行いを全て否定することもできない。人生は長いので、敵を作るより、友達を作った方が良いに決まっている。「北条先生、子供たちの代わりに、お礼を言わせてもらうわね」綾は真摯な口調で言った。要は、彼女の言葉に唇を歪め、諦めたように言った。「綾、俺たちはもう元には戻れないんだな?」「みんな前に進んでいるの。私も、あなたも」綾は話をはぐらかしながら言った。「私は今の生活を大切に思っているの。北条先生、あなたもそうであることを願ってい
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第582話

若美は頷いてから、もう一度尋ねた。「じゃあ、また海外に行かれたりします?」要は綾の方を見て、「いいえ、その予定はありません。これからは北城にずっといますので」と言った。綾はケーキの最後の一口を食べ終え、空になった皿を持って立ち上がった。「じゃ、ゆっくりしてて、私は先に失礼します」綾が帰るのを聞いて、若美は慌てて追いかけようとした。「綾さん、ちょっと待ってください......きゃっ!」綾は若美が自分を呼ぶ声を聞いて立ち止まった。しかし、勢い余ってぶつかってしまい若美はそのまま悲鳴を上げて椅子に座っていた要の方へ倒れていった。綾はとっさにテーブルにつかまり、何とか体勢を崩さずに済んだ。「綾!」「二宮社長!」要と大輝は同時に叫んだ。大輝は真っ先に立ち上がり、綾の傍まで行った。「大丈夫ですか?どこか怪我してないですか?」綾は足首を痛めた。しかも、かなりひどいようだ。右足に力を入れると、鋭い痛みが走る。綾が何か言うよりも先に、大輝は彼女を横に抱きあげた。「病院へ連れて行きます」「石川社長、降ろしてください――」「安心してください。病院で診てもらって、何もなければすぐ帰りますから」大輝は綾を抱えて、大股で外へ歩いて行った。彼は綾に抵抗する隙を与えなかった。要は若美を突き飛ばし、大輝に抱えられて出て行く綾の後ろ姿を見つめ、冷たい視線を向けた。パパラッチが、大輝に抱えられた綾がパーティー会場を出て行くところを写真に撮った。綾が病院に着くよりも前に、ネット上には彼女と大輝のスキャンダルが既に広まっていた。星羅から電話がかかってきた時、綾はちょうど検査を終えたところだった。足首の捻挫はかなりひどく、1週間の療養が必要だ。大輝は車椅子を借りてきて、綾をそこに抱きかかえて座らせた。大輝は綾を見て、「北条社長も、あなたのことが好きなんじゃないかと思うんですが?」と言った。綾は何も答えなかった。星羅からの電話に出た。「綾、ネットであなたと石川社長が付き合ってるって噂になってるけど、どういうことなの?」綾は一瞬戸惑ったが、すぐに状況を理解し、急いでネットを開いた。案の定、彼女と大輝の写真が撮られていた。「足首を捻挫しちゃって、石川社長が病院まで送ってくれただけなの。パパラッチが勝手に話
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第583話

帰宅途中、綾は桃子に電話をかけ、ネット上の噂をすぐに否定するようにと対応を依頼した。桃子は仕事が速く、すぐにデマを打ち消す文章を発表した。雲水舎に戻ると、丈は綾を支えながら家の中へ入った。文子は綾が怪我をしているのを見て、慌ててどうしたのかと尋ねた。綾は、ちょっとした不注意で捻挫しただけだと言った。文子もネットのニュースを見ていたが、丈がまだいる間は、あえて何も聞かなかった。丈が帰った後、文子は待ちきれずに尋ねた。「ニュースを見たわ。あの石川社長、なかなか良さそうじゃない。35歳まで浮いた話もなかったみたいだし、あなたも考えてみたらどうかしら?」「文子さん、彼はただの取引相手よ」「取引相手なら余計いいじゃない。価値観が合うってことだし。それに、彼はあなたに気があるみたいだし。一度、付き合ってみたらどう?」「今は本当にそんな気になれないの」綾は唇を噛み締め、ため息をついた。「文子さん、疲れたから、部屋で休ませて」「もう、恋愛の話になると、いつも逃げるんだから。このままじゃ、北城の人が、あなたが碓氷先生のことを忘れられないんだって思っちゃうわよ!」綾は絶句した。「文子さん、意地悪言っても無駄だよ。もう説得しないで」文子は綾をちらりと見た。「若いうちに相手を探しておかないと、年を取って条件が悪くなってからじゃ、一人ぼっちの寂しさが身にしみるわよ」綾は動じなかった。「お金もあるし、子供もいるし、寂しくて辛い思いをするはずがないでしょ」「もう!あなたには敵わないわね!」文子は綾を支えた。「さあ、2階に上がって、早くお風呂に入って寝て」綾は微笑んだ。「ありがとう、文子さん!」「優希のずる賢さは誰に似たのかと思ったら、やっぱりあなただったのね!」綾は微笑み、反論しなかった。......綾は足首を捻挫し、家で療養する必要があった。それから一週間、彼女は在宅勤務となり、桃子は毎日雲水舎に通った。その間、要がやってきた。彼は手作りのお菓子と、捻挫用の塗り薬を持ってきた。以前からの友人であるし、それに、優希の体調も要が整えてくれたので、綾は彼を門前払いするわけにはいかなかった。ここで要に会った優希は、相変わらず「北条おじさん」と素直に呼んだ。しかし、以前のように、真っ先に要に抱きつくことは
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第584話

綾はしゃがみこんで、その袋入りのお菓子を拾い上げた。縁は綾の手に、そっと前足を乗せた。綾は縁を見つめ、「どうしたの?」と尋ねた。「ワンワン!!」縁は彼女に向かって大きく吠えた。さっきよりも、さらに切羽詰まった様子だ。優希が駆け寄ってきた。片手を腰に当て、もう片方の手で縁の耳を掴んでいる。丸々とした小さな顔が怒りで膨れ上がり、相当怒っているようだった。「母さん、縁ちゃん、悪い子!北条おじさんのお菓子を分けてあげたのに、食べないでゴミ箱に捨てちゃったの!叱ったら、私のお菓子を全部奪おうとしたんだよ!」綾は少し驚いて、縁を見つめた。「優希の言ってることは本当なの?」縁は再び「ワンワン」と二回吠えると、焦ってその場で二回くるくる回り、足踏みをして、クンクンと鳴き声を上げた。そして立ち止まり、また綾が持っているお菓子を噛もうとした。「ほら!母さん見て!またお菓子を奪おうとしてる!」優希は怒ってその場で足を踏み鳴らした。その言葉を聞いた縁は、優希の方を向いて再び「ワンワン」と二回吠えた。優希は、もう本当に頭にきた。「悪い子!絶交する!もう二度と、お菓子分けてあげないんだから!ふん!」そう言って、優希は母親の手からお菓子を掴み取った。ところが、彼女がお菓子の袋を手にした途端、縁はすぐに飛びかかって袋に噛みついた。「きゃあ!!」優希は両手で必死に袋を掴み、泣き出しそうだった。「縁ちゃんのバカ!母さん、早く助けて!」「縁ちゃん!そんなことしちゃダメ!早く離して!」綾は厳しく叱りつけた。いつもは綾の言うことをよく聞く縁だが、今日は様子がおかしく、お菓子の袋を噛んで離そうとしない。この異常な行動に、綾は眉をひそめた。縁はとても賢く、優希と安人のことが大好きなのに、どうしてわざと優希を怒らせるようなことをするんだろう?綾は優しい口調で言った。「縁ちゃん、まずは離して。優希にお菓子を食べさせないように私がちゃんと見てるから、いいでしょ?」この言葉を聞いた縁は、すぐに口を離した。「あいたたた」優希は床に尻餅をつき、それでも小さな手でお菓子をしっかり握りしめていた。綾は娘を起こし、小さな尻を優しく撫でた。少し心配しながらも、可笑しかった。いつもはおてんばで負けん気の強い優希が、初めて痛い目に遭ったから
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第585話

このお菓子は、全然期限切れをしていなかった。だけど、縁がこんなに何度も優希からそのお菓子を奪おうとするので、綾は少し疑念を抱いた。こんな疑いを持つなんて、馬鹿げていると思ったけれど。でも、子供たちの安全に関わることだから、用心するに越したことはない。油断して、子供たちを危険に晒すわけにはいかないのだ。綾は念入りにお菓子をチェックするふりをして、それをしまいながら、優希に言った。「優希、このお菓子、やっぱり期限切れみたい。北条おじさんはきっと作ってから持って来るのを忘れてて、時間が経ちすぎちゃったのかも」「え?」優希は少しがっかりした様子で言った。「じゃあ、食べられないの?」「うん、食べられないわね。食べたらお腹を壊しちゃうわよ」綾は優希の頭を撫でた。「北条おじさんは今、仕事が変わって忙しいから、きっとうっかりしてたのね。食べたかったら、お母さんがまた他のを買ってあげるから」「わかった」優希は頷き、縁の方を向いて言った。「じゃあ、縁ちゃん、私がお腹を壊すのが心配だったんだね?」「ワンワン!」縁はすぐに立ち上がり、尻尾を嬉しそうに振った。「ごめんね、縁ちゃん。私が間違ってた!」優希は縁に抱きついた。「許してくれる?」縁は「ワンワン」と鳴き、尻尾を振った。優希と縁は仲直りをして、また一緒に遊び始めた。安人は傍で見ていたが、優希が一緒に遊ぼうと誘いに来たので、みんなで縁を「追いかけっこ」し始めた......綾は立ち上がり、元気いっぱいに遊ぶ子供たちの様子を見ながら、真剣な表情になった。......3日後、綾の足の怪我はほぼ完治した。朝早く、彼女はあのお菓子を持って、検査機関に向かった。雲水舎から検査機関までは、20分近くかかる。綾は白いカイエンに乗り、ナビに従って車を走らせた。交差点で信号待ちをしていると、バッグの中のスマホが鳴った。彼女はスマホを取り出すと、知らない番号からの着信だった。営業電話だろうと思い、彼女は電話を切ると、ダッシュボードに置いた。信号が青になり、綾はアクセルを踏んだ。白いカイエンは、スムーズに前進した。するとまた電話が鳴って、さっきと同じ番号だった。綾は少し迷った後、イヤホンをつけて電話に出た。「追跡されている」イヤホンから聞こえてきたのは見知
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第586話

「綾?綾......」綾が目を覚ますと、すぐ傍にいた男が慌てて立ち上がった。「綾、目が覚めたか。具合はどうだ?」綾は輝をじっと見つめた。まだ意識がはっきりしていない。また誠也の夢を見た......輝は反応のない綾の様子に、額に手を当てた。「熱はないな。脳震盪とかじゃないだろうな?」我に返った綾は、心配そうに覗き込む輝に言った。「大丈夫」「良かった!」輝は胸を撫でおろした。「脳に異常がなくて安心したよ」「私が事故にあったって、どうしてわかったの?」「親切な人が救急車を呼んでくれてね。佐藤先生から電話があって、君が事故にあったことを知ったんだ」綾は尋ねた。「その親切な人、見かけなかった?」「いや、見てないよ。どうかしたのか?」綾は平静を装って言った。「命を助けてもらったんだもの。直接お礼を言いたいと思って」「ああ、何人か親切な人がいたらしいよ。警察に通報した人や救急車を呼んだ人がいたみたいだけど、連絡先は残してないみたいだ」それを聞いて、綾はそれ以上何も言わなかった。もしかしたら、本当にただの夢だったのかもしれない。しかし、事故の前に受けた電話を思い出して、綾は勢いよく上半身を起こした。「動くな!」輝は慌てて綾をベッドに押し戻し、眉をひそめて注意した。「点滴が繋がってるんだぞ!」「私の車はどこ?」焦った様子で綾は尋ねた。「車の中に、とても大切なものが入っているの!」「車は修理工場に送った。車の中の荷物は全部取り出して、私の車に積んであるから、心配するな」「お菓子は見なかった?」「お菓子?」輝は首を横に振った。「見てないな」ない?綾は眉をひそめた。もしかして、あのお菓子に何か問題があったのだろうか?「綾、どうしたんだ?お菓子なんて、そんなに大切なものじゃないだろ?」綾はあの電話を思い出した。相手は、自分が何をするつもりか知っていたようだ。そして、その人物と要はどんな関係があるのだろうか?さらに、要は本当に自分の子供に危害を加えるつもりなのだろうか?綾の心には、たくさんの疑問が渦巻いていた。しかし、まだ何もわからない。今は輝には話さないでおこう。輝を巻き込みたくない。......午後、輝が仕事に出かけると、雲が綾の付き添いに来た。丈がやって
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第587話

「佐藤先生、嘘はよしてください」綾は丈を鋭い視線で見つめ、断定的な口調で言った。「あなた何か知っているはずですよね」丈は言葉を失った。しばらくして、彼は重いため息をついた。「君は今、本当に鋭くなりましたね」「岡崎さんから、私の車は修理に出したと聞いてますが、その時車の中にはもうお菓子はなかったそうです。きっと、私を助けてくれた人が持って行ったのでしょう?」「そうです」丈は言った。「君に電話をかけてきた人は、君を助けた人です。しかし、その人物が誰なのかは言えません」綾は黙り込んだ。本当のところ、彼女はもう答えに近づいていた。彼女が問い続ければ、丈もついに真実を話してしまうだろう。しかし、彼女はそうしなかった。彼女は少し考え込んだ後、静かに尋ねた。「お菓子に何か問題があったんですか?」「君の考え通りです」綾は息を呑んだ。要は本当に子供を害そうとしていたのだ。なぜ?誠也の子供だから?「お菓子から石膏が検出されました。長期にわたって石膏を摂取すると、血液循環障害、筋肉萎縮、関節のこわばりなどを引き起こします。そして最も深刻なのは、腎機能へのダメージです」丈は少し間を置いてから、さらに続けた。「お菓子に含まれている量は少ないです。子供が食べたとしても、短期間では目立った症状は出ないでしょう。しかし、長期にわたって摂取すれば、大きな問題になります」綾は顔が青ざめ、シーツを強く握りしめた。「北条先生は以前、優希によくしてくれました。優希の病気も彼が治してくれました。もし縁ちゃんが今日、優希があのお菓子を食べるのに阻止しなければ、私は彼がお菓子に細工をしているなんて、思いもしませんでした」「このことが君にとって大きなショックだということは分かっています。しかし、今は北条先生と事を荒立てない方がいいです。何も知らないふりをしてください」「なぜですか?」「彼はこの半年間、ずっと海外にいました。帰国後、MQグループの社長になりました。私には、何か裏があるように思えます」「つまり、彼の経歴は、何か怪しいんですか?」「これはあくまで私の個人的な推測です」「佐藤先生」綾は真剣な表情で丈を見つめた。「あの人の指示で、私にこんな話をしているんですね?」丈は何も言えなかった。「半年ぶりです」綾は小さな
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第588話

綾は今回の事故では軽傷で済んだ。入院して2日間の経過観察の後、退院した。退院した日、彼女はまず会社で会議を開いた。会議を終えて出てきたところで、若美から電話がかかってきた。明後日に海外へ行くので、食事に誘いたいとのことだった。綾は承諾した。二人はランチの約束をした。綾がレストランに着くと、なんと要もそこにいた。再び要に会うと、綾は心の中で怒りと失望が湧き上がった。しかし、彼女はどんな感情も表に出すことはできなかった。丈の忠告を忘れていなかったからだ。彼女は普段通りの表情で二人に挨拶をし、席に着いた。若美は笑顔で言った。「綾さん、お店の入り口で北条先生に偶然会いました。せっかく会えたから一緒にどうかなって、それにあなたも知り合いだし、彼がいても構わないでしょ?」少女の考えは綾には容易に理解できた。綾は軽く微笑んで、「ええ、構わないよ」と答えた。それを聞いて若美はほっと息をついた。「ほらね、北条先生。綾さんは優しいから、大丈夫って言ってたでしょう」要は綾を見て、優しく微笑んだ。「綾は本当に優しいから彼女と友達でいられるのは本当にラッキーなことです」「そうですね!」若美は要をじっと見つめ、満面の笑みで言った。「ってことは私たち二人ともラッキーなんですね。これもなにかのご縁だから、北条先生、私と付き合いませんか?」「入江さん、またご冗談を」要は落ち着いて笑った。「せっかくあなたがもっと成長できるように、綾がくれた留学チャンスなんだから、貴重な時間を恋愛に使うべきではありませんよ」それを聞いて若美はがっかりした顔で綾の方を向いた。「綾さん、また振られちゃいました」綾はうつむいて食事をしていたが、その言葉を聞いて顔を上げた。以前なら若美と要の交際を応援していたかもしれない。しかし、今は......要の本性は腹黒く、自分の子供たちにまで、危害を加えようとしていた。そんな男が、良い伴侶、良い夫になれるだろうか?綾にはそうは思えなかった。だから、若美がこれ以上要に夢中になるのを見過ごすわけにはいかない。彼女は若美に警告しなければ。しかし、要の前ではできない。彼が疑うだろう。「恋愛はしてもいいけど、学業を優先させて。あなたはまだ若いんだし、そんなに焦って恋愛しなくてもいいのよ。先はま
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第589話

......綾は先にアトリエに到着し、30分ほど待っていたが、要はまだ来なかった。彼女は心の中で少し不安になった。もしかして、要は急に気が変わって、一人で雲水舎に子供たちに会いに行ってしまったのだろうか?そう思った綾は、すぐに要に電話をかけた。要は電話に出たが、会社で急に処理しなければならない仕事ができたため、今日はもう会えないと言ってきた。それを聞いて、綾は密かに安堵のため息をついた。これで演技をする手間が省けたと思った。......こうして、以外にも穏やかな日々が2週間ほど過ぎた。月末、綾はK市に出張することになっていた。そこで、新人の俳優が初めて主役に緊張して失敗を繰り返していたら、すっかり自信を喪失してしまったのだ。だから、社長である綾は、すぐにK市の撮影現場へ駆けつけた。撮影現場に到着すると、綾は自ら新人を励まし、人生の先輩として優しく導いてあげた。綾の励ましを受けて、新人は落ち着きを取り戻した。3日間付き添った後、新人の俳優は徐々に調好調になるのを見て、綾はようやく胸をなでおろした。4日目、彼女は北城へ戻ろうとしていた矢先、スポンサーがやってきた。さらに綾を驚かせたのは、この映画のスポンサーがなんと要だったのだ。そこで、要は一緒に食事をしようと提案してきた。綾は乗り気ではなかったが、要はそれを透かしたように言った。「綾、最近、俺を避けているように感じるんだが?」「そんなことはない」綾は冷静に言った。「ただ、早く帰りたいだけ」「昼食だけ一緒にどうだ?午後には俺も北城へ戻るから、一緒に帰れろう」綾はあまりにも露骨に断ることもできず、仕方なく承諾した。食事に選んだのは洋食レストランだった。要は既に準備をしていたようだった。あるいは、要がK市に来た理由、そもそもこの映画に投資した理由も、すべては綾のためだったのかもしれない。彼は綾が完全に自分から離れようとしていることに気づいたようで、今日はもう自分の感情を抑えるつもりはなかった。バイオリンの旋律が、レストランに優しく響き渡っていた。要はレストラン全体を貸し切り、バイオリンの演奏を依頼し、さらに花束まで用意していた。この状況を見て、綾は眉をひそめた。「北条先生、これはどういうことなの?」「綾
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第590話

綾はスマホを取り出し、航空券を予約した。予約後、彼女は更に2本の電話をかけ、仕事の指示を出した。顔を上げると、運転手が道を間違えていることに気づいた。「この道、違うんじゃないですか?」だが、運転手は黙ったままだった。綾はすぐに異変を感じ、配車アプリを開いたてルートを確認した。表示されている位置は、空港とは明らかに反対方向だった。警察に通報しようとしたその時、車内に刺激臭が漂ってきた。すぐに、綾は意識を失った。後部座席で気を失っている女性を見て、運転手は電話をかけ言った。「相手は失神しました。これからそちらに向かいます」......「綾?綾!」綾は目を開けると、目の前には心配そうな顔をした要がいた。彼女は慌てて起き上がり、あたりを見回した。「ここは......」「ホテルだ」要は優しい声で言った。「危うく連れ去られるところだった。俺が駆けつけた良かったものの、そうでなければ、今頃どうなっていたか......」しかし、綾は彼の言葉を疑っていた。だが、彼女も今は要と揉めるべきではないことと分かっていた。「警察には?」「通報済みだ。あなたを誘拐しようとした奴は既に逮捕された。今は警察が拘束してて、どうやら常習犯で、いつも独身女性を狙って犯行をしているらしい。あなた以外にも、被害に遭った女性が何人もいるようだ」綾の表情は曇った。最近、彼女の周りでは不可解な出来事が頻発していた。あのお菓子の件から......彼女は目の前の要を見つめた。彼は相変わらず、穏やかで優しい雰囲気を漂わせていた。しかし、綾は彼への疑いをますます深めていた。早くK市を離れ、北城に戻ったら、すぐに専属のボディーガードを雇わなければ、と彼女は思った。「助けてくれてありがとう」綾は要を見て、誠意を込めて言った。「北城に戻ったら、食事でも御馳走するわね。でも、今はすぐに戻らないと」「あなたが半日も気を失っていたんだから、今日出発の便はもうないんだよ」要は言った。「今夜はここに泊まって、明日の朝一緒に北城に戻ろう。俺も一緒なら、今日みたいなことが起きても安心だろ」しかし、綾はそれを聞いて背筋が思わず凍った。「明日は朝一番で大切な会議があるの。今日中に戻らないと」綾は懸命に平静を装おうとしていたが
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