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碓氷先生、奥様はもう戻らないと のすべてのチャプター: チャプター 941 - チャプター 950

962 チャプター

第941話

二日が経ち、大輝は、海外のプロジェクトでどうしても自分が行かなければならないと言い出した。真奈美は深く考えず、大輝のために自ら荷造りをした。出発の前夜、大輝は真奈美に寄り添い、前回と同じように彼女を愛し、自分は我慢強く冷たい水を浴びに行った。妊娠中期であれば、母体の状態が良好であれば、医師もいくつか注意しておけば、適度な夫婦生活は問題ないと言っていた。しかし、大輝はリスクを負いたくなかった。彼はこの子を何よりも大切に思っていた。浴室からは長い間、シャワーの音が聞こえていた。真奈美はずっと眠れずにいた。明日、大輝が海外へ発つことを知っていたからだろうか、彼女の心は晴れず、ベッドに横になっても全く眠気が来なかった。シャワーを浴び終えた大輝は、彼女がまだ眠っていないのを見て少し驚いた。「まだ起きていたのか?」「なんだか眠れないの」真奈美は横になり、濡れた髪から滴る水滴を見つめながら言った。「寒いから、早く髪を乾かして」大輝は微笑んで、「ああ」と答えた。数分後、大輝は髪を乾かした。彼は電気を消してベッドに入り、真奈美を抱き寄せた。大きな手が、彼女の少し膨らんだお腹に優しく添えられた。赤ちゃんも父親を待っていたようだ。大きな手が触れた途端、元気に蹴り返した。お腹が小さく震えた。夫婦は顔を見合わせ、同時に微笑んだ。真奈美は優しい声で言った。「この子の性格、きっとあなたに似るわね」大輝は小さく笑い、「俺に似て何が悪いんだ?」と言った。真奈美はわざと彼をからかった。「短気なところなんて、全然良くないんだから」「ああ、男の子だったら俺みたいなのも困るけど、女の子だったらいいだろう。誰にもいじめられないようになるから」「女の子で、あなたみたいな性格だったら、誰がもらってくれるっていうの?」「それならそれで構わないさ」大輝は得意げに言った。「石川家で何不自由ない暮らしだってさせられるから」真奈美は言葉を失った。これ以上話すと、胎教に悪い。彼女は話題を変えた。「何日くらい行くの?」「三四日くらいかな」大輝は低い声で言った。「できるだけ早く戻る」「ええ、来月の8日までに戻ってきてくれればいいから」誠也の誕生日会まで、あと十日だった。大輝は大丈夫だと思ったから、彼は、「間に合
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第942話

真奈美は霞をちらりと見て、「今は彼の言うことをよく聞くようになったのね」と言った。「社長のためになることなら、もちろん聞きますよ!」真奈美は笑って何も言わなかった。大輝の最近の変化は、自分だけでなく、周りの人間も気づいていた。真奈美はお腹を撫でた。心は甘い喜びで満たされていた。......F国首都。現地時間午前5時。黒のマイバッハがあるマンションの前に停車した。大介はバックミラー越しに後部座席の男を見た。「社長、小林さんはこのマンションに住んでいます」後部座席では、大輝の凛々しい顔が暗闇に隠れて表情を読み取れなかった。しかし、大介は彼から漂う重苦しい雰囲気を感じ取っていた。杏がしつこく連絡してこなければ、大輝は絶対に来なかっただろう。「彼女に電話しろ。降りて来させろ」「かしこまりました」大介はすぐにスマホを開き、杏の番号を探した。電話をかけると、すぐに杏が出た。「安西さん?」「小林さん、私と石川社長は今、下にいます。社長が降りてくるようにと言っています」「石川社長が本当に来たの!」杏は驚き喜んだ。「すぐ行く!」電話を切ると、大介は大輝の方を向いて言った。「小林さんはもうすぐ降りてくるそうです」大輝は軽く返事した。......杏は電話を切ると、白いワンピースに着替えた。体にフィットしたワンピースは、彼女の美しいスタイルを際立たせていた。全身鏡の前でくるくる回って、満足そうに微笑んだ。そして、ナチュラルメイクを施した。鏡に映る18歳とは全く違う洗練された顔立ちに、興奮の色を浮かべた。18歳の千佳は、あれからすっかり変わってしまった。今は杏としての切り札がある。聡は意識不明だし、もう真奈美を恐れる必要はない。それどころか、この切り札を使って、徐々に真奈美の立場を奪っていくことだってできる。杏は鏡の中の自分に、唇の端を上げて微笑んだ。......マンションのエントランスが開き、夜の闇の中から杏が出てきた。彼女はショールを羽織り、スリッパを履き、長い髪を流していた。この姿は、一見しただけでは、念入りに準備していたとは分からなかった。マイバッハのそばまで来ると、彼女は後部座席の窓を軽くノックした。窓がゆっくりと下り、男の冷たく凛々し
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第943話

大輝は冷たく鼻で笑った。「もう演技はやめたってことか」「お願いですから、そんなに冷たくしないでください」杏はそう言って、涙を流した。「あの時、私があなたを好きにならなかったら、奥さんにいじめられることもなかったんです。彼女は私をボコボコにして、大怪我を負わせたせいで、私は子宮を失い、一生母親になる資格を奪われたんです......」「400億円であなたの傷ついた心を癒やすのには十分すぎるだろ」それを聞いて、杏はさらに激しく泣き出した。「私が家政婦の娘だから、400億円で片付けられて当然だっていうんですか?」杏は胸元の服を握りしめ、叫んだ。「どうして?どうして私が子宮を失って、母親になる資格を奪われたのに、あの女はのうのうと暮らしていけるんですか?!石川社長、確かに私は貧しい出身ですが、それでも人間としてのプライドはあります!どうして私は、あの女に踏みにじられて当然なんですか!」大輝はタバコに火をつけ、ゆっくりと一口吸った。街灯の光が車体に反射し、車内に座る男の端正な顔は、半分が光に照らされ、半分が影に隠れていた。彼はタバコを持った手を、窓から出して軽く灰を落とした。そして男は薄い唇を開き、低い声で、冷たく言った。「18歳の真奈美はまだ子供だった。彼女にはわがままを言う権利があった。なぜなら彼女には哲也がいて、新井家がいたからだ。34歳になった今でも、真奈美はわがままを言っていい。なぜなら、彼女には俺がいるからだ」大輝は車外の女を見下ろしながら、タバコを深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。煙はゆらゆらと女の方へ流れていく。高価なバニラの香りの煙の中で、杏は男の声を聞いた。「で、聞くけど、18歳と34歳のあなたに、俺を好きだと言えるほどの資格がどこにあるんだっていうんだ?」杏は驚き、信じられないという目で大輝を見つめた。「俺だって、何でもかんでも受け入れられるわけじゃないんだよ、ゴミ回収所じゃないからな」杏は驚きで目を丸くした。「感謝しろ。18歳の真奈美がいなければ、あなたは俺に交渉すら持ちかけることすらできなかったんだからな」大輝はタバコを彼女の足元に捨て、冷たく言った。「俺は偽善者は嫌いだし、女に脅されるのも大嫌いだ。真奈美を恨んでいるのか?だが、その証拠はどうやって手に入れたんだ?心当たりがない
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第944話

大輝は一瞬動きを止め、目に冷たい殺気が宿った。「あなたは、本当に死にたいようだな」「どうせ私は何も失うものはないのですよ!」大輝は歯を食いしばり、怒りで額に青筋が立った。「一体どうすれば、それを渡してくれるんだ!」杏は彼を見つめながら言った。「あなたが好きなんです。あなたと一緒にいたいです」「寝言は寝て言え!」「本気ですよ!私と付き合ってくれるなら、全部返します!」「俺をおちょくってるのか?」大輝は彼女の顎を掴んだ。「あなたみたいなのが俺の女になれるとでも思ってるのか?」杏は彼を見つめ、涙が静かに流れた。「今まで、他の人と付き合ったことなんてありませんでした。あなたと一緒にいられるならどんな身分でも構わないんです。一生愛人でもいいです......だから新井を喜ばせるためにあなたが私を海外に追いやった時も、我慢しました。世間の目を気にして、私に約束した会社設立を白紙に戻した時も、受け入れました。そして今、私のパスポートを取り上げて、私を誰一人身寄りのない海外に放っておくのも全部、受け入れたんです!あなたのことが好きなんです。脅迫するつもりなんてありませんでした。本当は一人で新井に復讐しようと思っていました。でも、あなたが彼女を愛していて、夫婦だから、あなたをあんなスキャンダルに巻き込みたくなかったのです。私は、18歳からずっとあなたのことが好きでした。新井に負けないくらい好きなんです。あなたと一緒にいたいから、あんなものを持ち出して交渉したんですよ!」「随分と感動的な話だな」大輝は冷たく笑った。「もう一度だけ言う。さっさとそれを出せ!」「どうして......」杏は全身の力が抜けたように言った。「本当に分かりません。どうして新井があんな状態なのに、あなたはまだ彼女がいいんですか?どうして私じゃダメなんですか?私だってあなたに尽くせます。いい子にします。月に数日、私と一緒にいてくれれば、それで満足なのに......」彼女の必死の訴えにも、大輝の心は揺らがなかった。「俺があなたに与えられるのは金だけだ」大輝は手を離し、立ち上がると、杏を見下ろした。「これが最後のチャンスだ」杏はうつむき、肩を震わせた。彼女は泣き笑いしながら、白いワンピース裾を土で汚していた。「分かりました。返します」杏は地面に手をつき立
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第945話

大輝は苛立ち、時計を見た。既に5分が経過していた。「様子を見てこい」大介は頷き、部屋のドアへ向かった。ドアは少し開いていた。大介は中に向かって声をかけた。「小林さん?」返事はなかった。大介は振り返って大輝を見た。大輝は眉をひそめた。「直接、中を見てこい」「小林さん、失礼します」大介は振り返り、ドアを押した。部屋には誰もいなかった。浴室のドアは開いていた。水音が聞こえてきた。そして、かすかに血の匂いが漂ってきた。大介は驚き、急いで浴室に飛び込んだ。「小林さん!」大輝がタバコに火をつけた瞬間、部屋の中から大介の叫び声が聞こえてきた。「社長!小林さんが自殺を......」タバコを床に落とし、大輝は急いで部屋に駆け込んだ。午前5時過ぎ。空が白み始めていた。マンションのエントランスのドアを、大介が開けた。大輝は意識を失った杏を抱きかかえ、マンションから出て来た。大介は急いで後部座席のドアを開けた。大輝は杏を抱えたまま、車に乗り込んだ。マイバッハは走り出し、やがて大通りに消えていった。......大輝はこの3日間、毎日真奈美に電話をかけていた。電話の声はかすれていて、疲れが滲み出ていた。真奈美は、仕事がうまくいっていないのかと尋ねた。大輝は、そうだ、もう少し時間がかかると答えた。真奈美は、海外との仕事はそういうものだと理解を示した。そして、焦らずに解決して、家のことは心配しないで、と大輝を安心させた。大輝は電話口でそれを聞き、さらに優しい声色で言った。「真奈美、体に気をつけてくれよ。天気予報で、北城は近いうちに雪が降るって言ってた。暖かくして過ごすんだぞ。明後日は妊娠20週目の検診だろ?俺はまだ戻れそうにないから、お母さんに付き添ってもらえよ」真奈美はお腹を撫でながら、微笑んで言った。「大丈夫。お母さんはあなたが海外出張だって知ってるから、この数日、毎日光風苑に来てくれているの。今朝も、もしあなたが戻って来れなかったら、一緒に検診に行ってくれるって言ってくれたの」「そうか、よかった」大輝は少し間を置いてから、唐突に言った。「真奈美、愛してる」真奈美は唇の端を少し上げた。「分かってる」「あなたは?」大輝の声は低かった。「結婚してから、あなたは一度
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第946話

大輝は一瞬固まったが、すぐに我に返り、病室へと大股で歩いて行った。あの夜、杏は手首を切って自殺を図った。大動脈を切断し、病院に運ばれた時には既に意識不明の重体だった。大輝は杏がこのまま死んでしまうこと、そして、死後に色々なものが明るみに出てしまうことを恐れ、大金を積んで医師に彼女を救わせた。この三日間、杏は一命を取り留めたものの、医師からは、生きる気力が弱く、意識が戻るかどうか分からないと言われていた。大輝は彼女を目覚めさせなければならなかった。まだ全てを白状させていないのに、今死なせるわけにはいかない。そして、ようやく杏は目を覚ました。......妊娠20週目の検診日。若葉は真奈美に付き添われて、K病院の妊婦健診に行った。検査結果は全て順調だった。真奈美と若葉は産婦人科を出たところで、裕也にばったり会った。裕也はまず若葉に挨拶をし、それから少し大きくなった真奈美のお腹に視線を向け、穏やかな表情で検査の様子を尋ねた。真奈美はお腹を撫でながら、全て順調だと笑顔で答えた。裕也は頷き、「顔色も前よりずっと良くなったね」と言った。若葉は隣で笑いながら言った。「顔色が良くなったってことは女の子ね。女の子は母親を労わるっていうし、真奈美も妊娠してから、日に日に顔色が良くなっていくのが分かるから。さっき先生にも褒められたのよ、体重も増えてきたって」「それはよかったです」裕也は優しく微笑んだ。「何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってください。長い付き合いですから」若葉は笑って言った。「あなたのお父さんがとっくに便宜を図ってくれてるおかげで、こんなに早く検査が終わったのよ!」「患者さんが待っているので、それではこれで失礼します」「ええ、じゃ、もう仕事に戻って。わた家族みたいなものなんだから、気を遣わなくていいのよ」若葉は彼に手を振った。裕也は軽く会釈して、踵を返した。若葉は裕也のすらりとした後ろ姿を見ながら、思わず呟いた。「裕也は本当にしっかりしてるわ。優しくてかっこいいし、腕もいい。こんな素敵な人なのに、どうしてまだ彼女がいないのかしら?」「いい人に巡り会ってないだけじゃないですか?」「この間、彼のお母さんとアフタヌーンティーに行ったんだけど、彼女も悩んでるのよ。裕也は8年間も海外にいたでしょ?海
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第947話

真奈美は、自分がどれくらい見ていたのか分からなかった。一枚一枚、隅々まで見入った。どれも本物だった。加工された写真は一枚もなかった。写っているのは紛れもなく、杏だった。ということは、大輝がここ数日言っていた海外出張は......まさか、杏と一緒だったってこと?真奈美は信じたくはなかった。ベッドに座り、大輝に電話をかけた。呼び出し音が何度か鳴ったが、誰も出ない。そのまま留守番電話に切り替わるまで、大輝は電話に出なかった。そして、もう一度電話をかけ直した。大輝、出てよ。お願い、出て。真奈美は何度も何度も電話をかけ続けた。時差のことをすっかり忘れていた。F国は真夜中の1時過ぎだということを。大輝が電話に出ないのは、杏と一緒にいるから?そんな考えが頭の中をぐるぐる回っていた。何度電話をかけたのかも分からなくなった。心が折れそうになったその時、やっと電話が繋がった。「もしもし?」電話の向こうから、男の声が聞こえた。眠そうに掠れた声だった。真奈美は目を閉じ、深く息を吸い込んで、何とか平静を装って尋ねた。「今、どこにいるの?」「ホテルだよ」大輝はあくびをした。「こっちは夜中の1時過ぎだ。寝てたんだ」真奈美は、なぜ杏と一緒にいるのかと問い詰めたかった。しかし、それを言わずにいた。大輝から本当のことを言ってほしいという気持ちがあったのかもしれない。もしくは、まだ諦めきれずに、この男がどこまで自分に嘘をつくのかを見極めたいって思ったのかもしれない。「プロジェクトはどうなったの?」真奈美は平静を装って声をかけたが、スマホを握る手に力が入って震えていた。「もう少し時間がかかりそうだ」大輝はいつもの口調で言った。「8日は帰れそうにない。二宮さんと碓氷さんに謝っておいてくれ」「分かった」「あの日は雪が降るらしいから、運転手付きの車で行く。運転手には安全運転で頼むように言って、それから暖かい服を着ていくんだぞ」真奈美は目を閉じ、もう一度、「分かった」と答えた。「今日はやけに素直だな」大輝はクスッと笑った。「こんな時間に電話をかけてくるなんて、俺のこと、恋しいのか?」「ええ」真奈美は言った。「あなたが私に嘘をついて、他の女に会いに行ってる夢を見たの」大輝は一瞬、言葉を
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第948話

真奈美は思わず息を呑んだ。電話の向こうで大輝がそれを聞きつけ、心配そうに尋ねた。「どうしたんだ?」「大丈夫よ。赤ちゃんが蹴っただけ」真奈美は片手を腹部に当て、お腹の赤ちゃんを優しく撫でた。すると、赤ちゃんは次第に落ち着きを取り戻した。大輝は少し心配そうに言った。「最近、赤ちゃんが大きくなってきて、蹴る力も強くなってきたんじゃないか?」「大輝、まだ私の質問に答えていないでしょ」真奈美は心の中で、これが大輝に与える最後のチャンスだと自分に言い聞かせた。もし大輝が今、正直に話してくれたなら、落ち着いて話し合い、彼の説明を聞こうと思った。「もう連絡を取っていないんだ」大輝はうんざりした口調で言った。「夢のことで考えすぎないでくれ。安心しろ。俺もなるべく早く帰るから」それを聞いて、真奈美の気持ちは自分ではどうしようもないくらい沈んでいった。18年間も愛してきた男、大輝に、ついに裏切られたのだ。彼女はそっけなく返事した。電話を切った瞬間、ついに涙が溢れ出した。両手で腹部を支えながら、真奈美は静かに涙を流した。一方、F国にいる大輝はホテルの大きなベッドに横たわり、通話が終わったばかりのスマホを見つめていた。なぜか、言いようのない不安感に襲われていた。真奈美の様子がおかしいと感じた。何か感づかれたのだろうか?しかし、すぐにその考えを否定した。今回の出張のことは、自分と大介以外、誰も知らないはずだ。杏はあんな状態だし、何か企もうにも無理だろう。妊娠中で情緒不安定になっているだけだろう。大輝は急に今すぐ帰りたくなった。そして、大介に電話をかけた。「小林さんはどうだ?」「相変わらずです」大介はあくびをしながら言った。「電気ショック以外は全て試しました。それでも思い出せないなら、医師にもどうすることもできないでしょう」「なら、電気ショックをやるんだ」大介は驚いた。「しかし、小林さんは危険な状態から離脱したばかりです。今、電気ショック療法を行うと、体が持たないのではないでしょうか?」「真奈美は妊娠しているんだ。これ以上、ここに長居している暇はない」大介は尋ねた。「それでは、先に帰国されてはいかがですか?こちらは私が見張っておきますので」それを聞いて大輝は少し迷った。だが少しして
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第949話

真奈美は眉をひそめた。「苗字は陣内?フルネームは何?」「受付によると、陣内拓海(じんない たくみ)らしいです」拓海?真奈美は心当たりがなかった。「そんな人知らないから、追い払って」真奈美は手を振って言った。普段なら会っていたかもしれないが、今日はそんな気分じゃなかった。霞は彼女の機嫌が悪いことを見て取り、それ以上何も言わず、受付に追い払わせた。1階のロビーで、受付は拓海に言った。「申し訳ありませんが、陣内さん、お引き取りください。新井社長は現在、社内におりません」拓海はそれを聞いて笑った。「新井社長は俺に会いたくないんだろう?ここにいることは分かってるんだ」「申し訳ございません。私はそう指示を受けております」「わかった。じゃあ、もう一度伝えてくれ。彼女の兄が昔、犯罪に手を染めた証拠を握っているって」それを聞いて受付は驚いた。まさか、相手がそんなことを言ってくるとは思ってもみなかったから。改めて拓海を見ると、まるでチンピラのような風貌だった。こんな人が新井社長と高校の同級生だなんて、あり得るの?きっと、何か企んでるに違いない。そう思うと受付は愛想笑いしながら言った。「陣内さん、申し訳ございません。もし社長にお会いになりたいのでしたら、こちらで一度登録させていただかないといけません」拓海は鼻で笑った。「構わない。ここで待ってるよ」「かしこまりました」......午後5時、真奈美は仕事を終え、霞と一緒に階下へ降りた。エレベーターのドアが開き、真奈美と霞は並んで出てきた。一方で、午後ずっと待っていた拓海は、真奈美の姿を見ると、すぐに近づいていった。「新井社長、久しぶりだな!」真奈美は動きを止めた。霞はとっさに真奈美を庇い、拓海を睨みつけた。「どちら様ですか?」「陣内拓海だ」拓海は真奈美をじっと見つめた。「新井社長、まさか俺のこと、本当に忘れてるのか?」真奈美は拓海を警戒しながら見つめ返した。「申し訳ないけど、本当に心当たりがないので、何か用事かしら?」拓海は目の前の女性を見ていた。18年が経ち、真奈美は幼さを失い、すっかり大人の女性になっていた。特に今は妊娠中で、顔色はつやつやして、潤んだ瞳が輝いていた。拓海は卑猥な笑みを浮かべた。「すっかりお忘れのようだな。
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第950話

警備員に連れ出される途中、拓海は急にUSBメモリを真奈美に投げつけた。USBメモリは真奈美の足元に落ちた。「これの中身をよく見てみろ!見たら、あなたの方から連絡してくるのを待ってるから!」霞はかがんでUSBメモリを拾い上げた。「社長、これ、どうしましょうか?」真奈美は霞が持っているUSBメモリをじっと見つめ、表情を曇らせた。自分は拓海のことは覚えていなかった。しかし、拓海の方は明らかに自分の事を知っているようだった。しかも、兄も関わっている。放っておくわけにはいかない。彼女はUSBメモリを受け取ると言った。「まずは家まで送って。それから、陣内さんのことを調べてくれる」霞は頷いた。「かしこまりました」......光風苑に戻ると、真奈美はすぐに書斎へ向かった。書斎の机に座り、何度もためらった後、USBメモリをパソコンに差し込んだ。USBメモリを開こうとした時、またしても躊躇した。開けるな、開けるなという声が、心の奥底で聞こえてくるようだった。しかし、聡のことが頭をよぎった。拓海のあの言葉......ついに、彼女はUSBメモリを開いた。USBメモリには、いくつかの動画が保存されていた。真奈美は最初の動画をクリックした。画面は暗く、盗撮された映像のようだった。薄暗い部屋の中で、拓海が地面にうずくまっており、彼の前に立つ男は背が高く、すらりとした体形で、後ろ姿しか映っていない。顔は確認できなかったが、真奈美はすぐに誰だか分かった。彼女の兄、聡だ。聡は長いナイフを手に持ち、まるで悪魔のように拓海の背中に足を乗せていた。冷たい光を放つ刃が拓海の目の前で揺れ、彼は聞いた。「どの手?」「聡、ごめん!本当にごめん!どうか許して――」「もう一度聞く。どの手で触った?左手か右手か?」「触ってない!本当に彼女に触っていない!俺じゃない!山下竜紀(やました たつのり)って人がやったんだ!俺は関係ない――」拓海の悲鳴が響き渡り、血が飛び散った。真奈美の瞳孔は恐怖で大きく見開かれた。動画は再生され続けていたが、彼女はそれ以上見ることができず、口を押さえてゴミ箱にうずくまり、吐き気を催した。動画に映っているのは、本当に拓海と兄なのだろうか......拓海の指は、兄が切り落と
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