All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 971 - Chapter 980

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第971話

12月8日。聡が退院する日だ。霞は朝から新井家に来ていた。真奈美と朝食を済ませ、一緒に病院へ聡を迎えに行った。聡の手術が成功してから、既に1ヶ月半が経っていた。彼は術後5日目に意識を取り戻し、植物状態からは脱したものの、その後1ヶ月半もの間、辛いリハビリに耐えてきたのだ。真奈美は退院後、聡から絶対安静を言い渡されていた。彼は以前と変わらず、妹の真奈美のことが心配でたまらなかった。真奈美は以前、兄のお節介が鬱陶しくて、反抗的に言い返すこともあった。しかし、今はもうそんなことはしなくなった。今日は雪は降っていなかったが、街は相変わらず厚い雪に覆われていた。霞は慎重に運転していた。車内では、助手席に座る真奈美が、大きく膨らんだお腹に手を当てていた。妊娠はもうすぐ7ヶ月になる。真奈美はあれから、週に一度、綾に付き添ってもらい、仁の診察を受けていた。仁の漢方治療は非常に効果があり、おかげで彼女の体調は1ヶ月余りで回復していった。車内には胎教音楽が流れていた。真奈美はお腹に手を当てながら、窓の外の景色を眺めていた。この街では毎年雪が降るが、今年は特に北城の雪が眩しく感じられた。積もった雪に太陽の光が降り注ぎ、遠くから見ると、キラキラと輝いて見えた。......病院に到着すると、霞は地下駐車場に車を停めた。真奈美は車から降り、霞が病院へ来る途中に買ってくれた花束を受け取った。花束を抱えると、良い香りが鼻をくすぐり、心を満たした。霞にも真奈美は上機嫌そうに見えたのだ。二人はエレベーターに乗り、そのまま入院病棟へ向かった。しかし、彼女たちよりも早く到着している人物がいた。病室では、裕也が聡の荷物をまとめていた。聡は車椅子に座り、カジュアルな服装にニット帽をかぶっていた。長い間昏睡状態だったため、四肢の筋肉が少し萎縮しており、完全に回復するには、少なくとも半年から1年はかかるだろう。ただ、自宅で専門のリハビリトレーナーに指導してもらえるので、聡はもう病院にはうんざりしていた。真奈美は花束を抱えて病室に入り、裕也の姿を見て少し驚いた。「裕也さん、もう来てるの?」「昨夜、当直だったんだ」裕也はスーツケースを閉じ、真奈美の方を向いた。「聡さんが今日退院されるって聞い
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第972話

真奈美は少し驚き、思わずお腹に手を当てた。自分と大輝と哲也、そして赤ちゃんのことについて、まだ聡と話していなかった。聡は、彼女と大輝が結婚したということしか知らなかった。真奈美は話したくなかったわけではなく、彼の体調が完全に回復してからにしようと思っていたのだ。しかし、今の聡の一言で、空気が微妙に変化した。霞と裕也は顔を見合わせた。「あの、荷物はもうまとめ終わった?もし終わってるなら、そろそろ行こうか?」と裕也は言った。それを聞いて、霞も機転を利かせて言った。「確か、山田さんに今日のお昼は退院祝いで大盤振る舞いするから、早く帰ってくるようにって言われてたんです!」「もう10時近いぞ」裕也は時計を見て、霞の言葉に同意した。「道も混んでるかもしれないし、ご馳走を逃さないためにも早めに帰らないとな」そう言って裕也は車椅子を押しながら、「上杉さん、聡さんのスーツケースを持ってくれるか?」と頼んだ。霞は頷いた。「分かりました!」真奈美は感謝の視線を裕也に向けた。裕也は優しい微笑みを返した。車椅子に座っていた聡は、二人の様子を見て、少し口角を上げた。一行は病室を出て、エレベーターに向かった。エレベーターの前で待っている間、聡は突然尋ねた。「裕也、いつも忙しそうだけど、彼女は文句言わないのか?」裕也は少し驚き、気まずそうに咳払いをした。「あの、彼女はまだいないんだ」「そうか、いないのか」聡は意味深に妹を見てから、再び言った。「忙しいと、彼女を作る暇もないよな」裕也は何も言えなかった。真奈美はうつむき加減で聡を睨みつけた。「何よ、その言い方!」「俺たちは親友だろ?彼のことを心配するのは当然だ」聡は言った。「裕也はあなたと同い年だよな?あなたはもうすぐ二人目が生まれるっていうのに、裕也にはまだ彼女もいない。友達として心配してるんだ」真奈美は何も言えなかった。「心配してくれるのはありがたいが、今は仕事に集中したいんだ」裕也は苦笑した。聡がさらに何か言おうとしたその時、エレベーターのドアがゆっくりと開いた。エレベーターの中から、大輝が出てきた。彼が現れると、聡の表情はたちまち冷たくなった。真奈美も思わず眉をひそめ、視線を落とした。二人の態度は、どちらも冷淡だった。大輝は覚悟して
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第973話

大輝が何か言おうとした時、真奈美が先に口を開いた。「石川社長、もう付き纏わないで」その短い言葉の中に、感情は一切込められていなかった。大輝は、ハッとした。彼は真奈美を見たが、真奈美は彼を見向きもしてくれなかった。彼女は片手を大きくなったお腹に当て、少しうつむき加減で、ベージュのマフラーに顔を半分うずめていた。顔は、長く伸びた髪で隠されていた。大輝は、真奈美が自分を見たくないのだと思った。しかし、ダウンジャケットに身を包んだ彼女の体が、小さく震えていることには気づかなかった。それは、心の奥底からの恐怖による拒絶反応だった。真奈美自身にも抑えきれないほど、体は小刻みに震えていた。裕也は、その異変に気づいた。彼は眉をひそめて大輝を見た。「話があるなら後にして。まずは聡さんを家まで送らせて。山田さんが家で待っているから」霞も慌ててその場を丸く収めようと言った。「そうですよ、石川社長。山田さんに早く帰ってくるように言われてますので」その状況に大輝は唇を噛みしめ、何も言わずに脇へと道を開けた。そして、一同はエレベーターに乗り込んだ。エレベーターのドアが閉まった。真奈美はそこで、ようやくあの息が詰まる視線から解放されたように感じた。すると、張り詰めていた彼女の体は、ゆっくりと力が抜けていった。楽しい雰囲気だったが、大輝が現れたことで台無しになってしまった。新井家への帰り道、兄妹は二人とも黙り込んで、それぞれ考え事をしていた。......新井家に到着すると、山田執事と使用人たちが待っていた。車が止まるとすぐに、山田執事が駆け寄ってきた。裕也は聡を支えて車から降りた。聡の足はまだ力が入らなかったが、支えてもらえれば何とか歩くことができた。山田執事が手を貸しながら言った。「聡様、私がお支えします。玄関前に清めの塩も用意させていただきました」裕也と山田執事に支えられ、聡は一歩一歩ゆっくりと、しかししっかりと歩いた。真奈美も兄の後ろ姿を見ながら歩いた。かつては大きく頼もしく見えた背中が、今は随分と痩せ細っていた。退院は新たなスタートだが、この先には長いリハビリが待っている。それでも、きっと全てうまくいく、と彼女は信じていた。玄関前に到着すると聡は撒かれた清めの塩を払って足を上げて
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第974話

真奈美は聡を車椅子に乗せ、エレベーターで2階へと向かった。山田執事も二人に続いてエレベーターに乗り込んだ。「聡様、お部屋は以前のままにしてあります。使用人たちに掃除をさせておきました」山田執事が部屋のドアを開けた。聡は見慣れた部屋を見て、一瞬、ぼんやりとした。「なにも変わってない、まるで一日寝て起きただけのような気がするな」聡は笑った。真奈美は彼をからかった。「お兄さん、鏡を見てみなよ。8年も経ったんだから、目尻に小じわができてるよ」聡は今年で38歳になる。40歳まであと少しとはいえ、まだ、そんなに皺ができる年齢ではない。山田執事は笑って言った。「聡様は相変わらずですが、私はすっかり白髪になってしまいました」聡は山田執事を見て、微笑みながら言った。「山田さん、明日の朝、新井家の墓参りに行きたい。準備しておいてくれ」「分かりました!ご先祖様に無事に戻ったことを報告し、ご両親にも安心してもらわなければなりませんね」山田執事は笑顔で言った。「では、準備をさせていただきます」山田執事が部屋を出ていくと、聡は真奈美に外のテラスへ連れて行ってくれるように頼んだ。真奈美は彼をテラスへと連れて行った。聡は隣のソファを指差して言った。「座ってくれ。少し話をしよう」真奈美は唇を閉じ、微笑みながら、腰に手を当ててゆっくりとソファに座った。聡は彼女のお腹にそっと手を置いた。赤ちゃんは人懐っこいようで、お腹を触られると、反応した。聡は初めて胎動を感じ、驚きのあまり、呆然としていた。真奈美は聡を見て、彼の表情が少し面白く感じた。「お兄さん、この子は、挨拶してるのよ!」母親になると、誰でも我が子が可愛くて仕方がなくなるものだ。月日が経つにつれ、胎動が強くなるにつれ、真奈美はますますお腹の子への愛情を深めていた。「これからどうするつもりだ?」聡は真奈美の目をまっすぐ見て尋ねた。「勲との子供は......」「お兄さん」真奈美は聡を見つめ、唇を閉じ、深く息を吸い込んだ。「私と勲は付き合っていなかったの」聡は一瞬、驚いた。しかし、すぐに全てを理解したようだった。そうか、あの頃の真奈美は大輝に夢中だった。そんな時に勲と付き合うはずがないのだ。「お兄さん、あの時のことは全部思い出したの」聡は息
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第975話

翌日、聡と真奈美は午前中に新井家の墓地へと向かった。墓参りを済ませると、二人は新井家に戻った。そして、今日は仁に検診してもらう日だから、真奈美はタイミングを見計らって出かけた。彼女が出かけた後、聡は山田執事に言った。「大輝に電話してくれ」山田執事は頷いた。「かしこまりました」聡からの電話を受け、大輝はすぐに新井家へと向かった。山田執事は彼を待っていた。「聡様は書斎にいらっしゃいます。ご案内します」大輝は頷き、山田執事に続いて書斎へと続く階段を上がった。書斎の外で山田執事がノックをした。「聡様、石川社長がお見えになりました」「入ってくれ」山田執事はドアを開けた。「石川社長、どうぞ」大輝は書斎に入った。山田執事はドアを閉めた。書斎では、車椅子に乗った聡が窓の外を眺めていた。「聡さん」大輝は小声で挨拶をした。聡はリモコンで車椅子をゆっくりと回転させた。そして、彼は冷淡な視線を向けて言った。「石川社長、『さん』付けで呼ばれるなんて恐れ多いよ」大輝は眉をひそめた。「俺に恨みがあるのは分かってる。だけど、俺は真奈美の夫だ。だから、こう呼ぶべきだと思う」「あなたと真奈美のことについては、昨夜、山田さんから詳しく聞いた」すると、大輝は神妙な面持ちで言った。「真奈美に申し訳ないことをしたと思ってる」「『申し訳ない』の一言で、真奈美が受けた傷をなかったことにするつもりか?」「そんなつもりじゃない!」大輝は慌てて首を横に振った。「今更何を言っても、真奈美が受けた傷を癒せるわけじゃないのは分かってる。でも、俺は今、真奈美を本当に愛している。彼女とやり直したいんだ。それに、子供たちもいる。聡さん、子供たちのことを考えて、もう一度だけチャンスをくれないか?」聡は冷ややかに笑った。「真奈美があなたに与えたチャンスは、少なくなかっただろ?」大輝はきょとんとした顔になった。聡は彼を見据えて言った。「大輝、俺は昨夜は一睡もできなかった。ずっと考えていたんだ。真奈美は一体、あなたのどこが好きなんだろ?なぜ、あんなにもあなたに尽くすんだろ?」それを言われて、大輝は何も言えなかった。実際、彼と真奈美の間では、真奈美が一方的に尽くしてきたのだ。「真奈美を愛しているだと?大輝、俺にはそうは見えないがな。全
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第976話

大輝は聡をまっすぐに見つめ、力強い口調で言った。「聡さん、真奈美の恨みを晴らそうとしていることは分かっている。俺が過去犯した過ちが許されないことも自覚している。でも、真奈美との間には子供がいるんだ。それに、あの事件のことは本当に知らなかった。もし知っていたら、真奈美を見放すようなことは絶対に......しなかった」「あの時、真奈美を見つけたとき、彼女が最初に何を言ったか、覚えているか?」それを聞いて、大輝の神経は張り詰めた。彼は聡をじっと見つめ、聡もまた彼を見つめていた。二人の目には、共に苦悩の色が浮かんでいた。聡は言った。「真奈美は泣きながら、『どうして......振り返ったのに、助けてくれなかったの?』と、俺に問いただしたんだ!」大輝の瞳孔は収縮した。彼の脳裏には、あの夜の暗い路地が蘇り、少女の叫び声が耳元でこだました......確かに振り返った。しかし、暗すぎてよく見えなかった。彼女がまた芝居をしているのだと思い込んでしまった......「小林の言葉を信じて、あなたはその場を立ち去ったんだ!」聡は、充血した目で大輝を睨みつけた。「あなたは真奈美よりも、あの女を信じたんだ!たとえ真奈美が好きじゃなくても、昔のよしみはあったはずだろ?彼女が危険な状況にいるかもしれないのに、あなたは確かめもせずに、小林の言葉を鵜呑みにして、立ち去ったんだ!大輝、あなたは真奈美をあの路地に置き去りにして、酷い屈辱を味わわせたんだ。今になって知らなかっただと?そんなことを言って俺に和解を求めるつもりか?知らなかったというだけで終わらせるつもりか?」それを言われ、大輝はよろめきながら、数歩後ずさりした。そして、彼の背中は壁に激突した。彼は引き裂かれるような痛みを感じ、胸を押さえた。その瞬間、あの夜、真奈美の叫び声が、まるで呪文のように彼の耳元でこだましていた。「真奈美はあの事件以来、深刻なトラウマを抱えるようになった。あなたは彼女の事を本当に気にしていないんだな。少しでも気にかけていれば、あの時から、いつもあなたの後ろをついて回っていた女の子がいなくなったことに気づいたはずだ」大輝は顔を上げ、聡を見つめた。「俺は、あなたが真奈美を旅行にでも連れて行ったんだと......思っていた」「思い込んでいただと?大輝、あなたはずっ
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第977話

大輝は離婚協議書を拾い上げると、涙がその上に落ちた。彼は首を横に振りながら、「俺が間違っていた。だから、残りの人生をかけて償うから。もう一度やり直す機会をくれないか......」と懇願した。聡は目を閉じ、深くため息をついた。「あなたはまだ分かっていない。俺が離婚を迫っているんじゃない。大輝、あなたと真奈美の間には、もう後戻りできないんだ!」「哲也も、赤ちゃんもいるんだ......」大輝は聡を見つめ、目を充血させながら、涙を流して訴えた。「残りの人生すべてをかけて償う。何でもするから、離婚だけはしたくない。離婚したら、俺は一生償いきれなくなる......」「大輝、あなたの償いは真奈美にとって、更なる苦痛にしかならない!」大輝は言葉を失い、首を横に振った。「そんなはずはない。そんなの信じられない......」「あの夜の、あなたの無関心が真奈美を打ちのめしたんだ。あの暗い路地裏で奪われたのは、彼女の尊厳だけじゃない。あなたを心から愛していた真奈美の心も、木っ端みじんにされたんだ。彼女は何度も何度も、なぜと泣き叫んでいた。俺はわけが分からなかったんだ。何度もあなたに問いただしに行こうとしたが、真奈美は俺を止めた。あんな目にあったことを、あなたには知られたくなかったんだ。大輝、彼女にも守りたかったプライドがあった。だからどんなにあなたを恨んでいても、決してあなたには知られたくなかったんだ......催眠療法で、彼女はあの出来事を忘れ、同時に、あなたを恨む気持ちも忘れてしまった。そしてまた、あなただけを熱心に想う真奈美に戻ってしまった。あの後、俺はあなたに会ったが、彼女があなたを諦めきれないのを見て、海外に行かせようとした。しかし、その後、突然、彼女は勲と付き合うようになった。俺は驚いたが、彼女は妊娠していた。二人は俺のところにやってきて、結婚したいと言った。真奈美もようやく吹っ切れたのかと思い、勲の人柄も信頼していたので、婚約することを認めた......その後のことは、あなたも知っているだろう。勲は事故で亡くなり、俺は意識不明の重体になった。新井家は混乱し、真奈美は......」聡はそこまで言うと、思わず声を詰まらせた。「とにかく、兄として、俺も彼女を守ってやれなかった。両親にも、真奈美にも申し訳が立たなかった。今回、高額な
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第978話

綾は仁を見送ってリビングに戻ると、そこには目を覚ました真奈美がいた。「すみません、寝ちゃってました。北条さんはもう帰りましたか?」綾は真奈美の隣に座りながら言った。「ええ」真奈美は頷き、時計に目をやった。「兄はまだ家でリハビリしてるから、私はそろそろ帰りますね」「ちょっと待ってください」綾は真奈美の手を握った。「最近、全然寝てないんじゃないですか?」真奈美は一瞬動きを止め、視線を泳がせたが、すぐに平静な表情に戻った。「ちゃんと寝ていますよ。ただ、お腹が大きくなってきて、夜中に胎動があるから、少し寝苦しいだけです」「嘘でしょう?」綾は真剣な表情で彼女を見つめた。「私も子供を産んだことがあります。産前の鬱は甘く見てはいけませんよ」「本当に大丈夫ですよ」真奈美は微笑んだ。「ただ、少し寝付きが悪いだけで、心配しすぎですよ」「でも......」「もう大丈夫ですから、心配しないでください」真奈美は綾の言葉を遮り、腰に手を当てて立ち上がった。「兄は今日、初めて家でリハビリをします。気になりますので、本当にもうそろそろ帰らないといけません」真奈美が話を避けようとしているのを見て、綾は焦ったが、どうすることもできなかった。真奈美が話したがらないので、綾は彼女を車に乗せながら、念を押した。「この前紹介したカウンセラー、一度診てもらってください。もしよければ、私も一緒に行きますので」「そこまでしなくても大丈夫ですよ」真奈美は笑顔で綾の手を握り返した。「本当に心配しないでください。もう何年も前のことだし、今は兄も目を覚まして、状況は良くなっています。過去のことに囚われたりしませんので」綾は真奈美を見つめた。彼女が平然とした様子を見せるほど、綾の心は不安でいっぱいになった。黒いマイバッハは梨野川の別荘を後にした。綾は視線を戻し、家の中へと入っていった。......一方で、真奈美を乗せた、黒いマイバッハは街の中を走っていた。12月に入り、街は徐々に年末の雰囲気に包まれていた。真奈美は窓の外を眺め、静かな表情をしていた。交差点で、マイバッハはゆっくりと停止した。すると、隣の車線から一台の車が近づき、マイバッハの隣に停車した。後部座席の窓が下がった。大輝が顔をこちらに向けた。真奈美は窓を開けなかったが、
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第979話

真奈美はよろめきながら立ち尽くし、その傍を何台もの車が猛スピードで走り抜けていった。まさに危機一髪。そんな状況に大輝は心臓が飛び出そうになり、叫び声を上げながら、車の間を縫うように真奈美のもとへ駆け寄った......「真奈美、頼む、動かないで!今行くから!」めまいと耳鳴りのような音が響く中、真奈美は、かすかに聞き覚えのある声を聞いた。彼女は立ち止まり、自分に向かって走ってくる人影を見た。そして、そのぼんやりとした人影が、徐々に鮮明になっていた。それが大輝だと分かった瞬間、真奈美の瞳孔は大きく見開かれた。「来ないで――」しかし、大輝にはそんな言葉は耳に入らない。こんな交通量の多い場所で、しかも彼女はお腹に子供を宿している。危険すぎる。「真奈美、いい子だから、一緒に帰ろう......」真奈美は首を横に振りながら、涙を流した。「大輝、あの日、どうして私を連れて帰ってくれなかったの?どうして助けてくれなかったの?」それを聞いて、大輝の胸は締め付けられた。「悪かった、真奈美。本当に悪かった。でも、ここは危ない。赤ちゃんも怖い思いをしてる。俺の手を掴んでくれ。まずは家に帰ろう......」「もう私たちには帰る家なんてないの」真奈美は彼を見つめ、一歩一歩後ずさりした。そして次の瞬間、彼女は突然振り返り、走ってくる車に向かって走り出した。「真奈美――」キーッ――耳をつんざくブレーキ音が、あたり一面に響き渡った。運転手の瞳孔は縮み、大輝が真奈美に飛びついた瞬間、ハンドルを切った。大輝は真奈美を抱きしめた。車は風を巻き起こしながら、彼の背中すれすれを通り過ぎた。「大丈夫だ、もう大丈夫だ......」大輝は胸を撫で下ろし、目を真っ赤に充血させながら、真奈美の体を強く抱きしめたしかし、真奈美はまだ抵抗していた。「離して!大輝、離して!」彼女は泣き叫びながら、足元には温かい液体が流れ出ていたが、それに気づくことさえできなかった。運転手が叫び声を上げた。「お嬢様、出血しています!」大輝はハッとした。慌てて真奈美から離れ、下を見ると......真奈美の足元には、血だまりができていた。大輝の瞳孔は収縮した。ついに真奈美は力尽き、足が崩れるように倒れ込んだ。「真奈美!」大輝は彼
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第980話

病院に到着すると、真奈美はすぐに手術室に運ばれ、その重厚な扉が閉まった。それを見た大輝は中に押し入ろうとした。「私も入ります!入れてください!」近くにいた看護師は眉をひそめて説明した。「石川社長、奥さんは現在、大量出血の危機的状況です。通常の出産とは異なり、このような状況ではご家族の付き添いはお断りしております。申し訳ございません」そう言われ、大輝の顔色は悪く、大きな体がよろめいた。「胎児の心拍数が不安定な上に、胎盤早期剥離の疑いがあります。緊急に帝王切開を行う必要がありますが、妊娠週数はまだ30週です。出産後、すぐに新生児集中治療室に搬送しなければなりません。石川社長、これらの同意書にご署名をお願いします」大輝はペンを受け取った。書類には細かい文字がびっしりと書かれていた。何枚もあるようだ。彼は内容を確認する間もなく、震える手で自分の名前をサインした。看護師はサイン済みの同意書を持って、踵を返した。大輝はしゃがみ込み、頭を抱え、手術の結果を待つ苦痛の時間に耐えていた。運転手は聡を迎えに行くため、既に引き返していた。数分後、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。大輝の両親は梨花と一緒に、急いで駆けつけてきた。「真奈美はどこなの?」若葉は手術室を一瞥し、息子の顔を見た。やつれた様子を見て、胸騒ぎがした。「大輝、何か言って!」大輝は首を横に振った。「何も、分からない......」「何も分からないって......」若葉は苛立ちを隠せないでいた。「一体、何が分かっているっていうの!」隼人は若葉の肩を叩いた。「落ち着いてくれ。この病院で一番腕のいい専門先生が担当しているんだ。大丈夫だ」若葉は涙を拭い、顔を上げた。「お母さんに電話して、心配させたままにするわけにはいかないから......」隼人は静かに頷いた。梨花は入院バッグを抱えて、そばに立っていた。これらの荷物は、真奈美がずっと前から準備していたものだった。子供は本来、春先に生まれる予定だった。この状況での出産は、本当に危険だ。約20分後、聡が到着した。山田執事が車椅子を押して、手術室の前に連れてきた。そして、裕也も到着した。彼はちょうど手術を終えたところで、父親から真奈美が大量出血で緊急搬送されたと聞き、手術着を脱ぎ捨てて駆けつけ
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