All Chapters of 今さら私を愛しているなんてもう遅い: Chapter 351 - Chapter 360

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第351話

未央は博人がここまで狂ったような行動をするとは思っていなかった。力いっぱいドアを叩いたが、外からは何の反応も返ってこなかった。「高橋さんに会わせて」彼女はできるだけ落ち着いて言ったが、外の反応は相変わらず冷たかった。「高橋さんはただ今出張中です。奥様はどうか部屋でゆっくりとお過ごしください」周囲は生き物が全くいないかのように静まり返った。未央が周りを見回すと、窓はしっかりと閉ざされており、逃げ出すことなど到底不可能だった。いろいろ試した結果、彼女は力尽きて座り込んだ。サイドテーブルには数冊の心理学の本が置かれており、どれも彼女の好みのタイプのものばかりだった。未央は目を細め、口元には嘲笑の弧を描いた。これはこれは彼の気遣いに感謝すべきなのだろう。気がつくと、太陽もすでに沈んでいた。ドアの向こうから再び足音が響いてきた。「執事から聞いたぞ。今日は何も食べていないそうだな?」博人は眉をひそめながら、ドアを開けて入ってきた。手には湯気の立ったお粥を持っていた。その時。未央は部屋の隅に髪を乱して丸くなっていた。目を開けるとそこには冷たさしか残っておらず、明らかに彼の心と遠い距離を隔てていた。「いったい、何をするつもり?」彼女の声はかすれていた。博人は唇を結び、お椀を持って彼女の傍まで歩み寄り、しゃがみ込んだ。その口調はかつてないほど優しさに満ちていた。「いい子だ、もうわがまま言わないで」以前のように一緒に過ごしてどこが悪いのか。スプーンを手に取り、フーフーと息を吹きかけてから、未央の口元へと運んだ。しかし、次の瞬間。「パチン」という音とともに、その熱いお粥を入れたお椀は床に落ち、粉々に割れてしまった。数滴が博人の手の甲にはねた。しかし博人はまるで気づかないかのように、無表情で彼女を見つめ、ゆっくりと口を開いた。「お粥は口に合わないのか?何が食べたい、作ってやる」「ここから出してほしい」未央は冷たく言った。しかし博人はためらうことなくそれを拒否し、彼女の顎をつかむと、肌の荒れた指先でその顎の皮膚をそっと撫でた。「未央、私の忍耐力にも限界がある。自分自身のことは考えなくとも、病院のことを考えろ……あるいは、藤崎グループのことをな」以前立花にいた時、博人は悠生を完全に
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第352話

理玖は特に深く考えず、西嶋家に戻ってからようやく雰囲気がどこかおかしいことに気がついた。「ママ、好きなお菓子を持ってきたよ」理玖はスキップをしながら駆け寄り、嬉しそうに言った。二人の間に何が起ころうと、子どもには罪がない。未央は彼に八つ当たりすることなく、口元に無理やり笑みを浮かべた。「理玖、ありがとう」夜の帳が下りた。寝る時間が少しずつ近づいてきて、これから博人と二人きりで同じ部屋にいることを考えると、思わず不安になってしまった。以前はそれほど気づかなかったが、今のあの男は非常に危険だ。自然と拒絶感が湧き上がり、理玖の小さな手を握りながら部屋に連れて行き、優しい声で言った。「理玖、随分長く寝る前の読み聞かせをしてなかったよね?今夜ママが本を読んであげましょうか?」「いいよ、嬉しい!」理玖は目を輝かせ、興奮して承諾した。二人は部屋に戻り「バタン」と音を立ててドアを閉めた。一連の動作は非常に素早かった。博人は仕方ないような目をして、結局何も言わなかった。相手を追い詰めすぎれば良い結果にならないことを理解しており、彼女のしたいようにさせておいたのだ。その時、突然電話の着信音が耳に届いた。博人は携帯を取り出し、画面に表示された名前を見て眉をひそめた。最初の呼び出しには出なかった。しかし、向こう側はどうやら急用があるらしく、執拗にかけてきた。博人は少し考えてから、結局は通話ボタンを押した。「博人うう……ごめん、邪魔したよね?でも、私、すごく怖いの……」雪乃の弱々しい泣き声が向こうから届いた。博人は目を細め、低い声で言った。「まず泣くのをやめろ。何が起きたんだ?」「私……今、外にいるんだけど、誰かにつけられてるみたいなの」その声はとても小さく、ほとんど息のような声が耳に入ってくるように聞こえた。すると、甲高い悲鳴が響いた。「慌てるな、今すぐに向かう」博人は瞳を見開き、躊躇うことなく外へ出ようとした。去り際に執事に言いつけをするのも忘れなかった。「妻と息子をしっかりと見ていてくれ」部屋の中で。未央は外で起きていることを知らず、上の空で絵本をめくっていた。どうやってここから逃げ出すかという考えで頭がいっぱいだった。博人の今の状態は明らかに正常ではない
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第353話

村瀬はハッとし、玄関のドアを開けた。「奥様、私がご一緒に……」彼が言い終わる前に、未央はすでに理玖を抱えたまま外に飛び出し、道端でタクシーを捕まえると乗り込み、すぐにドアを閉めた。一連の動作はあっという間だった。村瀬はその場に立ち尽くし、呆然とそれを見ていた。やがて自分が騙されたことに突然気がついた。彼はすぐに携帯を取り出し、博人にこのことを伝えようとしたが、電話は一度も繋がらなかった。夜はますます更けていった。「ママ、僕の演技どうだった?」理玖は瞳がキラキラ輝き、興奮しすぎて小さな顔が真っ赤になっていた。彼は何かのゲームをしていると思い込み、わくわくしていたのだ。未央は口角を上げ、彼の頭を撫でながら褒めた。「私の理玖、本当にすごいわ」二人は車に乗り、すぐに白鳥家の屋敷に戻った。見慣れた景色を見てはじめて彼女のそわそわと落ち着かない心は完全に穏やかになった。よかった。未央はまず理玖を部屋に寝かしつけ、自分の部屋に戻ろうとした時、ちょうど部屋から出てきた宗一郎に出くわした。「未央?出張に行ったんじゃなかったのか?」「え?」未央は一瞬呆然とし、軟禁されていたとは言えなかった。父親がそれを聞いたらすぐに西嶋家に殴り込みに行くのを恐れ、無理やりにうなずいた。「イベントが急に中止になったのよ」宗一郎はうなずき、深くは考えず、水を入れてから部屋に戻った。すると。未央は自分の部屋に戻り、ドアを閉め、自然に鍵をかけてしまった。足はまだ少し震えていて、ベッドにへたり込んだ。気づかないうちに背中が冷や汗で濡れていた。頭の中ではまだこれからの計画を考え続けていた。何かを思い出し、未央は携帯を取り出して田沼に電話をかけた。向こうは相変わらず礼儀正しく穏やかな口調で話してくれた。「遅い時間にすみません」「未央お嬢さん、これも私の仕事ですから、お気になさらないでください」田沼は笑いながら返事してきて、退勤後にまた邪魔された不快感などは感じられなかった。主に雇い主の報酬が非常に多いからだ。未央も遠回しにせず、単刀直入に言った。「この前お話しした離婚協議書のことですが、男側がサインしたがらないんですが。他に何か方法はありますか?」そう言い終わると。田沼は数秒躊躇してから、ゆっくり
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第354話

まさか妊娠した?あの時に?バーから博人を連れて帰ったあの夜のことが頭をよぎり、もともと白かった顔が一層青ざめた。「白鳥さん、大丈夫ですか」「ええ……平気です」未央は我に返り、泣き顔よりも見苦しい笑みを浮かべた。医者は彼女の表情を見て、首を横に振りながらため息をついた。「堕ろすなら、早めに決めた方がいいですよ」毎日毎日、産婦人科を訪れる妊婦は数えきれない。形容できないほどうれしそうな人もいれば、この結果を受け入れられない人も多い。未央が一人で来たのを見た時、医者はもはや彼女はクズ男に騙された若い娘だと推測した。「はい、戻って考えます」未央はうなずき、まるで生きる屍のように歩き出した。両手は知らず知らずのうちに握りしめられていた。妊娠結果も握られて、しわくちゃになった。どうして?どうして今この時に。数年前、あの意外な出来事で彼女は妊娠し、博人と結婚した。それ以来、悪夢が始まった。そして今……彼女には他の選択肢がまだあるはずだ。未央はうつむき、お腹をそっと撫でながら、その目には葛藤と悩みの色が浮かんだ。突然、聞き慣れた声が耳元に届いた。「博人、ごめんね、本当に迷惑かけちゃって」博人?彼もここにいるのか。我に返った未央は素早く動いて、病院の隅の柱の後ろに身を隠した。鼓動はだんだん早まり、緊張で手のひらに汗が滲んだ。直感が彼女にこう告げていた。絶対に彼に妊娠のことを知られてはいけない。さもなくば、すべてが再び繰り返される。次の瞬間。二人が正面から歩いてきた。男は冷たいオーラを出している気高いイケメンで、女はきれいでか弱い美人だった。二人が一緒にいるのを見ると、とても絵になる。二人の距離は非常に近い。雪乃はほぼ体の半分を男の腕にもたれかけている。極めて甘い雰囲気を出していた。一瞬呆然とした未央は、彼らが産婦人科に入ったのをただ見ていた。彼女は恐る恐る一人で妊娠検査を受けに来たというのに、夫は愛人を連れて産婦人科に来ている。自分のことを何だと思っているのか。未央は自嘲するかのように笑い、手にした妊娠検査結果を近くのゴミ箱に投げ捨てた。幸い、彼女はもう彼などいらない。博人と雪乃の間がどれほど熱々になっても構わない。むしろはっきりとした浮気の証拠写真が撮
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第355話

博人は仕方なく、結局彼女を家まで送って一緒にいてあげることにした。雪乃が眠りについたのを見届けると、彼はようやく立ち上がり足早に帰路についた。心には不安がよぎった。真夜中の時、村瀬が何度も電話をかけてきた。家で何があったのだろうか?彼女はきっと激怒していることだろう。彼女がカンカンに怒っている様子がまるで毛を逆立てた子猫のようだと思い浮かべると、博人は目に僅かな笑みが浮かんだ。彼女が西通りのケーキ屋のショートケーキが一番好きだということを彼は覚えていた。詫びとして、遠回りして二つ買って帰ろう。その考えが頭をよぎったばかりだった。次の瞬間、マンションの入口に十数人の人が集まり、上を指さして騒いでいるのに気づいた。博人は瞼がピクッとつり、漠然とした不安が胸をよぎった。彼は急いでエレベーターを出て一階へ駆けつけ、見上げると、見慣れたその姿が屋上に立っているのが見えた。その儚げな姿は、無力で絶望的に見えた。「うそ!あの娘はどうしたんだ?まだ若いのに、もう生きたくないなんて」「ぼんやりしてないで、早く警察に通報しろ」……周囲の雑音が耳に入ってきた。一目でそれが雪乃だと認識し、博人は目を見開き、すぐに踵を返しエレベーターへ向かった。「何をしている?」雪乃との距離を取ろうと思っていたが、恩人の死を見過ごすつもりは毛頭なかった。「ううっ、博人まで私を見捨てるなら、生きていても意味ないよ」目が真っ赤になった雪乃は、涙をボロボロと流し続け、嗚咽を漏らした。「一人で家にいるのが怖いの、昨夜あの人たちにつけられた光景で頭がいっぱいで、私……、私……」話せば話すほど、彼女の顔が恐怖に歪み、声も震えていた。博人は眉を深くひそめたが、結局彼女が自分の胸で泣くことを許し、押しのけることはなかった。おそらく昨夜のショックが大きすぎたのだろう。数日経てば情緒も落ち着き、良くなるはずだ。博人は目を伏せ、優しい声で言った。「心配するな。昨夜の件なら既に調査させている。黒幕が誰であろうと、痛い目に遭わせてやるから」「うん、ありがとう博人」雪乃はおとなしく頷き、次第に落ち着きを取り戻したが、それでも男のシャツを両手で強く握りしめ離そうとしなかった。その時。佐紀がどこからかこのことを聞き、マンションに
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第356話

「そうしましょう。ずっと世話を任せるなんて言わないから。ひと月だけでどうかしら。国内のことが落ち着いたら、私は雪乃を連れて帰るから」ここまで言われて、博人も頷くしかなかった。二人の会話が耳に入ってきた。雪乃の目が一瞬輝き、男の服の裾を強く握りしめ、ほしいものなら必ず掴んでやるという自信満々な笑みを浮かべた。一カ月あれば十分だ。博人の子を孕めば、自然と彼の傍に残ることができる。昔、白鳥未央だってそうやってのし上がったじゃないか。その場にいる三人はそれぞれに異なったものを考えていた。それからの数日間。未央は久しぶりに平穏な日々を過ごしていた。最初は博人が押しかけて来るのではと心配していたが、後になってニュースで彼と雪乃の絶え間ないスキャンダルを目にした。ある日はオークションで永遠の愛というジュエリーを買い、次の日はチャリティーパーティーでカラット数の高いダイヤの指輪を買ってプロポーズの準備をしていた。次々と出て来たニュースを見ると。未央は次第に感覚が麻痺し、口元に嘲笑したような笑みを浮かべた。考えすぎだったようだ。同時に、彼女は博人に離婚協議書を送り続けることもやめなかった。早く離婚して、彼の愛する人のために席を空けてあげるべきじゃないか。しかし。それらの離婚協議書はすべて返事もなく、そのまま海に沈んだように静かだった。未央も不思議に思い、携帯を取り出して誰かさんに電話して聞こうとしたが、いざとなるとやはり少し腰が引けた。まあいい。数日後、田沼に離婚訴訟の準備がどうなっているか聞いてみよう。日が過ぎていき、彼女の病院も虹陽にしっかりと根付いてきた。ある日。未央が家に帰ると、リビングが普段より賑やかなのに気づいた。見慣れた何人かの姿がそこにいるのを見た。「未央さん、お帰りなさい」悠奈は興奮した顔で近づき、彼女の手を取って揺さぶりながら説明した。「明日はお母さんの誕生日で、小さなパーティーを開くんだけど、来てくれる?」「京香さんの誕生日?」未央は一瞬驚いたが、すぐに頷いた。「もちろん、そんな大切な場に私が缺席するわけないでしょう」その時、その話を聞いた宗一郎は袖をまくり、やる気満々の様子で言った。「それなら、今夜はここで食事しないか?私が料理を作るから」「やった!
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第357話

未央の顔は青ざめ、無意識にお腹を押さえて、まだ動悸が収まらない様子で首を振った。幸い、車の中の人は無事のようだ。救急車がすぐに到着した。悠生は彼女の顔色が非常に悪いのを見て、心配そうに尋ねた。「どうした?病院に行ってみるか?」「大丈夫」未央は首を振り、優しい声で言った。「行きましょう」しばらくすると。二人はスーパーに着き、生鮮食品コーナーへ向かった。男はイケメンで、女は美女、そのお似合いの様子を見た従業員は思わず声を出した。「新しく仕入れた新鮮な鶏肉ですよ。そちらの奥さん、少し買いませんか?」その言葉に、未央は目に困惑の色が一瞬よぎり、口を開いて説明しようとした。しかし悠生は一歩前に出ると、その女性の冗談を聞き流すように笑いながら言った。「じゃ、少しいただきましょう」「はいよ!」女性は素早くそれをショッピングカートに入れてくれた。傍に立っていた未央は気まずそうに立ち、言いかけた言葉を静かに飲み込んだ。二人はスーパーを歩き回り、まるで仲睦まじい夫婦のように見えた。突然、フラッシュの光が走った。悠生は眉をひそめ、素早く反応し、隅っこの方へ視線を向けた。そこにはこそこそとした人影が立っていた。言うまでもなくその人物の正体は明らかだった。最近、悠生は藤崎グループを率いて虹陽に進出したため、メディアの注目を集めている。こうした盗撮にはすでに慣れていた。彼は視線を何も知らない未央に向け、目が一瞬揺らめいたが、結局何も言わなかった。盗撮した記者に写真を提出するよう要求することもなかった。このまま何も阻止しなければ、その写真は明日にはゴシップ誌で見られるだろう。全く気づかなかった未央は、うきうきした様子で父親と京香の好きな果物を選び続けていた。そしてあっという間に、ショッピングカートはいっぱいになった。悠生を見て、申し訳なさそうな表情を浮かべ、照れくさそうに言った。「うっかり買いすぎちゃいました。配達を頼んで届けてもらいましょう」「ああ、いいね」悠生は口元を緩ませた。錯覚かどうか、その口調には少し愛する人を溺愛するような感情が含まれているように感じられた。その日の夜。白鳥家の屋敷は非常に賑わっていた。理玖はテーブルに並んだ美味しそうな料理を見て、思わず唾を飲み込み、待
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第358話

その言葉に、雪乃の笑顔は一瞬で凍りついた。結婚?もちろんそうしたいよ!しかし、あの狐女がどんな手を使ったのか、博人の心を奪ってしまった。今回彼女が博人から世話をしてもらうことでさえ、自殺で脅して得られたものだ。病室の空気が一瞬で冷え込んだ。看護師が顔を上げると、彼女の歪んだ険しい表情を見て、一瞬自分の目を疑った。彼女は驚いて、うっかりと手が滑り、点滴の針が皮膚を貫いた。すると血が出てしまった。「いたい!」雪乃は思わず息を飲んだ。罵りたいが、罵声を口にする前に、自分のイメージを考え、必死にこらえた。看護師は顔色が青くなり、声を震わせながら言った。「す……すみません」しまった!この病室はVIP患者のために用意されたものだ。医師にひどく叱られるに違いない。顔が暗くなった雪乃は再び口を開いた。優しい声には少し冷たさが含んでいた。「別の人に替えてもらえる?」「もちろん問題ありません」看護師長は声をそれを聞いてすぐに駆けつけ、失敗した看護師を睨みつけると、恭しく雪乃を見つめて言った。「申し訳ありません。手の甲が少し腫れているので、点滴はまた三十分後にするかもしれません」「それでもいいわ」雪乃はベッドから起き上がり、外を散歩しようと考えた。ここ数日、病院で寝てばかりで体が鉛みたいになってしまいそうだ。博人は今夜いつ来るのだろう?彼女は病院内を当てもなく散歩し、気づけば産婦人科に来ていた。雪乃は目が一瞬輝かせ、予約を取ろうとした。どうすれば妊娠の確率を上げられるか聞くつもりだった。彼女に残された時間はあと一月だけ。一ヶ月以内に博人の子を孕まなければならないのだ。話によると、金持ちの精子を集め、自分のお腹にいれる専門の組織があると聞いたことがあるが……雪乃が妄想にふけっていると、突然耳にお喋りをしている声が届いた。「あれ?この写真の女性、どこかで見たことあるような?」話していたのは勤務中の産婦人科の医者だった。「彼女は藤崎悠生さんの奥様らしいわよ。最近勢いのある藤崎グループの社長さんね」「うそ、藤崎さんも結婚してたの?財力も権力もあるいい物件がまた一人減ったね」「それにしても、金持ちの趣味ってやっぱり良いのね。この女性、芸能人より綺麗よ」……ひそひそ
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第359話

頭の中に博人の姿が浮かんだ。自分のことをよく知る相手が意外にも恋のライバルであることがある。彼女はいろいろ考えた末、未央の男性に対する感情からして、離婚もしていない状況で不倫する可能性は低いと結論づけた。ダメだ、絶対に博人にこの事を知られてはならない。瞼がピクピクと痙攣し、強い危機感が胸に湧き上がった。理玖の存在が、未央を7年間も西嶋夫人の座に留まらせた。もしこの子の存在が知れ渡れば、現在博人の未央への感情からして、二人が本当にヨリを戻す可能性があるかもしれない。突然、外から慌ただしい足音が響いてきた。雪乃はすぐにこのカルテを抜き取り、ポケットに入れ、すべてを元の位置に戻した。それから。彼女は当直医とまた少し雑談してから、診察室を後にした。気づけば。背中は冷や汗で濡れていた。病室に戻った雪乃は非常に動揺し、頭の中でいろいろなことを考え、対策を練っていた。その時、博人が急いで病室に入って来た。彼は会議が終わるとすぐに病院に来たため、まだネット上のニュースを見ていなかった。同時に、後ろには出張から戻った高橋もついていた。高橋は雪乃を見るとまた困惑した。神社にお参りに行ったばかりなのに、西嶋社長の態度がまた変わっていた。以前は奥様に一途だったじゃないか。どうしてまた綿井雪乃とこんな曖昧な関係になっているのか。高橋は眉をひそめ、心が困惑でいっぱいだった。神社で祈った時、対象を間違えたりした覚えはないが、まさか神様が人を間違えたのか。高橋がポカンとしている時、博人はベッドのそばの椅子を引いて座った。「今日は調子はどうだ?」彼は義務的に尋ねた。雪乃は我に返り、無理やり笑みを浮かべた。ただ、先ほど知ったことのため、顔色はまだ青ざめていた。「博人、私……、私は平気よ」後ろめたい思いがあるからか、その声もたどたどしくなっていた。博人は一目でその異常に気づき、声を低くして言った。「どうした?手の甲がどうしてこんなに腫れている?」彼は一度約束したことは必ず守る。おばに約束したからちゃんと実行するのだ。しかし雪乃は、やはりまた首を左右に振った。「私大丈夫だから、心配しないで」空気が突然重くなった。博人はそれを見て、何も言わず、ただ高橋に果物を買いに行くよう指示した
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第360話

彼の言葉など全く耳に入っていなかったのか。博人は瞳の奥に陰鬱な色が走り、両手が無意識に握り締められ、ぎしぎしと音を立てた。雪乃は彼の顔色をちらりと窺うと、さらにさりげなく言った。「白鳥さんと藤崎社長、たくさん日用品を買ってたみたいね?一緒に住んでるのかしら?」言葉を終えると、彼女は急いで口を押さえ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。「ごめん、そういう意味じゃないの。ただ、博人にとって不公平じゃないかって」一瞬、周囲は水を打ったように静まり返った。空気がさらに重苦しくなった。しばらくして、博人は心の中に渦巻く感情を押し殺し、ようやく口を開いた。「ああ、分かった」丁度その時、高橋が二つの袋を提げて戻ってきて、病室の雰囲気の異変に気づいた。博人とは長い付き合いだった。博人が今激怒している状態だと一目で見抜き、逆鱗に触れることを恐れ、小声で言った。「西嶋社長、綿井さん、買ったものはテーブルに置いておきます」すると。博人はベッドに座った雪乃を一瞥し、淡々とした口調で言った。「用事があるから先に帰る。明日また様子を見に来る」「うん、気をつけて。安全第一でね」雪乃は彼がこれから何をしに行くか当然知っており、止めようとする気など微塵もなく、甘ったるい笑みを浮かべた。ポケットの中の妊娠検査結果は、最もふさわしい時に彼の目の前に差し出すことだろう。「ハクション……」未央はわけもなくくしゃみをし、鼻をこすると、悠生の心配そうな声が響いた。「どうした?体調でも悪い?」「そうじゃないです」未央は首を横に振った。ここ最近は悩み事があって、ずっと機嫌が悪かったのだ。例えば、お腹の中の子供のこと。彼女はまだこの子を残すべきか決めていないのだ。理玖はずっと兄弟を欲しがっている。前は知らなかったから良かったものの、今は小さな命がお腹に宿っていると知ってしまい、なかなか決断できずにいた。彼女の目には躊躇している色が浮かび、なかなか決断できない様子が、明らかに秘密を抱えているのだと悠生は分かった。彼も深くは尋ねず、ただこう言った。「何か手伝えることがあったら言ってくれ。なんだっていいんだ、君も俺の妹のようなものだから」低くて聞き心地のいい声が耳に届いた。未央は我に返り、笑いながら頷いた
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