王都の中央市場は、昼を過ぎても賑わっていた。瓦礫が片付き、色鮮やかな布や香辛料の香りが再び並ぶ光景は、長く続いた戦と混乱を忘れさせるほどだった。 露店の前で客と店主が声を張り上げ、子供たちが人の間をすり抜けながら駆け回る。その光景の端に、リリウスの姿があった。薄い外套の裾を押さえ、人々に囲まれながらも、一人一人の声に耳を傾けている。 「この間の委員会の通訳さん、すごく助かったよ。あの人たち、全然悪い人じゃなかった。それにヴァルドの兵士さんも、巡回してくれて助かるよ」そう笑って話すのは、復興使節団の商人と揉めていた八百屋の女将だった。彼女はヴァルド兵にも否定的だったが、どうやら和解が出来たらしい。リリウスは頷き、短く礼を述べる。 「誤解が解けたのなら良かった。お互いのことを知れば、きっともっとやりやすくなる」 そんな会話をしていると、ふと人混みの中から年配の女性が近づいてきた。粗末な布袋を肩に下げ、少し緊張した面持ちでリリウスの前に立つ。 「……あの」「はい」「あなた様が……ここにいるだけで、皆、安心するんです。それを、お伝えしたくて……」 思いがけない言葉に、周囲の喧騒が一瞬だけ遠のいたように感じた。リリウスは目を瞬かせ、それから小さく笑みを浮かべる。 「ありがとう。でも、僕は、神でも王でもない。ただ……誰かがひとりぼっちにならないように、そこに立つだけですよ」 女性は、なぜか泣き笑いのような表情で頷き、深く頭を下げて去っていった。それを見送ったリリウスの胸の奥に、言葉では形にできない温もりが広がっていく。
Last Updated : 2025-08-15 Read more