All Chapters of 婚約破棄された私に五人の兄が求婚してきます! 〜愛してはいけない確率は五分の一〜: Chapter 11 - Chapter 20

22 Chapters

回想・昼下がり

 半刻ほど経っただろうか。 変わる街並に、思いを馳せられない。 変わったように感じる、兄弟のことを思い出す。(どうしてみんな) 変わってしまったのか。(私は何も変わってないのに) あの日から、向けられる視線の色が変わった。視線が帯びる温度は高くなった。 わかってしまう。(ずっと一緒にいたから) きょうだいだったから、わかってしまう。(なのにどうして、きょうだいじゃなくなろうとするの?)(恋よりも、家族愛の方が信じられるのに) 婚約破棄の一件は、声にしないだけでテイワズの心に傷を残していた。 兄たちが触れないようにしてるから触れないようにしてるだけ。 だから膿んだ傷は、そのまま。(思い出せば、今も胸が痛い) どうすればいいのかわからない。 フォルティの仕草も、ロタの視線も、ルフトクスの言葉も。 すべてが今はもう──(私を、女として見ていた) それがわかる。女として生きてきたからわかる。(あんなに真っ直ぐに言われてしまったら) 言われ続けてしまったら。(どうすればいいのか、わからない……) だから逃げ出した。衝動のままに走り出した。 知ってる場所が、知ってる人がいるところが、東の街しかなかったから。 曖昧な情報を頼りにするほど、心がふらついてしょうがなかった。(……お兄様) 思い浮かべたのは、同じ金髪。 御者が馬を走らせながら、馬車の中にいるテイワズに声をかける。「お嬢様、東の街に入りますが、どのあたりに行きますか?」 言われてテイワズは言葉に迷う。「ええっと……」 ここに来るまでに考えようとしていたのに、結局答えが見つかっていなかった。 素直に道のプロの話を聞くことにする。「一番人がいそうな場所って、わかりますか……?」「ああ、えーっと、それなら」 自分もそんなに知ってるわけじゃないんですけどねえ、と前置きした上で御者はテイワズに話した。「噴水のある広場が、店とか多くて賑わってるみたいですよ。食べ物だけじゃなくて宝石商とか、画廊もあるとか」「画廊!」 テイワズ見開かれた目が輝いた。「では、そちらにお願いします!」 わかりました、と御者は頷く。「それにしても、大丈夫ですか? 突然おでかけになられて……どちらへ?」 御者の心配はもっともだ。家に雇われている彼に迷惑をかけないよう、テイ
last updateLast Updated : 2025-06-18
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三男・エイル-1

 家の近くの広場とはまた違う賑わいに、違う街に来たのだと感じた。広場の噴水の前に止めた馬車から降りる。 本当に大丈夫ですか、と心配する御者に、テイワズは大丈夫だと頷く。「エイルお兄様に会って帰りますから……帰りは流しの馬車で帰りますので」 そう何度か言ってやっと、御者は戻ってくれた。(さて、うまく会えるかしら) 頼りにした情報は、先日の男爵夫人から聞いた話だけ。 ──東の街で会ったエイルという金髪の画家。 絵を見てわかった、この絵は兄の絵だと。 その画家は兄のことだと。 オスカリウス家の三男、エイル・オスカリウス。 魔術の学校を卒業するなり家を出てしまった、離れて暮らす兄。 画家として生きてくからと、家族の引き止める手を無視して軽く手を振って出ていってしまった。 定住することなくふらふらと国内を巡っている様子で、最初の頃は手紙が来ていたが、いつしか手紙はなくなり居場所もわからなくなってしまった。 ヘルフィが最後に知った住所に、テイワズのデビュタントの日を知らせる手紙を送っていたようだが、返事もなく届いていたかすらもわからない。 ──その手紙の宛先も確かこの街ではなかった気がする。 男爵夫人だって絵を描いてもらったのは先月だと言っていた。今もこの街にいるのかわからない。(とりあえず) 宛ては画廊だ。 テイワズが歩き出した。石畳を踏むヒールの音が、確かに進んでいると実感させてくれる。(きっと見つかる) その願いが叶ったのは、天が味方をしたわけではなく、降りた場所が良かった。テイワズは知らなかったが、東の街のこの広場は人通りが多く、様々なアーティストが集まる場所だった。 噴水の反対側。画廊の近く。 その場所にその人だかりはあった。 彩り豊かな人だかりで、若い女性ばかりだった。 高い声の飛び交うその中で、低い声はよく聞こえた。「あはは、みんなありがと~、ちゃあんと順番にみんなのこと描いてくからね」 聞き覚えがある声だった。 足を止める。女性たちの輪から突き出た、高い位置の金髪はよく目立った。「大丈夫もちろん二人っきりになりながら……ね。あはは」 金髪の男が周囲の女性たちを見渡す。その目の色は──テイワズが思った通りの、緑色だった。(お兄様) 男性にしては長めの金髪。若葉色の目。 見間違えるわけがない。テイワズ
last updateLast Updated : 2025-06-18
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三男・エイル-2

 案内されたのは、広場から少し離れた住宅街の外れだった。すぐ後ろは森になっており、整備された街中とは言い難い。「ここだよ」 そう言って示されたのは、庶民の家というにも質素なつくりの一軒家だった。 オスカリウス家の屋敷の何分の一か、食事をする一部屋よりも小さそうな、古い家。「あはは、びっくりした? 家の広間より狭そうでしょ?」 テイワズの思考を見透かすかのように、エイルはそう言った。頭ひとつ以上は高いところから落とされる声に、テイワズは顔を上げる。「大丈夫、別に馬鹿にされてるなんて思わないよ。俺も思ったもん。まあ単純に、小さいよね」 エイルの微笑みにテイワズは安心する。(お兄様、変わってない) 人を見透かす感じも、それでいてすぐに安心させようとするところも。──その優しさが。(あの頃のままだ) 一体どこから話そう。 どこから生活は分岐していただろう。 エイルが扉に手をかけた。 くすんだ真鍮。古い扉が、音を立てて開かれる。「この街に来る時はこの家を借りることにしてて──あ」「エイル?」 開きかけた扉の向こう側から、声がした。 女の声だ。「…………あ、忘れてた」 狭い家は開かれた扉から室内のすべてが見える。 質素なベッドフレームの白いシーツの上に。 瑞々しい若さの女性が、いた。 その姿を見たテイワズは開ききった玄関の外で驚きに体を硬直させた。(裸!?)「おかえりなさ……って、何よその女!」 声と共に勢いよく枕が投げられた。「おっと」 エイルは片手でキャッチすると、部屋の中の女に向けて笑った。「あはは。ただいま」 白い枕をぽんぽんと叩きながら部屋の中に入る。「妹だよ妹」「妹?」 女性からの鋭い視線に、ひっ、とテイワズの肩が上がりそうになる。(いや、それはだめだ) 女として。彼の妹として。オスカリウス家の子女として。 矜持は強靭でなきゃ、意味がない。(お兄様の…………恋人?) そう思った。そんな女性に失礼な真似はできない。 息を吸う。 真っ直ぐ届けるつもりで声を出す。「あっ、あの! 私は妹のテイワズ・オスカリウスと申します」  裸の女性はシーツを纏ってテイワズの元に歩み寄った。剥き出しの方と、素足で歩く音。 エイルは余裕の笑みを浮かべ、テイワズは緊張の面持ちだった。 鼻先が触れそうなほ
last updateLast Updated : 2025-06-18
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夕方・オスカリウス家の中

「この馬鹿!」 ロタの声に、ルフトクスが顔を顰める。「うるさいなあ。……どうせ兄さんだって同じようなこと言ったでしょー?」「くっ……! オレとお前の話は別だ!」 ロタが自分のことをオレというときは余裕がない時だと、この家の者なら誰もが知っていた。 テイワズが家から逃げ出した直後、ヘルフィとロタは走り去る馬車に驚いた。その場に立ち尽くすルフトクスになんとなく事態を把握するが、午後の仕事も控えていたため、話すことができなかった。 夕方やっと、代わりの馬車で向かった仕事をこなして、兄弟四人で話していた。 戻ってきた御者に話を聞いてきたフォルティが部屋の中に入る。「エイル兄様に会いに行ったらしいです!」「は? エイルに? 居場所をどうやって……」 聞いたヘルフィが眉を顰める。 顔を上げたのはロタだった。「先日エイルの絵を見ました。そこで、東の街でエイルと思わしき画家に絵を描いてもらったと聞きました……」「は?」 ヘルフィが獰猛に犬歯を覗かせる。「なんで言わねぇんだよ」「話そうと思ってはいたのですが、タイミングが……」「ああクソッ」 銀髪を乱すヘルフィに、ロタが声をかける。「探しに行きますか?」「見つけて戻ってくるとも限らないんだよねー」「誰のせいでそうなったと思ってるんですか!」 ロタの言葉に剣呑な答えをするルフトクスに、フォルティが肩を上げた。 三人の弟の様子を見て、ヘルフィはチッと舌打ちをした。 
last updateLast Updated : 2025-06-18
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三男・エイル-3

 エイルの家を出て歩き出し、道行く人通りも増えてきたところで、エイルがテイワズに手を差し出した。「はい」 テイワズの迷いは一瞬だった。 それでもそれより早く、エイルの方が口を開いた。「こんな時間に女の子が一人だと思われたら、危ないでしょ。ほら、ね」 そう言われてその手を取った。 それにエイルの方が驚いた顔をしたから、テイワズも戸惑ってしまった。「……お兄様?」「あ、うん。なんでもないよ」 なぜ触れた手を見つめて数秒止まったのか、今も目を細めてるのか。 テイワズにはわからなかった。 気がつけば太陽は落ち、辺りは温かみのある色から冷たい色に変わろうとしている。「あはは、いい夜」 路上で演奏している人たちがいるようで、広場から音楽の音が聞こえた。 やけに視線を感じる気がするのは、特別美形な兄のせいだろう。周囲を見れば女性の一人と目があった。「どうしたの?」「なんでもありません」「あはは。ごめんね、俺よくこのあたりにいるからさ」 知り合い多いんだよねー。 と言ったエイルは、やっぱり人の心を覗いているんじゃないかとテイワズは思った。 音楽を聴いて土産物を見た。同じ国なのに土産物には地域の特色が出る。見惚れている間にエイルは店主と話をしていて、それから食材を買って帰路に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。 下がった外気に、経った時間に。 あれだけ混乱していた頭が冷静さを取り戻す。 家は大丈夫だろうか。 ルフトクスは、大丈夫だろうか。(こんな時間になってしまった) それでも、家とは違う古い扉が開いて、どこか安心してしまう自分がいた。「ごめんねー、お腹すいたよね。さっそく作るからね」 キッチンに向かう高い身長の背中の隣に、テイワズは立った。「手伝います」「あはは。いいのに……じゃあそこの野菜の皮剥いてくれる?」 テイワズが処理した野菜を、エイルが鍋に入れていく。 かぐわしい匂いが部屋に漂った頃、テイワズが部屋の窓の外を見た。 すっかり暗くなった外に、連絡しなくて大丈夫かと心配する。「さっき家の方に遣いを出してもらったから、安心して」 手元を見ながらかけられたエイルの言葉に、テイワズは驚く。「ほうら、出来上がり。さ、食べよ食べよ」 エイルは手際良く作った料理を皿に持った。 テーブルに並んだ食器が二人分
last updateLast Updated : 2025-06-18
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長男・ヘルフィ

*「テメェ逃げんな! 馬鹿!」  怒声とともに迫る声に、走りながらも、ひいっとテイワズの肩が上がる。 「お兄様が鬼気迫る顔で追いかけてくるからじゃないですか!」 暗闇の中を、金と銀が駆ける。  その様子にまばらだに道ゆく人は通りを開けた。 (さっきもいっそのこと思いっきり走ってればよかった!)  その方が絡まれずに済んでいたかも、なんて思っても後の祭りだ。  なびくテイワズの後ろ髪に、ヘルフィは叫ぶ。 「テメェが止まればいいだろ!」  兄は乱暴な言葉遣いだが、優しいのを知っている。それでも立ち止まらないのは、逃げ出したことが後ろめたいからだ。 「少し一人にしてください!」 「こんな時間に一人にできるわけねぇだろ!」 二人の距離は確実に縮まっているが、それでもヘルフィはテイワズまで届かない。  幼い頃から兄たちに混ざって遊び、逃げ出すことも多かった。  それは、逃げることを十八番にするほどテイワズを俊足にさせた。 もう後少しでヘルフィの手がテイワズの肩を掴めそうだった。  道の利はない。テイワズはエイルの家の脇を通り過ぎて、森に踏み入る。 「クソッ!」  森にテイワズの影が消えて、ヘルフィが悪態をつく。それでも追いかけるのをやめなかった。 草木はテイワズに跪かない。  それでも白い手で草をかき分け、森の奥へ進んだ。ただヘルフィが足を止めてさえくれれば、テイワズも進む足を止める予定だった。  なのに兄は、立ち止まってくれない。 (もう、なんで)  不確かな足元の森の中は、ヘルフィの方に利があった。筋肉質な腕で乱暴に茂みをかきわけ、長い足で草木を踏破していく。 「危ねぇだろ、止まれって!」 「止まります!」  テイワズは振り向いて声を張り上げる。 「お兄様が止まったら!」 「テメェ……」  聞こえたヘルフィの唸り声に、テイワズはもう一度歩みを進めた。 そして、足を滑らせる。 「あっ」  足元が暗いから。注意が後ろに向いていたから──理由は複数あったが、結果は一つ。ぬかるんだ足元に気が付かず、濡れた草木に足が滑ってしまった。 「おいっ!」  ヘルフィの声が聞こえた。  ほぼ同時に、ばしゃん、と水面が割れる音が静かだった森に響く。息を顰めていた鳥が飛び立ち、俄に森がさざめいた。  転がる視界に月が見えて
last updateLast Updated : 2025-06-18
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長男・ヘルフィ-2

* 体が大きく揺れた気がして、テイワズは目を開けた。「起きたかよ」「お兄様」「おう」 声は真横からだった。身を預けるようにヘルフィに寄りかかっていたようだった。自分の頭がヘルフィの肩に乗っていたことを理解して、慌ててテイワズは身の回りを見渡す。 馬車の中にいた。倒れた自分を運び乗せてくれたのだろう。この行き先は、家以外にないだろう。「……魔術はそれなりに負担がかかる。何年か経ちゃ慣れるが、反動の大きさは……そりゃ……まあ、個人差だが」 突然話出されて、何を言ってるのかわからなかった。それが自分のための説明だと理解するのに数秒かかった。「魔力が強いほど反動も大きいってのが一般的だな。まあフォルは例外だが。あいつは魔力も大けりゃ天才でなんも反動がねぇ。俺様やロタ……ルフなんかはやっぱそれなりに疲労がでるよ」 知らなかった。 知識としては知っていたが、体を覆う重さまではやはり知らなかった、と思う。寝たことで幾分かは楽になったが、まだ重たさの残る体に、ヘルフィの話を実感する。「エイルは知らん。アイツ魔術使った後はその姿を見せたくねぇのか隠れがちだったしな。そもそも学校もサボりがちで使うことも少なかっただろうし」 関係ないと思っていた魔術の話が、今自分の身に降りかかっている。 望んでいた。魔力があることを。貴族の子供として。しかしその要素が──未知のものだとは。思いもよらなかった。それはあまりにも望外。 魔力は血。魔力あるものは自然と、子供が歌を覚えるように、年齢が片手ほどを過ぎると魔術が使えるようになる。 自分は?(発火や水、大地を操るなんて、できなかった。だから魔力がないと思っていた。けれど)「……けどテメェのチカラがどんなもんかはわからねぇ」 ヘルフィの言葉を聞きながらテイワズは考える。(もしかして、知らないだけで魔術を使ってた……? だって、風は目に見えない。それじゃ、気づかない)  もしかして。テイワズは思い至る。(今までも、魔力があって魔術を使っていたのを気付かなかっただけ……?) 考えながら続くヘルフィの言葉を聞く。 それでも、とヘルフィは続けた。「隠した方がいいだろう」 魔力があると言えば婚約破棄もなかったのだろうか、と一瞬頭によぎった。 すぐにその考えを振り払う。今更だ。「倒れるほどの魔力だ。そう
last updateLast Updated : 2025-07-19
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真昼の帰宅

「ティー! お帰りなさい!」 馬車が止まるとすぐに、家の中から駆け出してきたのはフォルティだった。「心配しましたよ!」 紫の髪をなびかせて走り寄ると、馬車から降りたばかりのテイワズの両手を取った。 赤い目はヘルフィと同じ色なのに、形が違う。 優しげに弧を描いた赤い目。 フォルティに掴まれたテイワズの手の上に、骨ばった細い指の手が触れた。「ほら、離しなさい。ティーが驚いていますよ」 ロタだった。二人の手に重なるように自分の手を置いた。黒髪が日差しに青く透ける。 そしてその後ろから、少しのんびりとした口調がかけられた。ルフトクスだ。「そうだよー、フォルったらー」「兄様のせいでしょう!」 振り返ってフォルティの手が離された。 一拍遅れて、一秒。青い目に笑みを残してロタも手を離した。 後ろから現れた茶髪が柔らかく揺れて、金色の目が細められる。「待ってたよ、ティー」「ルフお兄様」 呼べばまるで許されたように歩み寄ってきた。 余計な言葉はお互いなかった。「ただいま」「おかえり」 心地の良い風だった。陽の光は温かく、四人の兄は一様に微笑んでいた。「さ、紅茶を淹れましょうか」 ロタの言葉に頷いて、家に入った。 たった二晩。されど長い夜をいくつも越えて、旅を終えたような感慨があった。 ロタが先頭を歩いて、ルフトクスとフォルティが並んで歩く。その後ろをティーはついていき、一番最後にヘルフィが歩いている。 靴音がいくつも響いて、いつも食事をする部屋に入った。 兄たちは椅子にテイワズを座らせると、まるでもてなすようにキッチンに立った。 一人座るテイワズの隣に、ヘルフィが音を立てて座った。「なんで兄さんまで座るわけー?」「うるせぇ」 まあいいけど、とルフトクスが言って、そんなルフトクスに向かって、紅茶を取ってくださいとフォルティが言った。「お待たせしました」 青と赤の目の前で、ロタが紅茶を注いでくれる。 やはり蒸らし時間は少し少ない。茶葉と一緒に入られたシナモンの味わいは少なかったけれど、砂糖をたっぷりと入れたヘルフィには関係なさそうだった。
last updateLast Updated : 2025-07-20
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私の居場所-1

 公の場での婚約破棄。 それは顔に泥を塗る行為で、顔を上げられなくなるなどの屈辱だ。 あの場でテイワズがダグ・ブランドスに言われた言葉は、社交界でのテイワズの看板に泥を塗った行為だ。 きっと以後、テイワズに婚約を持ちかける話は来ない。 来たとしてそれは、ブランドス家の豊かな経済状況計算と兄たちの魔術能力を求めるという打算でなければ、よほどの物好きぐらいだ。 女性として磨くための手習を。 貴族として繋がるためのサロンを。 今まで行っていた社交界に繋がるその場所に、もうテイワズは行けない。 もとより女性のそれはすべてより良い婚姻のためで。それは今となっては──。 (来ないでと言われたわけではないけれど) 楽器の演奏だったり、刺繍の手習だったり。詩を学ぶサロンだったり。(言っても、指を指されるだけだ) 貴族のコミュニティは広い。 それでも、せめて内密に婚約破棄を伝えてくれれば話は違った。周囲に聞かれても、ああ家の事情で、なんて濁して流せばいい。 それをしなかったダグは、よほど新しい婚姻を自慢したかったのだろう。なんてったってお姫様だ。 よほど今までの婚約が不服だったのだろう。魔術要素なしの貴族の娘との婚約が。 テイワズは部屋のベッドの中で思い返す。(お姫様の方から、って言ってた) だからきっと、しょうがない。オスカリウス家も豊かな侯爵家だが、あまりにも立場が違う。 明日からどうやって過ごそう。(……なんて) 途方に暮れることは──ない。(調べなきゃいけない。私は私のことを) 一人で行動できることはむしろ都合が良かった。 ここ数日立場的にも一人になったテイワズを構っていた兄たちは、明日からは皆通常通り仕事や学校に行くようだ。「紳士協定を結びました! ティーから声をかけられない限り誘わない連れ出さない!」 と暴露したのはフォルティだ。「こぉら、秘密だって言ったでしょー」「誰のせいでそうなったと思うんですか」 フォルティに口を尖らせたルフトクスを、ロタが眼鏡の奥の瞳で睨んだ。ルフトクスがヘルフィに視線を送る。「兄さん激おこだったもんねー」「……テメェらが盛るからだろ。ばーっか」 相変わらず口が悪い。その口調で、リーダーシップで、テイワズが家を出てる間に話し決めたのだろう。「ま、だから安心してねぇ? 今度は許可
last updateLast Updated : 2025-07-22
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私の居場所-2

 フォルティと足を運んだ劇場がある広場の周辺に目的の場所もある。歩いて遠いわけではないが、出かけるならくれぐれも馬車に乗らせるようにと御者は言われていたらしい。──ヘルフィに。 馬車が止まって、開かれた扉に礼を言いながら降りた。「では、こちらで待っておりますので」 御者に会釈をして、テイワズは長い階段の先にあるその建物に入る。 ムスペル国立図書館。 この国一番の蔵書量を誇る図書館だ。 目的は魔術の要素、魔力について──自身に起きた出来事について。 図書館に入り魔術の本が置いてある一画へ進む。 魔力がある者は貴族ばかりで、貴族は魔術の学校に通うことになっているので、わざわざ魔術の本を探しに図書館に来るものは少ない。 知は財産とされており、貴族の多くは資産でありコレクションとしても多くの本を所有しているから、そうそう足を運びに来る必要もない。 庶民の姿は多く、女性も多い。館内は立場や権力と画された世界。広く開けられた間口の中は知識への探究。(……探すべきは、魔術の種類? 学術書?) 自分の背丈以上の本棚を見ながら、どの本を開くべきか思案する。 いつか自分は嫁ぐ。嫁ぐ相手は家のことを考えると、確実に貴族だろう。ならば魔術を使えるだろう。そう思って、魔術が使えないテイワズなりに勉強はしていた。 しかしそれは学舎で得られるほどのものではない。本をなぞっただけ。表面上の会話がなぞれるだけ。 火、水、大地の魔術。三つの魔力。有用な使い方やその魔術の行使により起きた出来事などはあった。 魔術は古くからあったもので、それ故に当たり前に生活に密着していた。それ故か魔術の歴史という文献は少ない。あっても、貴族に魔術師が多い理由、なんて程度の項目だ。(探してるのはそういうものじゃない) 例えば。 そう──例えば。(フォルティお兄様と観た劇のように) 第四の魔術要素なんて。 そんな言葉が書かれた学術書や歴史書を探してみるが、そんなお伽話の記載はない。 そうお伽話だと思っていた。昨日までは。
last updateLast Updated : 2025-07-23
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