All Chapters of 離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか!: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話

でも、伶の性格からすれば、犬に「獅子丸」とか、もっと男らしい名前をつけるんじゃないの?伶は手首の時計をちらりと見て言った。「市内に行くんだろ?」「ええ」「俺も会社に書類取りに戻るところだ。ついでに送ってやってもいい」その言い方は、まるで悠良が彼に頼み込んで車に乗せてもらうかのようだった。でもこの私邸の場所は辺鄙な郊外で、来る時は市内から一本で簡単だったが、ここから戻るのはなかなか面倒。空気を読むくらいなことは、彼女もできる。無理やり笑顔を作って言う。「じゃあ、お言葉に甘えて......ありがとうございます、寒河江さん」伶はローテーブルの上の車のキーを指先に引っかけ、悠良の横を通り過ぎながら、いつもの気だるそうな口調で言った。「無理に笑いたくないなら、笑わなくていい。その笑顔、かなりブサイク」悠良は少し驚いて、眉をピクリと動かした。別に笑いたくて笑ったわけじゃないけど、笑わないのも気まずくて、さっきの作り笑いになったのだ。でも伶の口の悪さには本当に呆れる。誰が他人の笑顔を見て「ブサイク」なんて言えるんだ。彼女は少しだけ、彼がなぜいまだに彼女もいないのか分かった気がした。あんな性格じゃ、よほど図太い神経の持ち主じゃないと一緒にいられない。車に乗ると、悠良のスマホが震えた。画面を見ると、史弥からのメッセージだった。【どこにいる?】何度か迷った末に、返信することにした。史弥は疑い深い性格で、もし追跡でもされたら、彼女が伶の家にいたことなんてすぐにバレてしまう。自分が入っていくところを見られていなかったとも限らない。【ちょっと出てただけ。すぐ帰る】それっきり、返信は来なかった。伶の運転はやや荒く、明らかに急いでいる様子で、車は車線を縫うように走り抜ける。悠良は思わず手すりをぎゅっと握りしめた。ちらりと横を見ると、彼は一切気にする様子もなく運転に集中していた。普通、女性が乗ってたらスピードを落とすものでは......?まあでも、伶みたいな人間に「紳士的」なんて概念があるわけもない。最初は我慢していた悠良だったが、段々と心臓が縮み上がるほどスピードが上がっていき、ついには足の指まで地面に突っ張るように踏ん張ってしまう。髪は風に煽られ、まるで海中を漂う昆布
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第52話

伶はまぶた一つ動かさず、まるで広斗の存在など眼中にない。そんな伶の無反応に、広斗は怒りにまかせてハンドルを思い切り叩きつけた。「......お前、やるな。どこまで余裕ぶっていられるか!」広斗はさらにアクセルを踏み込み、命知らずに伶の車を追いかけた。その表情を見て、悠良は思わず身震いする。「......あの人、命が惜しくないの?」すでに広斗の車体はバランスを崩し始めていた。どれだけ高性能な車でも、限界を超えたスピードでは制御が効かなくなる。だが、伶の黒く澄んだ瞳には微塵の動揺もなかった。ちらりと広斗の方に目を向けただけで、まるで全て計算ずくのようだった。「もう少しだ」その「もう少し」という言葉の意味はわからなかったが、悠良は直感的に、伶がただの意地でこんな危険なカーチェイスをしているとは思えなかった。広斗のような短気で無鉄砲な人間ならともかく、伶のように冷静沈着で頭の切れる男が、無駄な賭けに出るはずがない。と思った矢先、前方で車線が分かれ始めた。悠良には、それが何の意味を持つのかまだわからなかったが、このままじゃ広斗もブレーキを踏む気配すらなく、むしろどんどんスピードを上げていた。そんな中、伶がぽつりと言った。「しっかり掴まれ」彼の声に、悠良は無意識に手をぎゅっと握りしめ、緊張で思わず口を開く。「何するつもり?」「すぐわかる」次の瞬間、伶は急にブレーキを軽く踏んで減速。だがまだスピードは十分に早い。そして。広斗の車が並んだタイミングを狙って、いきなり左にハンドルを大きく切った。広斗が反応する暇もなく、伶の車のフロントが斜めになった広斗の車にぶつかり、そのままガードレールへ押しつけた。「うわっ、クソッ!」広斗は慌ててブレーキを踏んだが、もう遅かった。伶は素早くギアを戻し、スムーズに車線へ戻り、そのままアクセルを踏み込み、まるで何事もなかったかのように走り去った。広斗の目の前に残ったのは、伶の車のテールランプだけだった。やがて車はスピードを落とし、ハイウェイを降りたところで路肩に停まった。悠良はすぐさまシートベルトを外し、車外へ飛び出してその場で吐いた。緊張しすぎて吐かなかったのが奇跡で、少しでもタイミングがズレていれば、確実に伶の車の中で吐いていた
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第53話

伶は目を細めて言った。「あいつが俺を追ってると思ってるのか?」悠良はきょとんとしながら答えた。「そうに見えました」言ったそばから、彼女は何かに気づいた。「いや、追ってるのは『私たち』......か」悠良自身も、どうして自分が伶と一緒にいるだけで広斗があそこまで狂ったようになるのか、理解できなかった。西垣は一体何がしたい?伶は節のはっきりした指でタバコの灰を落としながら、淡々と口を開く。「正確に言えば、西垣は君に気がある。俺に対しては、まるで仇でも討つかのように殺意むき出し。三人の関係は......微妙すぎて笑えるな」「で、ちょっと興奮しすぎたってわけだ」悠良は心配そうに眉をひそめた。「でも......寒河江さんも知ってるはずでしょう?西垣家の爺さん、西垣のことすっごい大事にしてるんですよ。雲城じゃ、誰も彼に手出しなんてできないくらい......さっきのぶつかり方、結構ヤバかったけど、大丈夫?報復されるんじゃ......」伶は、まるで他人事のようにさらりと言う。「自業自得だろ。俺はゴミを掃除しただけ。むしろ西垣家の爺さんには感謝されるべきだ。あんな出来損ないがもっと大きな問題起こす前に止めてやったんだから。あいつ一人のせいで西垣家全体が沈む羽目になりかねない」まるで先ほどのカーチェイスなど、ただの小手調べのゲームだったかのような顔をしている伶。悠良はふと数日前のニュースを思い出した。広斗が密室に閉じ込められ、薬を盛られて命の危機に陥った事件。今日、史弥の話が蘇る。「西垣には手を出せない」と。でも、そんな中、彼だけは......この男だけは、誰も恐れず、我が道を行く。「とにかく、気をつけたほうがいいよ」その言葉に、伶は鼻で笑い、タバコを地面に落として、手作りの革靴で軽く踏み消した。「こんな状況なんだ。他人の心配なんてしてる余裕、君にはないだろ。まずは自分の身を守れ」悠良は不安そうに顔を上げた。「どういう意味です?まさか私に車の弁償させる気じゃ......?」あの車は、世界に二台しかない超高級車。もし壊したとなれば、彼女を丸ごと売ったって払いきれない。伶は少し身を屈め、彼女の顔に近づき、わざと意味深に言った。「それよりもっと重い代償だよ」その真剣な表
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第54話

伶は背を向けて電話に出ていたが、その通話内容は悠良の耳にもしっかりと届いていた。電話の相手は年配の男性で、その声からは否応なく威圧感がにじみ出ていた。悠良は、伶のような性格の男を抑え込める人間など、この世にいないと思っていた。伶は低く一言、「後で戻る」と答えた。だが相手は苛立ったように言い返す。「すぐに戻ってこいと言っただろう!」伶はそのまま電話を切った。気まずい空気を察して、悠良は自分から話しかけた。「自分でタクシー呼んで帰ります」「ああ」伶はそっけなく頷いただけで、すぐに車のドアを開け、後ろ姿だけを残して去っていった。悠良は少し呆然とした。タクシーぐらい呼んでくれるかと思っていたのに。まぁ、伶のような男に紳士的な振る舞いを期待するほうが間違っていた。本当、思いやりのない人!悠良は自分でスマホを取り出してタクシーを呼び、車に乗ってからふと自分の服がどこかで黒く汚れているのに気づいた。家に着くとすぐ部屋に戻り、クローゼットを開けて着替えようとした。シャツを一枚手に取ったとき、ふと香水の匂いがした。その瞬間、電話越しに玉巳が「由良さんの服が好き」「同じものを買って」と言っていたことを思い出した。玉巳のことは嫌いではないけれど。自分の服を他人が勝手に着るなんて、どうしても気持ち悪い。どの服を触られたのか、もう分からない。だったら全部処分してしまおう。そう思って悠良は袋を取り出し、クローゼットの中の服を全部詰め込んだ。ちょうどその袋を持って外に出ようとしたとき、帰宅した史弥と鉢合わせた。彼は大きな袋を持った悠良を見て、不思議そうに指を差した。[それは?]「いらない服」悠良は淡々と答える。史弥はそれ以上何も聞かなかった。女が服を処分するなんて、よくあることだ。悠良がエレベーターのボタンを押すと、史弥は部屋に戻り、着替えをしようとクローゼットを開けた。するとそこには、悠良の服が一枚も残っていなかった。彼の眉間に皺が寄る。あの服は、すべて自分が選んで買ってやったものだった。普段はもったいないからと大切に着ていたはずなのに。なぜ捨てた。悠良が戻ってきたとき、史弥は彼女に近づき、その手を取って、視線を落としながら静かに尋ねた。[..
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第55話

「着替えてくるよ」「そうだ。君の提案だけど、今日ちゃんと考えてみたよ。確かに三浦を解雇するのはやりすぎかもしれない。彼女はずっと会社に尽くしてきたし、こんな些細なことでクビにしたら、他の社員の士気にも関わるからね」悠良は思わず吹き出しそうになった。よくもまあ、そこまで理屈を並べられるものだ。玉巳はやはり、自分が史弥に会いに行ったことを言っていないらしい。彼女は何も気にしていない風を装って言った。「じゃあ、葉の代わりにお礼を言っておくわ」史弥は少し身体を屈めて顔を近づけ、熱い息が悠良の肌にかかる。「俺にそんなに他人行儀にならなくていいよ。葉が君と仲がいいのは知ってるから。普段からよく君をかばってるし、だから君に悲しい思いをさせたくなかった」悠良はその言葉を静かに聞いていた。表情には何の動きもない。心の中は、ただの冷たい水溜まりのように静まり返っていた。彼女はあえて、あの時オフィスでなぜ彼があそこまで冷酷に自分を拒んだのか、その理由には触れなかった。「うん、分かってる」史弥は目を伏せ、漆黒の瞳に突然少しだけ重い色を帯びた。「じゃあ、そろそろ説明して欲しいんだけど。君がなぜ寒河江に会いに行ったのか......俺に何か隠し事してる?」悠良の背筋がぴんと固くなった。その顔には一瞬戸惑いが走り、すぐに何事もなかったようにとぼける。「さっきなんて言った?ごめん、よく見なかった」すると史弥が突然、彼女の腰をぐっと引き寄せた。その顔立ちは相変わらず端正で、見慣れたものであるはずなのに、瞳に宿る怒気に悠良は思わず背中がひやりとした。けれど、それは伶の纏う空気とはまた違う。史弥の怒りは、人を威圧する恐ろしさだったが、伶の持つものは、もっと深く、冷たく、心の芯から凍りつかせるような。制御できない本能的な寒気だった。唇に笑みを浮かべているようで、その笑みの端には常に一筋の殺意が見え隠れしている。「俺が言ってるのは......君と寒河江の関係だよ。悠良、君も分かってるだろ?俺たちとLSの関係......そして君は白川社の社長夫人だ。もし君と寒河江が親しくしてるって噂になれば、業界の連中が俺のことをどう見るか......想像がつくだろう?」「今の俺の地位はまだ完全に安定していない。もし爺さんが俺の
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第56話

「オアシスプロジェクトの運営権、他の人に取られました」「なんだと?」史弥は目を見開き、瞬く間に顔色が険しくなった。悠良もその言葉に心臓がドクンと跳ねる。行動が早すぎる......!さっきまで広斗とカーレースしてたのに、彼女が戻ってまだ二時間も経っていないうちに、もうオアシスの運営権を奪ったというのか。この男......やはり、恐ろしいにも程がある。オアシスの運営権を狙っていた会社は他にもいくつもあったが、誰も成功していなかった。史弥自身も、まさかここまで早く他人の手に渡るとは思っていなかった。数日前、彼は玉巳に細部を急いで詰めて着工の準備を進めろと指示していた。長引けば面倒なことになると分かっていたからだ。このオアシスというプロジェクトは公益性があるため、厳密な契約条項は少なく、誰でも手を挙げれば競争の対象になる。最終的に上層部が「良い」と判断すれば、それで契約が決まる。ただそれだけの話だ。史弥が再び口を開いた。「どこの会社が取ったんだ?」杉森は言い淀みながら答える。「そ、それが......LSの寒河江社長です......」「あいつ......!」「すぐ向かう!社内の全員に緊急会議の招集をかけろ!」「はいっ!」電話を切ると、史弥は悠良に焦った様子で言った。「まずいことになった。オアシスプロジェクトの運営権を寒河江に取られた。今すぐ会社に行く」靴を履きながら、さらに悠良に言う。「君も一緒に来てくれ」悠良はあっさりと頷いた。「わかった。手伝えることがあれば言って」二人はそのまま白川社へと向かった。会社に到着すると、社内にはすでに社員たちが集まっており、ざわざわと騒然としていた。「どうなってんだよ、オアシスのプロジェクトってこの前動き出すって話じゃなかったのか?なんで運営権を他社に取られたんだ。メディアももう報じてるはずだし、明日のトップニュースは間違いなくこれだぞ。せっかくのチャンスが水の泡だ......」「笑えるよ」「今後、白川社の社員ですなんてとても名乗れないよ。あまりにも間抜けすぎる。こんな失態、前代未聞だ」「今回の責任、誰にいくと思う?」「言うまでもないだろ。プロジェクトの責任者だよ。誰が担当だったのかって話になるに決まってる」
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第57話

そして、葉はただ彼の前で悠良の擁護を少し口にしただけで、史弥にクビを言い渡された。史弥は目線を収め、振り返って悠良に会議室を指し示した。[一緒に来てくれ]悠良はわざとらしく驚いたふうに聞いた。「私はもう会社のディレクターじゃないのに、こんな重要な会議に出るなんて......本当にいいの?」[構わない。俺がいれば、誰も文句は言えない]彼の口調は、以前と変わらず不思議と人を安心させるものだった。話す言葉は同じなのに、何かが決定的に違ってしまった気がする。株主たちの性格からして、こんな重大なミスが起きたとなれば、責任追及は避けられない。とはいえ、悠良にはもっと見たい光景があった。もし史弥が、このオアシスの運営権を奪った企画書が自分の手によるものだと知ったら、どんな顔をするだろう?きっと後悔するに違いない。オアシスプロジェクトを彼女に任せなかったことを。彼女の手にあれば、こんな失態は決して起きなかったのだから。彼女が史弥に続いて会議室に入ると、すでに玉巳が中にいた。しかし、そこにいる株主たちの視線はまるで、彼女を食いちぎらんばかりの勢いで注がれていた。玉巳自身も、その異様な空気を察しているようで、うつむいたまま小さな子どものように手を組み、終始緊張している様子だった。株主たちは史弥の姿を見て口を揃える。「白川社長」玉巳もその声に気づき、顔を上げた瞬間、溺れる者が藁をも掴むような目で史弥を見つめる。その声はひときわ高く、甘さを帯びていた。「史弥......」悠良は軽く咳払いをしながら、玉巳に釘を刺す。「石川ディレクター、ここは会議室です。株主の皆さんもいらっしゃいますし、『白川社長』と呼ぶのが相応しいのでは?」玉巳は唇を尖らせ、不満げに目を潤ませる。その様子は、まるで怯えた子ウサギのようで、切なげに史弥を見上げていた。助けを求めているのが、見え透いていた。史弥は横を向いて答える。口調は冷静で、熱も冷たさもない。「彼女はまだ新人だ。こういう場には慣れてないんだろう。好きに呼ばせてやってくれ」悠良は何も言わなかった。ただその目に、薄い嘲りの色が浮かんでいた。その時、株主の一人が口を開く。「白川社長、小林ディレクターの言うとおりですよ。たとえ奥さんであろう
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第58話

玉巳の頬は一瞬で真っ赤になり、唇をぎゅっと噛みしめながら、おそるおそる史弥を見上げた。「白川社長、私......本当は今日からすぐに着工する予定だったんです。でも、どうしてこうなったのか全然分からなくて......以前、悠良さんにもっと手伝ってもらってって、あなたもおっしゃってたじゃないですか......」そう言いながら、玉巳は赤くなったうさぎのような瞳で悠良を見つめ、どこか訴えかけるように手を動かした。[悠良さん、オアシスのプロジェクトは、あなたが一番早く動き出してたのは知ってる。でも、どうして今まで私に一言も話してくれなかったの......?][もしかして、悠良さん、まだ私に怒ってるの?このプロジェクト、前から言ってるけど、もしあなたが欲しいなら、今すぐ譲るって言ってるのに......]玉巳の一連の芝居じみた態度に、悠良は思わず笑ってしまった。「石川ディレクター、このプロジェクトはあなたが自分の実力で勝ち取ったものよ。私は負けたからって拗ねたりしないタイプ。だからこそ、責任から逃げないで。あなた自身の実績にもなるでしょうし......白川社長の信頼も無駄にならないんじゃない?」その最後の言葉を言うと同時に、悠良の視線は史弥の顔に向けられた。その瞬間、まるで空模様が一変したかのように、彼の顔色は暗転し、冷たい風と荒れ狂う波のような険しさがそこにあった。史弥は鋭く陰を帯びた視線で、周囲の株主たちを一瞥する。「今さら誰の責任かを問うても意味がない。今一番大事なのは、解決策を考えることだ。すでにLSがオアシスの運営権を取った以上、向こうと協力するしかない。でなければ、このプロジェクトが滞ったままだと、我が社には何の利益もない」株主の一人が鼻で笑った。「白川社長、それをそんな軽く言うのはどうかと思いますよ。あなたも分かってるはずでしょう?この数年、うちとLSは水火の関係ですよ。寒河江社長にしてみれば痛くも痒くもない。ここ数年、大型案件を次々と奪われ、うちのはことごとく持っていかれてるんです」「やっとオアシスを取ったってのに、こんなことになったら、次は我々が干からびる番ですよ」「そうですよ、白川社長。何とかしないといけません。石川ディレクターがいつまでも着工しなかったから、こんなことになったんじゃないですか。正直、石川
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第59話

これが外に漏れたら、本当に馬鹿げた話だ。悠良は心中で冷笑を浮かべた。そして玉巳に視線を送ると、相手は楚々とした態度で、まるで無害な子ヒツジそのものだった。一体どこに策略を秘めた人間に見えようか。それなのに、その言葉の一つ一つが巧妙に場にいる全員に「小林悠良と寒河江伶は親しい」という印象を植え付けていった。やがて株主たちもその話題に乗り、議論は熱を帯びる。「考えてみれば、石川ディレクターが会社に来てから、プロジェクトが奪われたり、前回の徳本プロジェクトも石川ディレクターに持っていかれて、ディレクターの座も失った。悠良は白川社の社長夫人なんだし、私がその立場だったら、もうここにいないで、もしLSがいい条件を出すならさっさと乗り換えますよ」「それに、もし本当にそんなことになったら、外で白川社長がどんな風に噂されるか......妻がライバル企業とそんな関係にあるなんて話が出たら、これはもう大きなゴシップですからね」悠良は思わず玉巳に親指を立てたくなった。今後誰かが玉巳には計算高さがないと言ったら、その人に一発見舞ってやりたいくらいだ。見た目には軽やかに聞こえる一言だけで、これだけ波風を立てられるのだから。やがて株主たちは話し合いの末、史弥に提案を投げかけた。「白川社長、小林ディレクターにはしばらくこのプロジェクトから離れてもらったほうがいいと思います。寒河江社長と親しすぎるようですから」「そうですよ。もちろん私たちは小林ディレクターを信用していないわけじゃありません。ただ、慎重を期するべきだと思うんです。このプロジェクトは会社にとって重要ですから」史弥は苛立ちを隠さず眉間を揉みほぐした。事態が厄介な方向へ向かっているのは明らかだった。一方、悠良は弁解することもせず、ただじっと史弥を見つめていた。この状況で、彼がどんな態度を取るのか見極めたかったからだ。そのとき、史弥が口を開かぬうちに玉巳が声を上げる。「プロジェクトが遅れたのは私のせいだと疑ってもらって構いません。でも、悠良さんを疑うなんて......彼女がどれだけ会社に利益をもたらしてきたかは、皆さんご存じでしょう?」「寒河江社長と少し親しくしていたとしても、きっとそれは仕事上の交流です。それに私、悠良さんが寒河江社長の車――A8から降りるのを
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第60話

悠良はその場に立ち尽くし、まるで足に錆びが付いたかのように身動きできなかった。大きく息を吸い込むと、呼吸するたびに胸が鈍く痛む気さえする。「寒河江さんの件はもう説明したはず。向こうが信じないのは仕方ないけど、あなたまで?」史弥は椅子に座ったまま動きもせず、苛立つように眉間に皺を寄せ、声のトーンを落とした。「俺が信じるかどうかじゃない。今は会社の話をしてるんだ。まず会社の利益を優先させないといけない。俺を困らせないでくれ」悠良はその言葉に気づいた。史弥はこれだけ大勢の前で、視線ひとつ送ることさえせずにいた。玉巳がその場で口添えするように声を上げる。「白川社長、この件にはきっと何か誤解があると思うんです。悠良さんが寒河江社長と特別な関係だなんて......そんなことはないと思います」それに対して史弥の態度はひどく強硬だった。「誤解かどうかは関係ない。俺はただ会社のプロジェクトと、ここにいる社員に責任を負ってるだけだ」株主たちも悠良に気まずさを感じていた。プロジェクトは奪われ、さらに新任に任され、能力が半分にも及ばない相手に追いやられるなんて。ましてや夫まで味方してくれないのだから、自分たちだったらとっくに辞職するところだ。それでも悠良は株主たちが思ったように怒り出すこともなかった。ただ湖のように凪いだ目をしていた。深く息を吸い、再び史弥に問いかける。「白川社長、本当に私に出て行けと?」史弥は無言でため息をついて、視線に揺るぎはなかった。悠良は肩をすくめて冷ややかに笑った。「わかりました。皆さんは続けてください。白川社長と石川ディレクターはきっと、オアシスプロジェクトは素晴らしい利益をもたらすでしょうから」そう言い終えた悠良は、高いヒールの音を響かせて背筋をまっすぐに伸ばし、その清冷な顔に追い出される者の惨めさは微塵もなかった。きらめく視線は一点の濁りもなく、光を放ち続けていた。史弥は気まずそうに視線を逸らし、「会議を再開するぞ」と告げるだけだった。会社では何かが起こればすぐに広まる。席に戻るや否や、後ろから同僚たちのひそひそ話が耳に入った。「さっき入ったばかりなのに追い出されちゃったね」「最近の小林さん、どうしたんだろうね。石川が来てから白川社長にあんまり
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