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第57話

Author: ちょうもも
そして、葉はただ彼の前で悠良の擁護を少し口にしただけで、史弥にクビを言い渡された。

史弥は目線を収め、振り返って悠良に会議室を指し示した。

[一緒に来てくれ]

悠良はわざとらしく驚いたふうに聞いた。

「私はもう会社のディレクターじゃないのに、こんな重要な会議に出るなんて......本当にいいの?」

[構わない。俺がいれば、誰も文句は言えない]

彼の口調は、以前と変わらず不思議と人を安心させるものだった。

話す言葉は同じなのに、何かが決定的に違ってしまった気がする。

株主たちの性格からして、こんな重大なミスが起きたとなれば、責任追及は避けられない。

とはいえ、悠良にはもっと見たい光景があった。

もし史弥が、このオアシスの運営権を奪った企画書が自分の手によるものだと知ったら、どんな顔をするだろう?

きっと後悔するに違いない。

オアシスプロジェクトを彼女に任せなかったことを。

彼女の手にあれば、こんな失態は決して起きなかったのだから。

彼女が史弥に続いて会議室に入ると、すでに玉巳が中にいた。

しかし、そこにいる株主たちの視線はまるで、彼女を食いちぎらんばかりの勢いで注がれていた。

玉巳自身も、その異様な空気を察しているようで、うつむいたまま小さな子どものように手を組み、終始緊張している様子だった。

株主たちは史弥の姿を見て口を揃える。

「白川社長」

玉巳もその声に気づき、顔を上げた瞬間、溺れる者が藁をも掴むような目で史弥を見つめる。

その声はひときわ高く、甘さを帯びていた。

「史弥......」

悠良は軽く咳払いをしながら、玉巳に釘を刺す。

「石川ディレクター、ここは会議室です。株主の皆さんもいらっしゃいますし、『白川社長』と呼ぶのが相応しいのでは?」

玉巳は唇を尖らせ、不満げに目を潤ませる。

その様子は、まるで怯えた子ウサギのようで、切なげに史弥を見上げていた。

助けを求めているのが、見え透いていた。

史弥は横を向いて答える。口調は冷静で、熱も冷たさもない。

「彼女はまだ新人だ。こういう場には慣れてないんだろう。好きに呼ばせてやってくれ」

悠良は何も言わなかった。

ただその目に、薄い嘲りの色が浮かんでいた。

その時、株主の一人が口を開く。

「白川社長、小林ディレクターの言うとおりですよ。たとえ奥さんであろう
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