医者はそのまま診察票を悠良に放り投げた。「ほら、会計してください。あとで点滴を」伶が手を伸ばしかけたとき、悠良はその動きより先に診察票をつかんだ。「ありがとうございます、先生」伶は口元に嘲るような笑みをにじませ、特に急ぐ様子もない。腕を組み、悠良がよろめきながら椅子から立ち上がり、ふらつきながらドアにたどり着きかけたそのとき、膝ががくりと崩れそうになった。男はまるで最初から分かっていたかのように腕を伸ばし、ひょいと支えた。その気怠げな声が頭上に落ちてくる。「本当に強がりな女だ。こんなに丈夫な男が隣にいるのに、ただの飾りにする気か?」その言葉に、悠良はようやく気づいた。やせ我慢していた自分を。後ろから医者が声をかけた。「お嬢さん、今は体が弱ってるから、そこで座って点滴するのを待ちなさい。旦那さんに支払いに行ってもらえばいいんですよ」その言葉に悠良はぎょっとした顔をして慌てて否定する。「えっ、違います、旦那じゃありません」「じゃあその旦那さんはどこに?」「えっと......」悠良は唇をぎゅっと噛みしめた。自分の夫は今、初恋の女性と一緒にいる。伶は強気な眼差しで悠良から診察票を奪い取った。その低く響く声には有無を言わせぬ迫力があった。「ここに座ってじっとしてろ」今度は逆らわず、悠良は素直にうなずいた。診察室には人が多くて騒がしく、悠良は気分が落ち着かないからと外の長椅子に移動し、目を閉じて呼吸を整えようとした。そのときだった。耳にふと聞き覚えのある声が響いた。「史弥、今日わざわざありがとう。まさか自分が飛行機酔いするなんて思ってなかったから、迎えに来てもらっただけじゃなく病院にまで付き添わせちゃって」「いえ、お気遣いなく。ついでですから。それより体が大事ですから、きちんと診てもらったほうがいいですよ」その言葉に悠良は無意識に目を開けると、自分の右手側に三つの人影が見えた。玉巳と史弥が、六十歳ほどの中年女性を間に挟んで立っていた。それはきっと玉巳の母親に違いない。中年女性はにこやかに笑みを浮かべ、玉巳と史弥の手を取って重ね合わせ、感無量といった様子で言った。「史弥、本当にありがとうね。玉巳が留学に出てから、こんなに長い間待っていてくれたなんて...
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