彼女は視線を戻し、スマホで近くにいい酒場がないか調べた。最終的に選んだのは「三ツ橋酒房」。どこか古風な雰囲気があり、内装も洒落ていて、一階では演奏もあるけれど騒がしすぎず、緊張した空気を和らげるにはちょうど良かった。悠良はすぐに予約ボタンを押した。そして興奮気味にスマホを伶の目の前に差し出した。「見て、ここ!絶好の場所だと思わない?」いつもなら、伶はとっくに悠良の差し出すスマホを押し返して、「適当に選べばいい」と不機嫌そうに言うところだ。だが今回は珍しく興味深そうに画面を覗き込んだ。「見た感じ悪くないな。ただ、個室にしておけ。静かなほうが話しやすいし、それに若菜も騒がしい場所で仕事の話をするのは好きじゃない」そう言いながら悠良のスマホに顔を近づける。黒い前髪が彼女の顎をかすめ、くすぐったい。鼻先に彼のシャンプーの香りが漂い、清々しくて彼の淡白な雰囲気によく似合っていた。......若菜?その呼び方に悠良は一瞬ぽかんとして、思わず彼を見た。さっきまでは「鳥井社長」「鳥井さん」と呼んでいたのに、今度は親しげに「若菜」と呼んでいる。胸の奥が、なんとも言えずきゅっと痛んだ。考える暇もなく、彼はさらに続けた。「夜は何か料理を頼んでおけ。酒のつまみになるようなやつ。あと......個室を少し飾り付けてもらえ。あの人、柔らかい雰囲気が好きだからな」「花を買って飾ったらどう?鳥井さんも喜ぶんじゃない?」悠良は顔を引きつらせながらそう言ったが、伶はまるで気づいていないかのように、一心に若菜を喜ばせることばかり考えている。「そうだな。任せるよ。君も女だろ、女同士なら一番よくわかるはずだ」そう言い捨てて、彼は立ち上がり、上着を脱いでベッドに横になろうとする。悠良はその場に立ち尽くした。突然、中から声が飛んできた。「おい、歌ってくれ」悠良は肩を落とし、仕方なく部屋へ入った。伶を寝かしつけるのも、彼女の仕事のうちだった。歌っているうちに、彼女自身が眠くなってしまう。伶は目を閉じていたが、歌声が止んだことに気づき顔を上げると、疲れた表情で眠り込む悠良が目に入った。思わず頬に手を伸ばし、そっと撫でる。「君って女は、いつになったら俺の本心に気づくんだ」今や、彼は疑い始めていた
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