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第807話

Author: ちょうもも
「みんなの言う通りよ。確かにお父さんは病気だったけど、体調も安定していたの。ところが今朝、お姉ちゃんがお父さんに会ったあと、昼には訃報が届いたのよ。私は家の使用人たちにも確認したわ」

莉子の声は冷ややかに響いた。

「使用人も言っていた。本来ならお父さんの体はまだ持ちこたえられるはずだった。でも朝にお姉ちゃんが来てから様子がおかしくなった。ずっと気分が落ち込んで、薬も飲まずに部屋に閉じこもって......正午十二時半、急に発作が起きて、そのまま言葉も残せなかったの」

彼女は集まった親族たちを一瞥した。

「信じられないなら、使用人たちに直接聞いてもいい。屋敷の誰もが知っていることよ。嘘かどうかなんて、すぐにわかる」

莉子の断言に、親族たちは次第に疑念を抱き始めた。

「もしかして悠良は小林家の財産のために、わざと父親を刺激した?」

「あり得るな。前から二人は財産のことで揉めていたって話だ」

「もしそれが原因なら、徹底的に調べないと」

「そうだ、小林家の財産をこんな人間に渡すわけにはいかない」

その声に、伶の目が鋭く光る。

氷刃のような視線が人々を掃き、一斉に悠良を断罪するような空気を切り裂いた。

彼は口を開く。

冬の底より冷たい声が、莉子を突き刺す。

「莉子。お前は『姉が訴訟を取り下げて自分を出してくれた』と言っていたな。その姉を、今度はこんなに大勢の前で侮辱するのか」

莉子は眉をひそめ、すぐに潤んだ瞳でか弱い娘を演じる。

「私、ただ事実を話しただけよ。寒河江社長がお姉ちゃんを好きなのは知ってる。でも事実は事実でしょ?」

「事実、だと?」

瞬間、伶の眼差しに荒波が立ち、抑え込まれた怒気が墨色の瞳にあふれる。

場の空気が一気に凍りついた。

「小林家の親族たちは知っているのか?お前がかつて、自分の姉を殺すために人を雇おうとしたことを。長年、外で自由気ままに生きてきたが......その命はもう惜しくないみたいだな」

その言葉に莉子は一瞬、狼狽の色を浮かべた。

しかしすぐに顔を作り直す。

「何を言ってるの?私がいつそんなことしたっていうの」

伶は一歩踏み出す。

その大きな影が覆いかぶさり、鋭い視線は刃のように彼女を射抜いた。

「認めなくても無駄だ。事実は消えない。調べればすぐに分かることだ。お前がなぜ拘留されていたのかもな。姉は
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