空港のVIPラウンジでは、伶が小声で光紀に何か指示を出していた。光紀は分厚いスケジュールを手にしており、その紙には注意事項がびっしり書かれている。悠良が中に入ってきた瞬間、伶はすぐに歩み寄り、少し乱れた前髪を整えてやる。「全部済んだか?」「うん」見上げた彼の顔を見た途端、悠良はふと、初めて出会ったときの彼を思い出した。あの頃の彼は冷たくて距離があり、目の奥には氷みたいな無機質さがあった。けれど今、照明に照らされた彼の瞳は柔らかな影を宿し、その奥にははっきりと自分の姿が映っている。館内放送で搭乗案内が流れる。伶は彼女のスーツケースを持ち上げ、しばらく無言でハンドルを撫でていた。「着いたら連絡して。毎晩ビデオ通話だ」そして律樹と光紀へ向き直ると、表情が一転して鋭くなる。「しっかり護れ。少しでも異変があったら即報告。ミスは許さない」律樹が背筋を伸ばして敬礼する。「ご安心を」光紀も続けて力強く答える。「一歩も離れません!」ボーディングブリッジのガラスには、寄り添う二人の姿が映っていた。悠良は背伸びして彼を抱きしめ、顎を彼のしっかりした肩に預ける。「できるだけ早く帰るから」「ああ」伶は腕に力を込める。彼女の姿がブリッジの奥で見えなくなるまで、伶はその場から動かなかった。巨大なガラス窓から差し込む日差しが彼の体を照らす。その時、スマホに新着メッセージが届いた。送り主は悠良。【スーツのジャケット、借りておくね。向こうの夜は寒いから】画面を見下ろした瞬間、口元が自然に緩み、瞳の奥から柔らかな光があふれそうになる。会社へ戻ると、伶はすぐに仕事に没頭した。彼にはわかっている。今の会社が存在しているのは悠良のおかげだと。彼女は持てるものすべてを注ぎ込んでくれた。彼女のためにも、会社だけは絶対に潰せない。そして彼は社員全員に約束した――必ず会社を立て直すと。オフィスでは皆が顔を寄せ合い、どこか驚きつつも明るい様子だ。「寒河江社長、なんか変わったよな。前とは雰囲気が全然違う」「だよな。あの期間、会社のこと放り出しそうなくらいだったのに、なんで急に......」「目に光戻ってるよね?」「きっと色々あったんだよ。金持ちには金持ちなりの悩みがあ
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