会議後、すれ違いざまに手が触れそうになった。 紙の資料を同時に拾おうとした瞬間だった。「……あ」彼の手の甲が、梨央の指先にわずかに触れる。 ほんの一瞬。けれど、その感覚が焼きついたように離れなかった。「ごめんなさい……」梨央が手を引こうとしたとき、有馬がふと顔を上げた。 視線が重なった瞬間、時間が止まる。言葉を交わすでもなく、ただ見つめ合うだけの沈黙。 けれどそこには、妙な重みがあった。 お互い、何かに気づきそうで――けれど、まだ言葉にはできなかった。「……いえ、大丈夫です」有馬の声が、いつもより少しだけ低く聞こえた。梨央は慌てて視線を外し、その場を離れる。 背中を向けながらも、鼓動だけがうるさく鳴っていた。そして、夜。「でさー、有馬さんって、やっぱ
Last Updated : 2025-06-02 Read more