All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 1391 - Chapter 1400

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第1391話

いっそ、この機会に冷静に対策を考えるべきだ。明日香は少しずつ、落ち着きを取り戻していった。彼女は優芽利を一瞥する。その瞳に、冷たい光が走った。記者たちは浴室へ殺到する。鍵がかかっていると分かると、数人が一気に体当たりし、扉をこじ開けた。――だが、目に飛び込んできた光景は、またしても全員を固まらせた。s怜央は確かに浴室にいた。ただし、服を着たままバスタブに浸かっていたのだ。扉が開いた瞬間、冷気が顔面を殴った。浴室は異様なほど冷え切っている。思わずくしゃみが出た記者までいた。「ハ、ハックション!」冷水に一晩浸かっていたせいで、怜央の顔色は透けるほど白い。さっきまで目を閉じていたが、物音に反応し、ゆっくり瞳を開けた。浴室の入口に群がる記者を見た瞬間、暗い目に陰のある冷光が宿る。「出ていけ」声は低く、掠れていた。極度の衰弱で迫力なんてない――はずなのに。記者たちは一斉に肩を震わせ、息まで止まった。カメラを向けることすら躊躇する。忘れかけていたのだ。たとえ怜央の立場が揺らいでいても、彼は当主の器の人間だ。手段は苛烈で、敵に回した者にろくな末路はない。記者たちは顔を見合わせ、そそくさと部屋から消えていった。薬の効きが切れてきたのを感じ、怜央はようやく立ち上がる。凍えるような水が服を伝い、床へ滴り落ちた。長く浸かりすぎたせいか、全身の筋肉は硬く痺れている。足元もふらつき、まともに歩けない。そのとき、そっと腕を支える手があった。優芽利は俯いたまま、怜央の目を見られない。後ろめたさが滲んでいる。「……お兄さん」怜央の黒い瞳が、彼女へ落ちる。冷たく、容赦がない。刃みたいだった。彼は短く吐き捨てる。「携帯」優芽利は逆らえず、自分の携帯を差し出した。怜央の手は死人みたいに冷たく硬い。番号を押す指すら、思うように動かない。――そのとき、もう一方の義手が役に立った。機械の腕で、淡々と番号を入力する。コールはすぐ繋がった。怜央は冷えた声で告げる。「記者を処理してくれ。あと、俺と明日香に関する噂は一切、耳に入れたくない」横で見ていた明日香の瞳に、複雑な色が浮かぶ。怜央は自分に触れなかった。しかも情報は、先回りして押さえ込んだ。責任を取る気配もない。自分を娶ろうとする様子も、微塵もない。本
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第1392話

謙信が、ためらいがちに口を開いた。「ですが……怜央は明日香に何もしていません。決定的な証拠もありません……本当に問題ないんですか?」仁志の表情は薄いまま、底が読めない。「昔、誠一が星を陥れたときも、証拠なんて何もなかった。それでも皆、信じたんだ」謙信は、はっと息を呑む。――なるほど。仁志の狙いは、怜央と明日香の溝を埋めさせないだけじゃない。あのとき星が受けた屈辱を、そっくりそのまま返す。そういうことだ。謙信は言う。「優芽利はまだ甘いですね。決定打にできませんでした。もし明日香にも薬を盛っていれば、こっちにもっと有利な展開になったはずです」だが仁志は首を振った。「男がその気じゃないなら、薬を盛られても、首に刃を当てられても触れない。明日香が薬を飲んだかどうかは、今回の件では大した違いにならない。それに――確かめたいことがある」仁志はいつも深い。傍にいる謙信でさえ、その考えを読み切れない。思わず尋ねた。「……それは、確かめられたんですか?」仁志の黒い瞳に、冷たい暗光が差す。「もう確かめた」何を、とは言わない。謙信もそれ以上は聞けなかった。「すぐに雅人に手配させます。ただ……怜央と雲井家、それに葛西家が組んで情報を潰したら、広めるのは難しいかと」ここはL国じゃない。完全に掌握できる場所ではない。仁志は淡々と言った。「一般人が知るかどうかはどうでもいい。この街の社交界が知れば十分だ。正攻法で回らないなら――昔ながらのやり方で行く」謙信は腕っぷしはあるが、頭の回転は雅人ほど速くない。すぐに意図が掴めず、首を傾げた。「昔ながら、というのは……?」仁志はちらりと彼を見る。「普段から遊び歩いてる、暇なボンボンに近づけ。それと、見栄を張るのが大好きな令嬢や奥様方にも。侮らないほうがいい。あの手の人間は噂が大好物だ。拡散の速さはネットに負けない」その一言で、謙信の視界が一気に開けた。そうだ。なぜ忘れていた。この時代は技術とネットの発達で情報が瞬時に広がる。だからこそ、昔ながらの伝達は軽んじられ、いつの間にか人々の記憶から薄れていた。ニュースが出れば、まずネット。皆の目もそこに集まる。ネットさえ塞げば一般層は騒げない――そう思い込みがちだ。怜央たちも、謙信でさえ、そう考えていた。だが、怜央と雲井家がどれほど権
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第1393話

謙信は気まずそうに笑った。「……うん、仁志さんがちょっと助言してくれたおかげで、ようやく気づいた」雅人は頷く。「なるほどな……仁志さんのそばで、しっかり学べ。俺たちには、まだ伸ばすところが山ほどある」……すべては、仁志の言ったとおりになった。ネット上で「明日香と怜央」の件を投下した途端、投稿は削除されるか、表示制限がかかるかのどちらか。運よく漏れたとしても、「カップリング厨の妄想」「推しカプの自給自足」といったレッテルを貼られて終わりだった。怜央の手腕は、想像以上だ。彼が「ネットに出すな」と言えば、本当に一件も出ない。ネットの世界は相変わらず、何事もない平穏そのもの。朝陽を支持する者も、怜央推しのカップリングファンも、いつも通りに騒いでいる。――だが。この街の社交界では、別の噂がじわじわと頭をもたげ始めていた。個室。普段から遊び歩いて、酒と女の話しかしないボンボンたちが集まり、武勇伝めいた話で盛り上がっている。「え?明日香と怜央が付き合ってるって?」向かいの道楽息子が酒をがぶ飲みし、酔った口調で言った。「同じ部屋に泊まったからって、付き合ってるとは限らねぇだろ……ただ一回寝ただけかもしれないじゃん?」別の御曹司が吹き出す。「ただ寝ただけって何だよ。じゃあ何?ホテルで一晩、純粋におしゃべりしてましたって?」情報を持ち込んだ男はゲップをしてから左右を見回し、部屋が身内だけだと確認して、ようやく声を落とした。「いいか、お前ら。俺の友達がな、あの日たまたま司馬グループ傘下のホテルに泊まってたんだよ。エレベーター降りたときに、優芽利と朝陽を見たらしい。そのあとすぐ、記者がぞろぞろ上の階に上がっていったんだ」「友達はヤバいこと起きたって思って、こっそりついて行った。で、何を見たと思う?」煽られた数人が、たまらず身を乗り出す。「何だよ、早く言えって!」男は勿体ぶるのをやめ、さらに声を潜めた。「怜央と明日香が部屋にいた。しかも朝陽が乗り込んで――要するに浮気現場の突撃ってやつだな。記者どもも大ネタ撮ってたのに、怜央が全部握り潰したらしい」「漏洩防止のために、記者は全員、身体検査までされたってさ。メモリーカード飲み込んで隠してるかもしれないからって。体内に入れてないか、ガッツリスキャンされたらしい」別の御曹司
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第1394話

皆が顔を寄せるようにして画面を覗き込む。そこには確かに、朝陽と優芽利の姿が映っていた。ほどなくして、記者の一団がエレベーターへ殺到する。その後の流れも、さっきの男が言っていた内容とほとんど同じだ。記者たちは明日香のもとへ押し寄せ、「怜央と一夜を共にした件」について矢継ぎ早に質問する。そして今度は、ぞろぞろと浴室へまで突入していった。おそらく身元が割れるのを恐れたのだろう。撮影者はそれ以上、追いかけなかった。しばらくして、記者たちが青ざめた顔で出てくる。さらに少し経つと、朝陽と明日香もその場を去っていった。だが撮影者はついて行かず、暗がりに身を潜めたまま待ち続けた。「編集で繋いだ動画だ」と疑われないよう、撮影は止めない。空白の時間は無駄にならないよう、十倍速で再生されていた。どれほど経ったのか。今度は怜央と優芽利が部屋から出てくる。怜央の髪は濡れたままで、ついさっきシャワーを浴びたばかりなのが一目で分かった。最後に画面が一瞬揺れ、ぷつりと暗転して動画は終わった。――さっきまで騒がしかった場が、突然、息を呑むほど静まり返る。皆が顔を見合わせた。そこに浮かんでいるのは、驚愕と困惑、そして「信じられない」という表情。最初は、この御曹司が酔ってホラを吹いているだけだと思っていた。だって、本当に何かあるなら、もっと前から噂になっているはずで、今さら出てくる話じゃない。以前の怜央でさえ、明日香は相手にしなかった。まして今の怜央なら、なおさらだ――そう思っていた。だが、まさか。明日香と怜央が、本当に同じ部屋で一夜を過ごしていたとは。男はげっぷを一つして、なおも続ける。「ほらな?お前らみたいに明日香を汚れなき女神扱いしてるけどさ。裏じゃどれだけ奔放か、分かったもんじゃねぇ……」「考えてみろよ。明日香が怜央に甘い蜜でもやってなきゃ、怜央が雲井家にあそこまで便宜を図る理由がねぇだろ?提携だの福利だの、どれも規模がデカい。軽く数千億単位だぞ。女の笑顔のために金を投げるにしても、さすがにやりすぎだろ」その場にいる者たちは、確かに筋が通っている、と感じてしまった。以前から、明日香と怜央、そして朝陽の関係が「ただの友人」じゃないのでは、と疑っていた者も多い。そうでなければ、どうしてあそこまで雲井家に肩入れするのか説明がつかない。
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第1395話

その場にいた御曹司たちの連れの女たちも、こっそり視線を交わし合った。燃えるようなゴシップ脳の目配せだ。――これは、とんでもない大ネタ。仲良しグループに流さない理由がない。……こうして「明日香が怜央と寝た」という噂は、瞬く間に広がっていった。広まり始めた頃は、まだそこまで大げさじゃなかった。一応、「明日香と怜央がホテルで密会し、朝陽が乗り込んだ」という筋が通っていたからだ。だが伝言ゲームは残酷だった。時間が経つほど、話はどんどん魔改造されていく。気づけば――明日香の「名門令嬢」という光は、粉々に砕け散っていた。かつて清純で汚れのない女神と讃えられていた分、今度は逆に「尻軽女」として語られる。明日香は評判も良く、人望もある。それでも、全員が彼女を好きなわけじゃない。とくに、過去に彼女を口説いて振られた男たちは、この機会にここぞとばかりに貶め始めた。話しぶりは妙に生々しく、まるで見てきたかのように語る。「普段は俺のことなんて見向きもしねぇくせに、ベッドの上じゃめちゃくちゃ積極的なんだよ。いつも向こうからだぜ?」「いやいや、お前ら知らねぇだろ。あいつ、欲がどんだけ強いか。どんだけ遊びが派手か。優芽利って知ってるよな?明日香と優芽利、あの親友セットは、普段から一緒に男と寝てるんだよ」「へへ……体のある場所に、小さいホクロがあるんだよ。分かる奴は分かるだろ〜?」「うわ……普段あんな女神ぶってるのに、実はそんな女だったの?」噂は裏で爆発的に広がり、もはや収拾がつかない。外で囁かれる話があまりにそれっぽくなってしまったせいで、明日香に欲を抱いていた御曹司の中には、邪な気持ちを起こす者まで出てきた。わざわざ近寄ってはからかい、耳を塞ぎたくなるような言葉を浴びせる。明日香は、その場で相手の頬を叩いた。すると男は一瞬で顔を歪め、逆上した。「何が清純だよ。何回抱かれたかも分かんねぇ私生児のくせに!第一令嬢?笑わせんな。ぺっ!」男は吐き捨てるように、明日香の顔へ唾を吐いた。明日香は信じられない思いで頬を拭った。全身が怒りで震え、指先まで冷たくなる。――彼女は生まれてこの方、ずっと大切に扱われてきた。幼い頃は父と兄たちが守ってくれた。大人になってからは、彼女を追いかける男たちが勝手に道を整えた。彼女を好きだ
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第1396話

疑問形ではあった。だがその口調には、確信しかなかった。考えれば考えるほど辻褄が合う。前回、優芽利に嵌められた時点で――明日香はもう気づいていた。本当に自分を陥れようとしている黒幕は、仁志だ。優芽利に、そこまでの頭脳も腹黒さもない。誰かが裏で焚きつけているに決まっている。最初は、怜央がこの機に立て直そうとしているのかと疑った。だが当日の状況を見る限り、その線はほぼ消えた。怜央ではない。なら――仁志しかいない。明日香は忘れていない。あの贈り物を選んだのは、優芽利だった。仁志のために。仁志は眉をわずかに上げる。わざと惚けることも、言い逃れもせず、あっさり認めた。「そうです。僕がやりました」明日香は彼をまっすぐ見た。「どうして?どうして私ばかり狙うの。私、あなたに何かした?」仁志は逆に問う。「星野さんは、あなたの取り巻きに何かしましたか?彼らはなぜ、あそこまで星野さんを狙ったんです?」数秒遅れて、明日香の中で答えがつながった。「……星のための復讐?」可笑しくて、声が震える。「つまり、星がされたことを……全部、私にやり返すつもりなの?」仁志は淡々と答えた。「たぶん、そういうことです」明日香は拳を握りしめ、声が勝手に荒くなる。「どうして私が?何の権利があって、そんなことをするの?!私は一度だって星を狙ったことなんてない!なのに、なんで全部……私のせいにするのよ!」最後のほうは、怒りの奥に、かすかな脆さが滲んでいた。仁志は言う。「あなたが追いかけ回す側を制御できなかったからです。彼らは何度も星野さんを傷つけました。彼らがやったことが、あなたとは無関係なのと一緒で、僕がやることも、星野さんとは無関係です。公平でしょう?あなたの取り巻きが星野さんに手を出せるなら、僕があなたに手を出して何が悪いんですか。自分の番になった途端、被害者面ですか。星野さんが理不尽な扱いを受けていた時、あなたは一度でも彼女のために声を上げましたか?僕があなたの曦光を壊した件は、星野さんとは関係ありません。それでも星野さんは、僕の代わりに補償までした。星の手と夏の夜の星が壊された時、雲井家はただ損失を嘆くだけでした。星野さんに対して、何をしたんです?」明日香は噛みつくように言った。「詭弁よ……!被害者を責める論理
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第1397話

明日香は言った。「……言って」仁志は言う。「あなたが持っている株式を、すべて星野さんに売ってください。それから今後一切、雲井グループに関わりません。そうすれば、雲井家と星の因縁は、あなたとは無関係になります」明日香は言葉を失った。しばらくして、ようやく口を開く。「……ごめんなさい。その条件は飲めないわ。私は雲井家の人間。何があっても、保身のために家族を捨てるなんてできない」仁志は、そういう綺麗事を聞く気などなかった。冷淡に言い捨てる。「選択肢は提示しました。拒むなら、もう自分を無垢だとか、可哀想だとか言わないでください」明日香が何か言おうとした時には、もう遅かった。仁志は口を挟む隙すら与えず、階段へ足を向けた。……家族会議室は、重い空気に沈んでいた。雲井家の者たちが明日香の噂を知ったのは、ついさっきだ。というのも、登場人物が全員この街の社交界でも最上位の名門出身。裏でどれほど騒いでも、面と向かって口にする度胸がある者はいない。そのせいで、社交界のほぼ全域に広まってから、ようやく雲井家の耳に入った。靖は知った瞬間、すぐ人を動かし、出所を調べさせた。噂は伝わるほどに歪み、現実からどんどん離れていく。ここまで荒唐無稽になっているということは――それだけ長い間、流され続けてきた証拠でもある。星も緊急で呼び戻され、会議室に座っていた。帰り道、彼女もまた最近の出来事を調べさせている。いまこの場には、明日香を除く雲井家全員が揃っていた。明日香は、電話を受けた時点で屋敷から距離があった。加えて、唾を吐きかけられた件もあり、シャワーを浴びて着替えるのに時間を取られた。結果、最後の到着になった。会議室の扉が、軽くノックされる。靖は明日香だと思い、言った。「入れ」扉が開き、入ってきたのは――仁志だった。星が少し驚く。「仁志、どうしてここに?」星が雲井グループから戻った時、仁志は外で、重要書類の届けをしている最中だった。仁志は短く答える。「届け終わりました」星はそれ以上追及せず、問いを飲み込んだ。仁志が入った直後、明日香も彼の後ろから会議室へ入ってくる。これで全員が揃った。口が軽く、黙っていられない忠が、真っ先に噛みついた。「明日香、どういうことだよ?外でなんで急に、あんな変な噂が出回ってんだ?
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第1398話

明日香はそう言い切ると、仁志を見た。彼の顔に怒りや動揺――あるいは後ろめたさが浮かぶのを期待して。だが、ない。仁志の表情に、驚きも意外も一切なかった。彼は淡々と言う。「なるほど。さっきの言葉は、わざとそう言ったんですね」明日香の声は冷え切っていた。「違うわ。全部本心よ。ついでに、あなたの言葉を録音しただけ。こういう手口は、あなたから学んだの。だって誰でも知ってるでしょ?あなた、録音が大好きだもの」そう言いながら、彼女は携帯を取り出す。「耳で聞くだけじゃ信用できない。目で確かめるのが一番よ。今ここで、録音をみんなに聞かせるわ」明日香は会議室に入って仁志を見た瞬間から、もう録音を回していた。これが彼の仕業なら、証拠を残すのは当然だ。すぐに携帯から、二人の声が流れ始める。「あなたがやったのよね?」「そうです。僕がやりました」会議室は、息を詰めたように静まり返った。携帯から聞こえる会話だけが、やけに鮮明に響く。再生中、明日香は終始、仁志と距離を取っていた。携帯を奪われ、証拠を消されるのが怖かったからだ。しかし仁志は、その場から一歩も動かない。奪いに来る素振りすらない。録音が終わっても、彼は涼しい顔のままだった。怖れも焦りも、まるでない。――バンッ!誰かが机を強く叩いた。靖の顔は陰り、険悪に歪んでいる。憎悪を込めた視線で仁志を睨みつけ、氷のような声を落とした。「明日香を陥れたのは、お前だったのか……!」星が口を開こうとした、その瞬間。仁志が彼女の腕を軽く押さえ、先に言った。「僕です。それが何か?誠一さんが昔、星野さんにしたことを――明日香さんに仕返しただけです」靖は冷たく言い返す。「誠一と星の件は、真相すらまだ確定していない。それに明日香は当時のことを何も知らない。復讐するなら誠一に向かえ。女に八つ当たりして、何が男だ!」仁志は、まるで気にしていない様子で言う。「怜央さんや朝陽さんや誠一さんが星野さんに嫌がらせをしていた時、雲井家が一致団結したのを見たことはありません。明日香さんが当時のことを知りません。星野さんも、僕がやったことを知りません。……雲井家は、星野さんを責めませんよね?」靖が答えるより先に、忠が怒鳴った。「お前ら二人、いつも一緒にいるだろ!星が知らないとか、信じるのはバカ
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第1399話

「怜央さんたちが星野さんを傷つけた時、雲井家が明日香を犯人扱いして追及したことがありましたか?それに――星野さんはただ、自分の護衛を制御できなかっただけです。彼女に罪はありません」仁志にそう言われ、雲井家の面々は言葉を失った。いつも詭弁を並べ立てる忠ですら、今回は口が回らない。さっきの録音を「聞かなかったこと」にすることはできても――星がこの場にいる以上、露骨なダブルスタンダードは通らない。どれほど沈黙が続いたのか。ようやく正道が口を開いた。「お前が明日香を陥れたと認めるなら、この件の責任は取ってもらう。外部に向けて今回の件はお前の仕業だと公に釈明し、明日香に謝罪しろ。そうすれば、こちらはこれ以上の責任追及はしない。だが――お前が、これ以上星のそばにいることは許されない」その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が変わった。「父さん!」――あまりにも軽い。そう言いたげな声が上がる。だが靖は周囲を無視し、明日香を見た。「明日香、お前はどう思う?」明日香の表情に、「処罰が軽すぎる」という不満は見えない。彼女は静かに言った。「すべて、父の判断に従うよ」明日香は理解していた。仁志は、そう簡単に動かせる相手じゃない。万が一、仁志が溝口家当主だと露見すれば、正道が彼を罰することなど不可能になる。それならここは一歩引くほうがいい。父や兄たちの同情も得られるし、星にも貸しを作れる。明日香の答えに、正道は満足げだった。今すべきは噂を沈静化させること。仁志を追い詰めすぎるのは得策じゃない。彼が認めさえすれば、その後の処理は簡単だ――だが、仁志はふっと笑った。「僕は星野さんの護衛です。僕が明日香さんを陥れたと公表したら、星野さんが認めたのと何が違うんですか?結局、世間は星野さんの指示だと思います。最後に責任を負うのは彼女です」正道の顔が沈む。「星が部下を制御できなかった以上、一定の責任はある。星の顔があるからこそ、俺はここまで譲歩している。それ以上を望むなら――お前を簡単に許すと思うな」星は黙って聞いていた。今すぐ自分の立場を表明するつもりはない。仁志が突然戻ってきたのも、おそらくこの件のためだ。認めたのにも、彼なりの意図があるはず。事前に話し合っていない以上、星も下手に口を挟まず、流れを見ていた。すると仁志
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第1400話

明日香は、仁志のあまりの厚かましさに息が詰まりそうだった。「……」星も思わず視線を逸らす。怜央がやらかしたあの一件が、仁志の手にかかってほとんど玩具みたいに弄られている。他人の道を奪って、自分の道にする。そうやって相手を追い詰める。もし怜央が知ったらどう思うだろう。かつて自分が吐いた言葉が、今やブーメランになって女神に突き刺さっているのだから。後悔するかもしれない。一同もまた、仁志の理屈に強い衝撃を受けていた。しばらくして、ようやく忠が指を突きつけて怒鳴る。「ここまで面の皮が厚い奴、初めて見た!冗談?お前、何様だよ。俺らと冗談言い合える立場か?録音を取られたから冗談でしたって?そんな言い訳、誰が信じるんだよ!もう誤魔化すな。お前が明日香を陥れた犯人だ!」仁志は、煮ても焼いても崩れない。いわゆるぬるい粘土みたいな厄介さで、さらりと言い返す。「忠さん、それは言い過ぎです。怜央さんは皆の前で冗談を言っていいのに、僕が言ってはいけない理由は?昔から言うでしょう。主張する側が立証します。僕に罪を被せたいなら、星の時と同じく、証拠を出して、ここで対質してください」仁志の視線が数人をなぞる。「たった一本の冗談の録音だけで、僕がやったと決めつけるんですか。警察が信じると思いますか?僕はただの護衛ですが、人権はあります。雲井家は……都合のいい身代わりを作って、人を踏みにじるつもりですか?」仁志の正体を知っている忠、翔、明日香の三人は、内臓に刃を突き立てられたような気分だった。この「どうするつもりです?」という開き直りは、とても一族の当主が見せる態度には思えない。腹の底が読めない正道ですら、一瞬だけ言葉を失った。この件が本当に仁志の仕業なのか。それとも星のために、わざとこんなことを言っているのか。どちらにせよ、雲井家は反論しづらい。なぜなら――当時、彼らが星にしたことは、まさにこれだったからだ。星が証拠を出せなければ、誰もが「星が怜央を陥れた」と決めつけた。そのことを、星自身も今、はっきり理解した。星はまず仁志をちらりと見て、それから口を開いた。「仁志の言う通りよ。罪を着せるなら、証拠が必要。仁志は正義感が強くて、口が先に出ることがあるの。言葉を真に受けないで。それに……仁志はただの護衛。そんな人が、怜央と朝陽、そ
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