All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 1491 - Chapter 1500

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第1491話

誠一が尋ねた。「正道は?あの人は何て言ってる。星に株をだまし取られたまま、放っておくのか?」明日香は答える。「星が忠兄さんの持ち株を手に入れてから、雲井グループの支持者と、父を支持する派の株主が……ほぼ互角になったの。今さら星が返そうとしても、株主たちが返させない。星は何も言わなくていいし、何もしなくていい。あの子を支持する株主が、勝手に全部片づけるわ」株主が見るのは情じゃない。利益だ。忠は能力に不安がある。会社は買いたたかれ、駆け引きも陰謀も星に敵わなかった。そんな人間に肩入れするのは、愚か者だけだ。勝てば官軍、負ければ賊軍。周囲にとっては、勝ち続けられるなら手段は問わない。かつての正道だって、どこまで潔白だった?――それでも支持を得た。いま起きていることも、結局は因果応報に過ぎない。正道が星に株を吐き出させたいなら、まず株主という関門を越えなければならない。利益第一の老獪な連中だ。黒を白と言いくるめることさえできる。忠の配信は、むしろ忠に不利な証拠として扱われた。明日香はさらに言う。「株主たちは言い切ったわ。父が追及を続けるなら、忠が公衆の面前で仁志を拉致して、刃物まで出した件を外に公表する。証拠を提出して、裁判官にも渡すって」綾羽が息をのむ。「それって……脅してるの?忠を刑務所に入れるってこと……?」明日香は無力に頷いた。今回は、ひっくり返すのが難しい。忠のことも放っておけない。一度見捨てれば、忠は必ず暴走する。家族と決裂し、矛先をこちらに向けてくる可能性すらある。だから、忠を切り捨てる選択肢はない。朝陽もそこは読んでいた。「忠への補償は、もう決めたのか?」明日香は言う。「父と靖兄、翔兄、それから私が、それぞれ1%ずつ忠に渡す。残りは……忠兄さんが自分で払うしかないわね」雲井家として忠の件を無視はできない。だが持ち株を元どおり10%補填するなんて、あり得ない。何より、罠を見抜けなかった責任の大半は忠本人にある。朝陽が確認する。「忠は受け入れたのか?」明日香は薄く笑った。「受け入れたわ。受け入れれば4%は残る。受け入れなければ1%もない。選ぶのは簡単でしょう」そもそも忠は、原株を得たとき、誰かに分けようとはしなかった。それでも家族が持ち株をかき集めて渡すのは、情けとして十
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第1492話

絵とほとんど差のない角度の病室が、二つあった。そのうちの一つは、星と仁志がいる病室だ。本当に偶然なのか、それとも――この瞬間、怜央には判断がつかなかった。……凌駕の正体を暴き、株主の中に紛れた数人の内通者も突き止めたことで、株式をめぐる争いはようやく一区切りついた。星も、ようやく大きく息を吐けた。凌駕は営業秘密の漏えい罪で収監された。関わった金額があまりにも巨額だ。凌駕は、おそらく一生に近い年月を塀の中で過ごすことになる。一方、会社の株主たちは何かを漏らしたわけではない。事件の最中に煽り立てただけで、法的には手が出せない部分が残った。とはいえ、それで星が頭を悩ませる必要はない。宗一郎と山下会長が、うまく処理してくれるはずだ。もつれにもつれ、揉めに揉めた末に、忠は4%の持ち株補償を受け取った。そして観念したように、これ以上は騒がなくなった。ただ、このところは出社どころじゃない。毎日、結羽と激しく言い争っている。星が雲井家に戻ったときでさえ、二人が物を投げつけて騒ぐ音が聞こえてきた。星が棚ぼたで得た10%の持ち株についても、雲井家は本当に取り戻せないと悟り、結局は諦めるしかなかった。星は内心、親族たちに少し感心していた。これだけ大きな得をされても、感情的に取り乱さず、よく耐えられるものだ。正道も靖も、会えば普通に会話ができる。星は思う。きっと雲井家は、彼女がどれほど得をしていようと、いずれ取り返す方法があると信じているのだろう。株なんて一時的に彼女に預けているだけ――だから平然としていられる、ということか。今回の件が、これほど短期間で危機を回避できたのは、仁志の功績が大きい。星が、どんな褒美を用意しようかと考えていた、そのとき――デスクの携帯が、ふっと小さく震えた。星が手に取ると、linからメッセージが届いていた。【聞いてもいい?あの夕陽の絵、創作のきっかけは何ですか?】持ち株騒動が落ち着くと、星は身の回りの機器をすべて替えた。携帯も、パソコンも。ウイルスを仕込まれそうなもの、盗聴や監視の可能性があるもの――全部だ。当時すぐに替えなかったのは、相手の策に乗るためだった。だが、もう決着した以上、これ以上見張られる理由はない。その間、彼女はlinに「今は忙しい。しばらく連絡できません」と、はっき
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第1493話

なぜだろう。この瞬間、怜央は――聞く勇気が出なかった。矛盾した感覚だった。一方では、星がsummerである可能性を、どうしても信じたくない。それなのにもう一方では、確かめずにはいられない。自分が惹かれた画家。長い時間、言葉を交わしてきたsummer。その正体が、まさか自分の宿敵である星だなんて――怜央には受け入れられなかった。相手が男でも、年老いた女性でも、ここまで拒絶感はなかったはずだ。なのに星だけは、どうしても無理だった。……翌日。レストランで、星と仁志は向かい合って座っていた。注文を終えると、星が言う。「仁志、今回の件はあなたのおかげ。嫌な役回りまでさせて、ごめんね」仁志は微笑んだ。「あなたの信頼と協力がなければ、この計画は成立しませんでした。僕一人では難しいんです」彼は星を見つめ、声を落とす。「星野さん。僕も賭けでした。外したら……全部、負けていたかもしれません」星は首を振った。「私には基盤も切り札もない。大きく勝ちたいなら、賭けるしかないの。リターンだけ見てリスクを見ないのは、投資と同じ。利回りが高いほど、リスクも大きい。この賭けがなかったら、形勢をひっくり返すのも、こんなに簡単じゃなかったよ」仁志が尋ねる。「僕が独断で動いたこと、怒っていませんか?」星は笑った。「勝たせてくれたでしょ?得をしておいて、ついでに可愛げまで売るつもりはないよ」仁志の瞳に、言い表せない感情が揺れた。しばらくして、彼は静かに言う。「星野さん。あなた、だんだん上に立つ人の気配が強くなってきました。人が進んであなたのために命を張ります。それでいて、信じてもらえたことを幸せだと思ってしまいます」星の信頼は、仁志だけに向けられていた。正確に言えば、仁志以外に、彼女が完全に無防備になれる相手はいない。たとえ彩香でも、そこまで安心はしない。彩香が裏切るとは思っていない。ただ、彼女は純粋すぎる。騙されやすい。売られても、相手の分のお釣りまで数えていそうなタイプだ。星が聞いた。「何か欲しいものある?」昔なら、星はボーナスを渡していたはずだ。でも、自分の一兆円近い資金が仁志の投資だったと知ってから、金で叩くのはむしろ侮辱だと思うようになった。仁志は少し目を伏せ、数秒考えてから顔を上げた。「……何
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第1494話

怜央は目を伏せ、星を見下ろした。その視線が妙だった。言葉にできないほど複雑で、どこか不自然に重い。まるで――これまで真正面から見ようともしなかった相手を、急に本気で品定めし始めたみたいな。そんな感覚。星は強烈な違和感と不快感を覚えた。警戒した目で怜央を見返す。「……何か用?」星の瞳にある冷たい警戒心は、仁志に向ける緩さや信頼とは別物だった。彼が実際に見ていなければ、同じ人間だとは思えないだろう。なぜか怜央の脳裏に、summerがよぎった。summerは彼に対しても、忍耐強く、穏やかで、優しかった。まるで――仁志に向けるときの星みたいに。summer……本当に、星なのか?怜央が黙ったまま、なおも奇妙な目で見つめ続けるので、星はますます居心地が悪くなる。声が冷える。「怜央。何が言いたいの?」怜央は口を開いた。本当は「お前はsummerか」と聞くつもりだった。だが唇から出たのは、別の言葉だった。「明日香を殴らせたのは、お前か?」明日香?星は眉を上げる。「……彼女、殴られたの?」信じがたかった。M国で、明日香に手を出す人間がいる?明日香には追いかける人が山ほどいる。少しでも傷つければ、誰かが必ず制裁に来る。まして殴られるなんて。いったい誰が、そんな度胸を――星が犯人を推し量っていると、怜央の声が重なる。「お前じゃないのか?」星は嘲るように言った。「明日香は、あなたの心のど真ん中にいるんでしょ。殴るどころか、ネットで少し叩かれただけでも相手の手を潰しに行くくせに」わざと間を置き、口調に鋭い皮肉を混ぜる。「もし本当に、明日香を殴った人がいるなら……あなた、相手を八つ裂きにでもするんじゃない?」怜央は一瞬、固まった。視線が無意識に、星の手へ落ちる。星に言われて、ようやく思い出したのだ。自分がかつて、彼女に何をしたのかを。昔なら、たとえ星がsummerだと分かったとしても、ここまで気にしなかったかもしれない。だが今は――無償で贈られた三枚の絵。いちばん苦しく、迷っていた時期に、summerが自分の心の結び目をほどいてくれたこと。それを思うと、怜央の胸は理由もなく詰まった。星の指は、白く艶やかで、玉みたいだ。いかにも芸術家の手。外見からは、かつて深い傷を負ったとは到底分からない。あ
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第1495話

3%の持ち株だって、「やる」と言えば即座に渡した。瞬きひとつしない。それだけ見ても、彼にとって権勢はそこまで重要じゃないのだろう。少なくとも最優先じゃない。星が警戒して身構える様子を見て、怜央の眼差しがわずかに陰った。そしてすぐ口を開く。「安心しろ。今の俺は、お前の手に興味はない」星は目を上げ、真っすぐに見返した。「私の手に興味がない?じゃあ今、何に興味があるの?」怜央の深い視線が、彼女の全身に落ちる。薄い唇が動き、淡々と告げた。「今は……お前自身に、興味がある」それに対する星の反応は、二文字だけだった。「……病気」星の言葉を、怜央は気にもしない。彼は続けた。「この前、お前が画板を持って病院に行くのを見た。お前の手は……絵を描くのに支障がないように見えた」星は、怜央が何度も手の話を持ち出すのを聞いて、表情が一気に冷えた。「怜央。いったい何が言いたいの?」summerが星かもしれない――そう疑い始めてから、怜央は手がかりになりそうなものを片っ端から探した。summerのSNSの投稿も、前にやり取りしたメールも、全部もう一度見返した。会話だけでは、summerが星だと断定できない。それでも、いくつか重要な符合が見つかった。以前、summerから長く返信が来なかった時期。その間、星は仁志と出張に出ていたように見える。そして数日前、summerが「最近忙しい、しばらく連絡できません」と言った頃。星は持ち株問題の処理に追われていた。怜央はほとんど一晩眠れなかった。頭に浮かぶのはsummerのことばかり。自分でも、なぜここまで気にするのか分からない。さっき家で、星と仁志が食事に出かけるのを見た。どんな心理だったのか、自分でも分からないまま、後を追って来てしまった。怜央はもともと、ぐずぐず迷うタイプじゃない。疑問があれば、はっきりさせたい。だから来たはずなのに――星を目の前にすると、どう切り出せばいいか分からなくなった。それでも結局、知りたかった。目の前の女が、あの絵を贈ってきたsummerなのかどうかを。「星。お前は――」だが言い終える前に、背後から澄んだ冷たい声が飛んできた。「怜央さん。突然ここに来たのは、星野さんに何か用があるからですか?」星が顔を上げると、仁志が電話を手に、足早
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第1496話

怜央はさらに手を上げて店員を呼び止め、適当に数品注文した。星と仁志がまだ自分を見ているのに気づくと、怜央は眉を上げる。「何か用?」星が先に視線を外した。仁志も怜央を相手にせず、星の向かいに座り直す。仁志の視線は、星の表情の揺れを逃さない。「星野さん。怜央さんは、何を話したんですか?」表情はいつも通りだ。それでも星には分かった。彼はほんの僅かに緊張している。星は答える。「明日香が殴られたらしいの。怜央は私がやったと思ってる。たぶん、精算しに来たんだと思う」仁志の黒い瞳が沈んだ。「わざわざここまで来て……言ったのは、それだけですか?」今日の怜央は確かに変だ。けれど今日の仁志も――どこか、いつもと違う。星は小さく頷き、逆に尋ねた。「仁志、どうしたの?何かおかしい?」仁志は目を伏せ、声だけ淡い。「……何でもありません」星はもう、昔みたいに簡単には誤魔化されない。「仁志。何か隠してる?」仁志は冗談めかして言った。「ええ、山ほどね。星野さんはどれが知りたいですか?」星も笑って返す。「私が聞いたら、必ず答えてくれる?」仁志は即答した。「ええ。あなたが知りたいなら、僕は全部、隠さず話します」星は知っている。仁志の素性は単純じゃない。秘密も多い。口を開きかけて、結局、星は問わなかった。彼が話していないのは、話したくないことだ。話したくないことを無理に吐かせる必要はない。星は笑って話題を切り替える。「料理が来た。先に食べよう」仁志は星の表情をちらりと見た。何か言いかけて、言葉を飲み込む。結局、黙ったままだった。その食事は、星にとって気楽なものじゃなかった。怜央が二人のすぐ近くの席に座っている。仁志が目を光らせていても、胸の奥の不安は消えない。怜央が突然立ち上がって、二人に銃を二発撃ち込むんじゃないか――そんな予感が、どうしても拭えなかった。彼と明日香は、自分たちのせいで大損をした。恨み骨髄になっていても不思議じゃない。レストランを出たあと、仁志がふいに言った。「星野さん。最近の怜央さん、変だと思いませんか?」星は店の方角を一度振り返る。「確かに少し変……でも、うまく言えない。あの人、元から狂ってるし。変なのはいつものことだよ」仁志は考え込むように続
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第1497話

会社に戻ると、星は携帯を取り出した。するとlinからメッセージが届いていた。【summer。前に言ってましたよね。あなたも人生のどん底を経験したって。そのとき、どうやって抜け出したのか……聞いてもいいですか?】星は返信する。【私は運がよかったんです。ある人に出会って、その人が手を差し伸べてくれました】しばらくして、linからまたメッセージが来る。【その人は、あなたにとって大切な存在ですか?】星は少し意外に思った。linがここまで私的なことを聞くのは珍しい。けれど深くは気にせず、淡々と返す。【大切です。でも、男女の好きとは違います】linは続けて問う。【その人が暗闇の中の一筋の光なら……どうして好きじゃないって言い切れるんですか?】星は返信した。【感情にはいろいろあります。助けてもらったことには感謝しています。でも、感謝と救いがそのまま恋愛に発展するわけじゃないって、私は分かっています】linが聞く。【つまり、救いは恋愛じゃないってこと?】星は返す。【感情は人それぞれです。私にとって、感謝や救いは恋愛ではありません】linはさらに問う。【じゃあ、感謝や救いを恋愛だと思う人のことは、どう見ますか?】星も恋愛経験が豊富というわけじゃない。その問いに、彼女はしばらく返せなかった。そしてようやく打ったのは、別の質問だった。【lin。好きな人でも、できたんですか?】画面の向こうの怜央は、わずかに息をのんだ。すぐに、彼の携帯にも新しい通知が跳ねる。【感情が生まれるのは、単純でもあり、複雑でもあります。単純なときは、相手を一目見ただけで恋に落ちます。でも複雑なときは、長い時間を共にして、積み重ねの中で少しずつ芽生えます。あなたが言う感謝や救いについては……もし私の中に感情が少なくて、家族愛も友情もなく、恋愛も知らなかったら、私はその救いにしがみつくかもしれません。それが、この世界が私に返してくれた唯一の善意ですから。もちろん、これは私個人の見解です。あなたの役に立つかは分かりません】星は、恋愛以外の感情をたくさん持っている。父の愛は欠けているかもしれないが、家族の情がないわけじゃない。友人にも恵まれている。彩香と奏――どんなときでも彼女を捨てない友がいる。だからこそ彼女の
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第1498話

linからメッセージが届いた。【じゃあ……私は、あなたにとって必要な人ですか?】星がまだ返信しないうちに、携帯が突然鳴った。着信表示を見て、彼女は目を細める――久しく連絡のなかった影斗だ。星は視線を引き締め、電話に出た。「影斗」影斗の声は、どこか重い。「ごめん、星ちゃん。邪魔した」星のまぶたがぴくりと跳ねた。嫌な予感がする。彼女は静かに尋ねた。「……何かあったの?」このところ、彼女は影斗とほとんど連絡を取っていなかった。怜から、榊おばあさんの病状が悪化してきたらしいと聞いている。榊おばあさんは生涯ずっとL国で暮らしてきた。だから最期は故郷で迎えたい――そう願っているのだという。最近は影斗も怜もL国にいて、榊おばあさんの治療に付き添っていた。少し前、影斗は星の方で騒ぎが起きたと知り、手助けが必要かと電話をくれた。星に手立てがあると分かって、ようやく安心したのだ。影斗が言う。「祖母が……たぶん、もう長くない。最期に、一度だけお前に会いたいって。悪い、星ちゃん……来てもらえる?」あの慈しみに満ちた老人の顔が浮かび、星の胸がきゅっと痛んだ。彼女は迷いなく答える。「うん。すぐ行く」考える間もなく即答した星に、電話の向こうが一瞬静まった。そして少しして、影斗の声がわずかに掠れて届く。「星ちゃん……ありがとう」星は小さく笑った。「私たちの間で、そんなに堅苦しくしなくていいよ」通話を切ると、星はすぐ秘書に命じた。L国行きのプライベートジェットを手配して、と。その足で彼女は仁志のオフィスへ向かい、事情を伝える。話を聞いた仁志の瞳が、わずかに揺れた。「影斗さんは今、L国に?」星はうなずく。「うん。Z国に戻る前から、ずっとL国で活動してた。榊おばあさんもずっとL国で暮らしてて……最期の時間は故郷で迎えたいんだって」仁志は、いつものように即答で「行きましょう」とは言わなかった。どこか上の空だ。星は不思議に思い、尋ねる。「仁志、どうしたの?都合が悪い?」仁志はすぐ我に返った。「いいえ。いつ出ますか?」星は言う。「今夜出る。一度戻って、荷物をまとめよう」仁志は短く答えた。「分かりました」自分のオフィスに戻った星は、残りの仕事を片づける。合間に、linにも一言返
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第1499話

「お前は一番、効率を求める男だろ?星を拉致しろとまでは言わない。袋を被せて一発ぶん殴るくらいなら、できるはずだ。それもできないなら言え。俺と叔父さんが手配する。お前はまだ明日香を忘れられないんだろう。今回こそ、明日香と関係を和らげる最高の機会だ……」誠一の声は、怜央の耳には蝿の羽音みたいにぶんぶんとうるさく響いた。怜央は今、星がsummerなのかどうか――その疑念の中を行ったり来たりして、苛立っている。そこにこの電話だ。まさに逆鱗に触れた。怜央の声は、押し殺した残虐さと冷たさを孕んだ。「袋を被せて一発?それじゃつまらない……どうせやるなら、起き上がれない程度にしないとな」誠一は、怜央が乗ってきたのを聞いて、ようやく笑った。「いい。好きにやれ。できるだけきれいにな。最低でも、この件で明日香に泥を被せるなよ」怜央は返事をせず、冷たく電話を切った。一方、誠一は携帯を置き、朝陽に向かって「OK」のジェスチャーをする。そして言った。「怜央はやっぱり切れ味のいい刃だな。雲井家が嫌いながらも手放せないわけだ。こういう汚れ仕事は、怜央みたいな奴にやらせるのが一番。元々評判も悪いしな。明日香のためにやれるなんて、あいつにとっちゃ名誉だろ。価値がないなら、明日香の友人なんて務まらない」朝陽は軽く笑っただけで、何も言わなかった。怜央は片手を失った。今の彼の状況で、明日香が怜央を選ぶことは絶対にない。以前なら朝陽も、怜央を強敵として警戒した。だが今は――もはや目にも入らない。むしろ明日香が怜央と付き合い続けてくれた方が都合がいい。どうせ明日香は最後まで自分を選ばない。ならよく切れる刃が一つ増えるのは、今後何をするにも便利だ。……L国。星は飛行機を降りた直後、靖から電話を受けた。「星。今どこだ?忠が殴られて入院した件、知ってるか?」星は耳を疑った。「忠も殴られたの?」雲井家はいったいどうなっている。毎日のように誰かが殴られている。靖の声は重い。「知らないのか?」星は、靖の含みを聞き逃さなかった。「……私が、知ってるべき理由でもある?」靖は回りくどい言い方をやめた。「お前じゃないのか?」星は逆に聞き返す。「私に、何の得があるの?」靖は少し黙り、それから言う。「前に忠が仁志を拉致した。お前
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第1500話

靖は言った。「うん。忠は肋骨を何本も折られてる。誠一のほうはもっとひどい。脚も折られたらしくて、歯も何本か抜け落ちたそうだ」靖は一瞬ためらってから、なお言葉を続けた。「手加減なしで殴られたらしい。誠一は……危うく使い物にならなくなるところだった。男としてな……」星は、その話を飲み込むのに少し時間がかかった。そしてようやく理解する。靖がわざわざ電話してきて、彼女を疑った理由を。殴られた二人は、どちらも星と仲が悪い。同時にやられたなら、まず疑われるのは彼女だ。星がさらに聞こうとした、そのとき。靖の側から秘書の声が割り込んだ。「靖さん、忠さんを襲った犯人の件ですが、判明しました……その、……その……」秘書が急に歯切れ悪くなる。靖は眉をひそめた。「どうした?M国に、雲井家が手を出せない相手でもいるのか?」秘書は大きく息を吸い、言った。「たぶん……たぶんですが。怜央の手の者らしいです」――空気が凍った。靖は、星か、仁志か、結羽か。あるいは忠の敵か。そういう可能性は考えていた。だが怜央だけは、想像の外だった。靖は思わず聞き返す。「今、誰だと言った?」秘書はしどろもどろに繰り返した。「……怜央です……」怜央なら、やりかねない。それ自体は意外じゃない。だが、なぜ忠を殴る?明日香の顔を立てるなら、むしろ手を出さないはずだ。靖は訳が知りたくて堪らなくなり、星に「また時間があるときに」とだけ言って慌ただしく通話を切った。そしてすぐ、怜央に電話をかける。「怜央。忠を殴らせたのは、お前か?」その頃の怜央は、背中の絵の前に立ち、描かれた背中を見つめていた。気のせいだろうか。この背中が、どこか星に似ている気がしてならない。靖の電話に、怜央は上の空で答える。「靖。俺たちは約束したでしょう。これから雲井家のことは、俺には関係ない。何度も電話して、俺を煩わせないでください」靖の怒気が一気に上がった。「怜央、もう調べはついてる。忠を殴らせたのはお前だ!俺たちは貸し借りなしと約束した。だが雲井家の人間を好きに殴っていいなんて約束はしてない!」それに対して怜央が返したのは、たった――「……へぇ」靖は、世界が狂っているように感じた。「怜央。忠を殴らせたのは、本当にお前なのか?」怜央の視線は、相変
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