All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 1661 - Chapter 1670

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第1661話

正道はそう言ったものの、靖にはよくわかっていた。正道は最初から、怜央のことを快く思っていない。まして今の怜央は、障害まで負っている。正道が明日香を彼に嫁がせる気になるはずがなかった。翔が言う。「明日香は、もうM国にはいない可能性が高い。怜央があんなふうに空も地上もひっくり返して探したって、たぶん無駄だろ」靖は冷静に返した。「M国にいない可能性は高い。だが、相手が陽動を仕掛けている線もまだある。怜央にM国中をかき回させるのも、悪くない」正道も続ける。「私はレイル国王と何度も話したが、やつは頑として明日香を捕らえたことを認めない。だが、D国にはすでに厳重に人を張らせてある。もし明日香がD国に現れたら――」正道の目に、鋭く冷たい光が宿った。「靖。その時は葛西家、司馬家、それに志村家も巻き込んで、レイル国王にきっちり説明を求めろ」……D国。レイル国王のもとに、部下から報告が入った。明日香の身柄の確保に成功した、という知らせだった。「陛下、この後はどうなさいますか?まずは極秘裏にD国へ移送いたしましょうか」レイル国王は、すでに明日香を骨の髄まで憎んでいた。だが同時に、今は雲井家が自分たちを監視していることもよく理解している。ここで証拠を掴まれれば、雲井家はそれを口実に攻勢をかけてくるだろう。逆に証拠さえ出なければ、たとえこちらの仕業だとわかっていても、向こうは手を出せない。レイル国王は、それほど愚かではなかった。しばらく考えた末、彼は口を開く。「ガヴァン。明日香と体格の近い女を何人か探せ。そいつらをD国に入れて、連中の目をくらませろ。時間を稼ぐんだ」そこで一度言葉を切り、薄気味悪く笑った。「それから明日香だが……そのままデルタ地帯へ送って、歓楽街に売り飛ばせ。ああいう上流育ちの令嬢は、ああいう場所じゃいい値で売れるだろう」……一週間後。星と彩香は、仁志の退院を迎えに来ていた。あの日以来、彩香は星と仁志の邪魔をしないよう、病院には顔を出していなかった。だが彼女は、面白い話を胸の内にしまっておける性格ではない。仁志の顔を見るなり、さっそく最近耳にした話を勢いよくまくしたてた。「仁志、前に明日香が失踪した件、覚えてるでしょ?あの時、雲井家の連中がみんな集まって会議してたじゃない?その日の
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第1662話

星は答えた。「前に私の絵を買ってくれた女の子に譲ったの」「絵を買ってくれた子?」仁志は星を見つめる。その眼差しは深く沈んでいた。「この前、お前が絵を贈った相手のことか?」星は、彼の記憶力の良さに少し驚きながら、小さくうなずいた。「うん、その子」仁志は続けて尋ねる。「どうして相手が女だとわかった?会ったことがあるのか。それとも電話でもした?」その問いに、星と彩香は思わず顔を見合わせた。仁志に言われて、星はようやく気づく。たしかにlinは、一度も自分が女だとは言っていなかった。ただ、星が時々linを「女の子」って呼んでも、linは訂正しなかった。だから彼女は勝手に、若い女の子なんだろうと思い込んでいたのだ。けれど、否定しなかったからといって、それがそのまま肯定になるとは限らない。星自身も、だんだん自信がなくなってきた。「……私たち、電話もしてないし、会ったこともない。それに、本名だってお互いに知らない。相手が男か女かって、そんなに大事?」仁志は星を見つめたまま、唇の端にかすかな笑みを浮かべる。「星。そいつがどうやってお前を見つけたか、覚えてるだろ。澄玲にたどり着けるなら、お前の正体を調べるくらい難しくない」彩香には、仁志が何を言いたいのかいまいち見えていなかった。「前に星の正体、ネットで掘られたことあったじゃない。ずっと星の絵を買ってたなら、summerが星だって前から知ってても別におかしくなくない?」仁志は静かに言った。「もし、もっとずっと前から星の正体を知っていたとしたら?」彩香は肩をすくめる。「知ってたなら知ってたでよくない?どうせ会うこともないし、たまにちょっとやり取りするくらいのネットの知り合いなんだし」仁志は彩香に視線を向けた。「じゃあ、お前たちは相手が誰なのか知りたくないのか?」彩香は少し考えてから答える。「私はちょっと気になるけど、星はそこまで相手の正体に興味なさそうだし……仁志、もしかして相手って男だと思ってるの?」星もまた、仁志を見た。彼がなぜ急にこんな話を持ち出したのか、よくわからなかった。そのとき、星の携帯が震えた。何気なく画面を見る。するとまさにその瞬間、linからメッセージが届いていた。しかも、またいつものようにキジトラ猫の写真が一枚送
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第1663話

「仁志、星、何の話してるの?まさか、もうlinが誰かわかったってこと?」星には、とても口にできなかった。――linが、怜央かもしれない。そんなこと、とてもじゃないが口にできるはずがない。彼女は小さな声で言った。「……もしかしたら、ただの偶然かもしれない」「偶然かどうかなんて、確かめればわかる」仁志は星を見つめながら、静かに提案した。「電話をかけるか、ビデオ通話をしてみればいい。相手が誰なのか、はっきりさせればいいんだ。早いうちに正体を確認しておくのは、お前にとっても悪くない」星はしばらく黙っていた。そしてようやく、そっとうなずく。「……わかった」彼女とlinは、まだ親友と呼べるほどではない。それでも、このところ何度もやり取りを重ねてきて、同じものを好きな友人くらいにはなっていた。絵のことをたくさん話した。巨匠たちの画風や技法についても語り合った。星には、はっきりわかっていた。linは――心から純粋に、絵を愛している。そんな相手が、怜央かもしれない?星には、どうしても馬鹿げた話にしか思えなかった。それでも、仁志の言うことが正しいのもわかっていた。linの正体を、早くはっきりさせること。それは自分にとっても、相手にとっても必要なことだ。そう考えて、星はまず相手が男か女かだけでも確かめようと、音声通話をかけた。だが、ついさっきまでメッセージを送ってきていたlinは、なかなか電話に出ない。呼び出しが自動で切れたあと、ようやくlinからメッセージが届いた。【今ちょっと外にいて、電話に出られない。何かあった?】星は反射的に仁志を見た。すると彼は、薄く笑みを浮かべたまま、少しも意外ではないという顔をしていた。まるで最初から、linが電話に出ないとわかっていたかのように。電話にすら出ないのなら、ビデオ通話などなおさら無理だろう。彩香は最初こそ状況を飲み込めていなかった。だが、仁志が怜央の猫の話からlinへとつなげたことで、ようやく何かに気づいた。「まさか……linって怜央なの?いや、そんなわけないでしょ!?」星だけではない。彩香も、とても受け入れられなかった。正直に言えば、彼女もlinにはかなりいい印象を持っていた。野良猫を引き取ろうとするような人だ。しかも、あれだけ大事
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第1664話

優芽利は、仁志に対してまったく警戒心を持っていなかった。ようやく向こうから連絡してきてくれたのだ。嬉しくて舞い上がり、自分の知っていることなら何でも話してしまいたい気分だった。たとえ一分でも長く、仁志と通話できるなら、それだけで幸せだった。それが怜央を裏切ることになるかどうか――そんなことは、彼女の頭にはなかった。彼女にとって、仁志は誰よりも大事な存在だった。実の兄である怜央よりも。仁志と優芽利の通話は、かなり長く続いた。三十分以上は話していたはずだ。とはいえ、仁志のほうはほとんど話さない。時折、短く相槌を打つだけで、自分がまだ聞いていることを示していた。星と彩香には、優芽利が何を話しているのかまではわからなかった。けれど、仁志の表情が次第に冷えていき、最後にはいつも唇に浮かべている笑みすら消えてしまったのが見て取れた。星と彩香が、これほど長いこと彼の本質を疑わなかったのは、彼が纏う雰囲気のせいでもあった。仁志の第一印象は、せいぜい二十代前半。大学を出たばかりの、明るくて屈託のない青年に見える。目は澄んでいて、唇にはいつも無害そうな笑みが浮かんでいる。とても一族を率いる当主のような、底知れなさや苛烈さは感じられない。だから彩香も、彼が溝口家の当主だと知り、いろいろ噂を耳にしていたとしても、そこまで恐ろしい人物だとは思っていなかった。――イーサン王子に手を下す、その瞬間を見るまでは。あの時、彩香はようやく理解したのだ。陽だまりみたいな無害さは、あくまで彼の仮面にすぎない。その手段の冷酷さは、決して怜央に劣らない。むしろ、こうして巧妙に自分を偽れる分、仁志のほうが怜央よりずっと危険だった。彩香は時々思う。もし星が仁志を好きにならなかったら。あるいは彼と敵対する立場だったら。その時、仁志は星にどう接したのだろう、と。こういう高知能型の男は、星にとって相当やっかいだ。この先もきっと、仁志に完全に手のひらの上で転がされるのだろう。今、仁志の口元から笑みが消えると、その顔立ちはひどく冷ややかに見えた。笑みが和らげていた圧が、そのまま剥き出しになったかのようだった。周囲の空気は一気に冷え込み、息苦しいほどに重くなる。彩香は緊張で、ごくりと唾を飲み込んだ。――これはもう、自分の手に負える空気
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第1665話

星は、一度だけ自分の手を見下ろした。仁志と繋がれた、その手を。けれど結局、振り払うことはしなかった。……仁志がどこに住んでいるのかは、前から知っていた。ただ、実際にそこを訪れたことは一度もない。今、彼が住んでいるのは、かなり人里離れた場所にある別荘だった。周囲に人の気配はほとんどない。それでも、山と水に囲まれたその環境は、驚くほど美しく、静かだった。これまで仁志はずっと彼女と一緒に住んでいたし、部屋の内装ももともと備えつけのものばかりだった。だから星は、仁志自身の家らしい空間を見たことがなかったのだ。実際に彼の住まいへ来てみると、星は思わずあちこちを見回してしまった。それに気づいた仁志が口を開く。「ここはあくまで仮住まいだ。中のものも、適当に揃えただけだよ」とはいえ、別荘の中にはたしかに仁志らしい趣味の品がいくつもあった。適当にとは言っても、雅人あたりが彼の美意識に合わせて、内装や調度を整えたのだろう。そう言いながらも、仁志は星を連れて、別荘の中をひと通り案内してくれた。星が興味深そうに見ているのを見て、彼はふと口にする。「こっちのことが落ち着いたら、L国にも連れて行く。それからは、お前が好きな場所に住めばいい」星は黙り込んだ。――それから。なんて遠い言葉なんだろう。M国へ来てからというもの、星はこれから先のことをあまり考えなくなっていた。ただ、その場その場で足を踏み外さないように進むだけで精一杯だったのだ。今の彼女は、薄い氷の上を歩くような毎日を生きている。自分に本当にその先があるのかどうかすら、わからない。それでも、仁志のその言葉は、彼女の心のどこかに言いようのない波紋を残した。別荘をひと通り見終える頃には、星もだいぶ気持ちを落ち着けていた。少し考えてから、彼女は自分から尋ねる。「確認できたの?linは……怜央なの?」怜央の名を口にした瞬間、仁志の目がひやりと冷えた。彼は静かにうなずく。「そうだ」ここへ来る途中で、星もある程度は覚悟していた。それでも、実際に彼の口から肯定されると、胸の奥はどうしようもなく沈んでいった。星が、まさか相手が怜央だとは思わなかったのは、彼の性格を知っていたからだ。怜央のような人間が、ここまで長く、根気よく時間をかけて、少しずつ自分の
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第1666話

司馬家。艶やかな毛並みのキジトラ猫が、怜央の膝の上で気持ちよさそうに眠っていた。その怜央は、手の中の携帯をじっと見つめている。星からの音声通話を拒否して以来、彼女からは一通のメッセージも来ていなかった。怜央は眉を深く寄せる。まさか星は、本当に何か危険な目に遭っていて、助けを求める連絡を送る余裕すらないのだろうか。そう思った瞬間、怜央の胸を、かすかな後悔がかすめた。星はこれまで、一度も彼に電話をかけてきたことがなかった。会いたいと言ったこともない。いつだって、淡い距離感を保っていた。怜央にもわかっていた。星は、自分と深く関わるつもりがないのだと。それは彼にとって、ある意味では都合のいいことでもあった。ひとたび正体を知られれば、星が二度と自分に応じなくなることくらい、わかりきっていたからだ。だからこそ、その星が突然、らしくもなく電話をかけてきた。何か起きたのかもしれない。そう考えると、怜央はもう、正体がばれるかどうかなど気にしていられなかった。彼はすぐに、かけ直した。だが、発信した瞬間に通話は切れた。赤い感嘆符が、画面に無情に表示される。怜央は一瞬、動きを止めた。試しにメッセージも送ってみる。だが返ってきたのは、やはり同じ赤い感嘆符だった。その時になって、怜央はようやく悟る。――自分は、星にブロックされたのだ。彼の目に、信じられないという色が浮かんだ。ただ電話に出なかっただけで、星は自分をブロックしたのか?直感が、それは違うと告げていた。だが、では理由は何なのか。彼にはわからない。怜央は携帯を強く握りしめ、呼吸を乱した。すぐに部下へ連絡し、星の居場所を調べさせようとする。だが、その前に電話が鳴った。相手は靖だった。靖の声には、はっきりとした不機嫌さが滲んでいる。「怜央。猫も見つかったんだろう。なら、そろそろ明日香を探すほうに手を回せるんじゃないか?」雲井家の人間は、この数日ずっとD国に張り込んでいた。入国口にはすべて人員を配置し、目を光らせている。その間、明日香に似た女が何人か入国するのも確認していた。だが追ってみれば、どれも本人ではなかった。敵の目くらましだったのだ。本来、もし明日香が本当にD国に連れ込まれているなら、何ひとつ手がかりが出ないはずがない。
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第1667話

怜央は、しばらく黙り込んだままだった。やがて、何かに思い至ったのか、その表情は少しずつ冷えきっていく。……狭い空間には、湿って鼻につく嫌な臭いがこもっていた。すすり泣くような声が、途切れ途切れに明日香の耳へ届く。明日香は重たい意識の底から、ゆっくりと目を覚ました。周囲では、水がばしゃばしゃと跳ねる音がする。かすかに潮の匂いも混じっていた。明日香は気づかれないよう、そっと辺りを見回した。すると、そこには自分と同じくらいの年頃の若い女たちが大勢いた。「ここ……どこ……?」「なんで私がこんなところにいるのよ!」「出しなさいよ!早くここから出して!私が誰だかわかってるの!?こんなことして、ただで済むと思ってるの!?」金髪の若い女が、整った顔を歪め、高そうな上着を羽織ったまま扉を激しく叩いていた。その声には、隠しようのない高慢さと苛立ちがにじんでいる。「私はH市市長の娘よ!父に知られたら、あんたたち全員ただじゃ済まないんだから!早く出しなさい!聞こえてるんでしょ!?」その女をきっかけに、他の女たちも次々と叫び始めた。その騒ぎの中で、明日香はかなり多くの情報を拾った。ここにいるのは、上品でいかにも育ちの良さそうな令嬢もいれば、ごく普通の学生もいる。出身地もばらばらで、互いに何の共通点もなければ、繋がりもなさそうだった。その時、船の外から男たちの嘲るような笑い声が聞こえてくる。「へっ、泣け泣け、叫べ叫べ!陸に着いたら、たっぷり思い知らせてやるよ。その時になっても、今みたいな威勢の良さが残ってるか見ものだな!」船は三日ほど進み、ようやく岸に着いた。閉ざされていた船室の扉も、ついに開く。眩しい陽射しが、容赦なく頭上から差し込んだ。長いあいだ薄暗い場所に閉じ込められていた明日香は、その光だけで涙が滲み、危うく目を開けていられなかった。岸にいた男たちは、彼女たちの姿を見た瞬間、目の奥に吐き気を催すような光を浮かべた。下卑た冗談を飛ばし合い、その視線はまるで獲物を前にした飢えた獣そのものだった。「おっ、今回の品はなかなか質がいいじゃねぇか。腰は細いし、脚は長いし、胸もある。顔も上玉だ。こりゃ、しばらく楽しめそうだな!」「前の時よりずっとマシだろ。前回いた女なんてよぉ、胸がぺったんこで男みてぇだった。全然そそ
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第1668話

周りの若い女たちは、その光景を見て皆あからさまな嫌悪と、見ていられないという表情を浮かべた。明日香も胃の奥がぐっとせり上がる。あの男が女の体をいやらしくまさぐるのを見て、吐き気をこらえるので精一杯だった。明日香はまだ耐えられた。だが、あの金髪の市長令嬢はついに我慢できず、その場で激しく吐き始めた。海に落ちた女は意識を取り戻すと、自分があんな醜く不快な男に触れられていたことを知り、耳をつんざくような悲鳴を上げた。男たちはそんな彼女を見て、かえってますます興奮したようだった。時折つねったり、体を触ったりしながら、口にする言葉も聞くに堪えない。「おっ、こいつなかなか甘そうじゃねぇか。味見できるかどうか、楽しみだな」「あとで検査して状態見りゃいい。今回の品はどれも悪くねぇしな。しかも市長の娘までいるって話だし……」この女が海に飛び込んでからは、もう軽々しく海へ逃げようとする者はいなくなった。溺れ死ななくても、あんな連中に触られるくらいなら、そのほうがよほど地獄だったからだ。明日香も、それなりに修羅場はくぐってきた。絶望に顔を引きつらせる他の女たちに比べれば、まだ少し落ち着いているほうだった。父も兄も、決して自分を見捨てない。朝陽だって探してくれるはずだ。そして――怜央。その名を思い浮かべた瞬間、明日香は無意識に拳を強く握りしめた。瞳の奥には、冷たい光が濃く差す。捕まってから、ようやく彼女は知った。あの時、怜央と一緒に遭った襲撃は、怜央を狙ったものではなかった。最初から標的は、自分だったのだ。怜央が命がけで守ってくれた。そう信じていたからこそ、明日香は相手の狙いが本当は自分だったなど思いもしなかった。だから、彼を見舞いに行った時も護衛を連れていかなかった。何の備えもないまま、あっさり攫われたのだ。明日香は思わず考えてしまう。もしかして怜央は、わざと自分にそう誤解させたのではないか。目的は、星に手を貸して、自分を始末するためだったのではないか。たとえ怜央に、最初から自分を害するつもりがなかったとしても。結果として、彼に惑わされ、こうして連れ去られたことに変わりはない。その後、捕らえられた女たちは全員、全身の検査を受けさせられた。白衣を着た医者が、感情のない声で告げる。「処女は五人。体が弱く、仕事に向
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第1669話

美津子はひらひらと手を振った。「今日は休ませてあげる。今後のことは、明日話すわ」そう言い残して、彼女はその場を去っていった。あとに残されたのは、胸が張り裂けそうな少女たちの泣き声だけだった。……夕食の時間。明日香は、配られた食事を見た瞬間、まったく食欲が失せた。どう見ても、家畜の餌以下としか思えない代物だったからだ。ガンッ!不意に、すぐ近くで何かが床に叩きつけられる音が響く。明日香が静かに視線を向けると、あの金髪の令嬢が目の前の皿をひっくり返し、怒りで顔を歪めていた。「この皿、ちゃんと消毒してるの!?油でベタベタしてるし、汚いし、見てるだけで吐きそう!こんなの、どうやって食べろっていうのよ!」やはり、甘やかされて育ったお嬢様だった。こんな状況に落ちてもなお、わがままを押し通そうとしている。周囲の女たちは呆れたように彼女を見たが、誰も口は開かなかった。「ふん、食いたくねぇなら食うな」食事を配っていた男が、冷笑を浮かべる。「その威勢の良さも今のうちだ。数日後にどうなってるか、見ものだな」「誰に向かって言ってるの!?」幼い頃から蝶よ花よと育てられてきた令嬢は、こんな下卑た男に嘲られたことなどなかった。怒りは一気に爆発する。「この下劣で気持ち悪いヒキガエルみたいな男!私の父が見つけたら、あんたの首なんて簡単にねじ切ってやるわ!」男は鼻で笑った。「ここから出られると思ってんのか?夢見てんじゃねぇよ。来世になっても無理だな。市長の娘だぁ?ここじゃただの商品だ。偉そうにしてんじゃねぇ」パシン!鋭い音が響いた。金髪の令嬢が、男の頬を平手で打ったのだ。彼女は高慢に顎を上げて言い放つ。「あんたみたいな犬、私に跪く資格すらないのよ。それなのに、そんな口の利き方をするなんて」「てめぇ……!」男の顔色が変わり、今にも殴り返そうとしたが、周囲の仲間が慌てて止めに入った。「やめとけ。こんな分別のねぇ女と張り合ってどうすんだ」「そうそう。どうせ長くは生きられねぇ女だ」「あとで美津子さんに回されたら、お前が先に好きにしていいってさ」なだめられて、男はようやく怒りを収めた。それでも令嬢を睨みつけ、吐き捨てるように言う。「覚えてろよ」男が去ると、周囲の少女たちは金髪の令嬢へ
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第1670話

わずか数日で、あれほど高貴で華やかだった市長令嬢は、全身が汚れ、目から光を失った抜け殻のような存在へと変わり果てていた。かつての面影は、どこにも残っていない。冷たい恐怖が、女たちの心にじわじわと広がっていく。金髪の令嬢が閉じ込められている部屋の前を通るたびに、明日香は思わず身震いした。その夜も、部屋の中では女たちが崩れるように泣いていた。「もう無理……こんな生活、もう耐えられない……!あの市長の娘でさえあんな目に遭ったんだよ……!私たちだって、いつ同じことになるかわからない……怖い……!」「知ってる?体に問題があるって言われたあの子……もういなくなったの。みんな言ってる……死んだって……!こんな場所に連れてこられるくらいなら、海外旅行なんて来なきゃよかった……!」明日香の眉間には、重たい影が落ちていた。もう一週間も経っている。父も、兄も、朝陽も――どうしてまだ自分を見つけられないのか。その時、明日香と比較的親しくなっていた東洋系の女が、涙を拭いながら声をかけてきた。「明日香……怖くないの?」その女の名は、心音。一人で旅行に来て、目が覚めたらここにいたという。涙で濡れた彼女の顔を見て、明日香は静かに口を開いた。「連れてこられてるのは、みんな女の子。何をさせるつもりなのかなんて、考えればわかるでしょ」一拍置いて、続ける。「私たちが大人しく従っている限り、少なくともすぐには手を出してこない。あの市長令嬢は……見せしめにされたのよ」この極限状態の中で、明日香はすでに冷静さを取り戻していた。彼女は理解している。希望のすべてを父や兄に委ねるわけにはいかない。もし、彼らが見つけられなかったら?その時は、このまま運命に流されるしかないのか?――違う。自分の運命は、自分で切り開く。絶対に、諦めない。心音は、じっと明日香の静かな瞳を見つめた。最初から気づいていた。この恐ろしい状況の中で、彼女だけが異様なほど落ち着いていることに。取り乱しもせず、状況を見て、考え、先を読んでいる。思わず見上げてしまうような存在だった。――この人は、ただ者じゃない。そう直感した。彼女についていけば、ここから抜け出せるかもしれないと。……最初は三十五人いた女たち。今、ここに残っているのは、数えて
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