彼らのえこひいきなど、彼女にはとうの昔に気づいていた。もはや心の中に、大きな波は立たない。正道にとっては、彼女も明日香も、どちらも同じ「実の娘」だ。長年ともに暮らし、心血を注いで育ててきたのは明日香。その明日香を自然とかばってしまうのは、無理もないことだった。二十年以上を共に過ごした明日香と、ほんの数年しか顔を合わせなかった自分。比べるまでもない。夜の帳の中、星の車は静かに進んでいた。スピードは決して速くない。一度、交通事故に遭ってからというもの、彼女はもう滅多に車を飛ばすことがなくなっていた。信号が赤から青に変わり、車が交差点を抜けようとしたその瞬間――星の瞳孔がぎゅっと縮む。一人の歩行者が、赤信号のまま横断歩道を渡ってきたのだ。反射的にブレーキを踏み込む。だが遅かった。車体が男の体にぶつかってしまった。幸いスピードが出ていなかったため、衝撃はさほど大きくはなかったが、それでも男は倒れ、気を失ってしまった。星は慌てて車を降り、男の容体を確かめ、すぐに救急車を呼んだ。病院。救急室の前で待っていた星に、医師が出てきて言った。「患者は軽い脳震とうだけで、命に別状はありません。少し休めば目を覚ますでしょう」その言葉を聞いて、星はほっと息をついた。赤信号を無視したのは相手のほうとはいえ、彼に何かあったらと思うと、胸の奥が冷たくなっていた。医師といくつか言葉を交わしたあと、彼女は病室のドアを開けた。男はベッドに横たわり、まだ意識は戻っていない。事故のときは動揺していて、顔を見る余裕もなかった。だが、こうして間近で見ると、星は一瞬、息をのんだ。彼の顔を見覚えていたのだ。少し血の滲んだ頬も、その端正な顔立ちを損なうことはなかった。それは、つい先日、葛西先生の誕生日会で見かけたあの男だった。星は椅子に腰を下ろし、静かに男の目覚めを待った。およそ三十分ほど経ったころ、長い睫毛がわずかに震え、男がゆっくりと瞼を開けた。星は立ち上がり、声をかけた。「目が覚めましたね。具合はどうですか?」黒曜石のような瞳がかすかに動き、焦点の定まらぬまま、彼女の顔を見つめた。「......あなたは?」掠れた声。まだ状況を把握できていないようだ。星は
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