All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 881 - Chapter 890

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第881話

星は考えた。「明日香はトップの令嬢として、子どものころから雲井家で育てられてきたわ。それに対して、私は後から認められて戻った身。普通に考えても、明日香が私生児で、私のほうが本当の娘だなんて思う人はいない。なのにあの三人は、私を愛人の子だと断言するように罵ったうえ、私が雲井家に戻りたいがために、わざと噂を流したって言っていた」もし雲井家の誰かが噂を流すのだとしても、こんな露骨なやり方はしないはずだ。なにしろ、星は雲井家に戻る予定で、正道もまだ慈父の顔を崩すつもりはなさそうだった。彼女の手には、封印中とはいえ創業株もある。少し曖昧な態度でも取っておけば、人々が勝手に憶測してくれるのだから、わざわざこんな自分に不利で他人も利さない真似をする理由がない。彩香も同じ点に思い至った。「雲井家の人じゃないとしたら......誰なの?明日香?それとも葛西家?」星は首を振った。「明日香と葛西家も考えにくいわ。明日香は何もしなくても、雲井家が彼女の私生児という汚点を消そうと全力を尽くす。誰かが勝手に動いてくれるなら、彼女が自分で手を下す必要なんてない。葛西家も可能性はあるけど......朝陽と誠一の二人は、明日香の言うことしか聞かない。明日香が指示しない限り、勝手な真似はしないはずよ」星と葛西家の朝陽と輝とは、あれほど揉めたのに、葛西家は何も噂を流さなかった。なのに今回だけ突然流す道理がない。彩香の脳裏に、ひらりとひらめきが走った。「星、もしかして......今回、明日香が怪我をしたから、葛西家の人が仕返しをしようとしてるとか?」星はまたしても首を振った。「清子の証拠は、もう雲井家に渡してあるし、朝陽たちの耳にも入っているはず。明日香が彼らをわざと誤解させるようなことはしないわ。そんなの、すぐに暴かれてしまうもの。――明日香は、清子みたいなことはしない」彩香も頭を抱えた。「じゃあ誰なのよ?ほかに私たちと因縁がある人なんていたっけ?私たちが見落としてる相手がいるの?」星は、少し離れた場所を見やりながら言った。「焦る必要はないわ。相手はそのうち、必ずボロを出す」「じゃあ、私たちは何もしないでいるの?」「今は相手が裏にいて、私たちは表にいる。しか
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第882話

夜、星は正道からの電話を受けた。電話で正道が言った内容は──噂を流したのは自分ではなく、どういう経緯で広まったのかは全くわからない、というものだった。さらに、後日の親子関係を正式に公表する宴では、自分が直接みんなの前で説明すると付け加えた。それを聞いた星の胸中には、一片の波立ちすら生まれなかった。一度流れた噂は、どれだけ弁明しようとも、世間から見れば隠そうとしているとしか映らない。今の正道は、この噂をありがたいくらいに思っているかもしれない。……「星野星が私生児」という噂が広まって数日も経たないうちに、それを吹き飛ばすような大ニュースがでた。「本当の私生児は星野星ではなく──雲井明日香だった!」「明日香様のイメージ完全崩壊、まさかの愛人の娘!」「雲井正道・漁女・星野夜──三角関係を徹底暴露!」星が私生児だという噂とは違い、明日香が私生児であるという話には、強力な証拠が揃っていた。そのせいで、正道が若いころ記憶を失って数年間行方不明だった件まで、まとめて暴露されてしまったのだ。数十ページにも及ぶ証拠と暴露内容は、まさに驚愕そのものだった。星が私生児だという噂とは、注目度の格がまったく違う。明日香は、ずっと名家の令嬢の象徴であり続けた。彼女の一挙一動は注目の的で、これまで一切悪い噂がなかった。本人も文句のつけようがないほど優秀で、多くの令嬢たちが嫉妬し、羨望しながらも、どうすることもできなかった。仕方がない。トップの令嬢としての明日香は、あまりに完璧だった。そんな非の打ち所がない高嶺の花のような女神が、実は愛人の娘だった──その事実は、衝撃としか言いようがなかった。外部のファンはもちろん受け入れられず、上流階級内も大きく揺れ動いた。たとえ私生児であったとしても、明日香本人の優秀さがあれば、いずれはその欠点を補えたはずだ。けれど──これまで明日香のイメージは完璧に作り上げられすぎていた。ずっと彼女を引きずり下ろしたいと思っていた者たちも、長年探しても材料がひとつも見つからなかった。そんな中で、明日香は私生児という一点だけが唯一の攻撃手段となったのだ。この好機を逃すはずがない。ネット上は、一気に人が湧き、言いたい放題の状態になった。「うそだろ、生まれつ
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第883話

正道は夜を見つけられず、外には難産で亡くなったと発表するしかなかった。さらに遡れば──夜が正道と結婚した当時、盛大な式典こそ開かれたものの、式場にはメディア関係者は一切招かれず、すべてが厳格に秘匿され、誰ひとり漏らすことを許されなかった。夜自身も控えめな性格で、身近な親族や友人以外は、彼女が雲井夫人であることを知る者もほとんどいなかった。メディアが正道の妻に触れる際も、単に雲井夫人と呼ぶだけだったため、年月が経つうちに、夜という名を知る者は完全にいなくなった。その後、夜はZ国で名を上げる存在となったが、正道の一家は遠くM国におり、その事実を知ることはなかった。長年探し続けても見つからなかったため、正道はとうに捜索の手を引いていた。夜を追い詰めすぎたくないという思いからだった。正道は、彼女には子どもが三人いるのだから、夜はいずれ戻ってくるだろうと考えていた。まさか、再び夜の消息が入ったのが──娘を受け入れてほしいという連絡になるとは思いもしなかった。夜が正道の妻だったと知り、多くのネット民が驚愕した。「正道って、亡き妻を盾に深い愛情キャラを演じて、長年未亡人を貫いてたから──てっきり相当一途な男なのかと思ってたよ。結局は妻を捨てて愛人に走ったろくでなしじゃん!」「正道、記憶喪失になったあと別の女と悠々自適。その間、夜は苦労して会社を支え、子どもを育ててたのに......結果どうよ?自分の私生児を正妻の娘ってことにして育てたって?夜にどう説明するつもり?」「明日香も大概だよ!この前なんてネット中で星が私生児だって叩かれてたのに、ひと言も弁解しなかったじゃない!」「雲井家って息子が三人いるんでしょ?彼らも星のために声を上げてない......まさか、彼らも愛人の子だったり?」「雲井家、ほんと奇妙な家系だな!」「明日香、お前の母親は人の夫を奪って、お前は人の父親を奪ったんだよ。星に土下座して謝るべきじゃないの?」明日香がどれほど称賛されていたか、その分、落ちた時の惨さも桁違いだった。ネットはほぼ全面的に明日香への罵倒で埋め尽くされた。もちろん、明日香の忠実な支持者たちは必死に反論した。「前の世代のことなんて、うちの明日香には関係ない!明日香は無実!
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第884話

鼻をつくような唾が、潔癖なほど清潔を好む明日香の顔に落ちた。明日香は、まるで時が止まったように呆然と立ち尽くした。全身を巡る血が一瞬で凍りついたかのようで、極寒の只中に投げ込まれたかのように、歯がガタガタと震える。しかし──何より彼女を打ちのめしたのは、周囲から向けられる蔑みの視線と、軽蔑の色だった。選手同士の間ではニュースは流れるのが早い。とくに明日香のように注目度の高い選手となれば、なおさらだ。あちらこちらで人々が集まり、その投げつけられるような視線は針のように、明日香へと刺し込んだ。ざわめく声が、小さく、しかし容赦なく耳に届く。「まさか、彼女が本物の私生児だったなんて。ずっと雲井家の令嬢だと思ってたのに」「このご時世、私生児なんて珍しくもないけど......こんなに活動的な私生児は初めて見るわ」「ほんとよ。普通は隠し通して、知られたら恥だと思うものなのに。彼女は......トップの令嬢なんて称号まで掲げて、堂々と大衆の前に立ってた」「トップの令嬢?はっ。私生児からトップの令嬢になったなんて聞いたことないわ」「ていうか、あの母親の図々しさもすごいよね。助けた男を行方不明扱いにして匿ってたんでしょ?明日香のファンは、正道が記憶喪失だったから知らなかったんだ、とか言い訳してるけどさ。当時、捜索広告が街中に溢れてたよ?テレビ、ラジオ、ネット、新聞......うちの団地の入口にも貼ってあったくらい。一般市民の私でさえ知ってたのに、彼女の母親は知らなかったなんて、誰が信じるのよ?」「さっき昔の記事も調べてみたけど、正道も大概だったね。若いころ、あの愛人と派手に付き合い回っててさ。ニュースなんて、正道と愛人のツーショットばっかり。夜との写真なんて一枚もない。当時の報道じゃ、正道と夫人は政略結婚で愛情なし、愛人こそ真の恋人、悲劇のカップルなんて持ち上げられてたんだよ」「それってさ、神谷と小林の関係と同じじゃない?神谷が結婚したなんて誰も知らなくて、奥さんの名前すら表に出てなかったし。星と雅臣が揉めて初めて、妻は星だったって世間が知ったくらいで」「やっぱりね、世界中のクズは似たようなもんだわ」「明日香の運もすごいよね。母親が死を代償に、
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第885話

その場の空気が、数秒だけ凍りついた。しかしすぐに、周囲からは嘲りと哄笑が沸き起こった。「ハハハッ!今のあいつ、めちゃくちゃ笑えるんだけど!」「どこの女神よ?どう見ても負け犬じゃない!」「早く早く、今の惨めな姿、写真撮ってネットに上げろよ!」明日香には、生涯でこれほど暗く、これほど惨めな瞬間はなかった。まるで誰もが彼女を踏みにじっていいかのようだった。愛人の娘であるというだけで、誰でも彼女を罵れ、嘲れ、汚せるかのように。明日香自身、どうやって会場から出たのか覚えていなかった。会場を出た瞬間、朝陽と誠一が駆け寄ってきた。全身ずぶ濡れでひどく乱れたその姿を見た途端、二人は言葉を失った。彼らでさえ、これほど惨めな明日香を見たことがなかったのだ。だが我に返った瞬間、胸の奥底から湧き上がったのは、爆発しそうな怒りと痛ましさだった。朝陽は歯噛みし、声を押し殺すように言った。「これは......星に違いない!」星に対する悪意ある噂が消えきらないうちに、今度は明日香の私生児疑惑が爆発した。どう見ても、星の反撃だと朝陽には思えた。誠一は明日香を支えようと手を伸ばしたが、声をかける前に、彼女の身体はふっと力を失い、そのまま意識を手放した。……明日香が私生児だという件は、上流社会を大きく揺るがした。彼女はトップの令嬢であり、多くの名家が競って縁談を望む存在だった。その完璧に作り上げられた名声が──実は私生児だったという事実で崩れ去ったのだ。私生児を忌み嫌う家は多く、彼らは急いで明日香との関係を断ち切ろうとした。雲井グループの株価までが、連動して暴落した。靖がこの知らせを聞いたとき、信じられないという顔をした。いてもたってもいられず、正道のもとへ急いだ。正道は、夜に関する資料を読み返していたところで、靖の報告を聞いた瞬間、表情が固まった。まさか聞き間違いかと、震える声で問い返した。「靖......いま、なんと言った?」靖の表情は極限まで険しくなっていた。「明日香が私生児だという件、何者かに暴露されたんだ。加えて、父さんが昔失踪し、記憶をなくした件まで掘り返されている。いま、ネットでは父さんも明日香も罵倒の嵐だ。さっき雲井グループは緊急会議を開き、明日
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第886話

どれほど家族の内部で不和があろうとも、どれほど身内同士が争おうとも──普通はそれを外に漏らして、他人の笑いものにはしない。司馬家のように私生児が多い家系でさえ、日頃はどれほど血みどろの内輪揉めがあっても、わざわざ世界中に宣伝するような愚を犯しはしない。家の恥は外に出すな──この道理は誰より当事者がわかっている。こんな醜聞を広めて、人々が笑うのは当人だけだろうか?違う──その家族全体が嘲りの対象になるのだ。今回、星がこの件を表に出してしまったことで、雲井家の面目は完全に地に落ちた。正道、明日香、三人の息子たち──さらには星と夜までもが、これから長く人々の酒肴の種になるだろう。もしこれが星の報復だとしたら、あまりにも愚か極まりないやり方だった。敵を攻撃する代わりに、自分も失うようなものだ。正道は厳しい声で言い放った。「なんという短慮だ......!大任など到底、任せられん!最近の星の働きを見て、ようやく見直しつつあったというのに......今となっては──」正道の怒りは、濃い失望へと変わっていった。「見誤っていた。彼女は夜どころか、明日香にも遠く及ばない」靖も、星の行動は愚の骨頂だとしか思えなかった。感情をぶつけ、明日香を道連れにしたところで、何ひとつ利益を得られない。靖は冷ややかな笑みを浮かべた。「星はほんとうに、自ら蒔いた種で身を滅ぼすタイプだ。雲井グループで彼女を推そうとしていた者たちも、この件を見て、考え直すだろう」世の中はみな利を求めて動いている。星の幼稚な復讐は、一見、雲井家を痛めつけたように見えるが──彼女は忘れていた。自分の創業株が、まもなく解禁されることを。雲井グループに入る前から会社の利益を損ねれば、指示していた年長たちは失望し、中立派も一斉に雲井家側につくだろう。星の一手は、あまりにも得策ではなかった。靖は表情の冴えない正道をうかがいながら言った。「星には星の好きにさせよう。この件の後では、彼女の雲井グループ入りに反対する者が八、九割は出るはず。彼女の持つ創業株も、売るしか道は残らないだろう。十パーセントの株があっても、大勢を動かせない」その言葉に、正道の表情はいくぶん和らいだ。深く息を吐き出し、尋ね
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第887話

誠一の眉間には、深い憂色が浮かんでいた。「叔父さん......怜央は狂犬だよ。呼び寄せたら、何をしでかすかわからない」怜央が、かつては家系の端に追いやられた私生児から、今では司馬家の当主にまで登りつめたのは──その残忍な手腕ゆえであり、男である誠一ですら、聞くだけで寒気を覚えるほどだった。朝陽は静かな口調で言った。「今回の明日香への攻撃は、相手が明らかに準備していたものだ。情報は抑えるどころか、逆に加速して広まっている。葛西家でも雲井家でも、事態を止めることはできない。このままでは、明日香は完全に潰される。ならば──怜央と手を組み、まずは明日香をこの難局から救い出すしかない」それでも誠一は、なお迷いを抱えていた。「でも......怜央のやり口は、あまりにも苛烈だ......」誠一は多少の策略家ではあるが、朝陽ほど冷酷ではない。彼にとって、星が私生児と罵られた件が暴露され、星が反撃したとしても、筋は通っているように思えた。自分、輝、朝陽──皆、かつて星の手に痛い目を見ている。星がやり返す性格であることは、誰より彼らがわかっていた。誠一は明日香に肩入れしているが、星と明日香が互いに暴露し合うのは姉妹間の問題だ、とも思っていた。だが、怜央のような者が関われば、事態は制御不能になる可能性が高い──そんな時だった。白衣の医師が、慌ただしく二人のもとへ駆けてきた。「葛西さん、大変です!雲井さんの入院が、どういうわけか外に漏れました!今、病院の下は報道陣だらけで、セキュリティーではとても抑えきれません!さっきの連絡では──もう階上へ上がってきているそうです!」すでに警察へ通報済みではあったが、出動には時間がかかる。今にも押し寄せてくる彼らを、止める術はなかった。朝陽の瞳が鋭く光った。しかし、さすがは葛西家の家主──反応は迅速だった。「あなたに二千万寄越す。三分以内に、明日香と体格が似た看護師を一人探してくれ。おとりとして時間を稼ぐんだ」医師は目を輝かせ、即座に走り去った。「すぐに取りかかります!」朝陽は誠一に向き直った。「誠一、車を準備させろ。裏門から出る」誠一は力強く頷いた。「わかった」……朝陽の的確な指揮のもと、彼
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第888話

望遠鏡を下ろした航平は、スマホを取り上げ、続けて指示を出した。「ネットで明日香を罵っているサクラは、そのまま続けさせろ。止めるな。それから、一部の選手にも金を掴ませろ。明日香が大会に顔を出したら──誰かに片づけさせろ」ただの私生児が、星の座を奪おうなど笑止千万。星は優しい。血縁のよしみもあり、自ら手を下すことはしないだろう。だが──彼は違う。ここはJ市、彼の地盤だ。明日香がこの地に足を踏み入れた以上、彼は彼女に一生忘れられない教訓を叩き込むつもりだった。……怜央と優芽利が駆けつけたとき、彼らが目にしたのは──明日香が群衆に囲まれ、次々に物を投げつけられている光景だった。投げる手は止まらず、口からは心を刺す汚い罵声が飛び続ける。意識を取り戻した明日香は、もう倒れることはなかった。ただ、深く俯き、長い髪で表情を隠し、何を思っているのか、誰にも読み取れなかった。朝陽も誠一も身のこなしは悪くない。だが誠一は明日香を背負っているうえ、朝陽は一人きり。相手の群衆は距離を取り、遠くから物だけを投げつけてくる。朝陽は軽率に動けず、ただ明日香の前へ身を差し出し、時折飛んでくる物を防ぐことしかできなかった。だが──焼け石に水だった。その光景を見た怜央の目が、怒りで裂けんばかりに見開かれた。彼はためらいもなく前へ進み、腰のナイフを抜き放つ──そのまま勢いよく、明日香に向けて物を投げようとしていた一人へと投げつけた。「ぎゃあっ!」悲鳴。男の手に刺さり、血が噴き出す。突然の流血に、群衆は一気に騒然となり、怯えの色が広がった。怜央の瞳には、鋭い殺意が灯る。彼は負傷した男へと歩み寄り、そのまま命を奪おうと手を伸ばした。だが、朝陽が眉をひそめ、間に入って制した。怜央は血走った目で朝陽を睨みつけた。その視線に晒され、朝陽でさえ一瞬、心臓が冷たく縮んだ。怜央は低く、凍りつくような声で言い放った。「お前は事を荒立てるのが怖いんだろう。だが──俺は違う」朝陽は低く応じた。「明日香がここにいる。彼女にこれを見せたいのか?それに──これほど迅速に情報が漏れている。背後で誰かが仕組んでいるのは明白だ。ここで血を流せば、明日香は殺人犯扱いにされ
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第889話

「抜け目のないやり方だ。多少の策はあるらしい。どうりで明日香が、あの女の手でここまで痛手を受けるわけだ」朝陽は言った。「もうわかっただろう。ネットに出回った明日香への噂は、どうやっても抑え込めない。今や明日香だけじゃない、雲井家そのものが嘲笑の的だ」怜央は星のことをよく知らなかった。彼に入ってくる情報は、すべて優芽利からのものだった。「星は......なぜここまでする?」朝陽は言った。「一つは復讐。だが──本当の理由は、名分のないまま雲井家に戻るつもりはないからだろう」朝陽は、正道が星を家に戻そうとしていることを説明した。「いま星の背後には、雅臣と影斗がいる。ここはZ国だ。彼らの庇護がある以上、星に手出しするのは難しい」怜央は目を細めた。「では、お前は何もしないつもりか?明日香にこのまま泣き寝入りしろと言うのか?」朝陽は淡々と返した。「ならお前にはできるのか?雅臣と影斗の庇護から、星に手を出すことが。聞いた話だと、星の側には今も影斗の配下がついている。下手に動けば、こちらのほうが危ない」怜央の口元に、冷たい笑みが浮かんだ。「やろうと思えば、できないことなどない」ちょうどその時、優芽利が部屋から出てきた。「明日香、着替え終わったわ。いまは落ち着いてる。二人とも会えるわよ」朝陽はその声を聞くなり、話を途中で切り上げ、部屋へと大股で入っていった。怜央も続こうとしたが、優芽利が前に立ちはだかった。「兄さん、話したいことがあるの」怜央は彼女を見下ろした。「なんだ?」優芽利は、ちらりと明日香の部屋へ視線を移した。それだけで、怜央は察した。「来い」彼は優芽利を自室の書斎へと連れていった。書斎のもっとも目立つ位置に、一枚の絵画が飾られている。その絵に気づいた優芽利は、はっと目を見開いた。「兄さん......この絵、あなたが落札したの?」その絵は──以前、優芽利が明日香と共に参加した競売で、明日香が欲しがっていた『夜の色』だった。あの時はとてつもない高値までつり上がり、最後は謎の買い手が巨額を投じて落札してしまった。朝陽でさえ手に入れられなかった作品だ。怜央は片眉を上げた。「お前も知っていたのか」
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第890話

優芽利は、壁に掛けられた絵画を見つめた。驚いたことに、それらの署名はすべてサマーと記されていた。その中の二枚は──かつて彼女が司馬家にいた頃、兄の書斎で何度も目にしたものだ。記憶では、もう何年も飾られていた。優芽利は絵には興味がなかったため、当時は軽く目を向けただけで、深く気に留めていなかった。だが今回は、怜央の書斎で、明日香とのオークションで見た『夜の色』を目にし、思わずじっくりと見入ってしまった。まさか──怜央が、司馬家に飾ってあった絵までここへ持ってきているとは。それだけ、これらの絵を大切にしているということだ。興味のあるものに話題が及ぶと、普段は寡黙な怜央の口数は、珍しく増えていた。その表情にも、いつもの陰鬱さがいくらか薄れていた。「最初にサマーの絵を見た時、すぐに分かった。この画家は、いずれ大成する──とな。あの頃、サマーは新人で、絵は高くなかった。だが俺もまだ司馬家の当主になる前で、手持ちの金などたかが知れていた。高名な画家の作品なんて、とても買えなかった」絵を愛する者で、絵を集めたいと思わない者は少ない。怜央も例外ではなかった。しかし──ただ司馬家の血を引いているというだけで、彼は抑圧され、見下され、普通の人間より困窮した生活を送っていた。欲しい絵は買えず、買える絵には興味がない。怜央は続けた。「その時、ようやく出会ったんだ。買える値段で、自分が好きな絵に。だから手に入れた」それ以来、サマーが作品を出すたび、怜央は真っ先に買い求めた。しかしその後、権力争いが始まり、絵どころではなくなった。当主となってから改めてサマーの作品を探させたが、市場に出回る絵は少なく、しかも新作は長らく途絶えているようだった。優芽利はようやく悟った。──だから、兄はサマーの絵をここまで大切にするのだ。サマーの絵は、兄が苦境の中を歩いた時期に寄り添ってくれた、唯一の灯りのような存在だったのだ。優芽利は言った。「明日香もサマーの絵が大好きよ。いつかサマーに会って、絵について語り合いたいって言ってた」怜央の目に、淡い失意がよぎった。「サマーの行方は、ずっと調べている。だが、かつて作品を仲介していた人物の話では──五年前から連絡が取
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