遥香はすぐに声を落とし、恨めしげに言った。「つまり……気分が悪くて食べられないから、早く帰って。そのうち江里子が看てくれるから」だが修矢はまるで耳に入れず、荷物を持ってそのままキッチンへ向かった。遥香は首を伸ばして様子をうかがったが、大きな動きはできず、ベッドに寝転んだまま元気のないふりをした。やがてキッチンからほのかな甘い香りが漂い、遥香は思わず鼻をひくつかせた。寝室のドアが開き、修矢が温かい甘酒を手に入ってきた。「温かい。ちょうどいい温度だ。君は病気になるといつも食欲がなくなるから、和田さんがよくこれを作ってくれていた」和田は修矢の別荘の家政婦で、二人がまだ離婚する前からずっと遥香の世話をしていた。遥香は動きを止め、彼がそんなことまで覚えていたことに驚いた。胸がじわりと苦しくなった時、スプーンがすでに口元へ差し出されていた。「食べてみろ。和田さんに習ったんだ」「どうしてそんなこと習ったの?」遥香は少し胸が詰まる思いで口にした。「柚香のため?彼女もこれが好きなの?」修矢は眉をひそめた。「柚香とは関係ないだろう?」遥香が一口飲むと、和田の味とほとんど変わらず、修矢に料理の才能があることに驚かされた。「うん、美味しいわ。料理人になれる素質ありそうね」遥香は皮肉っぽく言った。今の彼女には、彼に対する忍耐も優しさも残っていなかった。修矢は器を下ろした。「まあな」ピンポン。遥香がLINEを開くと、和田からのメッセージだった。【奥様、旦那様はそちらにいらっしゃいますか?今朝早く、大急ぎでたくさんの材料を持って出かけられました】【あの料理、数十回も練習してやっとできたんですよ】和田からさらに音声メッセージが届いた。訛りが強く、文字変換でも遥香にはよく理解できなかったが、大半は二人に仲直りを勧める内容だった。数十回も練習した。きっとそんな根気を見せるのは柚香に対してだけだろう。こんな馬鹿らしく、一方的なことをするなんて。けれど、さっき彼は柚香とは関係ないと言った。遥香は少し混乱したが、もう考えるのも面倒になった。鴨下家の件が片付けば、彼女と修矢は本当に別々の道を歩くようになるから。「昨日はよく眠れなかっただろう、寝なさい」修矢は低くつぶやき、手を伸ばして遥香の額の髪を優しく払った。「熱は下がっ
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