All Chapters of たとえ、この恋が罪だとしても: Chapter 91 - Chapter 100

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15・3年後

 徐々に速度を落とし、わたしの前で停止した。 きっと、保護者のどなたかが忘れ物を取りに来たのだろうと、運転席側の扉に目を向けた。  でも、降りてきたのは、保護者ではなく…… 「文乃」と呼ぶ懐かしい声の持ち主だった。    えっ? 久しぶりに3年前の思い出に耽っていたから、目を開けたまま夢を見ているのだろうか。 でも間違いない。  長めの髪を掻きあげながら、少し照れくさそうに、こっちを見て微笑んでいるのは。 ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。 とても信じられない。  だいたい、わたしがここにいることを知っているはずないのに。 いったい、どうして?  でも、こっちに向かって歩いてくるのは、たしかに安西さんだった。    全身の力が抜けて、その場に座りこみそうになる。 「あ……やの」  感極まった声で呼ばれて、気づいたときには、思い切り抱きしめられていた。 懐かしい煙草の薫りが、時間をいっきに3年前に引き戻す。「やっと……会えた」 「安西さん、どうして?」 彼は抱きしめていた腕の力をゆるめて、わたしの目をのぞき込んだ。「それはこっちのセリフ。突然、目の前から消えちゃうって、いったい何の手品だよ」 口では文句を言いながら、でも、包み込むような眼差しは限りなく優しくて……
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15・3年後

「もし、もう一度文乃に会えたら、ぜったい文句を言ってやるんだって思ってた。黙っていなくなるなんてひどすぎるって」 そう言って、わたしの額に自分の額を合わせた。   「でも、そんなことどうでも良くなったよ。こうやって会えたから」 まだ夢の中にいるようで、現実感が湧かない。「冷えきってる」 「安西さん……ねえ、どうして?」 わたしの問いには答えず、安西さんの唇がわたしの唇に触れそうになった。 そのとき、保育所のなかから、もう一度、わたしを呼ぶ声が聞こえてきた。  わたしは安西さんの胸を手で軽く押すと、小さな声でつぶやいた。「ごめんなさい。行かなきゃ。もう閉めるところで」「こっちこそ、ごめん。まだ仕事中だったよな。嬉しすぎて、つい……」  ばつが悪そうに頭をかきながら、遠慮ぶかげな声でこう訊いてきた。「えっと、じゃあさ、この辺で時間つぶせるとこ、ある? ゆっくり話がしたいんだけど」「まだやることがあるので……少しお待たせしてもいいですか」    わたしの答えを聞いて、安西さんは嬉しそうな顔で答えた。「もちろん。いくらでも待つよ」 「それじゃ、この先にファミレスがあるので、そこで」 「わかった。じゃあ、あとで」    安西さんは片手をあげて挨拶すると、車に乗り込んだ。 混乱していた。  頭のなかが嵐に見舞われたようだ。   暴風雨が吹き荒れている。
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15・3年後

 嬉しくないはずがない。  ずっとずっと焦がれていたひとが会いに来てくれたのだから。 でも、人間、夢が突然叶ってしまうと、思考が停止してしまうらしい。  夢が現実になったとたん、どうすればいいのかまったくわからなくなった。 何を話せばいいのかさえ、思いつかない。「あら、どうしたの? 狐につままれたような顔して」  所長先生にそう言われても、うまく返事ができなかった。  すっかり日が落ちて、闇に覆われた町のなかで、そのファミレスだけが煌々と光を放っていた。 まるで港に船を誘導する灯台のように。 この店に安西さんがいる。  まだ、とても現実のことと思えない。「すみません。お待たせして」 「いや、ぜんぜん。思ったより早かった」 彼は満面の笑みでわたしを迎え、向かいの席に座るように促した。    3年ぶり。ひと通り、挨拶をすませると続く言葉が見つからない。  気まずいわけではない。  でも、この状況に馴染むまでに、少し時間が必要だった。 一方、安西さんは3年の時間なんてあっという間に飛び越えたらしい。  まったく以前と変わらない口調で話しはじめた。   「髪、切ったんだ」  「はい。あまり長いと、子どもたちに引っぱられるので」 「よく似合ってるね。ショートもいいな」   
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15・3年後

 にこやかな表情で面と向かって褒められたりすると、顔が赤くなる。  その眼差しを受けとめきれず、思わず下を向いてしまう。 わたしはまず一番、疑問に思っていたことを尋ねた。   「どうして、わたしの職場がわかったんですか?」   「それはね……」    安西さんは口角を少し上げて、意味ありげな笑いを浮かべた。「おれが、超能力使えること、前に話してなかったっけ」  「えっ?」  「ほら、UFO見たって言っただろ。そのとき、不思議な力を授かったんだよ」  「ほんとうに?」     真に受けた私を見て、彼はいつかのように、吹き出した。「もう、文乃は何でそんなに可愛いんだよ。そんなわけないだろ」  やったねと、というような表情をしている。  ああ、安西さんだ。変わってない。3年前のままだ。 世間からあれほど注目されているひとなのに、彼の態度からはそんなことは微塵も感じられない。   「本当にそんな力があったら、もっと早く会いに来てるって」    じつはさ、と言って、安西さんは種明かしをはじめた。「おれ、あれから毎年、あそこの教会のコンサートに行ってたんだよ。もしかしたら文乃に会えるんじゃないかって思って」 安西さんの話はこうだ。 合唱団の讃美歌コンサートは恒例の行事になって、あれから毎年12月の第2日曜日に開催されていた。 もちろん、わたしもコンサートのことは知っていた。  待子さんとは年賀状のやり取りを続けていたので、毎年ご案内をいただいていた。
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15・3年後

 今年も待子さんからぜひ来て、とお誘いをいただき、行こうと思っていたけれど、当日になるとどうしても気乗りがせず、結局行けずじまいでおわった。 行けば、また安西さんの思い出に捉われて、自分を失くしてしまいそうで怖かった。   この前の日曜日がコンサートの日だった。 今年もわたしに会えずがっかりして帰ろうとした安西さんに、待子さんが声をかけたそうだ。 待子さんは、彼が毎年来ていたことを知っていて、もし今年も訪れたら、わたしのことを教えようと決めていらしたそうだ。「文乃ちゃんに会いにいらしたのでしょう? 3年通ったんだから、あなたの気持ちは本物なのね。千日も思い続けるなんて、なかなかできないことだわ」と。 そして、わたしがこの町で保育士をしていることを教えてもらったそうだ。「でも、保育所の名前とか、くわしい場所は知らないからどうしても会いたいのならお探しなさいって言われた。で、しらみつぶしに保育所回って、ようやく文乃を見つけたってわけ」 安西さんはコーヒーに手を伸ばす。「この辺の保育所、六、七か所回ったよ。不審者と思われるしさ、大変だったんだぜ」 こんな格好してるから当たり前か、と言ってから、カップに口をつけた。「でも、探したかいがあった。こうして会えたから」  それから、手にしていたリュックから半分にたたまれた紙を出して、わたしに手渡した。「それ、待子さんから。お詫びの手紙って言ってたよ」  
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15・3年後

 ほんの数行の走り書きだった。  文乃さん   勝手に居場所を教えてしまって、ごめ     んなさいね。  でも心から好きだと思える相手と出会え   るのは奇跡なの。  そんな機会を自分の手でみすみす潰してし   まったら、神様がお怒りになりますよ。  自分の気持ちに正直にね。  もう意地を張らなくても大丈夫。   あなたはもう充分、償っていますよ  その手紙を読んで、凝り固まっていたわたしの心が不思議なほど、ほぐれていくのを感じた。 あのときもそうだった。  待子さんが自責の念に沈んだ心を癒してくれた。「素敵なひとだな。待子さんって。『この年になって、キューピッド役ができるなんて、おふたりに感謝しなきゃ』って言ってたよ」 コーヒーカップを置くと、安西さんは話をつづけた。「正直に言うと、会いにくるのはものすごく勇気がいったよ。もう、文乃には別のひとがいるんじゃないかって。それでも、もし、望まない結果になったとしても、気持ちにけりをつけたかったんだ。そうしないと、一歩も前に進めなかった」「……安西さん」 そんなふうに思っていてくれたなんて、思いもよらなかった。 彼を取り巻く世界はあまりにも華やかで、いつしか別世界の住人と思うようになっていた。 もうとっくに、わたしのことなんて、忘れているはずだと。 けれど、探るように見つめる彼の瞳を見て、気がついた。  わたしが突然姿を消したことが、どれほど安西さんの心を傷つけていたか。  
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15・3年後

 あのとき、自分は俊一さんへの罪悪感を少しでも薄れさせることしか、考えていなかった。 安西さんの、わたしを想ってくれる気持ちを軽んじたつもりはまったくなかったけれど、結果的に彼の気持ちを踏みにじってしまった。  結局、わたしは自分のことしか考えてなかった。  ひどいことをした。  安西さんの顔がまともに見られない。俯いたままで、わたしは言った。「ずっと、ずっと、あなたのことはもう忘れなければいけない、と思ってました。安西さんにとってわたしは、もう遠い過去になっているはずだって。 それに、本当に、わたし、安西さんみたいなひとには、ぜんぜんふさわしくないし……」    言葉が終わらないうちに、安西さんの手がわたしの頬に伸びてきて、軽くつねられた。 思わず顔を上げると、目が合った。  慈しみに満ちた表情でわたしを見つめている。 初めて会ったときから、わたしを惹きつけてやまない瞳。 その美しい瞳と見つめ、ようやくふたたび安西さんに会えたことの喜びが、わたしの心を満たしはじめた。「何言ってるんだよ。ふさわしいかどうかなんて、おれが決めることだろう」  そのまま、わたしの髪を優しく撫でながら、続けた。「おれが愛する女は、文乃だけだよ」  そう言ったとたん、安西さんはあわてた顔をして、自分の口を両手で押えた。  急にどうしたのだろうと思っていると……「うわ、やば。まじで歯が浮いてきた」と真面目な顔で言う。  本気であわててる姿が可笑しくて、思わず吹き出してしまった。 そんなわたしを見て、安西さんは嬉しそうに言った。 「やっと、笑ってくれたね。その顔が見たかったんだよ」
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15・3年後

 そう言うと、今度はこれ以上ないほど真剣な表情に変わった。「会いたかったよ。文乃がどう思ってるかわからないけど、おれは今でも文乃が好きだ。その気持ちは少しも変わっていない」 もう、我慢できなかった。  堰を切ったように涙が頬を伝っていく。    店はほぼ満員だし、店員さんも近くにきそうだし、こんなところで泣いたらおかしいと、自分をいさめるのだけど、どうしても止まりそうになかった。「ご、ごめんなさ……い、お、おかしいですよね……こんなところで」 安西さんは優しい眼差しでわたしを見つめながら、ハンカチを差し出した。 そして、「出ようか」と言った。  それからすばやく立ち上がると、わたしをかばうように肩に手を回して歩き出した。 表に出て、駐車場に向かう途中の壁際で抱きすくめられた。「文乃……会いたかった……おれのあやの……」 そう言って、わたしの顎をすくいあげる。  懐かしい彼の唇の感触がわたしの心に灯りをともしていく。「文乃は? おれを好きでいてくれた? 今も変わらない?」  少し不安げにそう尋ねる彼の顔を、わたしは見あげた。「……変わって……ません。ずっと……ずっと好きでした。ずっと、会いたかった」 唇が重なる。  深く、激しく。 まだ、宵の口だし、誰か通りかかるかもしれない。  そんな考えが、ちらっと頭をよぎったが、それでもかまわない。  そう思った。 名残惜しげに唇を離すと、彼は切羽詰まった声音でささやいた。「もう、死んでも離さないから、覚悟して」  
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エピローグ

 彼の部屋で、安西さんはありったけの情熱を注ぐかのようにわたしを抱いた。「安西……さん」 獣のようにわたしを貪る彼にこたえて、いつしか、わたしもあらぬ声をあげていた。   「まだ夢みたいだ。文乃とこうしているなんて」 「わたしも……同じこと、考えてました。今」 情事の余韻に浸ってぼんやりしているわたしに安西さんがつぶやいた。 彼の腕がわたしの身体の下に滑り込んできて、そのまま引き寄せられる。  背後から抱きしめられて、肩口にそっとキスされる。 こわれものを扱うように優しく。  そうした態度のすべてがわたしを幸福の極みに連れて行ってくれた。 あのときは、その幸福が怖かった。でも、今は違う。  そのことが心の底から嬉しかった。「なんで保育士になったの?」  わたしの髪をもてあそびながら、安西さんが尋ねる。「歌にかかわる仕事がしたくて。保育士になれば毎日子供たちと思い切り歌えるなと思って、それで通信で資格を取って……」「文乃らしいな。おれ、文乃の歌、好きだよ。とっても美しい澄んだ声をしてるから。子供たちが羨ましいよ」 そんなふうに褒められたのは初めてだ。  他でもない安西さんに言われたことも相まって、嬉しさがふつふつとこみあげてきた。
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エピローグ

 「ありがとう……。嬉しいです。そう言ってもらえると」 そう呟くわたしの髪を耳にかけて、露わになった耳たぶに戯れにそっと歯を立ててきた。 噛まれたと言っても、ほんの軽く触れられた程度だった。 でも、心も身体も敏感になっているわたしは、それだけのことでも思わず声をもらしてしまった。   「あ、うんっ……」 「……その声も好きだよ。そんな声を聞かされたら」 少しかすれた色めいた声で安西さんがつぶやく。「また……欲しくなってきちゃうじゃない」  安西さんの手がわたしの肩に触れ、静かに押し倒される。    彼の舌が首筋をさまよいはじめる。  そっと、舐めあげられたり、ときおり少し強く吸われたり。   そんなことをされると、背中がぞくぞくしてきて、思わず身をよじってしまう。 そんな反応が彼をまた刺激して、今度は指先が胸乳を弄りはじめる。 尖った先端をさすられると、身体の奥深くで得体の知れない何かが蠢きだす。 わたしは思わずびくっと身をこわばらせる。   「こうされると、気持ちいい?」  恥ずかしさに震えながらも、わたしは小さくうなずいた。 安西さんはふっと微笑みをこぼし、「じゃあ、これは?」と言って、  今度は右胸の乳暈を舌でやさしく舐めあげてきた。「……あん」  指とは違う湿った感触に、新たな快楽を掘り起こされて、自分とは思えないような声を出てしまう。
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