「お疲れ」と安西さんは握手を求めてきた。 「お疲れ様でした……」 そう言って、手を伸ばしたとたん、操り人形の糸がぷっつりと切れたように、足に力が入らなくなった。「文乃ちゃん!」 安西さんはふらついたわたしをとっさに支えた。「だ、いじょうぶです。少し目眩がして」 「控室で休もう」 彼はわたしの肩を抱いて、建物に向かった。「これ、飲むといい」 手渡されたのは温かい缶コーヒー。 少し甘めのミルク味が疲れた身体に染み渡っていった。「無理させて悪かった」 「もう大丈夫です。ご心配かけてすみませんでした」 まだ少しふらついていたけれど、安西さんを安心させようと笑みを作って答えた。「撮影は? わたし、ちゃんとできましたか?」 安西さんはこれ以上ないほどうれしそうな顔で頷いた。 「ああ。きみをモデルに選んで正解だった。大満足! 最高だった!」「よかった……」 心の底からほっとした。役に立てたことが何よりも嬉しい。 「さっき紹介した酒井さん、アート・ディレクターの。彼も文乃ちゃんのこと、すごく気に入ったみたいでさ。休憩中におれのところに来て、CMに使いたいからプロフィール教えろって、もううるさいのなんの――」 さっきのあの人の態度を思いだして少し嫌な気分になった。 わずかに顔もしかめてしまった。
Last Updated : 2025-07-17 Read more