All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 331 - Chapter 340

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第331話

月子は心臓がドキリとした。車から降りる時の説明で、隼人の疑問は解消されたと思っていた。しかし、そうではなかった。この3年間の結婚生活で、様々な感情を一人で消化することを学んだ。そして、その感情はどれも、辛いものばかりだった。だから、車の中で母親のことを考えて感じた悲しみなど、大したことではなかった。月子は家に帰って、顔を洗って、少し読書をすれば、このことも忘れてしまうだろうと思っていた。隼人が、こんなにしつこく食い下がってくるなんて、思ってもみなかった。隼人の視線は、いつもとはどこか違っていた。おそらく酒のせいだろう。冷たく鋭い部分が消え、そこには誠実さと隠すことのない心配だけが残っていた。彼は尋ねた。「一体どうしたんだ?」月子は手を握りしめ、「何でもありません。元気です」と答えた。隼人は月子に近づき、深い瞳に月子の冷たい視線が映り込んだ。「無理に何かを言わせようとは思っていない。でも、もし何か辛いことがあったら、すぐに俺に言ってくれ。今、お前は俺の彼女なんだ。お前の気持ちは、俺にとって大切なものだ」月子は不思議な感覚に陥った。隼人の言葉は、まるで本物のように聞こえた。まるで、本当に彼の彼女になったかのように。彼はさらに続けた。「お前が嬉しいのか、悲しいのか、俺が気づけないようじゃ、彼氏として失格だろ?」月子は隼人の細やかさに驚いた。彩乃には、現実的な問題を抜きにしても、隼人とは付き合えないと言っていた。彼は冷淡で、誰のことも眼中になく、もし付き合ったとしても、相手を大切にしないだろうと言っていた。離婚後の月子は、自分のために生きていくと決めていた。もうこれ以上、辛い思いはしたくなかった。だから、彼女も二人は合わないと思っていた。しかし、今となっては、自分の考えが間違っていたのかもしれない、と感じていた。隼人の思いやりは、想像以上に深かった。しかし、その気配りはあまりにも突然だった。一人で感情を処理することに慣れていた月子は、少し戸惑ってしまった。孤独に慣れている人間にとって、突然の温もりは、拒絶したくなるものだ。月子は視線をそらし、彼の顎を見ながら言った。「たいしたことじゃないんです。話すほどのことでもありません」「でも、俺は聞きたい」月子は思わず顔を上げ、彼の墨のよう
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第332話

一人で向き合えってることは、内心の強さの表れでもあって、決して誰にでもできることじゃない。ただ、その強い人間に自ら弱みをさらけ出させるのは、本当に難しいことなのだ。月子は、今の自分が隼人を心から信じているわけではないことを認めざるを得なかった。少なくとも、彼に対して何もかもさらけ出せる状態ではない。それに隼人の本心も、彼女にはまだよく分からないから。「すみません、鷹司社長。大したことじゃないんです。話したくありません」月子は冷淡な態度で隼人の探りをかわした。今にも崩れ落ちそうに見えた壁は、再び鉄壁のように揺るぎないものとなった。月子は踵を返して歩き出した。隼人が自分のことをじっと見ているのが分かった。しかし、話したくないことは話さない。誰にも強制される筋合いはない。帰宅後、月子は彩乃に電話をかけた。彩乃は電話に出なかった。何か忙しいのだろうと思い、月子は再度掛け直さなかった。……一樹は2時間待ったが、月子は出てこなかった。深夜になり、バーは賑やかさを増していた。普段は騒がしいのが好きな一樹だったが、今は気分が沈んでいて、そんな気にもなれない。そこで、人の少ないクラブに行き、ビリヤードをしたり、スポーツ観戦などをして時間を潰すことにした。でも、まさか静真がここにいるとは思わなかった。とはいえ、それほど驚くことでもない。一樹はジャケットをソファに放り投げ、静真の隣に座った。テーブルには開封済みの酒があったので、グラスに半分ほど注ぎ、一気に飲み干してから、キューを持って台に向かった。「どうしたんだ、浮かない顔だな」静真が彼を見た。一樹はキューを振ると、乾いた音が響き、球は見事ポケットに吸い込まれていった。彼は台に覆いかぶさるようにして、静真の方へ顔を向け、じっと見つめた。しかし、何も言わなかった。一樹は立ち上がり、次の球を狙いながら、静真に尋ねた。「なあ、静真さん。後悔してるか?」キューを振ると、手球は的球に当たり、台のエッジにぶつかって跳ね返ってきたが、ポケットには入らなかった。静真は球の動きを目で追っていた。「月子のことか?」「さすが親友、考えることは同じだな」一樹はポケットに入らなかった球を残念そうに見て、また酒をグラスに注ぎ、台に寄りかかりながら言った。「それで、後悔し
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第333話

チャンスを掴もうと必死な詩織は、入江社長から任務を任されるとすぐに動き出した。レーシングカーの情報を探すよりも、月子と彩乃の調査は格段に容易く、あっという間に必要な情報をまとめることができた。「彼女たちは大学時代からの友人で、とても仲が良かったんです。ですが、卒業後は疎遠になっていたようで、一ヶ月ほど前から頻繁に会うようになったみたいです」ここまでは調べれば誰にでも掴める情報なのだ、詩織の調査はもちろん、そんな当たり障りのない情報だけで済ませるほど甘くはなかった。入江社長が月子の調査を指示したからには、何か重要なポイントがあるはずだ。「一条さんは、『SYテクノロジー』という会社を経営していて、三年前に『Lugi-X』のAIホストを開発したんです。この技術で莫大な利益を上げ、事業を拡大し、投資も成功させて、今では2000億円以上の資産を持っているらしいんです。2週間ほど前、一条さんは山下仁というプログラマーを解雇したんですが、偶然にもその日、月子さんは一条さんの会社にいたんです。しかも……」静真は眉をひそめた。「しかも、なんだ?」「その日、霞さんも一条さんの会社に行っていたんです」詩織は続けた。「さらに偶然なのは、山下さんは霞さんの大学の同級生でもあるんです」月子と彩乃の背景だけを調べても、意味がない。そこで詩織は月子が離婚騒動を起こした時、入江社長は霞を会社に連れてきた。この二つの出来事を結びつけるのが重要だと考えたのだ。そして、まさにその繋がりが見つかったのだ。予想通り、静真はこの結果に満足していた。「分かった」声色に感情は読み取れなかったが、詩織は自分の仕事ぶりが評価されたことを確信していた。通話が切れたスマホを眺めながら、彼女の瞳には野心が燃えていた。徹夜明けで、昼間も全く寝ていなかったが、この成果は苦労に値するだけのものだった。絶対に渉には負けない。一樹は、静真が電話を切るのを見て、再び尋ねた。「こんな遅くに、まだ仕事か?」静真はスマホを握りしめ、眉間の皺が少しだけ緩んだが、すぐにまた元に戻った。彼は顔を上げて、逆に尋ねた。「俺が後悔すると思うか?」一樹は眉を上げた。「俺に分かるわけないだろ」「俺のこと、よく分かってるんじゃないのか?」「まあな」一樹は少し考えてから言った。「あな
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第334話

「黙れ!」静真は険しい表情で、再び感情が抑えきれなくなっているのを感じた。月子の行動は全て、彼の神経を逆なでするものだった。一樹は、静真がここまで感情的になるのを見るのは珍しかった。しかし、それが月子と他の男が一緒にいるせいだと分かると、思わず顔が曇った。そして、遠慮なく言い放った。「黙ったところでどうなる?現実に起こったことだ。言わないからといって、無かったことにはならない」彼はわざと静真を挑発するように言った。「静真さん、後悔してるのか?だったら、離婚なんてするんじゃなかったな」静真は離婚を後悔するなど、考えたこともなかった。しかし、一樹にそう言われると、同調したくなる自分がいた。ああ、自分は離婚を後悔している。しかし、プライドがそれを許さなかった。絶対に月子に頭を下げないからな。離婚したからといって、なんだっていうんだ?月子が自分を好きでいてくれるなら、離婚してようがしてまいが関係ない。ただ、離婚後の彼女の態度は、以前ほど自分に気持ちが向いているとは思えなくなったのだ。それでも、静真は決して認めなかった。「ただ、隼人のことが気に食わないだけだ!」「なるほど。それじゃあ、鷹司さんは卑怯だな。そんな手を使ってあなたを陥れるなんて。このまま黙って見ているつもりか?」一樹は月子を諦めていなかった。月子がこんなに短い期間で、他の男と付き合うはずがないと思っていた。ましてや、相手は静真の兄だ。とはいえ、一樹は隼人と正面から戦う気力はなかった。そこで、この兄弟は昔から仲が悪さを利用して、その隙に付け込もうと企んだのだ。子供の頃、静真に唆されて、隼人をからかったことがあった。直接は関わっていないが、静真が隼人からのプレゼントを地面に叩きつけて壊したのを、この目で見ている。あの時の隼人の瞳には、傷つきと戸惑いが浮かんでいた。もちろん、あの頃の子供と、今の隼人を重ねることは難しい。それに、プレゼントを壊したことは、ほんの一例に過ぎない。もっと酷いこともあったかもしれない。長年積み重なった確執は、もう修復不可能だろう。もっと揉めさせたら、自分が付け込める隙だってあるかもしれない。一樹は、ふと自分も良い人間ではないと思った。しかし、目的のためには手段を選ばない。自分だけでなく、隼人も同じだろう。
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第335話

それを思うと、静真は、険しい目つきになり、心の中では憎悪の感情が激しく渦巻いていた。今となっては、彼も月子が、自分の感情を揺さぶっているということを認めざるを得なくなった。自分の感情が月子にコントロールされるなんて思いもしなかったが、現実にそれは起こったのだ。認めたくはなかったが、彼の心は言うことを聞かない。コントロールできない感覚は、久しぶりだった。そして、それは非常に不快だった。颯太と一樹の言葉を思い出し、静真はグラスを強く握りしめた。指の関節は白くなり、今にもグラスを握りつぶしそうだった。……翌日、平日。月子は、出勤途中に隼人とばったり出会った。二人は目線を交わし、月子はいつものように「鷹司社長」と挨拶した。隼人は頷くだけで、何も言わなかった。このようなやり取りは普通のことだった。しかし、気のせいか、妙な空気が流れていた。駐車場に着き、エレベーターを降りても、二人は言葉を交わさなかった。月子は自分のランドローバーに乗り込み、会社へと向かった。会社に着くと、月子はスケジュールを確認した。今日は隼人が出張の日だ。彼女は理由をつけて南に出張に同行できないと伝え、同行秘書は別の人に変更になった。南からの報告を聞いた隼人は、目を伏せて何も言わなかった。隼人一行が会社を出発する時、月子は自分の席に座っていた。彼女は思わず顔を上げて彼らの方を見た。隼人も彼女の方を見たような気がしたが、視線は合わなかった。気のせいだろうと思った。彼らが出て行った後、同僚の彩花が話しかけてきた。「鷹司社長の出張に同行しないの?あんなイケメンと一緒の出張なんて、仕事じゃなくて旅行みたいなものじゃん!」月子は「あなたの旦那さんは、あなたが鷹司社長に夢中なのを知ってるの?」と返した。彩花は身を乗り出してきて、怖い顔で言った。「ちょっと、月子!悪い子ね、私を脅迫するなんて!」月子は思わず笑った。一件落着といったところだ。今日は一日、特に変わったこともなく、順調に過ぎた。月子は仕事が終わって帰宅し、11時頃、彩乃から電話を受けた。しかし、電話口から聞こえてきたのは静真の声だった。「来い」月子は驚愕した。静真が彩乃のスマホを持っていることを考えると、胸騒ぎがした。そして、怒りがこみ上げてきた。「静真、一体何をし
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第336話

月子はドアの前に立ち、色々な可能性を考えていた。静真は以前、よく怒鳴ったり、無視したりはしたが、人を誘拐するようなことはしなかったし、喧嘩すらしたことがなかった。だから、静真が何を企んでいるのか、月子には全く分からなかった。しかし、どの可能性を考えても、月子の顔色は非常に悪く、不安だった。1、2秒ほど躊躇した後、ドアノブに手をかけようとした瞬間、ドアが内側から突然開いた。月子は咄嗟に顔を上げた。そして、静真の冷たく突き刺すような表情が目に入った。この顔は彼女にとって見慣れたものだった。ハンサムで、誰が見てもその顔立ちに魅了されるだろう。しかし、今の月子の目には、静真はなんとも気持ち悪いものようにしか映らなかった。月子は拳を握りしめ、ここまで抑えてきた怒りが一気に爆発した。静真の冷たい視線を受けながら、彼女も凍り付くような声で問い詰めた。「静真、不満があるなら私だけに当たればいい!彩乃に何かしたら、絶対に許さないから!」月子の脅しは、静真にとっては何の意味も持たなかった。彼は全く気に留めていなかった。それどころか、静真には口角を上げ、「どうして入ってこないんだ?」と彼女に聞けるほど余裕があったくらいなのだ。月子は、遠くに設置された監視カメラに気づいた。きっと、彼も気づいているだろう。「彩乃はどこにいるの!」月子は無駄話をしたくなかった。この態度は静真を刺激したようで、彼は月子の手を掴み、個室に引きずり込もうとした。月子は強い嫌悪感を覚え、彼の手を振り払い、一歩後ずさりした。「静真、あなたと話すことなんて何もない!彩乃はどこにいるのよ!」月子はここに来る前に、彩乃の秘書である鹿乃に連絡を取っていた。しかし、電話は繋がらず、何の返事もなかった。静真は今、少し尋常ではないのだ。彼がいきなり何をしでかすかは本当に見当がつかないのだ彼女はただ、彩乃が無事でいることを確認したかった。静真は自分が狂っていると感じた。月子が他の女をこんなに心配していることが、どうしても受け入れられなかった。今や、他の女さえも自分よりも大切だというのか。静真は冷たく笑った。「もう少し俺に優しくしてくれたら、教えてやってもいいんだがな」月子は静真の脅迫的な態度に心底嫌気がさしていた。これ以上何か言うと、怒鳴り散らしてしま
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第337話

彼は相変わらず自信満々で、傲慢だった。月子はもう静真のことなどどうでもよかった。むしろ殴ってやりたいくらいだった。とは言え、行き過ぎた言葉も、視線も人を傷つけられるのだ。だから月子は、自分はきっとよっぽど運が悪かったから静真に出逢ったのだろうと思った……「私たちは離婚したのよ。今、私が誰と結婚しようが、あなたには関係ないでしょ!いい加減にして!」だが、静真はもう月子の怒りや不満などを全く気にしなくなった。「そんなこと、お前にとやかく言われる覚えはない」静真は言った。「お前に聞きたいことがある。ちゃんと説明しない限り、一条さんには会わせない」月子は、ぎゅっと拳を握りしめ、そしてまた開いた。凍り付く瞳の奥には、激しい怒りが宿っていた。静真は本気のようだ。彼女は歯を食いしばって、言った。「何?」「最初から素直に聞いていれば、こんなことにはならなかっただろう?」静真は冷たく言った。しかし、内心では月子が素直に従う様子を気に入っていた。その言葉を聞いた月子は、急激に気分が悪くなった。かつて、彼に尽くしていた自分を思い出すと、彼のすべてに対して嫌悪感が増していく一方だった。「卑怯もの!」静真は踵を返し、ソファに座った。薄暗い照明の中に彼の顔が隠れていたが、冷酷な目つきだけは隠しきれていなかった。「卑怯だろうが、何だろうが、俺の言うことを聞けばいいだけの話だ」月子は、かつてどうして3年間も静真に耐えられたのか、自分でも不思議で仕方なかった。どうして彼はこんなに冷酷非情でいられるわけ?どうしてそんなに自分をへつらわせたいんだろう?しかし、彩乃のためだ。今は我慢するしかない。月子は少し距離を取りながら、部屋に入り、尋ねた。「何を聞きたいの?」「お前と一条さんは親友なんだな?彼女は、お前のために霞を懲らしめたのか?」月子は眉をひそめた。まさか静真がこんな騒動にまで起こしておいて、自分に詰め寄ったのはただ初恋の人のためにしたことだったなんて。きっと颯太が告げ口したんだろう。当初、月子はまだ隼人の後ろ盾を得ていなかったため、彩乃との関係を隠していた。でも、今はもう恐れることはない。しかし、静真は知った途端、すぐに動いた。月子は拳を握りしめ、「ええ、それが何か?」と言った。「そんなに霞のことを気にかけてい
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第338話

静真が霞のことをあんなに大事に思っているのに、彩乃のせいにしたところで、静真の怒りは収まらない。月子は全部自分の責任にするつもりだったから嘘をつくしかなかった。だが、これは完全な嘘でもないのだ。誰かを愛しているなら、その人が他の異性と親密にするのは耐えられない。だから、これらの言葉はすべて月子の本心だった。離婚した後になって、ようやく彼女は本音を吐き出した。もう意味がないことなのに。でも、実際に口に出してみると、想像していたよりも気持ちが楽になった。静真は求めていた答えを聞けて、ようやく冷静さを取り戻した。しかし、冷静になったと同時に、月子の目の中に宿る嫌悪感に、これまでに感じたことのない不安を覚えた。静真はまた胸が締め付けられるのを感じ、歯を食いしばりながら言った。「なぜあの時、俺に言わなかったんだ?」「言ったところで、何か変わるの?」「変わるに決まっているだろう!何も言わなければ、お前の気持ちが分かるはずがない。もしかしたら、俺は……」月子の心の奥底には、深い傷跡があった。今まで誰にも話したくなかったこと。しかし、静真の追及に、彼女は抑えきれずに心の奥底に溜まっていた恨みを吐き出した。それは彼女自身をも傷つける言葉だった。「静真、私たちが失った子供のこと、覚えている?」その言葉は、静真の心に衝撃を与えた。彼は顔面蒼白になり、その場に立ち尽くした。月子は感情を抑えきれず、涙を流しながら言った。「あの時、あなたはどこで何をしていたの?」静真は唇を震わせ、滝のように涙を流す月子の姿に、心をえぐられるような痛みを感じた。「俺は……」「あなたは私たちの子供のことさえどうでもよかったくせに、私が霞をどう思うかを、気にするわけないじゃない?だからあなたに言ったところで何も変わるわけがないに決まってる」それを聞いて、静真の心は引き裂かれるような痛みを感じた。もはや、彼女の目を見ることなどできなかった。月子が流産した時、彼は「どうせまたできるだろう」と軽く考えていた。しかし、月子がこれほどまでに苦しんでいたとは、想像もしていなかった。流産のことがあってからも、彼女は一度もそのことについて口にしなかった。だから、静真もそのことを忘れ、まるで何もなかったかのように過ごしていた。しかし今、月
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第339話

月子はもう彼に何も期待していなかった。しかしそれでも、彼の言葉には計り知れない絶望を覚えた。彼女にはどうしても理解できなかった。だから、怒りがこみ上げてきた。「静真、私のこと愛してないんじゃないの?だったら、どうしてこんなに長い間、私に纏わりつくのよ?」そもそも、静真にしつこく付きまとわれたせいで、彼女は隼人と手を組まざるを得なくなった。だから、静真のことなどもう怖くもなんともない。しかし、心はコントロールできるものではなかった。月子は静真を恐れてはいない。だけど、彼に会うたびに、過去の傷が何度も何度も蘇ってきて、心が痛み、傷ついてしまうのだ。そして、会うたびに、静真が最初から最後まで自分のことを大切にしてくれていなかったという事実を突きつけられる。それは、彼女の傷をさらに深くするだけだった。月子は本当に耐えられなかった。「どうして!一体何のために私にしつこくするの?」彼女の問いかけは、静真の耳に突き刺さった。もはや、じっとしていられなかった彼は立ち上がり、月子の前まで行って言った。普段なら彼は滅多に自分の気持ちを口にしないのだが、この瞬間だけは、思わず言葉がこぼれた。「お前を失いたくないからだ!」彼の声は低く、必死に感情を抑え込んでいるのか、かすかに震えていた。「月子、お前が俺から離れるのを絶対に許せなかった!」静真は一歩一歩彼女に近づいていく。「だから、お前にしつこくしたんだ。そうしなければ、お前は本当に俺から離れてしまう!」月子は全身を震わせていた。何が原因なのか、彼女自身にも分からなかった。静真は月子を強く抱きしめた。「月子、俺は自分がどうなってしまったのか分からない。でも、今はただお前に離れて欲しくないんだ!」彼は歯を食いしばりながら言った。「どうしてあんなに簡単に俺と別れられるんだ!」しかし、月子も同じように歯を食いしばって言った。「放して」「放さない!」静真は月子をさらに強く抱きしめ、その時初めて彼女の痩せ細った体に気づいた。「月子、お前は俺を愛していたじゃないか。今も愛し続けてくれなきゃ困るんだ!」まるで呪文のように、彼は繰り返した。「ずっとずっと、俺だけを愛してくれないと困るんだ!」月子は目を閉じ、涙を流した。もはや、何も話す気力も残っていなかった。「静真、私のこと好き?今、この瞬間、
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第340話

静真の心は引き裂かれるようだった。激しい痛みが彼を襲い、もはや耐え切れないほどだった。声はかすれ、「月子、これ以上、俺を追い詰めるな……」と言った。「私が追い詰めてる?違うでしょ!あなたの方こそ、ずっと私を苦しめてきたのよ!何度も何度も訴えてきたのに……聞いてくれなかったじゃない!」月子は必死に抵抗したが、静真の力は強すぎた。彼女は意を決して、彼に体当たりした。不意を突かれた静真は、床に倒れ込んだ。とっさに反応したが、それでも頭を打ってしまい、一瞬、意識が飛んだ。月子はその隙にすぐさま起き上がった。しかし、静真は素早く月子の肩を掴み、後頭部を押さえつけ、一気に距離を縮めた。月子の涙が彼の顔に落ちた。「静真、彩乃はどこにいるの!」彼女の熱い涙が落ちたところは、まるで焼けるように熱かった。静真は歯を食いしばりながら言った。「戻ってくるって約束してくれたら、教えてやる!」「馬鹿なこと言わないで!」冷酷な視線を向けた月子は、静真が油断している隙にテーブルの上の灰皿を掴み、彼の頭に叩きつけた。「……月子!」静真は咄嗟に身をかわした。その隙に、月子は彼のポケットからスマホを奪い取り、立ち上がった。額から血を流す静真は、月子が躊躇なく立ち去っていく様子を、ただ見つめるしかなかった。あまりにも潔い彼女の立ち去り方に、静真は、先ほどの彼女の苦しみや取り乱し方は全て演技だったのではないかと疑い始めた。まるで、深く傷ついたふりをしていただけで、あまりにも真に迫っていて、彼には見抜けなかったのだ。静真には、もう月子を追い詰める力は残っていなかった。彼は、彼女の背中を見送ることしかできなかった。数日前、自分の家から彼女が出て行った時も、まさにこの光景だった。離婚してからというもの、月子が彼に見せるのは、いつも冷たい背中ばかりだった。そして、彼は追いかける勇気がなかった。追いかけても何も変わらないことを知っていたからだ。彼女は全身で、彼から逃げ出したいと訴えていた。そして、この時になってようやく、静真は我に返った。自分が月子を抱きしめていたのだ。生まれて初めて、誰かに弱みを見せた瞬間だった。今まで一度も頭を下げたことのなかった彼が、月子の涙を見て、思わず頭を下げてしまったのだ。なぜだ?一体、自分はどうしてしまったん
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