All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 801 - Chapter 810

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第801話

個室は遮光がしっかりしていた。ドアを閉めると、中は本当に真っ暗になった。月子が照明をつけようと伸ばした手は、突然、温かい大きな手に包み込まれ、そのまま壁に押さえつけられた。月子はその手を引き抜こうとしたけど、隼人の力には敵わなかった。隼人が自分を傷つけたりしないとわかっている。でも、こんな真っ暗な部屋で、三ヶ月ぶりに会う男の人と二人きりなんて。月子の胸は激しい鼓動に襲われた。そして暗闇の中、五感が研ぎ澄まされていく。すぐ目の前にいる隼人の存在。彼の手が、まだ月子の手の甲にぴったりと重なっている……月子は息を深く吸い込んだ。よく見れば、相手の顔の輪郭がうっすらとわかる。月子は彼の瞳を見つめて尋ねた。「何か言いたいことがあるの?」以前はあんなに近かったのに、今では言葉ひとつを選ぶのにも探り合いだ。隼人が何を口にするのか、まったくわからない。ちょっとした言葉のすれ違いが、お互いの心を深く傷つけてしまいそうだった。月子は、そう問いかけることしかできなかった。すぐに隼人の声が返ってきた。「月子、お前に言いたいことは山ほどあるんだ。でも、ありすぎて何から話せばいいのかわからない」懐かしくなるほど優しいその声色を聞いて、月子の声も少しだけかすんだ。「それなら、一番大事なことから話して」でも、隼人は答えなかった。代わりにこう問いかけてきた。「お前は、俺に何も言うことはないのか?」月子は、途端に言葉に詰まった。すぐに隼人のもう片方の手が、そっと月子の頬に添えられた。温かい手のひらの温度が伝わってきて、その手がわずかに動くたびに、月子にはぞくっと鳥肌が立ち、体はどんどんこわばっていくのだ。「本当に、何も言うことはないのか?」隼人の声はとても静かだった。さっき感じた、よそよそしい男のような危険な雰囲気がまた月子を襲った。その瞬間、月子はもし何も答えなければ、きっと獲物になったみたいに、彼に飲み込まれそうな気がした。そう思いつつ、月子は、重々しく口を開いた。「……ある」「なんだ?言ってくれ、聞きたい」隼人の声が、月子を促す。月子はその違和感を振り払うように、小さな声で尋ねた。「別れてから、元気にしてた?」隼人は優しく問い返した。「お前は?元気だったか?」今まで、辛くなかったと言えば嘘になる。でも、月子は必死に平静を装っ
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第802話

それは、隼人には到底受け入れられないことだった。月子の残酷なところは、何事にも真剣なことだ。別れ際でさえ、月子は本気だった。別れたらもう終わりで、復縁なんて考えもしない。ただ二人の距離は遠くなるばかりだ。でも、隼人は、そんな彼女の潔さがたまらなく好きだった。月子は一度別れたら、もう決して振り返らない。もし彼女の意志が弱ければ、話は違っただろう。静真があんなに必死に奪い返そうとしているし、彼自身も変わり始めている。人を愛することを学び、成長しているんだ。それに、今では子供までいる。大抵の女なら復縁を選んで、家族四人で幸せに暮らす道を選ぶはずだ。今の隼人にとって唯一の強みは、月子と過ごした八ヶ月間だ。共に過ごした時間は、彼女の中で大きな意味を持っているはず。だから、月子にとって自分はもう、かけがえのない存在になっていると信じていた。ただ、その想いが、静真と過ごした三年間の重みを超えているかどうかは、分からなかった。隼人は、月子と静真が共有する長い過去に、ずっと嫉妬してきた。でも今は、自分にも彼女との思い出ができた。これで少しは、対等になれた気がしていた。でも……まだ足りない。隼人の鋭さに、月子は驚いた。彼の言う通り、彼女はひたすら前だけを向いて進もうとしていたのだ。月子はすぐには答えず、逆に尋ねた。「あなたも、なんだか雰囲気が変わったみたいだけど、どうして?」隼人は、きょとんとした顔になった。「どういうことだ?」「なんだか……よそよそしく感じるの」それを聞いて、隼人はなぜか少し安堵した。自分が月子の変化に気づいたように、彼女も自分の変化を見抜いてくれた。それだけお互いを理解し合っている証拠だからだ。「月子、お前の直感は正しい。もう別れたから話せるけど、俺はお前が思うほどいい人間じゃない。かつて静真が言ったように、俺には近づかない方が良かったんだ」低く、重々しい隼人の声は、聞く者の心を凍らせるようだった。月子は身を固くした。隼人は人に好かれるため、自分を偽ることに長けていた。そうやって目的を達成してきたのだ。そんな彼の黒い一面を知るのは、叔父の徹だけだ。月子にだけは、決して知られたくなかった。本当の自分を見せれば、彼女は怖がって逃げてしまうと思ったから。でも、もう別れたのだから、失うものは何もない。いい人を演じ続けた
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第803話

静真が突然現れたので、隼人はとっさに月子から身を離した。そして静真が月子に触れないよう、彼女を庇うように体をずらしたのだ。静真は、いきなり隼人の口元に拳を叩き込んだ。次の拳が飛んでくる寸前で、隼人はその手首を掴んで止めた。静真はすぐに手を振りほどくと、二人はお互いに距離を取った。隼人は親指で傷ついた口元をそっと押さえながら、怒りに燃える静真を静かな目で見つめていた。殴られてもなお、彼の落ち着き払った表情は一切変わらない。以前の月子なら、これを隼人の個性だと感じただろう。しかし今は、その冷静さの奥に潜む、得体の知れない険しさを感じ取っていた。月子はうつむいた。唇が痛い。きっと、さっきので切れてしまったのだろう。さっきの隼人の突然の、そして強引なキスには本当に驚かされた。あんなに激しくキスをされたのは初めてだったからだ。月子は気持ちの整理がつかず、ただ胸が高鳴るのを感じるばかりだった。静真はまるで刺激を受けてはけ口が見つからない獣のように怒り狂った。隼人が月子にキスをしたと考えただけで、彼は心の底から消し去ることのできない憤りが込み上げてくるのだ。もともと、静真は隼人に月子を奪われたことが受け入れられなかった。二人が付き合っていた間、自分がどうやって耐えてきたのか分からない。ようやく別れたというのに、あいつはまだ彼女にキスをしてくるなんて、自分は月子を抱きしめることさえ難しいのに……よくもそんなことができたな?静真の目には暗い殺気が宿っていた。彼は昔から隼人のことが大嫌いで、この世から消えてしまえばいいとさえ思っている。静真は彼の顔を指さし、凍てつくような表情で言い放った。「俺の女に手を出したな。絶対タダじゃ済まさないから」隼人は、じんじんと痛む口元を押さえていた手を下ろした。その目は鋭く、人を射るようだ。「月子はお前の女じゃない。それに、お前は彼女にふさわしくない」その口調はごく普通で、まるで「今日は天気がいいね」とでも言うかのようだった。威嚇するわけではなく、ただ事実を述べているだけのように聞こえる。しかし、そういう淡々とした口調こそが人を最も屈辱的にさせ、静真にとっては一番耐え難いものだった。静真は、隼人のその自信に満ち溢れた態度が心底嫌いだった。まるで、彼の言うことはすべて正しいとでも言いたげで、静真の神経を逆
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第804話

静真は鼻で笑い、月子を追い詰めた。「月子、隼人を選ぶのか、それとも子供たちを選ぶのか?今すぐ俺と来るか、ここに残るかだ。だがここに残るなら、もう二度と子供たちには会えないと思え!」静真が子供を望んだのは、月子を自分のそばに縛り付けておくためだった。子供が生まれたのに、隼人は月子を諦めようとせず、あまつさえ無理やりキスまでした。静真がこれを我慢できるわけがなかった。この一ヶ月、静真は毎日仕事帰りに月子のもとを訪れ、子供たちの面倒を見ていた。月子はずっと彼を無視して、二人の赤ちゃんにかかりっきりだったが……それでも毎日彼女の顔が見れて、口論さえなければ、静真はそれで満足だった。月子がこれほど子供たちを可愛がる姿を見て、静真は複雑な気持ちだった。かつて失ったあの子を思うと後悔の念に駆られるが、同時にとても嬉しい気持ちにもなった。慶と寧々は、紛れもなく自分と月子の子だ。これで月子の悲しみも少しは癒されるだろう。月子だってきっと幸せなはずだ。この生活を楽しんでいるに違いない。だから、これでいいんだ。静真は、このまま一生を終えたいと本気で思っていた。彼のたった一つの望みは、月子がずっとそばにいてくれることだけだった。だが、穏やかだった静真の心は、隼人を見た途端に崩れ去った。また隼人に月子を奪われるかもしれない。その恐怖が、彼を焦らせ、我を忘れさせた。だから彼は月子に二者択一を迫るようなことを、頭で考えるより先に口が滑ってしまったのだ。彼は、はっきりとした答えが欲しかった。もし今日、月子が隼人を選んだら……静真は、自分が何をしでかすか分からなかった。静真が見ていると、隼人も知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。それを見た静真は、隼人が平気なフリをしているのだろうと見抜いた。そして彼は、昔から隼人のそういう無理に冷静を装うところが嫌いだった。子供のころから、相変わらず反吐が出るやつだと思った。そして隼人の不愉快そうな顔を見て、静真は逆に気分が良くなった。ようやく余裕を取り戻した彼は、ふっと息を吐いて月子に言った。「さあ選べよ。ここに残って隼人といるか、それとも子供たちに会いに行くか?」その瞬間静真の心に、歪んだ快感が湧き上がった。「月子、お前が隼人と別れたのはこうなると分かってたからじゃないのか?今また、選択の時が来た。もう一度
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第805話

月子は静真の狂気じみた様子を見ていた。今の彼は完全に我を忘れていて、まるで狂人のようだ。情緒が不安定な人間とは、まともな話し合いなどできない。だから、こんな時静真の言っていることを真に受けてはいけないのだ。月子は、自分が主導権を握るのが好きだった。静真の言葉の端々には、いつも人を不快にさせる何かがある。彼の捨て台詞を聞き終えると、月子はかえって冷静になった。「静真、私たちは今、協力して子供を育てているんでしょ。まだ一ヶ月も経ってないのに、もう親権を争いたいわけ?そんなあなたには本当にガッカリよ」彼女は鼻で笑うと、氷のように冷たい表情で言った。「こんな精神状態で、あなたに子供が育てられるわけない。そんなんで私と争って勝てると思ってるわけ。あなたの家族でさえ、あなたと隼人さんのようになるのを避けたいのに、あなたは子供を盾にして私を思い通りにできるとでも?家政婦の半分はおじいさんの息がかかった人たちよ。あなたに好き勝手させるとでも思う?今の私はあなたと協力関係にあるだけ。それ以上でもそれ以下でもない。私が誰と付き合おうと私の自由よ。あなたに何の関係があるの?そんなに荒れているのは、あなたが自分で解決すべき感情の問題でしょ。私と隼人さんのキスが気に食わないなら、胸にしまっておくことね。あなたに指図される筋合いはないから。自分の感情もコントロールできないくせに、私と親権を争うなんて、なんで私があなたの言うことを聞いて選ばなきゃいけないのよ。何様のつもり?あなたにそんな権利なんてないから!」言い終えると、月子は静真が本当に馬鹿みたいだと思った。嫉妬するにしても、やり方があるはずだ。まずは彼自身の立場をわきまえるべきだろう。ここまで狂うなんて、自分のことを彼の所有物だとでも思っているのだろうか?月子は静真を指さした。「あなたって昔にも増して話が通じなくなってきたわね。静真、言っとくけど私を追い詰めないで」月子の言葉で、静真の燃え盛っていた怒りの炎は少し鎮まった。それでも、彼の表情は険しいままだった。自分の思い通りに月子を無理強いしてはいけないと、静真はずっと分かっていた。その結末は、到底受け入れられるものではないからだ。今、月子に選択を迫れば、彼女はきっと潔く自分を断ち切るだろう。そうなれば、自分はきっとその結末に耐えられないはずだ。
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第806話

月子は車に乗り込むと、彩乃と早紀の二人に、先に失礼する用事ができたとメッセージで伝えた。それからサンバイザーの鏡を下ろして唇を見ると、確かに端が少し切れていた。大きく口を開けると、チクっと痛む。月子はアルコール綿で消毒してから、鏡を元に戻した。窓の外に目をやりながら、隼人のことばかり考えてしまう。最初は乱暴なキスに驚いただけだったけど、今思えば、彼は感情を抑えきれなくなっていたのかもしれない。でも今日、隼人に会ってしまったことで、落ち着きかけていた月子の心は再び波立ち始めた。彼の姿、不思議な魅力、そして口にした言葉。そのすべてが、頭の中で何度も何度も繰り返し巡り巡るのだ。でも、今の月子にはもっと大事なことがあった。子供たちが病気をしているのだ。母親になる前と後では、世界の見え方がまるで違う。子供がいなかった頃は、よその子を見ても「かわいいな」と思うだけだった。それは、自分が心配して、手を尽くす必要がないからだ。でも今の月子は、二人の赤ちゃんのことで、どんな些細なことにも神経を張り詰めていた。小さな命はとても脆く、もしものことがあったらと思うと気が気でないのだ。生まれたばかりの頃のように、夜中に何度も起きては二人の寝息を確かめていた。月子には、新しい守るべきものができたのだ。それも、片時も目が離せない大切な存在が。そうなると、他のことはもう……どうでもよくなってしまうのだ。そう思うと、静真が後を追ってきた。月子は冷たい視線を一瞬だけ静真に向けると、渦巻いていた感情を心の奥にしまい込んだ。静真は車の前方に回り込み、助手席のドアを開けて乗り込んできた。車の外からでも、静真には月子の顔色がおかしいことが見て取れた。子供たちのことか、それとも隼人のせいか?静真の心に暗い影が差した。やはり隼人が現れたら、月子の心が揺さぶられたのだろうか。多分二人が別れてから、まだ日が浅すぎるからだろう。一年か二年、離れていれば、たとえ再会してもここまで気持ちが近づくことはなくなるはずだ。あと一、二年すれば子供たちはイヤイヤ期に入る。そうなれば月子と自分は育児でもっと大変になるだろう。そうなれば、月子の意識も子供たちに集中してしまうから、隼人の存在もきっと薄れていくに違いない。静真は自分にそう言い聞かせた。自分が月子と協力してきちん
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第807話

人間とは、欲深い生き物だ。月子と隼人が付き合っていた頃は、ただ二人を引き離し、月子を自分の元に取り戻すことだけを考えていた。だが、それが現実になった今、静真は彼女の心までも取り戻したいと思うようになった。だが、その兆しは一向に見えなかった。静真は考えれば考えるほど胸が締め付けられ、かすれた声で尋ねた。「月子、俺は、お前にとって何なんだ?」「さあ、どう思う?」「今のお前から良い言葉が聞けるなんて思ってない。でも、昔は俺のことが好きだったはずだ。じゃなきゃ、あんなに長い間、俺に言い寄って来るはずもなかったわけだし、あの頃の俺は、お前にとって何だった?それを聞きたい。教えてくれよ」どうして、自分が聞かなきゃ何も言ってくれないんだ?彼女はわざと自分にその質問を口に出させたいのだろうか。今日、隼人に会って、月子はもう過去には戻れないのだと悟った。前に進むために、自分から別れを選んだはずだ。分かっているはずなのに、それでも心がこんなにも悲しくて、辛くなるなんて。しかも、隼人は間もなくこの街から去ってしまう。そう思うと月子は胸を締め付けられ息苦しくて堪らなかった。だから、今の月子には、静真とやり合う気力なんて少しも残っていなかった。静真が知りたいと言うのなら、彼女は淡々と答えた。「あなたは最初、私には輝く光のような存在だった。目が眩むほどの強い光を放って、私の世界に現れた……でも、近づくとその光はただ氷の反射だったと気づいた。だから、いつの間にその光は消え、残されたのはただの冷たい氷だけだった」静真と出会った頃、月子は人生のどん底にいた。時が過ぎるのを待てばきっと乗り越えられる。そう分かっていても、先の見えない毎日は耐え難いものだった。そんな時、現れたのが静真だった。彼の存在は、月子の暗闇に差した一筋の光だった。静真自身がまばゆいほど輝いていたのだ。月子が彼に一目惚れしたのは、まるで潮の満ち引きのように、ごく自然な流れだったのかもしれない。全ての条件が揃った、運命的な出会いだったのだ。しかし、好きという気持ちは花火のように儚いものだ。日々の些細な出来事と、静真の冷たい態度が月子の情熱を次第にかき消していったのだ。かつて自分の世界をあれほど輝かせてくれた男性に、出会ったことすら後悔する日が来るなんて。月子自身、思いもしなかった。突然、静真
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第808話

静真も、月子が好きなタイプを演じることで彼自身を偽るようになった。もし、あいつが一生それを演じ続けられるなら……月子の心を取り戻すチャンスはあるんだろうか?だが、その可能性は限りなくゼロに等しいだろう。賢は、ついに隼人の声に滲む抑えきれない感情を察した。胸が締め付けられるようだ。いつも平然としている人間がふと見せる弱さは、彼が思うよりずっと追い詰められている証拠だから。隼人だって、本当は怖がっているんだ。それが分かると、見ていられなかった。賢は決心したように言った。「隼人、もう戻ろう。これ以上無理するな」隼人も、もう無理に平気なふりをすることはなかった。どんなことにも我慢の限界はある。彼は目を閉じると、突き刺すような痛みを感じた。しばらくして目を開けると、その縁は赤く充血していた。車に戻ると、隼人に、結衣から電話がかかってきた。結衣が言った。「本当に帰ってくるの?」「ああ」「わかった」……【月子、あなたが帰ったあと、鷹司社長もすぐに帰ったよ。賢さんが挨拶に来てくれただけだった】【吉田社長もあなたたちのこと聞いたみたいで、今夜のことを申し訳ないってめちゃくちゃ謝ってきた。何かあったらいつでも力になるからって、借りを作っちゃったお詫びだって言ってたよ】【赤ちゃんは大丈夫?けいちゃんって、いつもは食っちゃ寝してる元気な子なのに、どうして急に具合が悪くなったの?ねねちゃんにはうつってない?】月子は、ちょうど慶を寝かしつけたところで、彩乃からのメッセージを受け取った。月子はボイスメッセージを送った。「吉田社長にも伝えて。大丈夫、彼女は何も知らなかったんだから気にしないでって。けいちゃんは軽い風邪よ。今はねねちゃんと部屋を分けて寝かせてるから、うつる心配はないよ。家の中は温室みたいに快適だけど、それじゃ子供の免疫力が育たないでしょ。だから最近、家政婦が二人を連れて日光浴させてくれてるの。今日、けいちゃんが庭で日光浴してる時にうっかり風邪を引いちゃったみたい。でもすぐ気づいたから、薬を飲めば大丈夫よ。だからこれからも天気がいい日は、二人を外に連れて行くつもりよ」彩乃からも、すぐにボイスメッセージが返ってきた。「月子、余計なことかもしれないけど……鷹司社長とは、大丈夫なの?」月子は一瞬言葉に詰まった。隣です
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第809話

行き交う高級車に、大勢の招待客。伝統ある名家に生まれたことで、慶と寧々は生まれながらにして特別な責任背負うことになっていた。静真がいる限り、この二人は間違いなく次期後継者になるだろう。いとこ達に跡目を奪われることなどありえない。何しろ静真自身が熾烈な競争を勝ち抜いてきたのだ。その子供たちにも、当然ながら輝かしい未来が約束されているはずだ。通常名家では娘の名前も、非常に勇ましくつけられるものだ。たとえ女の子であっても、将来一人で渡り歩いていけるよう、厳しく鍛え上げられていくのだ。天音の場合はというと、静真より8歳も年下で、子供の頃から甘やかされて育った。もともとのんびりした性格で、家業を継ぐ気もないから自由気ままに生きることを望んだ彼女を、入江家も無理強いはしなかっただけだ。今年、静真は海外で数ヶ月のうちに、いくつもの見事な買収案件を成功させた。そのおかげで、入江グループの時価総額は上がり続けていたのだ。そしてついに、K市のトップ資産家一族に返り咲いたのだ。それに入江家はもとより絶大な権力を持っていて、当主の正雄も健在で、だからこそ、お披露目パーティーには他の名家や政府官員までもが顔を揃えて来ていたのだ。慶と寧々。この二人の小さな命には、生まれた時から皆が特別な期待を寄せられていた。そしてその強力な一族の後ろ盾があるからことで、お祝いの品も積み切れないほど多く届いていた。お披露目パーティーも宴会だけでなく、外部の客を招く本番の前に、まずは身内だけで祝宴が開かれた。月子側の家族や友人も駆けつけ、皆が赤ちゃんにプレゼントを持ってきた。その愛らしい姿に誰もがメロメロだ。月子は事前に、赤ちゃんを連れてやすらぎの郷にいる祖母に会いに行っていた。残念ながら祖母の記憶は戻っていなかったが、それでも曾孫の顔を見てとても喜んでくれた。そして、身内だけの祝宴では、入江家の人々も月子に嫌な顔一つできなかった。静真と天音の二人が、なぜか彼女の強力な味方になっていることに皆気づいていたからだ。それに月子は双子の実の母親だ。当主の正雄も、静真一人だけに子育てをさせるつもりはないらしい。だから周囲はこぞって月子に媚びを売るようになっていた。そして彼らは競うようにへつらくのは月子本人だけに限らず、彼女の叔母や弟、友人までも手厚くもてなした。もちろん、お披露
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第810話

結衣は、あまりにも高い地位から世界を見渡していた。だから、彼女にとって恋愛感情や過去の恨みなど、取るに足らないことだった。結衣の世界には、もっと優先すべきことが山ほどある。息子のことですら、その優先順位はずっと後回しになってしまうほどだ。達也は、結衣にとって若気の至りのようなものだ。若い頃に出会い、子供ができただけ。結局、結衣の世界において達也は取るに足らない存在だった。唯一ロマンチックな思い出を挙げるとすれば、彼を叩きのめした後の惨めな姿にさせたことくらいだろう。これで、彼女が受けた屈辱も晴らされたわけだから引きずるほどのものでもないのだ。とにかく、恋愛感情なんて儚いものだし、ただ、正雄にだけは感謝していた。だから彼女がここに来たのも達也のためでなく、正雄を思ってからだ。彼に二人のひ孫が生まれたんだからお祝いをしてあげるのは当然なのだ。結衣は、赤ちゃんたちに豪華なお祝いの品を贈った。博物館級の、骨董品の書道具一式。最高級の白真珠でできた、特注のお守り。どちらも二人分用意されていた。さらには、手織りの高級シルクで仕立てたベビーケープと産着まで。そのどれもが唯一無二の芸術品で、結衣の贈り物は、この上なく贅沢で心のこもったものだった。多くの有力者と渡り合ってきた彼女にとって、贈り物選びも一つの世渡りをする技なのだろう。結衣はあくまで正雄に会いに来ただけ。だから、達也や晶がいるかどうかなんて、まったく気にしていなかった。だが、ベビールームへ様子を見に行くと、そこには月子もいた。結衣は月子に目をやり、優しく微笑んだ。やはり彼女は月子のことが気に入っているのだろう。それは初めて会った時から感じていた相性の良さで、今こうして改めて見ても、その気持ちは変わらなかった。結衣は相変わらず洗練された華やかな顔立ちと堂々とした風格で、まるで彼女自身がスポットライトを浴びているかのようだった。そんな結衣は序列のこと抜きにすれば、紛れもない主賓格の席につくのにふさわしい相手だと誰もが思うだろう。結衣の穏やかな眼差しに、月子はまるで操り人形のように体が固まってしまった。頭で考えるよりも先に、体は無意識に礼儀正しい微笑みを返していた。結衣は本当のところ、自分のことを快く思っていない。月子はずっとそう感じていた。だから今日、彼女が向けてきた「善意」が
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