智也は小燕邸を後にすると、すぐに薫へ電話をかけた。住所を聞き出すと、そのまま車を走らせる。火鍋店の前に車を停め、降り立った瞬間、透き通るガラス越しに春日部家の面々が見えた。玲奈は席に座っていた。その隣で拓海がバースデーキャップをかぶせている。綾乃はケーキを彼女の前へ押し出し、兄の秋良はろうそくを立てて火を灯した。陽葵は直子の膝の上に座り、手を叩きながら楽しげに誕生日の歌を口ずさむ。玲奈はケーキに向かってそっと目を閉じ、両手を合わせ、心の中で願い事を唱えた。願いを終えると、彼女はろうそくを吹き消す。綾乃がナイフを差し出し、玲奈はケーキを切り分け始めた。家族だけの温かな光景――その輪に混じる拓海は、本来なら部外者のはずなのに、まるで自分のことのように共鳴し、優しく微笑んでいた。その光景を見た瞬間、智也の体は硬直した。そしてようやく気づく。――今日は玲奈の誕生日なのだ、と。結婚して五年、彼女の口から誕生日の話を聞いたことは一度もない。自分もまた尋ねたことはなかった。その時、背後から薫が歩み寄り、肩を軽く叩いて声を潜める。「玲奈と拓海、どうやらずいぶん親しいようだな」智也は淡々と応じた。「......ああ」薫は眉をひそめる。「お前、何とも思わないのか?」智也は冷えた声音で答える。「あれだけで何かを証明できるわけじゃない」薫は焦れたように声を荒げた。「智也、まさか本当に浮気されないと気が済まないのか?」だが智也は揺るがなかった。「――彼女がそんなことをするはずがない」そう言い切ると、そのまま店内へ足を踏み入れた。場にそぐわないその姿に、周囲の客が次々と視線を向ける。だが智也は意に介さず、真っすぐに春日部家のテーブルへ向かった。玲奈は背を向けたままケーキを分けていて、彼が来たことに気づいていない。最初に気づいたのは直子と健一郎で、二人の顔は一気に曇った。空気を読むのに長けた拓海も、二人の表情の変化に気づき、振り返る。そこに立つ智也を見て、わずかに眉をひそめた。智也は春日部家に馴染みはなかったが、誰が誰かを見分けるのは難しくなかった。そして順に口を開く。「お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん......」玲奈はその声にハッとして
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