Lahat ng Kabanata ng これ以上は私でも我慢できません!: Kabanata 371 - Kabanata 380

412 Kabanata

第371話

玲奈は、拓海の言った言葉をわざわざ正すつもりはなかった。ただ「行ってきな」とだけ告げた。拓海は病室を出る前、玲奈の不意を突くようにそっと額に口づけし、「先に寝ててくれ。すぐ戻るから」と言い残した。そう言って、彼は病室を離れた。けれど、拓海が出ていったあと、玲奈はまったく眠れなくなった。むしろ、どんどん目が冴えていくばかりだった。頭の中には、この二日間の拓海の優しさと、彼が自分にかけた言葉がいっぱいに広がっていた。玲奈はずっと、拓海が自分に近づくのは何か裏があるからだと思っていた。それなのに彼は足まで洗ってくれた。小さなことではある。けれど、それをしたのが拓海だから、全く違う意味を帯びてしまう。だが今になっても、自分にどんな価値があるのか分からないままだ。玲奈の心は、少しずつ揺さぶられ始めていた。もし――拓海が本気で自分に優しくしているのだとしたら?そんな思いが頭をよぎるほどに、玲奈はさらに眠れなくなった。部屋がどことなく息苦しく感じられ、外の空気を吸いたくなった。歩いているうちに、気づけば廊下の突き当たりまで来ていた。突き当たりには階段室へ続く扉がある。玲奈は小さな扉を押して中に入り、半開きの窓辺に立って冷たい風に当たった。星が点々と瞬き、夜空は静かに美しい。ちょうど窓の真下には、病院の庭園が広がっていた。玲奈は視力がよく、しかも階も高くない。下を覗き込んだ瞬間、拓海と沙羅の姿が一目で目に入った。拓海は沙羅から連絡を受けたとき、最初は相手にする気すらなかった。だが、あることを思い出し、結局こう返信した。【わかった、場所を言ってくれ。そっちへ行く】沙羅が送ってきたのは、病院の庭園の位置情報だった。拓海が庭園に入ると、ベンチに座る沙羅がすぐに目に入った。寒いのか、両腕をぎゅっと抱きしめるようにしている。足音が近づくと、沙羅は振り返り、拓海だと分かるとようやく柔らかな笑みを浮かべた。「須賀さん、来てくださったのね」初冬の空気は冷たい。だが沙羅は薄手の長袖ワンピース一枚で、コートすら着ていない。それを見ても、拓海の表情に情はなく、むしろ皮肉めいた声で言った。「どうした?智也のそばにいてやんなくていいのか?」その言葉は、拓
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第372話

二人の距離は近く、少し動けば触れ合ってしまうほどだった。沙羅の心臓は激しく跳ね、顔まで真っ赤になっていた。拓海はそんな彼女の様子を見て、頭を傾けながら率直に尋ねた。「へえ、本当にピュアなんだ?」笑みを浮かべていたが、その瞳の奥には別の感情が潜んでいた。沙羅は拓海の顔を正面から見つめ、「うん」と頷いた。その言葉を聞くなり、拓海は突然声を立てて笑い出した。笑われたことで、沙羅は不安と緊張が入り混じった気持ちになった。だが次の瞬間、拓海の笑みはすっと消え、彼はこう告げた。「ピュアなら......時間がある時に、会ってみる?」あまりにも直球な言葉に、沙羅の顔はさらに赤くなる。分かっていながらも、彼女はとぼけるように問い返した。「会うって......須賀さんは、私と何を?」沙羅が装ってみせる無邪気さに、拓海の胸中には一瞬、嫌悪感が走った。だがその感情を押し殺し、表には出さなかった。拓海は微笑みを保ち、身体を向けたままゆっくりと近づいた。唇が触れそうになったところで、ふっと動きを止める。そして、声を低く引き延ばしながら言った。「来てくれたら......分かるだろ?」はっきり言わず、わざと含みを残した。だがこれほど露骨に言われて、沙羅に分からないはずがない。その頃、上の階では――玲奈が下を見下ろすと、彼女の位置からは、拓海と沙羅が口づけを交わしているようにしか見えなかった。二人が何を話しているかは聞こえない。だが、横に並んで座り、ああして触れ合っている姿を見れば、関係が単純ではないことくらい分かる。つい先ほどまで、玲奈は拓海の優しさに心を動かされたばかりだった。もし拓海が本当に自分に良くしてくれているのだとしたら――自分が受け入れずにいたら、本当に自分を大事にしてくれる人を逃してしまうのでは、とさえ思っていた。けれど今となっては、結局同じだった。智也も、拓海も、皆同じ。自分が心を寄せるべきではない人たちだ。そう思っても、玲奈の目には涙がこぼれ落ちた。風の吹き込む窓辺に立ち、冷たい風にその涙を散らせた。胸の内は、一瞬で冷え切ってしまった。まだよかった――深く入り込む前で。すべて、まだ間に合う。玲奈はそれ以上見るのをやめ、ゆっくり病室へ戻った
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第373話

そう言うと、玲奈は身体を向け直し、背中を拓海に向けた。拓海はその場で固まり、どうしていいか分からなくなった。ついさっきまで、あんなに普通だったのに――胸の奥がざわつき、彼はベッドのそばに腰を下ろしながら、もう一度尋ねた。「どこか具合悪いのか?」玲奈は振り返らなかったが、「ううん、ただ眠いだけ」と答えた。その態度は、初めの頃のように冷え切っていた。拓海はそれ以上言葉を重ねなかったが、視線だけは玲奈から離れなかった。頑なに、後頭部をじっと見つめ、彼女のすべてを読み取ろうとするかのように。だが結局、彼女の心は分からないままだった。――また智也のことで落ち込んでいるのか?そう考えた瞬間、玲奈がふいに振り返った。薄暗い病室の小さな灯りの下、玲奈の表情はぼんやりと影に溶けていた。彼女は拓海を見つめ、少し間を置いてから言った。「......香水の匂いがする」本当はそんな匂いなどしない。ただ彼が沙羅に会ってきたことを、自分から言い出すかどうか確かめたかった。拓海は、玲奈がまた話しかけてきたことに気が動転し、自分の襟元をつまんで嗅いでみた。そして顔を上げると、いつもの不良めいた表情で言った。「これ、お前の匂いだよ」玲奈は唇をわずかに引き、淡く笑って言った。「須賀君、寝ましょ。眠いの」そう言い終え、再び背を向けた。拓海は、玲奈が少しでもスペースを空けてくれると思っていた。ほんのわずかでも空いていれば、無理矢理でも入り込めると。しかし玲奈は、一ミリたりとも場所を空けなかった。拓海は、彼女が寝付けなくなるのを心配して、無理に割り込むのをやめた。椅子に座り、ベッドのふちに突っ伏すようにして、明へメッセージを送った。【明日病院に来て、玲奈の相手してやってくれ】玲奈の気分が沈んでいるのだと思った。誰かもう一人でもそばにいれば、少しは気が紛れるのではと。玲奈は横向きのまま横たわっていたが、やはり眠れなかった。これまで、拓海には何か裏があるから近づいて来るのだと思っていた。だが、その「裏」が何なのか、ずっと分からなかった。今夜、ようやく悟った。拓海が欲しいのは――沙羅。そして沙羅が好きなのは、智也。だから拓海は、自分を利用してきたのだ。……翌
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第374話

智也の意図を察した宮下は、諭すように言った。「旦那様、本当に奥様のことを気に掛けていらっしゃるなら、その電話はご自分でおかけになるべきですよ」智也は顔をそむけ、沈んだ声で返した。「気にしてるわけじゃない。ただ......あいつは愛莉の母親だ。何かあったら困るだけだ」宮下はため息をついた。「旦那様、奥様は本当に良い方です。どうか失ってから気づく、なんてことのないように。先ほど旦那様も言いましたよね。奥様は愛莉様のたったひとりのお母さんです。実の母親ほど子を思う人はいませんよ。後悔するのは旦那様だけじゃなく、愛莉様も同じです」しばらく沈黙したのち、智也は、すでに離婚届にサインをしたことを思い出し、口を開いた。「俺とあいつの間には......もう何の感情もない」宮下はすぐに言った。「でも、お二人には愛莉様がいるじゃないですか」智也はまた黙り込んだ。少ししてから、宮下の手から弁当を受け取り、「愛莉に食べさせる。......中に戻る」と言って病室へ入った。病室では、愛莉が寝返りを打ち、目をこすっていた。目を開けると、弁当を持った智也が近づいてくるのが見え、声を上げた。「パパ」智也はベッドのそばに腰掛け、微笑みながら言った。「宮下が美味しいものを作ってくれたよ。顔を洗って、手もきれいにしてから食べようか?」鳥の巣みたいな寝癖のまま、愛莉はこくりと頷いた。智也は洗面所に行き、お湯を汲んで戻ると、湿ったティッシュで愛莉の顔や手を拭き、歯磨きをさせた。身支度が整うと、慣れない手つきで愛莉の髪を低い位置で束ね、ようやく味噌汁を食べさせた。食べさせながら、不意に尋ねた。「愛莉、ママに......会いたくないか?」その言葉に、愛莉は眉をひそめ、すぐに首を振った。その表情を見て、智也はそれ以上深く聞くのをやめた。だが次の瞬間、愛莉は顔を上げて尋ねてきた。「パパ、ララちゃんは?」智也は優しく微笑み、愛莉の頭を撫でながら答えた。「沙羅はね、昨日の夜、パパと一緒にずっと愛莉を看てくれてたよ。朝になって帰ったけど、本当は愛莉が起きるまで待ちたかったみたいだ。でもパパが学校に行くように言ったんだ」それを聞くと、愛莉は嬉しそうに身体を揺らして言った。
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第375話

病室で、玲奈はベッドの背にもたれていた。明は持ってきた品々をベッドの端に並べ、ひとつずつ紹介し終えると、玲奈がどれを選ぶのかと、期待に満ちた目でじっと見つめた。その熱心さに水を差す気にはなれず、玲奈は少し考えてから、小さなケーキを指さした。「じゃあ......このケーキをいただくわ」聞いた瞬間、明はぱっとケーキを手に取り、玲奈に差し出した。「玲奈さん、ケーキがそんなに好きだなんて......玲奈さん自身がふんわり甘い感じだから、かな」軽口を叩きながら、端正な顔に穏やかな笑みを浮かべる。拓海は隣でゆっくりとみかんをむいていた。皮を破らぬよう、慎重で繊細な手つきで。だが視線の端はずっと玲奈に向けられていた。昨夜から、玲奈の様子がどこかおかしい気がしていた。だが、冷たくされてばかりで理由が分からない。明が来てからも、玲奈は笑ってはいるものの、拓海の胸にはどうしても引っかかるものがあった。だが、玲奈と明は親しくない。だからこそ控えめに笑っているのかもしれない――そう自分に言い聞かせる。玲奈は明の冗談に、「長谷川さん、本当にお話が上手ね」と笑って返した。その長谷川さんという呼び方に、明は眉をひそめ、ウインクしながら言った。「玲奈さん、もし気にしなければ、俺のことも須賀君みたいに、長谷川君とか、明君って呼んでいいよ?」玲奈はスプーンでケーキをすくいながら、微笑んで言った。「ええ、分かったわ」その「ええ」の声が聞こえた瞬間、拓海は力加減を誤って、みかんの皮を破ってしまった。飛び散った果汁が、玲奈の服にもかかってしまう。明はすぐにティッシュを差し出し、同時に拓海へ鋭い視線を向けた。「拓海、何してるんだ?みかんを潰すつもりか?玲奈さんの服、果汁まみれじゃないか」その声で、拓海は潰れて湿ったみかんを横に置いた。二枚のティッシュで手を拭いてから、玲奈を見下ろし、問いかけた。「大丈夫か?」玲奈は顔を上げて彼を見つめ、首を横に振り、柔らかな笑みを浮かべた。「大丈夫よ、こんなの気にしないわ」その微笑みを見た拓海は、先ほどの「ええ」の一言を思い出し――やはりただ体調がよくないだけだと結論づけた。それでようやく安心した。明は、二人のほの甘い空気を見て、我慢できず
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第376話

心晴からの連絡では、到着まであと一時間かかると言っていた。そこで玲奈は、時間つぶしにゲームをすることにした。それを聞いた明は、目を輝かせて身を乗り出した。「いいね!五目並べなら、俺に敵はいないよ。玲奈さん、負け続けても泣かないでね?」玲奈は淡く微笑んで答えた。「泣かないわ」五目並べの腕には自信がある。ただ、もう何年もやっていなかっただけだ。玲奈が遊びたいと言い出したことで、拓海も明への苛立ちをひとまず引っ込めた。明はすぐに盤を広げた。玲奈が白、明が黒。三局連続で、玲奈は負けた。しかし負けはしたものの、明が簡単に勝てたわけではなかった。四局目に入ると、拓海は静かに立ち上がり、玲奈の隣に移動して座った。五目並べは単純な遊びとはいえ、集中すると意外に頭を使う。序盤は玲奈と明が互角に進めていた。だが終盤になると、一手で勝敗が決まる状況に。明が勝つ寸前――拓海がふいに玲奈の手を取って導き、その石を盤上に置かせた。同時に、拓海は身体を少し傾け、唇が玲奈の耳先にかすめるほど近づき、艶のある声で囁いた。「ここ。これで詰みだ」その声はやわらかく心地よく、玲奈の心をかすかに震わせた。その一瞬、どうしても心が乱れる。それでも玲奈は表情を崩さず、淡々と答えた。「確かに......見事な一手ね」その一手で、負けの局面が一気に逆転し、いくつものラインが繋がった。拓海は玲奈の横顔を見つめ、離れがたい思いに襲われた。彼女の香りを吸い込むと、どこか不敵な笑みを浮かべて言った。「もっと面白いのを、これからいくらでも見せてやるよ」二人が目の前で堂々と甘い雰囲気を漂わせているのを見て、明は不満をあらわにした。「ちょっと!二人でチーム組んで俺ひとり相手って、不公平じゃないか」拓海は明の方を向き、顎を軽く上げて言った。「だったら、お前も助っ人呼んでこいよ」明はますます不機嫌になった。「誰を呼ぶんだ?俺、何年も独り身なんだけど?」その言葉に、拓海はすかさず叱りつけた。「よく言えるな。孤独死する気か?」明は碁盤を片付けながらむくれた声で答えた。「合う相手がいないなら、孤独でもいいんだよ」その瞬間、病室の外でノックの音がした。玲奈は、
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第377話

拓海はベッドの端に座ったまま、玲奈の言葉を聞き、全身を固くした。どれほど鈍くても、彼女が帰れと言っているのは分かった。離れる気などあるはずもない。眉を寄せ、低く言い返した。「忙しくない。ここで看てる。お前、病気だし......置いて帰れるかよ」玲奈は拓海を見つめた。その顔には悲しみも喜びもなく、波ひとつ立たない静かな表情。柔らかな声が落ちた。「帰って。心晴は女の子だから、女の子が私のそばにいる方が都合がいいの」拓海はさらに眉をひそめた。「でも昨夜、お前......約束しただろ......」――自分を都合の男として受け入れると。そう続けようとした瞬間、玲奈の声がそれを断ち切った。「昨日は熱があって、意識も少し朦朧としていたの。だからあの時のことは......須賀君、気にしないで」追い出されようとしていると分かっていても、拓海は首を横に振った。「嫌だ。心晴がそばにいるならそれでいい。俺は病院にいる。お前は俺のこと、いないものとして見ればいい」心晴は病室に入ると、持ってきた百合の花をベッド脇に置き、果物かごをテーブルに並べた。拓海がどうしても帰らないのを見て、心晴は呆然とした。あれほどプライドの高い男が、玲奈の前ではここまで卑屈になるのか。明は、心晴が入ってきた瞬間から視線を離さなかった。隠す気のない明らかな好意。だがいやらしさはなく、素直に、ただ見惚れているという雰囲気だった。視線に気づいた心晴もそちらを見て、小さく会釈した。玲奈は拓海を動かせないと悟り、仕方なく言った。「好きにすればいいわ」彼がそこに居座ろうと関係ない。玲奈には彼を追い出す方法がある。そう言ったあと、玲奈は顔を心晴へ向けた。「心晴、少し外を歩きたいの」心晴はすぐにベッドへ駆け寄り、身体を支えようとした。その時――ずっと玲奈を見つめていた拓海が、突然低い声を落とした。「体調はまだ良くなってないだろ。どこへ行くんだ?」布団をめくった玲奈は拓海を見て、はっきりと言った。「智也のところよ。愛莉を一晩中看ていたから、そろそろ代わるべきよ。休ませてあげないと」それは、拓海に聞かせるための言葉だった。彼にここから立ち去らせるためだけの
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第378話

明は拓海の親友だ。その親友の前で、拓海はこれほどまでに体裁も尊厳も捨てていた。玲奈は戸惑いながら須賀拓海を見つめた。「須賀君、あなた......」拓海が彼女を抱こうと身を寄せた瞬間、玲奈の脳裏には――彼が沙羅に口づけした光景がよぎった。胸の奥に、拒絶の感情が鋭く走った。玲奈は勢いよく拓海を突き飛ばし、ベッドから飛び降りた。裸足で床に立ち、息を整えてからまっすぐに言った。「昨日のことは忘れて。あなたが勝手に思い込んでいる立場を、私は一度も認めたことはないわ」そう告げると、玲奈は靴を履き、心晴の手を取った。「心晴、行きましょう」状況がのみ込めない心晴は、玲奈に引かれるまま従うしかなかった。二人が病室を出ようとした時、明が慌てて声を上げた。「玲奈さん、拓海を誤解してるんじゃ?もし誤解があるなら、ちゃんと話したほうがいいよ。拓海の人柄は俺が一番分かってる。本気で想っているのは玲奈さんだけなんだ」その言葉に、玲奈は足を止めた。しばし沈黙し、振り返って明に言った。「長谷川さん、今日は来てくれてありがとう。とても嬉しかったわ。もちろん、須賀君にも感謝してる。でもね......誤解なんて、私と須賀君の間には何ひとつないの」そう言って再び踵を返した。何か言おうとした明だったが、その前に拓海が制した。「明、いい。もういい」明は眉を寄せた。「玲奈さん、絶対何か誤解してるよ。俺、行って説明してくる」拓海は彼の手を掴み、力なく目を伏せた。「最初から......彼女の心にいるのは智也だけなんだよ」明は尚も不安げだ。「拓海、直接聞いたほうが......」拓海は首を振った。視線は病室の扉へ。そこにはもう、玲奈の姿はなかった。「明......俺の負けだよ」明は腹を立てて反論した。「何言ってるんだ!拓海が負けるわけないだろ?そんなのあり得ない!」だが拓海の目は赤く滲み、抑えても抑えきれない声がかすれた。「負けた相手が玲奈なら......別に悔いはない」明は胸が締めつけられ、拓海の肩を軽く叩いた。慰めようとしても、何と言えばいいのか分からなかった。拓海はかすかに笑い、ひどく寂しげに言った。「行こう。彼女はもう俺
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第379話

心晴がそばにいるおかげで、玲奈は余計なことを考えずに済み、気持ちもずいぶん落ち着いた。話をするうちに、玲奈はふと和真のことを尋ねた。心晴によれば、和真は最近もあれこれ手を尽くして連絡を取ろうとしているらしいが、心晴はすべて無視しているという。八年の付き合いを心晴は、自分の身を裂くような痛みで断ち切ったのだ。愛は確かだった。でも失望は、その何倍も確かだった。和真は浮気だけではなく、暴力までふるい、心晴を都合のいい物のように扱った。そんな関係を自ら終わらせた心晴を見て、玲奈は心から嬉しく思った。その時、背後から戸惑った声がした。「奥様?」振り返ると、宮下だった。玲奈は軽く微笑んで挨拶を返した。宮下は、玲奈のそばに立って尋ねた。「奥様、旦那様がさっき会いに来られましたよ。お会いにならなかったんですか?」玲奈はきょとんとした顔で首を振った。「会ってないわ」宮下は何か言いたげだったが、玲奈が先に口を開いた。「そういえば、愛莉は?どうしてる?」「奥様、愛莉様はもう一般病棟に移りましたよ。大事はありません。今はすっかり元気です」その言葉に、玲奈はようやく息をついた。「それならよかった」宮下がまだ話したそうなのを感じたが、玲奈はそれを遮るように続けた。「宮下さん、お仕事に戻って。私は心晴ともう少し歩いてくるわ」そう言い、心晴の手を引いて立ち上がった。口を開く間も与えられず、宮下は言いかけた言葉を飲み込むしかなかった。仕方なく、智也に電話をかける。病院の庭園は広く、初冬とはいえ金木犀の香りがほんのり漂っていた。しばらく歩いたところで、心晴が玲奈に目配せした。「後ろ、見て」振り返ると――智也がゆっくり歩いて近づいてくる姿があった。白い霧の中、黒のロングコートを羽織り、濡れた髪に水気を含ませながら、薄い霧を切り裂くように歩み寄る。コートの裾が風に揺れ、重厚な気配をまとっていた。その姿を見た瞬間、玲奈は反射的に踵を返して離れようとした。しかし彼の反応は玲奈よりも早かった。「鳴海さん、妻と少し話がある。席を外してもらえるかな」鳴海心晴は答えず、玲奈を見た。玲奈が嫌と言うなら、即座に連れて行く。だが玲奈は心晴の手を軽く叩
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第380話

玲奈が智也のコートを拒まなくなったのを見て、彼はようやく彼女の肩に置いた手をそっと離した。同時に、短く答えた。「......ああ」玲奈は彼を見つめて尋ねた。「それで、何を話したいの?」智也は玲奈の横顔を見下ろしながら、問い返した。「体調は......よくなったか?」玲奈は答える気もなく、面倒くさそうな声で言った。「要点だけ言って」智也は一度言葉を詰まらせ、それから申し訳なさそうに口を開いた。「この前は......言い過ぎた。気にしないでくれ」玲奈は、彼がいつのことを指しているのかも分からないし、知りたいとも思わなかった。どれも大したことではなく、もうどうでもよかった。だからあっさり肩をすくめて言った。「別に。慣れてるし」智也は、まるで心に響いていない彼女の態度に胸が締めつけられる。それでも続けた。「あの日、お前が熱を出してたなんて知らなかった。だからつい......」「うん、もう分かったわ」玲奈はまた言葉を遮った。その興味のなさが、智也の胸に鋭く刺さる。それでも諦めきれず、続けた。「愛莉の病室に移らないか?お前も一緒のほうが、二人を見やすい」玲奈は一瞬だけ驚いたが、すぐに冷静な顔で即答した。「ありがとう。でもいいわ」まだ何か言おうとする彼の言葉を遮り、玲奈は静かに続けた。「智也。もう、離婚届を出したのよ。忘れていないでしょう?」それは注意喚起であり、警告でもあった。智也は、遠ざかる気配をそのまま受け止め、短く返した。「......ああ」玲奈は薄く笑い、コートを脱いで差し出した。「ほかに何もないなら、行くわね」しかし智也は受け取らない。「冬だ。着ていけ。また風邪をひく」玲奈は微笑しながら首を振った。「いらないわ」押し返す玲奈の手に根負けし、彼はようやくコートを受け取った。その瞬間、玲奈は迷いなく背を向けた。その姿に、智也の脳裏には、記憶の中の玲奈がよみがえってくる。帰宅すれば、彼の鞄と上着を受け取り、出かける前には、ネクタイが曲がってないか確認し、残業が続けば、熱いお茶を淹れて持ってきて、休む前には風呂を用意して――共に過ごした時間は短かったが、彼女はいつだって、細やかに彼を
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