秋良は階段の踊り場に立ち、手にはまだパソコンバッグを提げたまま、拓海が玲奈を抱きかかえて出ていく光景を呆然と見つめていた。問い詰めたい言葉が喉まで出かかったが、玲奈の顔が真っ赤に染まり、苦しげに息をしているのを見た瞬間、その言葉は喉の奥で凍りついた。――今は責めている場合じゃない。拓海が階段を駆け下りると、ちょうど玄関から綾乃が戻ってきた。拓海は玲奈を抱えたまま、息を乱しながらも丁寧に声をかける。「綾乃さん......」綾乃は一瞬立ち止まり、驚いたように目を見開いた。だが、すぐに冷静さを取り戻し、拓海の腕の中でぐったりしている玲奈の様子に気づくと、慌てて問いかけた。「玲奈、どうしたの?」拓海は大股で玄関へ向かいながら、息を整える間もなく答えた。「高熱です。今すぐ病院へ連れていきます!」綾乃が返す暇もないほどの早さで、拓海は玲奈を抱えたまま夜の空気の中へ飛び出していった。その直後、秋良も階段を降りてきて、玄関に立つ綾乃に声をかけた。「行こう。俺たちも行こう」いまは誰がどうやって家に入ったかよりも、玲奈の命のほうがずっと大事だった。深夜。玲奈はぼんやりとした意識のなかで目を開けた。最初に目に入ったのは、真っ白な天井と蛍光灯の淡い光。鼻の奥には、消毒液のつんとした匂いが広がっている。手の甲に鋭い痛みを感じ、視線を向けると、点滴の針が刺さっていた。そのとき、そばから柔らかな声が響いた。「玲奈ちゃん、目が覚めた?」――綾乃の声だ。玲奈はゆっくり首を向け、ベッドの右側に座っている綾乃を見た。左手には点滴のチューブが繋がっている。唇を動かし、かすれた声で呼んだ。「綾乃さん......」声は掠れて弱く、目も真っ赤に腫れていた。綾乃はそっと手を伸ばして玲奈の額に触れ、優しい声で言った。「もう熱は下がったわ。少しは楽になった?」玲奈は小さく笑みを浮かべ、かすかにうなずいた。「......はい。少しだけ」意識がはっきりするにつれて、玲奈の脳裏に、ひとりの男性の姿が浮かんだ。――拓海。確かに、あの夜、彼が窓から入ってきた。夢だったのか現実だったのか。けれど、あの声は確かに聞こえた。胸の奥がざわめき、玲奈は思わず問いかけた。
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