All Chapters of 優しい愛に包まれて~イケメン君との同居生活はドキドキの連続です~: Chapter 41 - Chapter 50

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2 つきまとう影

「なあ、頼むよ。結菜と会って話したい。顔を見て話そう」その時、ずっとズルズル引き伸ばしているより、1度きちんと話した方がいいかも知れないと思った。「……そうね。わかった。私もちゃんと話がしたい」「まさか……」「え?」「もしかして……別れ話じゃないよな?」「……」「別れ話なのか?俺達、別れるのか?そんなこと、嘘だろ」「ちょっと、冷静になって」「冷静だよ、俺は。結菜が変な感じにするからだろ。別れ話だったら俺、絶対聞かないからな」川崎君はとてもイライラしているようだった。言い方が怖い。「あのね、川崎君。私、よく考えてみたの。旦那といろいろあって、私は心を病んでつい川崎君に甘えてしまった。でも、それが間違いだったってこと、今頃になって気づいたの。もちろん、相談に乗ってもらったことには感謝してるの。でも……」「結菜は、俺と不倫関係を解消したいってこと?俺と一緒にいたくないのか?」「ごめん。これ以上は続けられない。私、これからの人生は明るい道を歩きたい。新しい気持ちで心機一転やり直したいの」「は?俺は?俺はどうしたらいいんだよ。お前だけまともな道を歩くのか?いまさらだろ?お前は不倫したんだぞ」「……」悲しいけれど、何も言い返せない。「結菜、俺にはお前が必要なんだ。別れるとか言わないでくれ。ずっと一緒にいよう」川崎君……どうしたっていうの?今までそんなに自分の気持ちを全面に押し出す人じゃなかったのに。「本当にごめんなさい。川崎君とはもう終わりにしたいの。会っていろいろ話し合ったところで、私の気持ちは変わらないから……。だから、この電話でさよならしたい」「嫌だ!結菜と別れるなんて。嫌だよ、俺。俺はこんなに結菜のことを」「お願い、それ以上は言わないで」「結菜!あんまり俺を怒らせない方がいいぞ!調子に乗るな!」私のセリフに被せるように怒鳴った川崎君の言葉が胸に突き刺さる。背筋がぞぉっとする感覚に襲われた。「ね、ねぇ、どうしちゃったの?」川崎君のこんな声を、私は初めて聞いた。「結菜がその気なら俺にも考えがある」「か、考え?」「ああ。俺がお前を救ってやったのに、お前は俺を捨てるのか?お前にそんな権利あるのか?」「……権利とか言われても」「結菜には俺を捨てる権利はない。俺がいなかったら、お前は……」そう言って、電話が切れ
last updateLast Updated : 2025-07-10
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1 淡い気持ち

あれから何事もなく1週間が過ぎた。慌ただしく過ぎる毎日に追われて、川崎君への不安も少しずつ薄れかけていた。相変わらず、旦那と智華ちゃんのことも聞けないままで。今日は月曜日。文都君以外は、全員いなかった。「結菜さん。今日、昼間ちょっと時間ありませんか?」「今日は……そうね、うん、みんないないし、空いてるよ。どうしたの、何かあるの?」「突然ですみません……あの、もし良かったら、僕の大学に一緒に行ってもらえないですか?」「大学に?」「はい。今日は教授の都合で授業が午後になってしまって……その前に、大学のレストランで一緒に食事できたらって……」文都君が私をランチに誘ってくれるなんて、ちょっと驚いた。だけれど、文都君とは最近あまり話せていなかったから、ちょうど良い機会だと思った。「ありがとう。うん、行きたい。でも、文都君の大学は一般のお客さんもレストランに入れるの?」「はい。結構たくさんの人が来てますよ。すごく綺麗で美味しいオシャレなレストランですから、人気があるんです。きっと結菜さんにも喜んでもらえると思います」文都君はニコッと微笑んだ。「そうなんだ。そんなオシャレなレストランなら楽しみだなぁ。でも、大学に行くなんて何年ぶりだろ。ちょっとドキドキしちゃうな……。私なんかが入っても大丈夫なのかな?やっぱり若い人ばかりじゃないの?」学生に混じるのはやはり抵抗がある。「大丈夫に決まってます。結菜さんなら……大学生といっても通用しますよ」「い、いやだ!そんなわけないじゃない。私、もう大学卒業してずいぶん経つんだから。さすがに恥ずかしいよ」「お世辞じゃないです。結菜さんなら医学部の生徒に混じってても全然おかしくないです。違和感ゼロですよ。良かったら、午後から一緒に授業受けてみますか?」「ダメダメそんなの。みんなにジロジロ見られちゃう、違和感ありありだよ。本当に恥ずかしいから。あ、じゃあ私、着替えてくるね。ごめんね、ちょっと待っててね」「ゆっくり支度してください。すみません、急に誘ってしまって」「ううん、嬉しいよ。じゃあね」「はい」階段を上がりながら息がハアハアしている。文都君とのやり取りにドキドキしてしまって……違和感ゼロって、私が若く見えるってことなのか?私が学生だなんて絶対嘘だ。文都君は、私をからかってる。だって、もう…
last updateLast Updated : 2025-07-11
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2 淡い気持ち

この塔は大学のシンボルなのだろう。その周りには他にもたくさんの建物があり、圧巻の光景だ。ここで文都君は毎日勉強している、そう思うと、母親代わりとしては何だか感慨深かった。大学の4年生――医学部は6年間だから、あと3年はここに通うことになる。お医者さんになることは、本当に長い道のりで大変だろう。とにかく、キャンパスライフも楽しみながら、1歩1歩前に進んでほしい。「結菜さん、レストランはあっちです。お腹空きましたね。何たべようかな」楽しそうに話す文都君。「そうだね。お腹空いたね」ふと周りを見ると、いるのはやはり若い学生さんばかりだ。急に自分が場違いなところにいるんだと緊張し出した。もちろん、大学に来たのだから若い人ばかりなのは当たり前なんだけれど……文都君に大丈夫だと言われ、調子に乗ってしまった自分に少し後悔した。「文都!」その時、文都君の名前を呼ぶ大きな声が聞こえた。突然の声に2人して振り返ると、誰かが急いでこっちに近づいてきた。「ああ、達也。もう来てたの?早いね」「うん、まあちょっとね。女子たちとランチの約束があるからさ~。ん? こちらの女子はどなたさん?」誰だろう、この超ハイテンションなホスト系イケメンは。それにしても「女子」……って……「ほら、話しただろ。僕が住んでる家の大家さん。ものすごくお世話になってるんだ」「えー!嘘だろ~。本当に大家さん!?」「だから大家さんだって」「いやいや、文都が大家さんって言うからもっと年上の人かと……こんな若い人が大家さんなんてパターンあり?」だから、誰なの?一方的に進む会話になかなか入れない。若い……なんて、もう信じてはいけない。きっと学生さん達は文都君も含め、みんなお世辞が上手いんだ。「あ、すみません。結菜さん、彼は僕の友達の達也君です。医学部で一緒に学んでます」髪もすごく茶髪で垢抜けてるというか、一見、医学部の学生さんには見えない。でも、人を見た目で判断するのはダメだ。「初めまして、三井結菜です。いつも文都君がお世話になっています。今日は、文都君に誘ってもらって……」「初めまして!ほんと、びっくりしました。世の中には、こんなに若くて可愛い大家さんがいるんですね!僕もそこに住んでみたいな~。うらやましいぞ、文都」子犬みたいに目をキラキラさせて私を見ている。愛想
last updateLast Updated : 2025-07-12
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3 淡い気持ち

「えっ……。あ、あんまり大人をからかわないで。さっきから2人に気を使わせてばかりで申し訳なくて」「だから、違います。僕も、一応、大人です。あなたと7歳しか変わらない」「しかって、十分離れてるよ」「結菜さん、行きましょう。レストランに」「えっ」その時、文都君がスっと私の手を握った。一気に心拍数が上がる。手と手が触れ合い、温もりが伝わってくる。文都君がこんなことをするなんて……周りにいた学生達が、私達を見て何かを言っているようだった。「あっ、ね、ねえ。こっちを見てる人がいるから……」「だから何ですか?」「えっ、あの……。見られたら困るとか……ないのかな。大丈夫?」「そんなこと気にしなくていいですよ」「でも……」「本当に……気にしないで」「……は、はい」なぜか、文都君の言葉に「はい」と答えてしまった。今の状況に戸惑いながらも、私はこのふんわりとした何ともいえない感覚に包まれていた。とても不思議な、味わったことのない感覚――「ここです」しばらく歩いて、文都君はゆっくり手を離した。「うわぁ、ここ……本当にすごく素敵なところだね」そう言いながら、まだ手に残っている感触にドキドキは消えずにいた。「レストラン、今日は結構空いてます。良かったです。さあ、どうぞ」文都君がイスを引いて座らせてくれた。いつだって優しくて紳士的だ。「結菜さん、何でも好きなのを食べて下さいね。僕がご馳走しますから」「えっ……いいよ、そんなの」「僕にも、少しはカッコつけさせて下さい、結菜さん」眼鏡の奥の優しい眼差し。文都君は本当にイケメンだ……改めてそう思う。きっと……ううん、間違いなく女子にモテるだろう。さっきだって、手を繋いでいるところを睨みつけられた気がしたし、あれは文都君のファンだったのかも知れない。「う、うん。じゃあ、お言葉に甘えて。嬉しいな、ありがとう」「なんて。ここのメニューじゃカッコはつきませんね。また次回、カッコつけれるくらい良いところに案内しますよ」次回……また誘ってくれるつもりだろうか。文都君には、こういう大胆なところがあったんだ。さっきからいろいろと驚かされている。「美味しいね、ビーフシチュー」私達は、素敵な雰囲気の中、しばらくランチを楽しんだ。「ここのビーフシチューは最高です。何度も食べてますけど、今日
last updateLast Updated : 2025-07-13
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4 淡い気持ち

「ありがとうございます。僕は同居する前まで、本当に何のために医者を目指してるのかわからなくなっていました」「そうだったの?」「はい。でも、結菜さんやみんなが、それぞれに一生懸命頑張ってる姿を見てるうちに……僕も甘いこと言ってられないなって。みんなから頑張るエネルギーをもらいました」「すごいね。偉いよ、本当に。お医者さんになるなんて、ものすごく勇気とか決断とか……いると思うんだ。でも、文都君の頑張ってる姿を見てたら、私も応援したいってすごく思うし、こっちが文都君に元気もらってるんだよ。私だけじゃなくて、もちろんみんなも」「結菜さん……。あなたにそんなふうに言ってもらえて、本当に嬉しいです」ほんの少し口角が上がった。「だけど、文都君。大変な時はいつでも私に弱音を吐いてね。それはとても大事なことだよ。弱音を吐くことは恥ずかしいことじゃないし、もし何かに悩んでも、また前を向いて頑張ればいいんだから。ちゃんと話してもらえたら、私は一緒に文都君と悩みたいと思ってる。ずっとずっと応援してるから」私達は、自然と2人とも笑顔になった。文都君のいる場所は、想像もつかないくらい大変な世界だろう。だからこそ、母親代わりの私は、本気で文都君のことをずっと支えていきたいと思った。「結菜さん。僕、今、すごく幸せです。同居人として迎えてもらえて本当に良かったです」この上なく嬉しい言葉をもらえた気がした。「ありがとう、文都君。私も、文都君やみんなと一緒に暮らせることが心から嬉しいの。みんなのおかげで私は自分の生き方まで変えることができた。もちろん、良い方向にね」「そうなんですか?僕らのおかげで?」「うん、そう。いろいろあったけど、私はみんなの優しい気持ちに包まれて、自分を見つめ直すことができた。同居人を募集して、こんなに素晴らしい人達が集まってくれて……本当に感謝してる。ありがとう」「結菜さん。僕にとって、結菜さんに出会えたことは1番の……」その言葉をさえぎるようなタイミングで、「文都君!こんにちは」と、女の子が近寄ってきた。「文都君、一緒にいい?」女の子が2人、私達のテーブルの横に立った。すぐ近くで見上げたら、まるでモデルのようにオシャレでとんでもなく可愛い。おまけにスタイルも抜群だ。女性の私でさえドキッとしてしまうほどだ。智華ちゃんやひなこちゃんもそうだけ
last updateLast Updated : 2025-07-14
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5 淡い気持ち

「ごめん。今は無理」文都君はそう言いかけたけれど、何だか急に申し訳ない気がした。「あ、もうそろそろ授業だよね。私、買い出しもあるから先に帰るね。じゃあ」私は、慌てて立ち上がり、その場から去ろうとした。「ちょっと待って」とっさに私の右手を掴んで止めようとする文都君。「あっ、ごめん。本当、もう行くね。授業、頑張って」「結菜さん、どうして」そのやり取りを見ている女の子達の視線がものすごく痛くて、私は右手を掴む文都君の手を優しくふりほどいた。「お友達がせっかく声掛けてくれてるんだからゆっくり話して」「文都君、明日のテストなんだけど、ちょっと自信なくて。教えてほしいの」「私も。文都君の得意分野でしょ」2人の女子がすかさず文都君に話しかけた。私の存在なんて全く気にしていないようだ。もしかして、いないものと思われてるのか?「わかった。でも後にしてくれない?僕は結菜さんと話してたんだ」はっきりと私の名前を言ってくれる文都君に少しキュンとした。「この人誰?文都君の知り合い?」ロングヘアをキュッと結んでポニーテールにしている女の子が、冷たい感じで言った。「この人は大家さん。僕が住んでるところの大家さんで、いつも本当にお世話になってるんだ」「あ、はじめまして。三井結菜です。文都君のお友達……なんですね」「大家さん?この人が?」「そうだよ。お料理も上手で、何でもできるすごい女性だよ」「何でも?って……まさか、文都君、この人と2人で住んでるんじゃないでしょうね?」もう一人のショートカットの美人がとてもイヤな顔をしながら言った。2人とも……私に敵意をむき出しにしているように思える。「まさか!違います、違います。うちにはたくさんの同居人がいますから。ね、文都君」「……まあ、そうですね」「え?文都君、どうしてこの人と一緒に住んでるの?何かメリットはあるの?」「め、メリット?」私はポニーテールの女の子に思わず聞き返した。「私達は毎日一生懸命勉強してます。普通の勉強量じゃないんです。私は、誰かと一緒だと集中できません。だから、実家の自分の部屋にこもって勉強してます」こんな可愛い人がお医者さんになるために頑張っている……そのことは、やはりすごいと思える。「文都君、そんなたくさんの人がいて勉強できるの?私も絶対無理。一人暮らしの方がマシだと
last updateLast Updated : 2025-07-15
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6 淡い気持ち

文都君……こんな私に、優しい言葉をかけてくれてすごく嬉しい。文都君の純粋で綺麗な心。それに触れてしまったら、今まで自分がしてきたことに激しい後悔をしてしまう。私は、本当にバカな女だ。とことん自分が嫌になる。でも、おかげでハッキリと心が決まった。川崎君との関係にケリをつけたいと――中途半端にしていては何も解決しない。私は、何かに急き立てられるように、その場で川崎君に電話をかけた。「……」何度かコールしているけれど、反応がない。もう1度かけてみよう……「……はい」「あっ、ごめんね、川崎君。今、話せる?」出てくれたことは良かったけれど、なんだか声に元気がない。「うん。今は、大丈夫」この前とはずいぶん違う反応だ。あの罵声は、今でも忘れられないほど酷かった。そのことは胸にしまい、とにかく冷静に話そうと試みた。「ごめん仕事中に。どうしても今、話したいことがあって……」「……ああ」「私ね……」「別れたいんだろ?」「えっ」「いいよ、わかってる。結菜が別れたいって思ってるならそれでいいよ」川崎君の答えに拍子抜けしてしまう。「あっ、う、うん。本当に……ごめん。川崎君にはいろいろ相談に乗ってもらってたのに……」「そんなこといいよ、別に。もう、結菜のことはキッパリ忘れるから」川崎君の淡々とした言葉が続き、少し怖い気がした。でも……きっとこれでいいんだと、自分に言い聞かせた。「うん。今まで本当にありがとう。体に気をつけて元気でいてね」川崎君は、それ以上、もう何も言わなかった。電話を切り、ドキドキしている心臓の辺りを触った。「……落ち着け……大丈夫、大丈夫だから。これからは川崎君のことを忘れて、しっかり前を向く。それでいいんだよね。新しい道を歩かなくちゃ」1人つぶやくそのあとに、私は深く深呼吸をして、空を見上げた。「……帰ろう」1歩踏み出す足取りは、なんとなく、いつもより少しだけ軽く感じた。
last updateLast Updated : 2025-07-16
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1 絵の中の私

あれから、月日は流れ、1ヶ月が過ぎた。7月に入り、いよいよ本格的な夏がやってきた。太陽が照りつけ、うなだれるような暑さの中でも、綺麗に咲く庭の木々や草花達には毎日癒されている。同居人のみんなが、それぞれに慌ただしく何かに頑張っている日々――私自身は、そんなみんなに元気でいてもらいたいと、いろいろな料理を作ることを楽しみにしていた。栄養をつけてもらいたいから、料理の勉強にも力を入れた。そして、家事の合間には、少しの時間を見つけて颯君の絵のモデルもしていた。ほんの少しの間でも、回数を重ねるごとに、最近はずいぶん慣れてきた……ような気がする。最初はあんなに緊張していたのに。きっと颯君がいろいろと褒めてくれるのも、私にしては嬉しいことで、いつしかモデルの時間が楽しみになっていた。颯君は、美大の授業が終わってからと休日に、たまにスーパーでバイトをしている。一生懸命頑張っている颯君のために、せめてモデルとして支えられたらと思っている。夕方になり、私はそのスーパーに買い物に行った。大型スーパーの惣菜コーナー。レイアウトにも凝っていて、様々な「おかず」の種類があり、デパ地下のようなワクワク感が味わえる。売り場の一部、お客の側から見えるところに、颯君は立っていた。手際よく唐揚げや天ぷらを揚げている姿に、おば様達はくぎづけになっている。颯君の爽やかな笑顔がとてもカッコよくて、相変わらず惣菜コーナーにはたくさんの人が集まっていた。「お兄さん、さつまいもの天ぷらとイカ天、揚げたてが欲しいんだけど。大丈夫かしら?」「いつもありがとうございます。はい、大丈夫ですよ。少し時間くださいね」「あら、私のこと覚えてくれてるの?ありがとう。あなた本当に素敵ね」70代くらいのマダムが、颯君に声をかけている。「この前もさつまいもの天ぷら買ってくれましたよね」「あらやだ。さつまいも好きだなんて、何だか恥ずかしいわね」「さつまいもは美味しいですから。僕も好きです、さつまいも」「あら~、あなた、本当に素敵だわ。また買いに来るわね」「ありがとうございます。いつでもお待ちしてます」「でも、この前来たらクマみたいなでっかい男性がいたわよ。あの人だとなんだかガッカリするのよね」マダムが笑う。「それは店長です。クマって」颯君も笑う。話をしながらでも天ぷらを揚げる手つき
last updateLast Updated : 2025-07-17
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2 絵の中の私

「お帰りなさい」家に戻ると、智華ちゃんがいた。「あっ、ただいま、智華ちゃん。あれ?今日は習い事じゃなかった?」「はい。ちょっと体調が良くなくて……休みました」「そうなんだ、大丈夫なの?熱は?」智華ちゃん、少しつらそうだ。「熱はないので部屋で休みます。すみませんが、食欲がないので夕食はいりません」「わかったわ。でも、つらくなったら病院に連れていくから言ってね」その時、旦那が2階から降りてきた。「あっ、健太さん。すみません、部屋まで連れていってもらえますか?少し体調悪くて」「ほんと?大丈夫?さ、行こう」旦那は、私には見向きもせずに、智華ちゃんの肩に手を回して支え、階段を上がっていった。旦那はともかく、智華ちゃんも……やっぱり私のことが嫌いなのだろうか。1度も名前を呼ばれたことがないし、ひなこちゃんみたいに「大家さん」とも言ってくれない。旦那のことは、健太さんなのに――私の何がいけないのか、今は考えても仕方がないけれど、いつか結菜さんと呼んでもらえるように頑張らないと。ここに居ることが心地良いと感じてもらえるように……そうでないと大家なんて名乗れない。あっという間に夜になり、夕食の準備が整って、智華ちゃん以外は食卓についた。お母さんが買ってきてくれたオードブルのセットが、テーブルの真ん中を飾った。颯君の揚げた唐揚げも。今日はパエリアを作ったし、思いがけず、すごく華やかな食卓になった。「美味しい!このパエリア、お店の味だね」「それは褒めすぎだけど、きっと選んだレシピが良かったと思う」祥太君は本当に褒め上手だ。「うん、パエリア、本当に美味しい。昌子さんのオードブルもいいですね」「あらまあ、そう?みんなに食べてもらいたくてね。奮発しちゃったわ」颯君が言うと、お母さんは嬉しそうに答えた。「いろいろ入ってて味も美味しいです」「まあ、颯君。ありがとう。どんどん食べてね」「ありがとうございます」「私はこの颯君の唐揚げが好きです。いつ食べても本当に美味しいです」と、ひなこちゃんが言った。「ありがとう。うちの1番人気だから」「私、ほんとに唐揚げ大好きなんです。これは今まで食べた中で1番美味しいです」「ありがとう。確かに最近は若い女の子も結構買ってくれるよ」「そうなんですね」それは、きっと颯君のおかげだろう。「ひなこ
last updateLast Updated : 2025-07-18
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3 絵の中の私

「私は座ってるだけだから大丈夫だよ。でも……ありがとう。そんな風に言ってもらえて、ほんの少しだけでも颯君の役に立ててると思うと、やっぱり嬉しい」「ほんの少しだけなんて、とんでもない。めちゃくちゃありがたい。本当に……結姉を描きたいって思うから。完成まで嫌にならないでね」「嫌になんて……ならないよ」颯君の優しい言葉が、私の心を温かくする。こんなにも胸が熱い。旦那を見て沈み込みそうになる気持ちに、3人の青年はいつも明るい光を照らしてくれる。だから私は、毎日笑顔でいられる。「じゃあ、始めるよ」「お願いします」颯君はキャンバスに向かった。その姿は、あまりにも美しくて、颯君がキラキラ輝いて見えた。ゆったりした白いシャツは胸元が少しあいていて、細身の黒いパンツのせいで足の長さが際立っている。真剣な表情で、絵の具を使って細かなところまで塗り込んでいく颯君は、唯一無二の「画家」だと思えた。「あと少しだね。もう少しで完成かな?」「……」颯君は急に筆を止め、何も言わないで黙ってしまった。「颯君?どうしたの?」それでも黙っている颯君のことが心配になる。「……大丈夫?」「……完成……させたくない」「えっ……」「俺、もちろん結姉の絵を完成させたい。でも、完成したら……結姉との2人だけの時間が無くなってしまう」「……な、何言ってるの。ずっと同じ家にいるんだから、いつも一緒にいるじゃない」「結姉は……結姉はさ、全然わかってないよ」颯君は急に立ち上がり、私の肩をつかんでそのまま立たせ、部屋の壁にそっと押し付けた。「ちょっ、ちょっと」嘘……颯君の顔がすぐ目の前にある。距離が近過ぎて心臓が飛び出しそうになる。「結姉……」突き刺さりそうなくらい真っ直ぐに見つめられ、少しずつ颯君の唇が近づいてきた。「結姉、キスしたい」一瞬、何が起こったかわからなかった。颯君の体が私を包み込みそうになった時、私は我に返った。「ダメっ!」その場から離れようとした瞬間、颯君は私の腕を掴んだ。「逃げないで。俺の側にいて」せつないほどの甘い囁きに、心拍数が急激に上がった。「颯君、ダメだよ。そんなこと言わないで。あなたは大事な同居人なの」「同居人でも何でも、俺は1人の男だよ。俺は……結姉が好きなんだ。好きで好きでたまらない、ずっと……結姉のことばかり考え
last updateLast Updated : 2025-07-19
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