その言葉に、千歳の目が一瞬だけ揺れた。「誰にもやってないよ」文翔はいつもブランドに興味を示さない。なのに、どうして急にこんなことを......「そうか」冷たく笑うと、紗夜のバッグから引きちぎってきたハンカチを、ぱしん、と彼の顔に投げつけた。力は強くない。だが、頬を打たれたような衝撃だった。「何だよ急に!」文句を言いながらも、落ちたハンカチを見て固まる。自分が紗夜に渡したものだ。空気が一瞬にして冷え込む。千歳は息を吐き、腹を括るように口を開いた。「......ああ、確かにあのバッグは深水に渡した。でも、彼女のバッグを俺がうっかり潰しちゃってさ。そのお詫びってだけだよ」「へえ、さすが新野さん。謝罪に出すのがいきなり千万級のバッグとは」文翔は鼻で笑う。「あいつもよく受け取ったな。自分にその価値があると思ったのか?」「お前な、皮肉言うのやめろよ!」千歳は眉を寄せる。「紗夜はお前の妻だろ?高いバッグ一つ貰ったくらいで何だってんだ」「お前、今は彼女の味方か」問いかけの形をとりつつ、断定するような声音。「千歳、忘れてないよな。お前、昔俺に何て『助言』した?」「助言」の二文字には、噛みしめるような怒りがにじむ。あの頃、千歳は言った。――「紗夜は何の役にも立たない。さっさと離婚しろ」、と。「今のお前は、どういうつもりだ?」射抜くような視線。その目に晒され、堂々としてきた千歳の心に、ほんの少し怯えが走った。――そうだ。彼は当時、紗夜を心底嫌っていた。惨めになればいい、落ちぶれればいい──そう思っていた。深水和洋の娘が幸せになるなんて耐えられなかった。けれど雨の中、孤独でも凛として歩いていた彼女の背中を見た瞬間──胸が打たれた。文翔に辱められる彼女を見て、腹が立った。庇いたい、と思ってしまった。まさか、自分が紗夜に......?ありえない。ありえない、よな?「何か言え」低い声。怒りが刃のように尖っている。「俺は......」言葉が出てこない。「はいはい、夜中に何やってんの、お前たち」朗らかな声が割って入った。振り向けば、仁が車椅子に乗り、運転手に押されて近づいてくる。二台の並んだスーパーカーを見て、
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