チェックアウトの時間が迫り、貸別荘のなかはどこか浮足立った空気に包まれていた。昨夜の余韻も、朝の柔らかい食卓の記憶も、荷物をまとめる気配に押し流されていく。志乃と瑞希は寝室のシーツを整えながら、忘れ物がないかを確認し合っていた。「本当に楽しかった。やっぱりこういうの、定期的にやりたいね」「うん。…ねえ、須磨さんとうちのダンナ、結構気が合ってるっぽいよね」「うん、びっくりするくらい。…正直、あんなに自然に打ち解けるなんて思わなかった」ふたりは笑いながら、まだ湿った水着をバッグに押し込む。海の匂いが荷物の奥からふわりと立ち上り、昨日の記憶をほんの一瞬だけ鮮やかに蘇らせた。リビングでは、男たちがキッチンの片付けと掃除を分担していた。須磨は冷蔵庫の中身を確認し、使い残した調味料を袋に詰めている。塩屋は、ソファの上に散らばった衣類をまとめていた。そのうちの一枚──薄手のリネンのシャツを、何気なく持ち上げる。「これ、須磨さんの?」「うん、ありがとう」塩屋は畳もうとして、少し躊躇うような手つきになった。どこか手慣れたようでいて、妙に丁寧すぎる折り方だった。袖口をそっと揃えようとしたとき、須磨が無意識に同じ部分に手を伸ばす。指と指が、かすかに触れた。ほんの一瞬。それ以上でもそれ以下でもない。それなのに、その接点が生む空気の濃度は、二人の呼吸すら変えてしまうほどだった。須磨はゆっくりと顔を上げた。塩屋もまた、ほとんど同じタイミングで視線を向けていた。何も言葉はなかった。だが、言葉よりも重く、密やかに伝わるものがあった。シャツの柔らかさが、指先に残っている。それがどちらの体温かもわからないまま、ただ重ねた視線の奥で、何かが確かに起きていた。塩屋は先に目を逸らし、ふっと短く息を吐いた。笑ったようにも見えたが、それが自嘲なのか、安堵なのか、須磨には判別できなかった。ただ、その横顔の静かさに、須磨は妙に胸を掴まれる思いがした。「じゃあ、あとは鍵だけですね」塩屋の声は、穏やかでいつも通りだった。須磨もまた、同じようにうなずい
Terakhir Diperbarui : 2025-07-05 Baca selengkapnya